第九話 魔界の梅雨は今日も静穏だ!⑥
今日は雨が降ってはいないものの、空は鉛色の雲に覆われ少しどんよりとしていた。
この世界の梅雨もいよいよ本格的になり始め、湿気が多く蒸し暑かった。
「あっち~、ジメジメする~」
「そんな格好してるからでしょ」
魔王城のとある個室のデスクの上に突っ伏している俺に、リーンが呆れ交じりに応えた。
「だってさ~、この服って俺の大事なトレードマークだし~。もし俺が街の奴らと同じ格好してみろ、ミッケやウォーリーより見つけ出す難易度高いぞ?」
「何訳の分からないことを言っているのよ……ほら、さっさと仕事を始めなさい」
「うひ~……」
リーンに促され、俺は渋々目の前に積まれた書類に向き合った。
そう、ここは魔王城の執務室。
そろそろフォルガント王国との同盟締結が迫ってきており、いい加減仕事をしなくてはいけないとのことで、一国の王らしく俺は同盟に関する書類などを確認したりサインをしたり印を押したりしているのだ。
ちなみに、リーンは俺の仮の秘書件見張り役であり、今のようにまるで編集者のような事を言ってくる。
何でも、世界征服のことしか頭になかった先代に変わって、こうした仕事を代わりにやっていたのだそう。
「薬草の出荷量、種の保管場所に……ああ、不作の場合の対処もしなくちゃだな……ああ、めんど……なあ、先代達もこんな事急にやらされてたのか?」
「さあ? 少なくとも父さんは世界征服の事で頭がいっぱいいっぱいだったから、多分その前の魔王達も執務とかしなかったんじゃないかしら?」
じゃあこの仕事があるのは同盟の話を受け入れた俺のせいって事か……。
まあ、先代らみたいに戦争やるよりかはずっとましだけども。
「……ふと思ったんだけど、俺って何代目の魔王なんだ?」
そういえば、俺が今で何代目の魔王なのか全く知らなかった。
それは魔王としてはどうかと思うが、色々あったせいであまり気にしてなかった。
俺の質問に、リーンは思い出すように空を仰ぐ。
「父さんで六十三代目だから、あんたで六十四代目ね」
「丁度百とかじゃないのか……」
「そんな都合よくなるわけないでしょ」
リーンに呆れられながら、俺は書類の内容を確認しながら考え込む。
俺で六十四代目かぁ……。
じゃあ名乗るときに、『魔王国バルファスト六十四代目魔王、ツキシロリョータだ』とか言うって事か……何かかっけえな。
「ホラ、手が止まってるわよ」
「あ、はい」
などとクールに名乗ってる自分を想像してウキウキしていると、リーンが俺の頭を書類の束で軽く叩いた。
「子供達の所に早く行きたいし、さっさと済ませなさい。じゃないと仕事もっと増やした上で私帰るわよ?」
「鬼! 悪魔! 編集者!」
コイツ、やっぱ編集者の素質があるぞ……!
「――で、仕事が終わったのはいいものの、何で俺も一緒に孤児院に行かなきゃなんだよ?」
「そんなの決まってるでしょ。荷物持ちよ」
「お前ほんと悪魔だな……」
「私は悪魔族じゃなくて魔人族よ」
「知ってるわ、絶対分かって言ってんだろお前……!」
やっと執務が終わったと思ったら、今度はリーンに連れられ孤児院に向かっていた。
左腕に孤児達の今日の晩飯の食材が入った紙袋を抱え、右手で傘を杖のように突きながらリーンに訊く。
「そういや、あの後カインはどうしてんだ?」
「ああ、あの後カインのおかげで子供達も説得出来たし、より一層面倒見が良くなってるわ」
「子供の成長スピードほんっと恐ろしいな……」
子供達が成長していくのはいい事だが、正直ビビってしまう。
最初はあんなにトゲトゲツンツンしてたのに、今では街のゴミ拾いとかやってるって聞くし。
俺も夏休みにジュース目当てでゴミ拾い参加したな~、などと思いはせている間に、もう孤児院についてしまった。
「今、手が空いていたリムがあの子達を見てるの」
「リムが?」
玄関の扉を開けながらリーンが言う。
「そういやリムって孤児達と仲いいのか?」
「自分で見てくれば? 私はコレをキッチンに置いてくるから」
「はいよー」
俺から紙袋を受け取り、リーンは廊下の奥に消えていった。
俺は傘を玄関に置き大広間に向かうと、扉越しからは子供達のはしゃぎ声が聞こえてきた。
リムの事だからきっと大丈夫だろうけど、もしかしたら、『お前の席ねーからッ!』みたいな事になってたりして……。
などと思い、大広間の扉からコッソリと覗いてみるとそこには。
「リムお姉ちゃん、私と遊ぼ!」
「ズルい! 僕だってリムお姉ちゃんと遊びたい!」
「コラ、喧嘩しないの! みんなで一緒に遊びましょう? ふふ……」
あ、優しい世界がここにあった。
「ア、アレ、リョータさん……!?」
と、俺の存在に気付いたリムがこちらを見て目を見開く。
「あ、お構いなく。どうぞ続けて」
「えっ、いや、コレはその……!」
小さい子供達にお姉ちゃんと呼ばれデレデレだったのを見られたせいか、リムは茹でダコのように真っ赤になった。
「あっ、魔王のお兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃーん!」
「おー、お兄ちゃんが来てやったぞー、っておととぉ!?」
そんなリムの反応などつゆ知らず、子供達は角砂糖に群がるアリんこのように俺に群がってきた。
何だろう、凄く心が癒やされる。
そういや小坊の頃、先生が『貴方達の笑顔を見るだけで、先生は頑張れるんですよ』なんて言ってたなぁ。
最初はどういうシステム? とマジで思っていたが。
すいません先生、俺の間違いでした。
周りを見てみると五~六歳の子達しかいなく、どうやらカイン達年長組はお仕事中の模様。
「ムゥ……」
とここで、リムが俺を見て少し頬を膨らませている事に気付いた。
どうやら子供達を俺に取られてご不満のご様子。
「ホラ、俺すぐに帰らなきゃいけないから、リムお姉ちゃんと遊んで来なさい」
「えー!?」
「……分かったよちょっとだけ。だけどリムも一緒にな?」
「うんっ!」
俺は子供達を引き剥がしながら起き上がると、ちょっとだけ嬉しそうな顔をしているリムに一言。
「なあ、やっぱ俺の事お兄ちゃんって呼んでみて?」
「い、嫌ですってばぁ!」
「――すぐ帰れって言われたのに、すっかり遅くなっちまったな」
「ですね」
子供達と遊び、存分に楽しんでいたら、すっかり夕方になってしまった。
「それにしても、リムって友達いたんだな」
「ムゥ……私に友達が居るの、そんなにおかしいですか?」
「んな訳ねーだろ、安心してるんだよ。お前が四天王だからって年が近い奴らが遠慮してるんじゃないかって思ってたからさ。まあ、普通に考えたらおかしいっちゃおかしいけども」
「……それを言うんだったら、私より魔王であるリョータさんがあの子達と仲良くしてるのもおかしいですよ」
「確かに」
なんて会話しながら、俺は孤児院の玄関の扉を開ける。
「あっ、雨降ってる……」
「ほんとだな……」
リムの言葉に、俺も空を見上げて呟く。
もしかしたら降るかもと思っていたが、やっぱり降ったか。
空は相変わらず雲に覆われているが、その雲は少しオレンジ色に染まってる。
夕立ってヤツかな。
「アレ、リム傘は?」
「え? あっ」
ふと見ると、リムが傘を持っていないことに気が付いた。
一応俺は傘を持っているが、ここから魔王城までちょっと距離がある。
リムを置いて行くということは普通に考えられないし、俺が傘を渡して全力疾走したとしても俺がずぶ濡れになってしまう。
…………。
「あの、私……」
「入るか?」
「え……」
俺が傘を広げてそう言うと、リムが少し目を見開いた。
「いや、傘持ってないんだろ? だからって俺がこの雨の中全力疾走するのも何だし……」
ヤバいな、何だこのラブコメ主人公みたいな感じは。
まあ、流石に十歳児にそういった感情抱いたりはしないけども。
でも、やっぱ嫌がるだろうなぁ……。
「ええっと……」
しょうがない、ここはサツキの為に無言で傘を置いて走るカンタスタイルで。
「わ、分かりました……」
「………………………………え?」
「何自分で提案しておいてキョトンとしてるんですか! ホラ早く!」
「お、おう……」
リムは俺の隣に並ぶと、早く帰るぞと言わんばかりに傘を持つ手を引っ張る。
傘が少し小さいのか、俺の歩くペースに合わせピッタリとくっついて歩くリム。
「…………」
「…………」
俺とリムは、それから会話を交わさず、ただ並んで歩いていく。
……ギ。
ギャアアアアアアアアア! 何コレえええええええええ!?
そんな中、俺は何故か酷く緊張していた。
何でリムは素直に俺の傘の中に入ってるの!?
そして何なのこのドキドキ!? 何なのこのときめき!?
俺は遂にロリータに目覚めてしまったのかぁ!?
……落ち着け、慎重に考えるんだ月城亮太。
普通に考えて、この流れになるのは至って普通だ。
別にリムは傘が無かったから俺の提案に乗っただけで、そもそも相合い傘なんてどうって事ないだろう。
じゃあ、俺の意識しすぎか……? ヒャー、恥ずかしー!
「…………ん?」
「ど、どうしたんですか?」
「へっ、あっ、いや、今日の晩飯の食材あったっけな~って思ってただけで……」
「そ、そうですか」
俺が慌ててそう返すと、リムは怪訝な表情を浮かべながらも視線を前に戻した。
ふと頭に過ぎった考えに、俺は思わず声に出してしまった。
……リムって、テレポート使えたよな?
テレポートを使えばそもそも歩かなくてもいいし雨粒一つも当たらずに帰れる。
じゃあ、何でわざわざ俺の傘に入ってるんだ……?
「…………」
考え得る一番の理由は、俺の提案を断るのが申し訳ないと思ったからだ。
多分、十中八九それだろう。
しかし、もし他の理由があるとするならば……。
「……リム」
「はい?」
「何かあったら、俺に言えよ?」
「!? と、突然何なんですか!?」
「いや、特にコレと言った意味は無いけど……な?」
「……まったく、子供扱いしないでって言ってるじゃないですか」
「すまん、余計なお世話だったな……」
うん、やっぱり俺に気を遣っていただけか。
何か、スッゲえ恥ずかしい事したな……。
空回りしてしまった気遣いに、少し苦虫をかみつぶしたような顔になってしまう。
「お兄ちゃんかぁ……」
「ん?」
「い、いえ、何でも!」
俺達はその後時折会話しながら、並んで魔王城に帰って行った。




