第十話 魔女っ子は今日も不機嫌だ!⑤
「さてと、まだ時間あるけどこの後どうする?」
「そうですね……」
俺とリムは、フォルガントの街を特に目的もなくブラブラと歩く。
しかし、毎回毎回思うが、ほんとデカいなこの街。
バルファストだったらもうとっくに魔の森に着いてるぞ。
だけどうちは別にここまで大きくなくてもいいかな~、などと思っていると、先程から何かの建物の壁をジィっと見ていたリムが口を開いた。
「あの、リョータさん。この壁、さっきからずうっと続いているんですけど、ここはどんな施設なのでしょう?」
「さぁ?」
そう、実は先程から俺から見て右側の白レンガの壁が延々と続いている。
俺もさっきから、『異世界のベルリンの壁か?』などとずっと気になっていたのだ。
「何でしょうね? 貴族のお屋敷とか?」
「いや、もし貴族の屋敷ならまず壁じゃなくて塀だろ。だけどコレ、どう見ても何かの建物なんだよなぁ……うん、ちょっと覗き見してみよ。『透視眼』」
俺は透視眼を発動させ、謎の巨大な壁を透視して見てみる。
一応俺の予想では、国立病院じゃないかと踏んでいるのだが……。
「ん?」
そう思って壁の奥を覗き見した俺は、首を傾げた。
中には、どっかで見たことがあるような光景が広がっていたのだ。
中に居たのは医者とかではなく、全員冒険者。
しかも何かを飲み食いしていたり、掲示板らしき物に張られている紙をみて唸っている者もいる。
って、もしかしてここって、いや十中八九……!
「あっ、リョータさん、出入り口がありましたよ!」
「お、おい……!」
俺が冷や汗を垂らしていることも知らず、リムは早足で歩き出す。
そして出入り口から中の様子を見たであろうリムが、俺と同じように固まった。
俺はリムの方に向かい、出入り口の上にでかでかと彫られた文字を見て確信を得た。
『フォルガント王国 冒険者ギルド本部本館』
もはや絶句するしかなかった。
バルファストの冒険者ギルドもデカいと思っていたのだが、そんな考えすらバカらしくなってしまうほどデカかった。
うちの国の冒険者ギルドが大体学校の体育館ほどの広さだとすれば、ここは学校の敷地全部、いやそれ以上あるかもしれない。
もう怖えよ、何でこの国はどこもかしこもデケえんだよ……!?
「す、凄いですね……」
「ハアァアアァ……やっぱ、こんな国と対等に接しられる自信ねえわ……」
宮殿を初めて見た時もそう思ったのだが、まさか冒険者ギルドを見ただけでもそう思ってしまうとは……。
フォルガント王国、恐るべし……!
「……入ってみる?」
「そ、そうですね。他国のギルドというのも気になりますし……」
と言っても、リムの言う通りやはり他国のギルドというものは気になる。
何か参考に出来るものもあるかもしれないし。
俺はリムの前を歩き、恐る恐るギルドの中に入っていった。
透視眼で覗き見した時はちょこっとしか見えなかったが、ちゃんと見てみるとギルド内部は想像を絶するほど広かった。
クエストが張られている掲示板は何十メートルもあり、冒険者の騒ぎ声が反響するほど広く、受付は数え切れないほど並べられている。
一方うちの国のギルドは、掲示板は丁度授業で使う黒板ぐらいの大きさ、広さは飯時になれば満席になるほど、そして受付は五つ。
うん、負けたな、完全に。
「おい、何だアイツ? 新人か?」
「何かちっせえガキまで連れてんじゃねえか」
そして、俺とリムを物珍しそうに見てくる冒険者達。
うは~、懐かしいわこの感じ。
俺も最初ギルドに入った時、冒険者にコソコソ言われてビクついてたなぁ……まあ今もだけど。
「なあリム、大丈夫か? やっぱ帰る?」
「だ、大丈夫です! こ、このぐらい平気ですから……!」
俺が振り返って訊くと、あからさまに無理してるとしか思えないリムの応えが返ってきた。
よし、ここはどんなクエストがあるかちょっとだけ見てさっさと退散しよう。
そう思ったのも束の間、最も恐れていた事態は唐突に訪れた。
「何だお前、ガキなんか連れてよ? ここは子供が遊びに来るとこじゃねーんだぞ」
DE☆TA!
俺は横から乱暴な口調で掛けられた言葉に、咄嗟にリムを庇うように振り向く。
そこには、俺に突っかかってきたと思われる、背に両手斧を背負った戦士風の男が、いかにもな笑みを浮かべて立っていた。
「す、すいません、ちょっと見学に……」
「見学ぅ? テメエみたいなふざけたヤツがいると、俺の評判も下がるんだよ。冒険者舐めてんじゃねーぞ」
「ハ、ハハハ……」
と、俺が男に乾いた笑い声を上げながら今の現状を把握する。
ヤベえ……親の顔ほど見たテンプレ展開になってしまった……!
この前の騎士の場合とは違い、明らかに俺をいびって楽しんでいるぞコイツ。
しかし、やはり一番に避けたいのは戦闘になってしまう事。
ソレは勿論、俺が確実に負けてしまうから。
あともう一つ、同盟を結んで早々国交問題を起こしたくないからだ。
一応、俺はお忍び観光という形で街を歩いていた。
勿論、この男は俺が魔王だと言うことを知らない。
かといって正体を明かせば明かすで大事になってしまうし、そもそも信じてくれないだろう。
そして、この前のような土下座作戦は効果が無い。
周りにいる連中もこのやり取りを見て楽しんでいるみたいだし。
まったく、何で魔界の冒険者よりここの冒険者の方が治安悪いかな……!?
と、俺が焦っていたその時。
「あ、あなた、いきなり何なんですか!」
「ちょっ、リム……!」
俺の後ろにいたリムが、男の前へズイッと出てきた。
「あん? 何だぁガキ? さっきも言ったよな? ここはテメエら見てえなガキが来る所じゃねえってよ」
「子供扱いしないで下さい! いきなり何なんですかあなたは!」
ヤバイヤバイヤバイ!
更に最悪な事態になっちまった!
「リ、リム! この人が言ってる事は正しいんだし、素直に帰ろう? な?」
「ダメです! このまま帰る事なんて出来ません!」
咄嗟に肩を掴んでそう促すも、リムは俺の手を退かして男を睨む。
うう、リムはこういった場合はいつもより頑固になるんだよな……。
「大体、評判が下がるって何なんですか? 冒険者は人々の暮らしの平和を守るのが仕事でしょう?」
「ケッ、テメエみてえなガキには分からないだろうがな、ギルドで生き残るのには評判が一番なんだよ。この人数だ、評判が無けりゃ仕事も貰えない。そもそも、人々を守るって何だ? 俺より弱え奴なんか死のうが知ったこっちゃねえんだよ!」
「なっ……!」
男の吐き捨てるような言葉に、リムは目を見開いた。
……正直、申し訳ないが言っている事はリムよりもコイツの方が正しい。
バルファストは元々人口が少ないから、冒険者に自然に仕事が回ってくる。
しかしここは大国。ギルドの人口密度が多いほど、仕事を貰えるかは難しい。
リムはまだまだ十歳の子供。
他国の複雑な事情というものは知らないんだ。
畜生、そういう所ちゃんと考慮しておくんだった……!
「で、でも……!」
「ああ? まだ文句あんのかクソガキ!?」
「ヒッ……」
それでも何か言おうとしたのが怒りに触れてしまったのか、男はリムの華奢な手を掴むと大声で怒鳴りつけた。
「へへへ……」
「ヒヒヒ……」
周りから、腰が抜けそうになって震えているリムを嗤う声がチラホラと聞こえ始めた。
ああもう、俺ってほんっとバカだ。大バカだ。
リムのような小さい子供を、こんな荒くれ者が蔓延る冒険者ギルドに誘うなんて。
ほんっとに、何今更後悔してんだよ俺……!
「テメエみたいなガキには、仕置きが必要だなぁ……!」
男はグニャリと顔を歪ませると、もう片方の手を振り上げる。
「ッ!」
そして、その手がリムの顔めがけて振り下ろされていき――。
「……あん?」
「…………」
俺は男の振り下げようとした筋肉質な腕を掴んだ。
ハアァ……怖い……凄く怖い……。
でも、コレしか方法がねえよなぁ……。
しゃあねえ、腹くくるか。
俺は意を決して男の目を見ると、あからさまに嘲笑うような笑みを作った。
「……評判が下がるって、子供に手ぇ出そうとしてる時点で周りからの評価下がるだろ……そんな事も考えられねえのか、バカだろお前?」
「あ?」
「あ~あ、フォルガント王さんも可哀想だよなぁ……こんな綺麗な街に、こんな汚えウジ虫みてえなのがいるんだから。なあ、そうだろ? イキリ斧太郎さんよぉ――」
――バキッ。
そんな鈍い音とともに、俺の身体は後方に吹っ飛ばされていく。
それもそのはず、俺は男の全力の右ストレートを顔面に食らったんだから。
魔神眼が無意識に発動どうしてしまっているのか、妙にスローモーションに見える。
男の怒りに満ちた顔、周りの冒険者の愉快そうな笑い顔、リムの驚いた顔。
やがて時の流れが元に戻り、俺の身体は勢いを取り戻し後方のテーブルに派手にぶつかった。
皿が割れる音が騒がしいはずのギルドに響き渡り、ギルド内はシンと静まり返る。
「…………ッ」
「テメエ……覚悟は出来てんだろうな……?」
いってえ……ッ!
歯は折れてない……みてえだな……。
男は俺を一発ぶん殴ってもまだ怒りが収まらない様子で、指をボキボキ鳴らしながら歩み寄ってくる。
更には周りで野次とかしていた冒険者数人も同様に、まるで新しい遊び道具が見つかったとばかりに近づいてきた。
コイツらはこの男のように俺に煽られたわけじゃないが、この期にに乗じて俺を痛めつけたいだけのようだ。
しかしこれでいい、コイツの煽り耐性がゼロで助かった。
これでコイツ怒りの矛先はリムではなく俺に転じた。
ここで刃向かったりしたら更に怒りを買ってしまう、だから後はコイツらが気が済むまでボコボコにされるだけ。
「や、止めて下さい!」
と、その時、静かなギルドにリムの悲痛な声が響き渡った。
そしてリムは男達に手をかざした途端、辺りの空気が変わる。
リムは俺を助けようと、魔法を放とうとしているのだ。
見た目からは想像も付かないであろう集中力に、男達は一瞬退く。
でも……。
「止めろリムッ!!」
「ッ!」
俺の全力の怒声に、リムは魔法の詠唱を中断した。
「リョータ、さん……」
「……俺は大丈夫だから、先外に行ってな」
「…………はい」
俺の静かな声音に、リムはかざしていた手を下に下げると、素直にギルドに出て行った。
「ほぉ……妹想いじゃねえか」
「ぺッ……いやぁ、アイツが悪いこと言ったな。代わりっつっても何だが、俺が代わりにサンドバッグになるから、それで勘弁しちゃくれねえか?」
嫌な笑みを浮かべる男に、俺は血の混じった唾液を吐き捨てると明るい声でそう応えた。
ああ、嫌だなぁ……痛いなぁ……。
それにこんな風に、一人に寄って集って痛めつけるの、本当に嫌だ……。
「そうか? それじゃあ早速――」
歯を食いしばり腹に力を込める俺の胸ぐらを掴み、男は拳を固める。
そして、覚悟を決めてギュッと目を瞑ったその時だった。
「待ちなさい」
この状況では場違いの、落ち着きながらも凜とした女性の声が聞こえた。
「あ? 何だテメエ?」
「……?」
声のした方向を見てみると、そこにはぼろ布で作られたようなフードを深く被った、高身長の女性が冒険者達の群れの中から出てきた。
一瞬ギルドのお偉いさんか何かだと思ったのだが、この男を含めた冒険者がこの女は誰だと顔を見合わしている。
「おい女、何邪魔してくれたんだ? ああ?」
男は謎の女性にヤンキーのように突っかかってくる。
しかし女性は何も臆する事は無く、微か口元がニヤリとする
そして、一瞬だけその女性の瞳が光ったように見え、その刹那。
「何笑って……ん……だ……」
その女性にまで殴りかかろうとした男が、まるで狐につままれたような表情のまま立ち止まった。
「お、おい……」
「急にどうしたんだ……?」
周りの冒険者が声を掛けても、男は微動だにしない。
そして、目の前で起きた謎の現象を混乱しながら見守っていた俺はその女性と目が合った。
顔はよく見えないのに、何故かその赤茶色の瞳だけはよく見える。
助けてくれた……のだろうか?
「あ、あの……ありがとう……ございます……?」
「…………」
俺が座り込みながら頭を下げたが、女性は特に何も言わず、何故か視線をギルドの出入り口に向けた。
「え、ええっと……」
「…………」
そして俺が戸惑っている間に、その女性は何事も無かったように悠々とギルドの奥に消えていった。
俺が怪訝に思っている間に、あの男も虚ろな目で、まるであの女性の後を追うようにギルドの奥に消えていき、周りの冒険者もつまらなそうに解散していった。
そして、その冒険者達がさっさと出て行けと言わんばかりの目で俺を睨みつける。
その視線に俺は慌てて立ち上がると、急いでリムの後を追う。
……しかし、あの女性は一体何者なのだろうか?
少しだけ、嫌な予感がする。
――ギルドを出てすぐ近くにあった大きな柱の陰に、リムが項垂れて立っていた。
「……リム」
「……何でですか?」
俺が声を掛けると、リムが視線を落としたままそう言った。
「……リムが言っていた事は確かに正しいよ。だけど、それは俺らの国の話だ。他所には他所のルールがあるんだよ……」
「…………」
「さっきは怒鳴ってゴメンな?」
「…………」
俺が出来るだけ優しい声音でそう説明するのだが、リムは納得できないのかそっぽを向いて完全にすねてしまっていた。
先程、俺に怒鳴られたのがよほどショックだっだのだろう。
こんな時、どう声を掛ければいいのか分からない。
だから俺はただ、短くこう伝えた。
「帰ろっか」
「…………」
俺の提案にリムは何も応えず、代わりにテレポートの詠唱を始める。
やがて魔法陣が地面に出現し、俺とリムはその上に移動する。
……やっぱ俺ダメだな。
折角リムの息抜きにと思って街を観光してたのに、こんな事になってしまって。
「『テレポート』」
リムの声とともに光に包まれる魔法陣を見ながら、俺は小さくため息をついた。




