第十二話 捕らわれ少女は今日も幸せだ!⑤
リーン達と分かれた俺は一人、通路や階段を駆け周る。
ボスの居場所はその建物の最上階だと相場が決まっている。
つまり、このまま上に登っていけばいずれ辿り着くはずだ。
だけど砦と言うだけあって内部構造が迷路みたいに複雑だ。
早く次の階段を見つけないと……!
「居たぞ、追えーッ!」
「マジかよマジかよマジかよ!?」
後ろから聞こえた声に振り返ってみると、そこには何人もの男達が迫ってきていた。
畜生、人数多すぎだろ!?
どんだけ洗脳魔法掛けまくったんだボスの奴!
しかしこの人数、まともに相手するのは無理ゲーだ。
「『フラッシュ』ッ!」
「グァアアァアアッ!?」
「目が潰れる……!」
閃光魔法を放ち後ろの男達の目を潰した後、俺は曲がり角を曲がった。
しかし、フラッシュ撃っただけじゃどのみち捕まる。
「だったら……!」
俺は立ち止まると、振り向きざまにポシェットから小瓶を三つ取り出し目の前の地面に叩き付けた。
地面に小瓶の中身の液体が広がっていくのを確認すると、俺は数歩下がって手で銃の形を作る。
「そこの角だ! ぶち殺せッ!」
そして、男達が角から飛び出してくるタイミングを見計らい。
「『イグニス・ショット』」
小声で詠唱し、小さな火球を液体が撒かれた地面に向けて放った。
「見つけたぞクソガ――おわっ!?」
「な、何だこの炎!?」
「み、水だ! 誰か水を持ってこい!」
突然地面から炎が燃え上がったように見えただろう男達は、その勢いの思わず足を止める。
そして俺は炎を挟んだ向こう側から、大声で叫んだ。
「これは忠告だ! もしまた俺の事を追いかけてきたら、今度はお前らを燃やしてやる!」
「まさかこれは炎魔法か!? しかもこの火柱……まさか、上級魔法ゴット・フレア……!?」
すると炎の向こう側に見える、魔法使いらしき男が震える声で言った。
それに対し、俺は不敵な笑みを浮かべ。
「今のはゴット・フレアではない、イグニス・ショットだ」
「「「な、何ッ!?」」」
俺は魔王らしく有名な魔王の台詞を言うと、驚愕の声が上がった。
嘘は言ってない。
「オラ、死にたくなかったらさっさと消え失せろ! 汚物は消毒すんぞ!」
「マ、マジかよ……」
「あんな弱そうな見た目して、あんな魔法使えるのか……!?」
「ヤベえって勝ち目ねえって……!」
魔法の本職が変な勘違いしてくれたことで、更に脅しの効果に拍車が掛かった。
もちろん、これはただのハッタリだ。
さっき俺が地面に叩き付けた小瓶の中身の液体は、実はただの油だ。
イグニス・ショットの威力が弱いから、あの油の入った小瓶を敵に叩き付けて、その後にイグニス・ショットを放てば威力が上がると俺が準備した物だが……まさかこんな使い道になるとは。
「それじゃあな!」
「あの野郎逃げるぞ!」
「アイツは先回しでいい! 今はこの炎を何とかしろ!」
そんな男達の慌てた声を聞きながら、俺は通路を突き進んでいく。
そしてしばらくして、敵の気配が完全に消えた。
ふぅ……危なかったぁ……!
だけど身体が怠いな……。
さっきの戦いといい今のイグニス・ショットといい、魔力を使いすぎたか。
しかし、こんな時の為に用意した物がある。
俺はポシェットからポーションの入った小瓶を取り出すと、腰に手を当てごくごくと飲み始める。
コレはその名の通り魔力を回復してくれるポーションで、うちの国で取れたマナ・ロータスという薬草をふんだんに使ったリムのお母さんお手製のポーションだ。
「ぷはぁ! うん、微妙!」
青汁にレモン汁を混ぜたような味に少しだけ残念に思ったが、魔力は充分回復した。
やっぱ国産は安心安全でいいね!
「しっかし、随分進んだけど……」
俺は小瓶を再びポシェットに仕舞うと、そう呟き辺りを見渡しながら歩く。
この砦、ほんと内装は綺麗だよな……。
一体ここは元々どういった場所だったんだろう?
「っと、階段発見」
なんて思っている内に、上の階に繋がる階段を見つけた。
しかもこの階段、絶対ボスの部屋に繋がってる。
だって魔王城の魔王の間に行くときの階段と雰囲気全く同じだし。
俺はポシェットの中身や刀の状態を再確認すると、階段を駆け上っていた。
もう少しだけ待ってろよ、リム!
「――ああもうっ、何で取り逃がしちゃうのよ! これだから男は……!」
「…………」
何やってるんだろう、あの人……?
虚空を見つめて一人で騒いでいるジークリンデさんの背中を、私はジッと睨みつけていた。
私が連れてこられたこの場所は、私とこの人が初めて会った大広間。
この場所は多分この砦の中で一番高い場所にあるから、私をここに連れてきたんだろう。
だけど……。
「さ、寒い……」
もう夏とは言え、こんな冷たい石造りの部屋に裸で居たら、湯冷めして風邪を引いてしまう。
この人ったら、せめてローブだけでも着させてくれればいいのに。
そんな私の呟きが耳に入ったのか、ジークリンデさんは弾かれたように振り向いた。
「ゴメンねリムちゃん、緊急事態とは言えそんな格好にさせたままで!」
「本当ですよ!」
「でも、寒さに凍えるリムちゃんって言うのも……フフフッ」
「もう何なんですかぁ!」
本当にこの人が考えている事が読めない。
ただ、もの凄く身の危険を感じる。
「ううぅ……」
「そんなに寒かったのね……そうだ!」
寒い事とは別の理由で私が身体を震わすと、ジークリンデさんは閃いたように言った。
「そんなに寒いなら、私の身体で暖めてあげる!」
「ええっ!? いきなり何言ってるんですか!?」
「だって寒いんでしょう? 大丈夫よ、何だったら素肌で……」
「お、お断りします!」
そう応えながら私はジークリンデさんから距離を取ろうと後ろに下がる。
もう、何なのこの人~!?
「そんな事言わないで……ねえ、一緒にハグし合いましょう?」
「もう私が寒いのと関係ないですよね!? 絶対そうですよね!?」
ジークリンデさんが一歩進むにつれ、私も一歩下がっていく。
しかし、いつの間にか私の背中に冷たい石の壁が触れ、もう下がれなくなっていた。
逃げだそうと思っていても、足が震えて動かない。
「大丈夫よ。あなただけでも、私が守ってあげるから……」
「い、いやぁ……!」
口角を吊り上げて私に覆い被ろうとするジークリンデさんに、私はギュッと目を瞑った。
……私はずっと、自分の事を何でも出来る大人だと思っていた。
だけど今の私は、何もすることが出来ない。
ただ、身体を縮こませて震えるしか出来ない。
ごめんなさい……ごめんなさい……!
私があの時言う事を聞かなかったから……私があの時逃げ出さなかったら……。
私があの時……。
「――リョータさん……」
無意識に、その名前を口に出していた。
情けないけど、恥ずかしいけど、子供っぽいけど。
それでも――。
「助けて、リョータさん……ッ!」
「あんな男、どうせ殺されるわよ」
しかし返ってきた声は、目の前のジークリンデさんの優しい声音で辛辣な言葉。
ああ、もう……。
私の目から涙が溢れたその瞬間だった。
――バアアアァンッ!
突然聞こえたその音が、大広間に反響した。
その音は、よくリーンさんが魔王の間に入ってくるときと同じような音。
「あ、なた、は……!」
目をうっすらと開いてみると、そこには大広間の扉の方を見ながら目を見開いているジークリンデさんが見えた。
そのジークリンデさんが見つめる先を、私もゆっくり視線を向けてみる。
「あ……」
ぼやけた視界の中には、私がいつも見る人が立っていた。
変な格好に無地のマントを羽織った男の人。
「リョータさんッ!」
「ゼエ……ゼエ……!」
私は嬉しさの余り、涙を更に溢してしまう。
「た、助けに来たぜ、リ……ム……」
「……?」
そんな私を見て、息を切らしていたリョータさんは顔を蒼白にしてゆっくりと私の名前を呼んだ。
何故リョータさんがそんな反応を不思議に思ったが、すぐに思い当たった。
そうだ、今私って……!
「み、見ないで下さいッ!」
私がその視線から守るように身体を抱くと、
「あ……あ……」
リョータさんは開いた口から声にならない声を漏らし、手に持った不思議な形の剣を取り落とした。
「あ……あああ……!」
そしてリョータさんは膝から崩れ落ちて地面に手を突くと。
「あああああああぁあああああああぁぁあああああぁあああああぁああああああぁあああああああああああああああああああああああぁああああぁあああああああああああああぁあああああああああああああああぁあああぁッッ!!」
まるで世界の終わりを思わせるような大絶叫を上げた。
「リョータさん!? どど、どうしたんですか!?」
「ああああぁああぁああああ! うわあああぁああぁあああああぁぁああぁぁあああああッ!」
突然のリョータさんの行動に思わず声を掛けるが、それでもリョータさんは叫び続ける。
絶望したような表情をし、目からは涙を流し、喉が張り裂けんばかりに叫んでいる。
「な、何……ハッ! ちょ、ちょっと待ちなさい! 私とリムちゃんはまだ何も……!」
そんなリョータさんを見て私と同じように困惑していたジークリンデさんは、何か思い当たったのか慌てて私から距離を置いた。
も、もしかしてリョータさん……!
ジークリンデさんのその言葉から、私はリョータさんが何故叫んでいるのか察した。
「リョータさん、大丈夫ですから! 私、まだ何もされてませんからッ!」
「ホ、ホラ! 本人もそう言ってるじゃない! だから変な勘違いするのを止めなさい!」
「うわあああぁぁあああぁあぁああッ! ああぁあああぁぁああぁあああぁああぁッッ!」
――私を助けに来てくれたその人は、私とジークリンデさんが呼び掛けてもしばらく叫び続けた。




