第十話 魔女っ子は今日も不機嫌だ!⑦
「何で逃げちゃったんだろう……」
冒険者ギルドを飛び出した私は、人気の無い小さな公園のベンチに座り、深いため息をついていた。
……バカだな、私。
あの日の事をずっと後悔は私だけだと思ってた。
だけどリョータさんも同じ事で、しかも私なんかよりもずっと後悔してて。
その事を知って、何だか凄く恥ずかしくなって、申し訳なくって……。
「子供だなぁ、私……」
私がそう呟き、もう一度ため息をついたその時だった。
――ゴトン、ゴトン。
「? 何の音だろう?」
遠くから聞こえた音にふと視線を上げる。
この音は……馬車……?
私はベンチから降り、馬車の音がする方に向かってみる。
公園から出てすぐの街道に、一台の荷台がゆっくり進んでいた。
アレ……? こんな荷台、この国にあったっけ?
確かにバルファストには荷台もいくつかあるが、こんな大きい荷台は見たことがない。
そう不思議に思っていると、私の前で荷台が止まり、馬を操縦していた人間の男の人が降りてきた。
「え? え?」
「ああ、驚かせてすまないね。私はフォルガント王国の交易商の者なんだ。実はとある店に商品を卸しに行きたいんだが、道が分からなくてね」
「あ、ああ! そうでしたか!」
何だフォルガント王国の人か……。
そっか、そう言えばこの前、もうすぐフォルガントの交易商の人達が来るって聞いたな。
「ええっと、私でよければ案内しますよ?」
「本当かい? いやぁ悪いね」
私がそう言うと、男の人は頭を掻きながら笑う。
せめてこれくらいは、この国に貢献しなくっちゃ!
「それで、どこですか?」
「ああ、ここなんだけどね……」
私は荷台に近づき、男の人が広げた地図を見てみる。
「……アレ?」
「どうかしたのかい?」
「い、いえ! ええっと、その場所ならすぐソコですよ。付いてきて下さい」
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
思わず声を出してしまった私に、男の人は不思議そうに訊いてくる。
私は何でも無いと首を横に振ると、荷台の先頭に立って歩き出した。
でもおかしいな。
あの地図で書かれていた場所、確か何にも無い小さな路地だったはず……お店なんてあったっけ?
もしかしたら、交易のために新しく出来たのかも。
「ここですよ」
などと思っている間にも、私達は目的の小さな路地に着いた。
そして私は薄暗い路地の奥を注意深く覗いてみる。
……うん、やっぱりだ。
やっぱりお店なんてどこにも見当たらない。
「あの、もしかしたらその地図間違ってるのかも……」
私がそう、後ろに立っているであろう男に人に話し掛けようとした時――。
――ガチャン。
……え?
不意に近くから聞こえた金属音に、私は反応が遅れてしまった。
何だろう……首元が冷たい……?
私は恐る恐る自分の喉元を触ってみる。
「!? な、何コレ……首輪……!?」
私の首に、大きな鉄の首輪が着けられていた。
「な、何なんですかコレ!?」
「…………」
私が慌ててバッと振り返り言うと、男の人は先程のような柔和な笑みから一変、不気味なほど無表情になってる。
そして、そのボンヤリとした瞳で私を見下ろしながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「ち、近寄らないで下さい! それ以上近づいたら、ま、魔法を放ちますよ……!?」
「…………」
私が手をかざして脅してみても、男の人は何も警戒する様子もない。
しょ、しょうがない、やっつけなきゃ!
「『エア・ブラストッ』――ッ!」
覚悟を決めて、私は男の人に風魔法を放つ。
無詠唱だから威力は小さいけど、この人を吹き飛ばすぐらいの力は……。
「ア、アレ……!?」
ま、魔法が出ない!?
「エ、『エア・ブラスト』ッ! 『バブル・ボム』ッ! 『ファイア・ボール』ッ!」
私がもう一度魔法を放とうとしても、別の魔法を試してみても、私の掌からは何も出ない。
も、もしかしてこの首輪のせいで!?
「……ッ」
「あっ、きゃあぁ!?」
と、私が首輪に気を取られていた隙に、男の人は私を羽交い締めにした。
「な、何するんですか!? 止めてくだ――ムウゥッ!?」
必死に抵抗するも、男の人に口を塞がれてしまい叫べない。
そもそもこんな人気の無い路地に助けてくれる人なんていない。
「ムグウッ! ムウゥゥウッ!」
嫌だ……嫌だ……!
怖いよ……助けて、誰か……!
「…………」
「……?」
私が心の中で助けを求めていると、不意に男の人の動きが止まった。
な、何……? どうしたの……?
と、私がギュッと瞑っていた目をうっすらと開けてみる。
男の人の視線の先には、路地の向こう側の出口に一人の影が立っていた。
「え……? ちょ、何……やってんの……」
リョ、リョータさんッ!
「ムゥ! ムゥッ!」
私がリョータさんの名前を呼ぼうとしても、男の人の手が塞いで呼べない。
「…………」
「お、おい……何やってんだよあんた……」
「…………」
「リ、リムに、何してるんだって、聞いてんだよ……ッ!」
リョータさんは明らかに動揺した様子で私と男の人を交互に見る。
そんなリョータさんを警戒するように、男の人は私を羽交い締めしたままジリジリと後ずさる。
そして……。
「あ、待てッ!」
男の人は私を抱えると荷台に向かって走り出した。
ど、どうしよう!?
リョータさんと私の距離じゃ到底間に合わない!
そう思ってる間にも、男の人はもう数歩で荷台に辿り着くほどの距離になり――。
「『投擲』ッ!」
「――ガッ!?」
「きゃあ!?」
リョータさんの声が聞こえたと思った瞬間、ゴツンという鈍い音と同時に私の身体が地面に落ちた。
「イテテ……」
私が頭を押さえて起き上がり男の人を見てみる。
「コレって……」
男の人の後頭部にはうっすらと赤い跡が残っていて、そのそばには握り拳ほどのレンガの欠片が転がっていた。
そっか、リョータさんの投擲スキルでこのレンガの欠片をぶつけたんだ。
「あっぶねー、たまたま転がってて良かった……」
私は後ろから聞こえたリョータさんの声にバッと振り向いた。
た、助かっ……た……。
「リム、大丈夫!? 誰その人!?」
「リョータさん後ろッ!」
心配したように駆け寄って来るリョータさんの真後ろを見つめながら、私は咄嗟に叫んだ。
「へ?」
リョータさんは私の声に弾かれるように振り向く。
リョータさんの後ろには、倒れている男の人の仲間だと思われる、黒いフードを被ったもう一人の男の人が……!
「――ァガ……!」
もう一人の男の人の手刀が、鈍い音とともにリョータさんの首に入る。
そしてリョータさんは崩れるように倒れた。
「リョータさん! リョータさんッ!」
私が必死に呼び掛けるも、リョータさんはピクリとも動かない。
「リョータさ――ムゥッ!」
もう一度呼び掛けようとした私の口を、いつの間にか起き上がった男の人が再び塞いだ。
「おい、大丈夫か?」
「ああ、何とかな。ったくこのガキ、舐めたことしやがって」
「ムゥーッ!」
黒いフードの男の人に、私の口を塞ぐ男の人は恨めしそうに気絶したリョータさんを見下ろしながらそう返す。
そして、私を素早い手つきで両手両足を縄で縛り、猿ぐつわを噛まさせると、荷台の後ろに放り込んだ。
「ムゥ!」
「行くぞ」
「ああ、コレもあのお方の為に……」
男の人達の会話とともに、私を乗せた荷台がゆっくりと進み出す。
「ムゥ! ムゥーッ!」
みんな……リョータさん……助けて下さい……!




