第十一話 誘拐犯探しは今日も鬱屈だ!⑨
街の中心に構えるバルファスト魔王国唯一の警察署。
普段なら街で一騒動起こしたローズを引き取りに向かうのだが、今回は別だ。
「自分が何やったか分かっとんのか?」
俺は警察署の取り調べ室で、静かに口を開いた。
「…………」
小さな机を挟んで向かいに居るのは、昨日リーンにボコボコにぶちのめされた長髪の男。
「分かっとんのかあああああああああああああ!」
「…………」
長髪の男が黙るのに対し、俺はガタッと音を立て立ち上がり人差し指を差すが、男の表情は微動だにしない。
「……やっぱダメかー!」
そんな男の反応に、俺は額に手を当てて男から身を引いた。
そもそも何故俺が事情聴取しているかというと、昨日捕まえた誘拐犯達がここに連れてこられているからだ。
あと事情聴取とか、刑事ドラマとか見てるとやってみたくなるじゃん?
「あの~、そろそろ真面目にやってくれません?」
「すいませんすいません、ふざけ過ぎましたね」
後ろで調書を書いている警官のため息交じりに言うと、俺は頭を掻きながら謝罪する。
警官は椅子から立ち上がると、長髪の男の顔を覗き込むように見る。
「しかし、何も話しませんね……」
「何か昨日と雰囲気が違うというか静かというか……って、まさか舌噛み切ってたりしてませんよね……!」
「いや、万が一のためにこの男には外傷が生じると自動的に回復する特別製の魔道具を持たせているので、問題ないかと」
「え、何ソレ凄い。あの、もしよかったら一つくれません?」
「いくら魔王様の頼みとは言えダメですよ! すっごく高いんですし量産も難しいんですよ。話を戻しますけど、どうするんですか?」
警官の不安げな言葉に、俺はニヤリと笑い腕を組む。
「そんな時の為のコイツですよ」
「え?」
「おーい、入ってこーい」
俺が取り調べ室の出入り口に呼び掛けると、その言葉を待ってましたとばかりにある人物が入ってきた。
「あ、貴方は……!」
「ハ~イ♪」
そう、その人物とはもちろんローズ。
ウインクしながら挨拶をするローズの登場に目を見開いていた警官だったが。
「まさか……貴方また何かやったんですか!?」
「ち、違うわよ!」
「もういい加減にして下さいよ! まさか自ら出頭に来るとは思いませんでした!」
「だから違うって言ってるじゃない!」
……警官の反応を見て、コイツがどれだけここにお世話になってきたか分かってしまう。
「ええっと、今回はそういうんじゃないですよ。ローズの洗脳魔法でコイツの記憶を読み取るんです」
「な、成程……しかし、まさかあのローズさんが我々警察に協力してくれるとは……明日は槍でも降るんでしょうか……」
「あなた私の事何だと思ってんのよ!?」
「「常に街でトラブル起こすヤバい人」」
「リョータちゃんまで何なのよ……!?」
ハモった俺と警官に、ローズは歯を食いしばる。
ケッ、そう思われたくなかったらもうちょっとその性癖自重しろってんだ。
「ホラ、話が進まねえからさっさと始めんぞ」
「まったくもう……」
俺が手を叩きながら俺が言うと、ローズは渋々長髪の男の頭に掌をかざした。
途端、ローズの掌から淡い光が漏れ出してくる。
これは以前、デビルファングが襲来したときに使っていた、相手の記憶を読み取る魔法だ。
モンスター相手ならその時に感情しか見えないらしいが、人間ならバッチリ記憶を読み取ることが出来る。
これでやっとリムの居場所が分かる。
あれからもう三日も経ってしまったのか……。
居場所が分かったら、早急に助けに向かわないと……!
そう思っていた矢先だった。
「……?」
「どうした?」
「……! ……!?」
「だからどうした!?」
男の記憶を読み取っていたローズが首を傾げ、その後に焦ったように何度も掌を光らせた。
俺が不審になって訊くと、ローズは頬に一滴の汗を流しながら言った。
「記憶が読み取れないの……」
「はぁ!?」
記憶が読み取れない!?
目を見開いて口をあんぐりと開けた俺に、ローズは続ける。
「この魔法は相手の脳から直接記憶を読み取るの。だから普通、その人がどんなに抵抗しても絶対に見ることが出来る……なのに、まるで記憶に靄が掛かったように見えるの」
「な、何でだよ……?」
俺が長髪の男を見ながら訊くと、ローズはピッと指を一本立てる。
「こういう場合、可能性は一つ。最初からこの人の脳に何らかの影響があった場合よ」
「最初から脳に何らかの影響……?」
その言葉を聞いた俺は腕を組んで唸る。
脳に何らかの影響があるって……コイツ昨日口八丁に話してたのに?
しかもそんな状態で誘拐なんてできるのか?
……いや待て、寧ろ逆か?
コイツの脳に影響があったから、孤児達を攫おうとしたのか?
しかもコイツは昨日とは別人みたいに静かで目も虚ろ。
まるで、電池の切れたカラクリ人形みたいだ……。
「……成程なぁ」
「……え?」
「おいローズ、大変だ。このままじゃお前の個性が更に失われていくぞ」
「よく分からないけど、私にとって凄く危機的状況って事だけは分かるわ!」
そんなローズの焦った声を聞きながら、俺は拳を握りしめ少しだけ口角を上げる。
分かった、殆ど全て理解した。
誘拐犯達の正体、リムを始めとする少女達の誘拐。
まるでグチャグチャに絡まった細い紐が一気に解けたような気持ちだ。
……いや待て、喜ぶのはまだ早い。
まずはリムの居場所をどうにか見つけなければ何も始まらない。
「おいローズ、コイツ洗脳に掛かってる。だから記憶を読み取れないんだ」
「ああ! そういうことだったのね!」
「なあ、だけどどうにかならないのか? お前洗脳魔法のプロだろ?」
「うぅ……出来る限りやってみるわよ」
俺の頼みに、ローズは自信なさげに再び長髪の男の頭に手をかざす。
「うぅ……ううぅ……!」
苦しそうに顔を顰めるローズに、俺は後ろから声援を送る。
「頑張れローズ! 透視眼という個性を俺に取られ、更に洗脳魔法という個性まで知らない奴に取られるつもりか!」
「くううぅぅ!」
「このままじゃお前には変態とおっぱいという個性しか残らないぞ!」
「ちょっと黙ってて!」
俺の声援が逆効果だったのか、ローズはこちらを睨んで叫ぶ。
そして、もう一度長髪の男に対して集中したのだが。
「……ハァッ! ダ、ダメ……無理……!」
「お、おい……!」
掌の光が消え、疲れた様子でへたり込むローズに、俺は慌てて駆け寄った。
この洗脳魔法だけが取り柄のコイツが無理だなんて……。
じゃあ、リムの居場所が分からないじゃないか!
そう俺が唇をかみ締めていると、ローズが床に手を突き絶望したような表情になって呟く。
「フフ……この私が洗脳魔法で負けるなんて……やっぱり私なんて胸だけの女なんだわ……」
いや、お前は変態要素除けば結構いい女にはなると思うんだが。
と、言おうとした瞬間。
「リョータちゃああああん! 私を慰めてえええええええ!」」
「おぶえ!?」
「ちょっ、何やってるんですか!?」
ローズが奇声を上げ、俺にタックルをかましてきた。
「ハァ……ハァ……!」
「おいおいおいまたかよ! だから時と場合を考えろつってんだろうが!」
そして俺のズボンを脱がし来かかってきたローズの頭をボコスカ叩きながら抵抗する!
「フフ……そう言えば、私とあなたが初めて会った時もこうだったわね……!」
「そう言うセリフは今ここで言うな! ってか、お前俺が好きだから襲いかかってんじゃなくて、俺の息子目当てだろ!?」
「当たり前じゃない!」
「だったら尚更テメエなんかに俺の大事な貞操奪われてたまるかよぉ! そもそも俺はそんな身体で慰め合う関係は大っ嫌いなんだ! お巡りさああああん! コイツ逮捕してええええええ!」
「え、あ、ちょ、ちょっと! 魔王様から離れて下さい!」
などと、誘拐犯の前で何やってんだと自分でツッコミたくなるような展開になってしまったが、俺はこの前とは違う。
何故なら、俺はレベルが9もあるのだから!
こんな発情サキュバスに何か負けな……!
「と思ったけどギャアアアアア! 腕折れるううううううう!」
「ハハハハハハッ! たかがレベル9のリョータちゃんに負けるわけないじゃないの!」
両腕を捻られ叫ぶ俺に、まるで考えを読み立ったようなセリフを吐き高笑いをするローズ。
ああもう、今こんな事してる場合じゃねえのにいいいいい!
「リーンと言いレイナといいお前といい、この世界にはゴリラしかいねえのかよおおおお!」
「ごりらが何か分からないけど、レディに対して失礼な事を言われた気がするわ!」
「うううううでえええええええがあああああああッ!」
俺の叫んだ言葉が油に火を注いだのか、ローズが手首を捻る力が増す。
もうこうなったら……!
「んのっ……ッ! いい加減にしろッ!」
「アガッ!?」
俺が渾身の力を振り絞り上半身を起こすと、ローズに頭突きを喰らわした。
ゴツンと鈍い音が取り調べ室に響き、ローズは崩れるように倒れた。
「あ、あのっ……大丈夫ですか?」
「な、何とか……」
動かなくなったローズの下から這い出ると、今までローズの羽を引っ張って引き剥がそうとしていた警官が恐る恐る声を掛けてくる。
それに対して額を抑えながら返すと、俺涙目になってビシッとローズを指を差し。
「おい、このバカ淫魔! 今はリムの安否が最重要なんだよ、ムラムラしてんだったらゴブリンとでもヤッてろ!」
「うう……あんまりよリョータちゃん……私よりリムちゃんを選ぶなんて……」
「なぁにドロドロした空気にしようとしてんだ! オラ起きろや! テメエには可能性がある限り他の誘拐犯の記憶も読み取って貰うからな!」
「分かったわよ……!」
この後、他三人も同様に記憶を読み取ろうとしたのだが、結局リムの居場所は分からずじまいだった。




