第十二話 捕らわれ少女は今日も幸せだ!①
廃砦の寝室に、遊び疲れた子供達の寝息が聞こえてくる。
鉄格子が嵌められた窓から見える雲から少しだけ月明かりが溢れていて、少し離れた所に見える湖の水面が所々キラキラと輝いていた。
この時間、普段の私ならそろそろ寝ようとベッドに入る頃だ。
だけど、今の私は眠くない。いや、眠るのが怖い。
何故なら、もうリョータさん達ともう二度と会えなくなっちゃうから。
手下の誘拐犯がリョータさん達に捕まった事を知ったジークリンデさんは、ここから拠点を移そうとしている。
だから明日、私達はここよりもっと遠くに連れて行かれてしまう。
だけど私には、何もすることが出来ない。
逃げだそうとしても、魔法の使えない私はすぐに捕まってしまうだろうし、この子達を置いて逃げるなんて出来ない。
「はぁ……」
そう、私が小さくため息をついたその時だった。
私の後ろの扉から小さな軋みが聞こえた。
振り返ってみると、半分だけ開いた扉の間からジークリンデさんの手下の男の人が顔を除かせ、私に来いと顎を引いた。
私はそっと部屋から出ると、男の人を睨みつけた。
「何の用です……?」
そして私がそう訊くと、男の人は短く一言応えた。
「風呂だ」
「ああ、お風呂ですか……」
この砦には大きなお風呂が設置されていて、今までの二日間はソコで身体を洗っていた。
だけどここは敵地、そして私は言わば人質だ。
そんな人質をお風呂に入れるなんて、本当にどうかしてると思う。
「……私入りたくありません」
「何故だ?」
「そんな気分じゃないからです」
私がキッパリ断ると、男の人は表情を変えずに聞き返してきた。
それに対し、私は正直に応える。
確かに今日は身体を洗っていなかったから、お風呂に入りたくないと言えば嘘になる。
だけど、こんな気持ちのままでのんびり温まりたくない。
しかし。
「ダメだ。ジークリンデ様の命令だ」
と、向こうも私の否定をキッパリ断ってきた。
男の人が続けて言うには、何でもジークリンデさんが私にどんな時も綺麗でいて欲しいらしい。
あの人、私達を誘拐させたのに、おもちゃだとかお洋服だとかお風呂だとか用意して……。
本当に、何が目的なんだろう……?
このままでは埒が明かないので、私は渋々お風呂場に連れて行かれた。
流石にここには手下の人達はいないので、パパッと脱衣所でローブや下着を脱ぎ、大きめのバスタオルを腕に掛けながらお風呂場に入る。
このお風呂場も魔王城のお風呂場より大きくて綺麗だから、やっぱり複雑な気持ちになる。
そして私は湯船に肩まで浸かると、ほうっと小さく息を吐いた。
湯船から立ち上がる湯気が、鏡や目の前にある大きな窓ガラスを曇らせていく。
……私はお風呂が好きだ。
ゆっくり肩まで浸かって目を閉じると、その一日の疲れが湯船に溶けて消えて、身体と心がポカポカ暖かくなるから。
だけど今入っているお風呂は酷くぬるく、いや冷たく感じた。
こんな気もちでお風呂に入ったって……。
私は下を向き、湯船に揺れる自分を見つめる。
「…………」
もう、バルファスト魔王国には戻れないかもしれない。
もう、皆やママに会えないかもしれない。
もう、リョータさんに会って、ちゃんと謝れないかもしれない……。
「うぅ……」
私の視界がぼやけ、目の前に見える水面に一つの雫が落ちた。
そして、その時だった。
――ドオオオォォン……ッ!
「ッ!? な、何!?」
突然聞こえて来た大きな音に、私の身体が跳ねる。
今の音は……外から……!?
そう思った私はすぐに湯船から上がると、目の前の曇ったガラス窓を拭いて外を見てみた。
「コ、コレは……!」
私の目の前に広がっているのは、黒く光る炎だった。
その炎は廃砦の周りを囲っている森の木々に引火していて、他の木々に燃え移りそうになっている。
それよりも……この炎は……。
「リムちゃんッ!」
「ひゃあっ!?」
後ろの引き戸が乱暴に開き、突然名前を呼ばれた私は変な悲鳴を上げてしまった。
振り返ってみると、そこには焦った顔をしているジークリンデさんが。
お、男の人じゃなくてよかったぁ……じゃなくて!
「あ、あの、コレは……」
「逃げるわよリムちゃん!」
「え、ええっ!?」
私の言葉を遮り、ジークリンデさんは私の手首を掴むと、私をお風呂場から連れ出す。
そしてそんなジークリンデさんの独り言が、私の耳に入った。
「ああもう、何でアイツらこの拠点の場所が分かったのよ……!? 絶対にバレないと思ったのに……!」
そ、それって……!
リョータさ……って!?
「あ、あの! 服! 私まだ服を着てないんですけど!?」
気付くと、私はバスタオルを一枚だけ持ったまま脱衣所を出ていた。
こ、このままじゃ私……!
そう、私は慌ててジークリンデさんを引き留めようとしたのだが。
「ゴメンねリムちゃん! 緊急事態だから!」
「え、ええ!? お願いです、このままじゃ恥ずかしくて死んじゃいます! せ、せめて、せめてローブだけでもおぉ……!」
「――ぐへへへ! 環境破壊は気持ちいZOY!」
「『ヘルファイア』ッ! あ、あの、魔王様? それ本気で言っているのですか……?」
「んな訳ねーだろ、ジョークだ」
遠くの森の木々に黒炎を放つハイデルに、茂みに隠れる俺はヘラヘラ笑いながら返した。
「よし、こんくらいやれば大丈夫だろ。これ以上燃やしたら、敵どころか俺達やリムまで丸コゲだからな」
そう言ってハイデルに止めるように命令すると、俺は目の前にそびえ立つ廃砦を見上げた。
ここはバルファストとフォルガントの国境沿いにある廃砦の周り。
うっそうとした夜の森と所々朽ちた砦の組み合わせは、さながら幽霊の住処だ。
「……やっとか」
……ここにリムが居る。やっとリムを助けられる。
思わず呟いた俺は、無意識のうちに手を握り締めていた。
と、その時。
「敵襲! 敵襲――ッ!」
カンカンとけたたましく鳴り響く鐘の音とともに、砦の中から武器を持った男達がゾロゾロと出てきた。
「何だ!? 何が起きている!?」
「あの黒い炎は一体……!?」
「い、急いで火を消し止めるぞ!」
そんな男達の慌てふためく声を聞きながら、俺は再度自分の装備を確認する。
腰には鞘に収まっている俺の愛刀黒龍を差しており、腰のポーチにはポーションなど色々と役立つ物が入っている。
大丈夫、準備は万全だ。
気合い入れろよ、魔王ツキシロリョータ!
「それじゃあお前ら! 作戦通りいくぞッ!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおッ!」」」」」」」」
俺が後ろに振り返り叫ぶと、総勢百人は居るであろう冒険者達が雄叫びを上げ、俺に続いて茂みから飛び出した。
「居たぞ、ソコだ!」
「何だアイツら!? 見た目からして冒険者か!?」
「しかも殆ど魔族じゃねえか! って事は……!」
そして、俺達と真正面から鉢合わせして動揺する男達に、俺は腰の鞘から刀を抜き放ち――!
「俺達はバルファスト魔王国! 魔王軍四天王、リム・トリエルとフォルガント王国の少女達を取り戻しに来た! さあ、派手におっぱじめようか、誘拐犯共ッ!」




