第十一話 誘拐犯探しは今日も鬱屈だ!⑥
「ハア……ハア……!」
バルファストに帰って早々、俺はすぐに孤児院に向かって走り出す。
ちくしょう、さっきっから走ってばっかだからいい加減体力が無くなってきた……!
俺もハイデル達みたいに、転移版使えれば楽なんだけどなぁ……。
などと思いながらしばらく走り続け、俺はようやく孤児院に辿り着いた。
「ゼェ……ハァ……」
俺は息を切らせながらヨロヨロと進んでいき、孤児院の扉をノックする。
しばらくしてガチャリとドアが開き、隙間から一人の少年が姿を現した。
「はい……って、にーちゃんじゃねえか」
「よ、ようカイン……久しぶり……」
そこにいたのは以前フォルガント王国に一緒に行った孤児達のリーダーの兄貴君。
もとい、カインが少し驚いたように俺を見ていた。
「リ、リーン居るか……?」
「あ、ああ。ねーちゃんなら今院長室に……って、にーちゃん何でフラフラなんだよ?」
「ちょっとここまで全力疾走してきたもんだから……それより、院長室だったか? サンキュ」
「あ、ああ……」
怪訝そうな顔で俺を孤児院に入れたカインに短く礼を言うと、俺はそのまま駆け足階段を登る。
院長室……確か俺がリーンの部屋の汚さを知ったきっかけでもあったな。
そんな事を思いながら階段を上りきった俺は、そのまま右にカーブする。
そして俺はリーンが居るであろう院長室のドアノブに手を掛け、
――ガチャリ。
「おい、リ――」
――ガチャン。
………………。
……俺が院長室のドアを開けてから閉めるまでおよそ0、5秒。
その少ない時間の中で、俺の視界にあるものが映ってしまった。
油断していた、いくら急いでいたからって、普段風呂場に入るとき必ず三回間を置いてノックするこの俺が、こんな初歩的なミスをやらかしてしまうとは。
俺は今までの疲れやリーンに伝えようとした事など全部忘れて、一目散に逃げ出した。
「アレ? にーちゃんもういいのかぁあ!?」
まだ玄関辺りに立っていたカインの横を一瞬で通り過ぎる。
そして、俺が孤児院を飛び出した直後、
「待ぁぁちぃぃなぁぁさぁぁぁぁあああああああああああああああああいッッ!」
あの姿から普段の黒のワンピースに早着替えしたリーンが、顔を真っ赤にして俺を追いかけてきた。
そう、俺は現実では絶対に起こり得ないであろう、ラブコメのテンプレ中のテンプレ。
「あんた絶対に見たでしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『部屋に入ったらタイミング悪く着替え中でした』を、発動してしまった。
「ッッッ――! ッッッッッ――!!」
ヤバイやばいヤバイやばい!
捕まったら……殺られる!
俺は目の端に涙を蓄え、まるで『リアル鬼ごっこ』の佐藤さんになった気持ちで逃げ続けた――。
――のはたった五秒の間だけ。
「追い詰めたわよ……!」
レベルの差には、敵いませんでした。
「さあ……覚悟は出来てるんでしょうね……?」
路地裏の、しかもまさかの行き止まりに追い詰められ袋のネズミな俺を、リーンは羞恥と怒りに燃えた瞳でしっかり捉え、ゆっくりと近づいてくる。
……ちくしょう。
普段ラッキースケベなんて起きないくせに、何でこんな時に限って……。
「……ハアアァァ」
俺はリーンに諦めを伝えるように深いため息をつき、一歩前に出た。
「……うん、まあ、今のは俺の完全な不注意だった。すまん」
「あら、いさぎいいじゃない……」
「まあ、ラッキースケベやらかした後にぶっ叩かれるのはもはや運命みたいなもんだしな……お望み通り、いさぎよく死にますよ」
恐らく今の俺は、死んだ魚の目になっている事だろう。
そんな目になっている俺に、リーンは平手打ちの構えをして……。
「……待って」
「何?」
俺がストップを掛けると、リーンは意外と素直に構えのまま動きを止めた。
「死ぬ前に、一言だけ言わせてくれ」
「……言ってみなさい?」
どうせ死ぬなら、これだけはどうしても言っておきたい。
俺は意を決して目を開けると、リーンの胸元を凝視しながら。
「お前、意外とおっぱいデカいんだな」
――その言葉の返事は、平手打ちではなくグーパンに変わった。
「――で、あんた何しに来たのよ?」
「切り替え早いなおい……まあ、その方が助かるんだけどさ」
俺の顔面に拳を沈めたことで溜飲が下がったリーンに、地面にあぐらをかき歯が折れていないか確認していた俺がため息交じりに返す。
ちくしょう、やっとイキリ斧太郎に付けられた青痣が消えたと思ったのに……。
「ってか、何であのタイミングで着替えてたんだよ?」
「庭で子供達が泥遊びしてて、投げ合ってた泥団子が当たっちゃったのよ……」
ああ、納得納得。
しかし、リーンの下着は前にもチラッと見えたけど、結構年相応の可愛らしい下着なんだな。
「あんた、今変な事想像してたでしょ? もう一発喰らいたいわけ?」
こういう時だけ察しのいいリーンが拳を振り上げると同時に、俺は無言でDOGEZAを披露する。
それから俺は一息ついてから顔を上げた。
「……まあそれはさておき、急になるけどちょっと真面目な話がある。どっちにしろ孤児院の奴らに聞かれたくない話をするつもりだったし、ここで聞いてくれ」
「何?」
そして俺が顔を上げ口火を切ると、リーンも少し身を乗り出して聞く姿勢になる。
「実はな……」
俺はリーンに先程フォルガント王国であった子供達の誘拐の可能性、キングワームの討伐に勇者一行が出向くことなどを事細かく説明する。
「ハアアァァ……」
するとリーンは深いため息をつき、こめかみを抑える。
そして俺の向かい側の路地の壁に背中を預けると、そのままズルズルと地面にへたれこんだ。
「リムが攫われた時点で大問題なのに……どうすればいいのよ……」
まあ、そうリーンが弱音を吐くのも無理は無い。
俺も最初は今のリーンと同じような心境だったから。
しかし……。
「リーン、実はここからが本題だ」
「まだあるの……?」
俺が壁に寄りかかりながら言うと、リーンはこめかみを抑える指先から淀んだ眼をこちらに向ける。
「ああ、いい話と悪い話がある」
「……じゃあ悪い話から」
「分かった。さっきも言ったけど、フォルガントの女の子が数十人も失踪した。それは何者かに誘拐されたと見ていい。そしてリムを攫った奴らの犯行って可能性が高い」
「うん」
「何であの時わざわざここに来てリムを狙ったかは分からないけど、リム以外の女の子も攫ったって事は、ここのも危ないって事だ」
「ちょっと待って、つまりアイツらがまたここに来るって事? でもどうやって? また交易商に変装する可能性は低いわよ?」
顎に手を当てるリーンの言葉に、俺は頭を掻きながら。
「いや、アイツらはもう一度交易商のフリをしてここに入ってくる。恐らく明日の昼頃にな」
「明日の昼頃?」
「ああ。実はその日は、本物の交易商が来る予定日だ。多分、今度はその本物交易商に交じってうちに入ってくる」
「!」
その情報は昨日、俺が商業ギルドで受付嬢から聞いた話だ。
昔からよく言う木を隠すなら森の中、人を隠すなら人混みの中って考えで、誘拐犯達は本物の交易商と交じって行動するだろう。
だが、交易商を一人ずつ縛り上げるなんてて事は出来ないし、チンタラに身元調査をしてたら誘拐犯達に感づかれてしまう。
恐らく誘拐犯達も、そう考えているだろう。
「それで仮にアイツらが来たって場合は、確実に子供を狙ってくるはずだ」
「だから今すぐこの国の子供達全員を避難させて……っていうのも、向こうに感づかれるか……」
「そうそう」
だからリーンが言うように、子供を避難させるというのはあまり良い判断ではない。
俺は目を瞑って腕を組むと、リーンにこんな問いを投げ掛けた。
「それでなんだけど、ちょっと誘拐犯の気持ちになって考えてみてくれ。まず、真っ昼間から子供を攫うって事はしないだろ? 攫うタイミングとしては深夜から夜明けまでの間だ」
「そうね」
「そんで、今回は一気に、出来るだけ大勢の女の子を攫おうとするはず。だけど向こうは子供攫うのにあまり時間を掛けたくない。そんな時リーンだったらどうする?」
「えっ、ええっと……」
俺の唐突なクエスチョンに、リーンは顎に手を当て唸る。
そして少し経ち、リーンはボソッと呟いた。
「大勢の子供がいる場所を狙う……」
「それで、この国でそれに当てはまる場所と言えば……?」
「ッッ!」
その瞬間、リーンの瞳の色が変わった。
そう、この国で子供が大勢居る場所というのは、リーンが経営する孤児院しかない。
子供達に危険が迫りつつあるという事に血相を変えたリーンは、バッと立ち上がり慌てて路地裏から飛びだそうとする。
「まてまて! 話はまだ終わってないから!」
「な、何よ……ッ!?」
そんなリーンを慌てて引き止め、俺は話を再開した。
「今のが悪い話。それで、これからがいい話だ。まだ俺の憶測に過ぎないけど、明日奴らが孤児院に来るかもしれないって事は分かっただろ? って事は、逆に奴らをとっ捕まえられるって事だ」
「! そ、それって……!」
「ああ。誘拐犯一人でも捕まえられりゃ、リムの居場所が分かる。別にソイツを拷問して自供させなくてもいい。なんせこっちにはローズがいるんだからな」
そう、コレが俺の思いついた作戦。
リーンには申し訳ないが、孤児達を撒き餌にして誘拐犯を孤児院に誘き出す。
そして孤児院に誘われた誘拐犯をとっ捕まえて、ローズが以前デビルファングに使っていた、相手の記憶を読み取る魔法を使えば、リムの居場所がわかる。
フッフッフ……我ながら恐ろしく頭が冴えているぜ……!
「あと、この作戦は俺とお前の二人だけで実行するからな」
「な、何でよ!? 皆で協力した方が確実じゃない!」
まあ、確かにそうなんだよな……普通なら。
「いいか? この作戦も、相手に感づかれたらおしまいだ。しかもハイデルとかがまたドジやらかすかもしれない。だったら俺達でやった方が安全だろ?」
「た、確かに……」
「大丈夫だ。二人でも問題なく、出来るだけアイツらに危険が及ばないで、尚かつ誘拐犯を確実に捕まえられる作戦だからさ」
俺はリーンを安心させるようにそう言うと、腕を組んでニヤリと笑う。
「これ以上アイツらの好きにはさせねえ。あの誘拐犯共に吠え面かかせてやろうぜ。へっへっへ……明日が楽しみだなぁ……!」
「え、ええ……」
今まで散々な目に遭わされてばっかだったけど、今度はこっちの番だ。
今の俺の顔が自分でも思っている以上にゲスになっているという事は、リーンのドン引きしている様子で分かった。
――ちなみにその後、俺がリーンの下着姿を見てしまった事が孤児達にバレ、しばらく白い目で見られていたというのは、また別の話である…………ちくしょう。




