第十一話 誘拐犯探しは今日も鬱屈だ!⑦
遂にこの日がやってきた。
ほんの少し前まで降っていた小雨で若干湿っている道を、何台もの馬車が列を連なって歩いている。
そんな馬車の列を、一足先に正門に待機していた俺は遠巻きに見ていた。
この実に異世界らしい光景の写真を撮りたいという衝動に駆られるが、こんな所でスマホを取り出したら怪しまれてしまう。
それよりも、今問題なのは……。
「…………」
「おいリーン、大丈夫か?」
「ッ!? フ、フンッ……! こここ、これぐらい、よよよよゆーよ……!」
俺の隣で冷や汗をダラダラ垂らしプルプル震えているリーンの存在だ。
ううん、どう見ても大丈夫じゃない。
コイツは本番になると緊張してしまうタイプなのだろうか。
「……リーン、俺の故郷に伝わる気を落ち着かせるおまじない教えてやろうか?」
「べ、別に緊張してるわけじゃないわよ! ……でも、一応聞いてあげるわ」
はい、ツンデレ頂きましたっと。
俺は早速自分の掌をリーンに見せつけながら説明する。
「掌に『人』って字を書いてソレを飲み込む」
「……何言ってんのか分かんないんだけど」
「おい、そんな目で見るな! これでもすっごくメジャーなおまじないなんだぞ!」
まさしく何言ってんだコイツという視線を向けてくるリーンに、俺はムキになって反抗する。
ちくしょう、よくよく考えればこの世界に『人』なんて字あるわけないか……。
「もういいよ、普通に深呼吸でもしとけ……それより、作戦はちゃんと覚えてるか?」
「甘く見ないでちょうだい。頭の中にバッチリ叩き込んであるわ」
俺の若干心配の籠もった問いに、リーンは自分の頭を指差しながら応える。
「最悪俺一人でもやるから、無理すんなよ」
「だから甘く見ないで。これくらい……」
「おっ、そろそろだ。準備しろ準備」
「こ、これくらい……」
若干声が震えながらも強がっているリーンは、俺の指示でそそくさとその場を離れていった。
リーン、大丈夫か……?
心配だぁ……。
「――これはこれは、わざわざ魔王様本人から来て下さるとは! 私、この商隊の代表をしております、クロース・サンタエルと申します」
「サ、サンタさん……」
「? 私の名前がどうかしましたかな?」
「い、いえ何でも! 遠路遙々来てくれてありがとうございます」
口に白い口髭を蓄えた恰幅の良いおじさんの差し伸べた手を、俺は一人困惑しながら握った。
って、このおじさん完全にサンタクロースやないかい。
スゲー、この人赤い服に黒のブーツ履かせたら完全にサンタさんだよ。
しかもまさかの商人って……今日本で言うところの六月ですよ?
っと、異世界の慌てんぼうサンタさんに思わず困惑してしまった……。
そうだよ、もしかしたらこの交易商の中に奴らがいるかもしれないんだ。
気を引き締めないと……!
「ええっと、それじゃあ俺達の方も商品を用意してあるので、こちらへ」
俺は早速サンタエルさんをバルファストに招き入れる。
やはりうちの国の連中には馬車の列というのは珍しいのか、ジロジロとこちらを見てくる。
しばらくして、俺達は今日だけ特別に置き場を貸して貰った冒険者ギルドに辿り着いた。
「それじゃあ、お互いの商品の確認をしましょっか」
「ええ」
「いやぁ、それにしても今日も蒸し暑いですね~」
「もうそろそろこの時期も終わりますからなぁ」
早速、交易商達ギルドの中から花が入った木箱を持ち出している間、俺はサンタエルさんに世間話をする。
「そう言えば、何だか人数が多いですね。最初の取引だからもっと小さいかと思ってたんですが……」
「ああ、実はつい最近私が担当する部署に新しく四人入りましてな。丁度良い機会だと思い、今日は運搬の手伝いという形で同行させているのです」
「へぇ……ちなみにその四人というのは?」
「丁度あの荷台から商品を下ろしている者達ですぞ」
「ああ、アソコの……」
などと会話しながら、俺とサンタエルさんがその四人の眺めていると。
「リョ、リョータ!」
「おお、リーンじゃないか」
俺達の後ろから、リーンが若干裏返った声で話し掛けてきた。
「おや、そちらのお嬢さんは?」
「この国の孤児院の院長です」
「ど、どうも……」
「孤児院の院長先生ですと? いやはや、その歳でなんとご立派なお仕事を」
「きょ、恐縮です……」
突然のリーンの登場にサンタエルさんは若干戸惑っていたが、俺の説明で感心したように頷いた。
「それで、いきなりどうしたんだ?」
「じ、実は今日急用が出来ちゃって……それでその急用ってのが明日まで掛かるのよ。だから子供達の面倒を見られないのよ」
「そうかぁー……まあ、今日一日ぐらいは大丈夫なんじゃないか? 別にこの国に子供を狙うような奴はいないだろうしさー」
「そ、そうね! そうよね!」
「……?」
俺とリーンの無駄に声がデカい会話に、サンタエルさんは少しだけ首を傾げる。
ヤベえ……ちょっと演技臭かったか?
「魔王様と院長殿は仲がよろしいのですなぁ。普通なら、一国の王と孤児院の院長など、なんの接点もないと思っていたもので」
「「ッ!」」
と思っていたのだが、サンタエルさんが首を傾げていたのは他の理由だった。
一応、フォルガント王国でリーンが先代魔王の娘だと言う事を知っているのは勇者一行やフォルガント王などの一部の人間のみ。
ここで『実はコイツ先代の娘なんです~』などとバラすと計画が狂ってしまうし、何よりリーンに不快な思いをさせてしまう。
「ああー、実は……」
と、俺が説明しようとすると、
「成程、もしやお二人は恋仲――」
「そんな訳ないでしょうコイツと私が恋仲なんて止めて下さいそういう事言うの」
「ッ!? も、申し訳ない……!」
サンタエルさんが俺とリーンを交互に見ながら言うと、リーンが真顔になって早口にまくし立てた。
「すいませんすいません! あの……コイツとはただの腐れ縁でして……!」
「あ、ああ、成程……」
俺がサンタエルさんからリーンを遠ざけながら言うと、サンタエルさんは苦笑いを浮かべながらも頷いた。
(お前何やってんだよ!? 計画どころか商人と良い関係築くのもメチャクチャにするつもりか!?)
(しょーがないじゃないの! あんたと私がそんな仲なんて想像するだけでも吐き気がするわ!)
(それをよく本人の前で言えるなオイ! 何!? お前俺の事そんなに嫌いなの!?)
(あんたの事は一応信用はしてる……でも何か嫌だ)
(お前俺の精神えぐり取り過ぎだよ! もう泣くよ!?)
ヒソヒソ言い合っている俺達を商人達は不思議そうに見てくるが、特に気にしてはいない様子だ。
リーンせいで俺の精神ズタボロだけど、今の所は計画通り……!
――と、フラグになるような事を思ったからだろうか。
「リーン様、急用とはどのような内容なのですか? 出来るなら、私が変わりますが?」
「「ッ!?」」
この作戦において、最も関わってはいけない奴が現れた。
「ハ、ハイデル! お前魔王城の留守番してろって言ったろ!?」
「留守番はレオンに変わって貰いました。何でも、『リョータが交易商の相手をしているから貴様が手伝いに行ってこい』と言われて」
すっごく申し訳ないけどありがた迷惑!
「ええっと、そちらのお方は……?」
「申し遅れました。私、魔王軍四天王のハイデルと申します」
突如としてハイデルが現れ戸惑っているサンタエルさんに、ハイデルは仰々しくお辞儀をする。
ヤベー、どうしよう……。
相手がハイデルでも、折角善意で来てくれたのにここで返すのも申し訳ないし……!
などと思っていると、ハイデルがため息交じりに口を開いた。
「しかし魔王様、いいんですか? こんな状況で交易商の相手をしていて。今、何者かにリムが誘われ――」
「ワー! ワーッ!」
「ど、どうしたのですかな?」
「いいいいえ何でも! ちょっとハエが耳元で飛んでてビックリしただけです! 虫苦手でしてね、ハハハハッ!」
「もう虫が出始める時期ですからなぁ」
ハイデルの言葉を遮り一芝居打つと、サンタエルさんは納得したように頷いた。
だけどハイデルが言ってることはド正論なんだよなぁ……!
しかしこれで一安心――。
「魔王様、虫が苦手なのですか? しかし、この前魔王城に侵入した蜂を何の躊躇いもなく捕まえて――」
「ハイデル尻にさっきのハエがッ!」
「ギャアァ!?」
またもや危ない事を言いそうになったハイデルの尻を思いっきりぶっ叩く。
「イテテ……魔王様、いくらハエが止まっていたからと言っても力が強すぎますよ……!」
「しょーがねーだろ、ハエは早えんだから!」
「「「…………」」」
「なんだよその目ぇ! 今の狙って言ったんじゃないぞ!」
ハイデルどころか、リーンやサンタエルさんまで俺の言葉にドン引きしている。
うわあああああ、一瞬も安心出来ねええええ!
「ンンッ、話を戻しますが、リーン様の急用というのは?」
「え、ええっと……そう! レイナ達よ! レイナ達が今ジャイアントワームの群れの相手をしていて、それの助っ人っていうか……!」
「成程……でしたら、私は不要ですね」
リーンの言っている事はもちろんハッタリだが、かなり説得力がある。
ハイデルはリーンの説明に納得したのか苦笑いを浮かべたのだが。
「ならば私が孤児達を見ておきますよ。一晩だけなら問題ないですし」
「「ッ!?」」
ハイデルの続けざまの言葉に、俺とリーンの身体が跳ねた。
「いやいやいや! アイツらなら大丈夫だって!」
「そそそそうね! あの子達にも、私が居なくてもちゃんと出来るようにしなくちゃだし!」
「そ、そうでしょうか……?」
俺とリーンの必死の説得に、ハイデルは怪訝そうな顔をする。
ああもう、こんな状況になるんだったらコイツに作戦伝えてた方がよかった!
「とにかく! ハイデルは木箱運ぶの手伝っててくれ!」
「は、はあ……」
俺は強引に話を引き下げ、サンタエルさんから遠ざけるようにハイデルの背中を押す。
「す、すいませんねうちのハイデルが……!」
「いえいえ」
「そ、それじゃあ、あとはうちの奴らに任せますんで!」
「ええ、わざわざ来て下さりありがとうございました」
そしてそそくさとその場を退散した俺達を、サンタエルさんはにこやかに見送った。
あっぶなかったぁ……!
まったく、ハイデルの乱入で計画が狂うところだった。
「ね、ねえ、あんなので本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だ、撒き餌は充分撒いたからな。あとは最後の仕上げをするだけだ」
「……?」
心配そうな面持ちのリーンに、俺はニヤリと笑ってみせる。
そんな俺達を訝しげに見守るハイデルは、いきなりハッとしたような顔になって。
「ちょっと待って下さい?」
「どうした?」
「そう言えば、リムを攫った誘拐犯は交易商の変装をしてたんですよね?」
…………。
「という事は、もしかしたらあの場に……!」
「ハイデル! また尻にハエがッ!」
「ギャアアアアッ!?」
こんな時だけ察しの良いハイデルの尻を再び引っぱたいた。
――それからたいぶ後に、何の罪も無いのに尻を叩いてしまった償いとしてハイデルに一杯奢ったのだが、当の本人はずっと首を傾げていた。




