第九話 魔界の梅雨は今日も静穏だ!①
――ここは魔の森。
バルファスト魔王国から徒歩三十分で着く大きな森で、中ボスが控えているダンジョンにしか聞こえない名前だが、実際はちょっと大きなだけのただの森だ。
とは言え自然の中である以上、危険な事には変わりない。
当然モンスターも居るし、弱肉強食の世界が広がっているのだ。
そんな森の中心で、今まさに、冒険者とモンスターの戦いの火蓋が切られていた。
「オラッ!」
『ブルルルルル――!』
全身が灰色の毛に覆われたワーウルフの《戦士》、ヒューズの大剣が空気を切り裂く音とともに豪快に振り下ろされる。
しかし振り下ろされた場所には何もなく、ヒューズの大剣は虚空を斬ってそのまま地面に叩き付けられた。
「『ファイア・ボール』ッ!」
続いて、後方に杖を持って控えていた魔人の《ウィザード》、エマの魔法が放たれたが、この魔法もそのモンスターには当たらず、丁度そこにあった岩に衝突して消えた。
『ヒヒィィィイインッ!』
「させるかっ……!」
続いて、反撃とばかりにそのモンスターの後ろ蹴りがヒューズに襲いかかろうとしたが、巨大な鉄の盾がそのモンスターの前に立ち塞がり、攻撃を受け止めた。
「すまねえ、クライン!」
「今のうちに体制を整えろ……!」
感謝を述べるヒューズに、強面で額に二本の角が生えたオーガの《ガーディアン》、クラインが攻撃を弾きながらそう応えた。
『ブルルルルル……!』
「……ッ!」
そして、一匹のモンスターと三人の冒険者の両者が睨み合い、もう一度激突しそうになったその時。
「切り捨てごめえええええええええええええんッ!」
『ヒヒィイイイィイイイイイィィンッッ!』
後ろの茂みに隠れていた俺が腰の刀を抜き放ち、そのモンスターの足を一本切り飛ばした。
『ヒヒィイイイィイインッ!』
「っっとお!」
俺の存在に気付いたモンスターは残りの後ろ足で蹴りを食らわせようとするが、俺が身体を捻りギリッギリで躱し、
「もらったああああああああああああああああああああああああッ!!」
『ヒヒィイイウブエラッ!』
その態勢のままモンスターの腹に刀を突き刺した。
モンスターは口から血を吐き、そのまま俺の方にゆっくりと倒れてきて……。
「フッ……つまらぬものを斬ってしまっ――ブヘエッ!」
そのまま、モンスターの下敷きになってしまいましたとさ。
――俺は今、レベル上げの為に討伐クエストを請けていた。
ここ数日、いい加減レベル3から抜け出そうと思い、仲の良いギルドの冒険者のパーティーに、一時的に入れて貰っているのだ。
そして、今日俺を入れてくれたのはワーウルフのヒューズがリーダーのパーティー。
攻撃のヒューズ、遠距離のエマ、守りのクラインと、種族やジョブは三者三様であるが、非常にバランスの取れたパーティーである。
そして俺達が受けたクエストは、この森に生息するデビルユニコーンの討伐だ。
一見姿は神獣の代表とも言えるユニコーンと同じなのだが、身体中は黒い体毛に覆われ、螺旋状の角は禍々しく捻れ、凶暴で獰猛で、おまけに肉食というメルヘンの欠片もないモンスターだ。
まあとにかく、ヒューズ達の協力もあり、そんな凶暴なモンスターのトドメを刺せたのだが。
「お、おい、大丈夫かよリョータ……?」
「引っ張って……苦しい……息できない……!」
「まったく、折角の見せ場を自分で台無しにしてるんじゃないよ」
デビルユニコーンの亡骸から唯一はみ出ていた右手をクラインが掴み、俺の身体を引っこ抜く中、ヒューズとエマが呆れ混じりに言う。
「ちくしょう……折角自分でトドメさせたのに……ちくしょう……」
「討伐クエストは果たせたのだからいいじゃないか、魔王殿」
「イダイッ!」
そしてそのまま体育座りで落ち込む俺の背中を、クラインが巨大な手でバンッと叩いてきた。
俺がその痛みに涙目になっていると、エマがバッグから解体用のナイフを取り出しながら言った。
「しかし、まさかこの国の魔王様とクエストに行くなんて思いもしなかったよ」
「だからって畏まる必要ねえけどな! ガハハハハッ!」
「俺もいちいち気い遣わせられるのやだし、むしろフツーに接してくれて感謝だよ」
立ち上がりざまに伸びをして言うと、俺は地面に転がっている抜き身の刀を拾い上げた。
「それにしても魔王殿。その剣は一体何だ? 特殊な形をしているが……それに先程の切れ味も……」
すると、俺の刀をマジマジと見ながらクラインが訊いてくる。
それに対し、俺はドヤ顔で返した。
「フッフッフ……よくぞ訊いてくれた。コレこそ俺の故郷に古来から伝わる最強の武器。その名も、KATANAだ!」
そしてコレが二つ目の目的。
俺のオーダーメイド武器、刀の初披露宴である。
随分昔のことに感じられるが、バルファスト魔王国に突如として襲来した最凶のモンスター、ブラックドラゴン。
国中の奴らと協力し、何とか撃退することが出来たあのドラゴンの角を、今まで街の鍛冶屋に預けていたのだ。
そして、折角本物の武器を使うことが出来るのならと、鍛冶屋に頼んで日本刀のようにして貰ったのだ。
日本男子なら共感頂けるだろう。
旅行先で置き場所に困るだけであろう木刀を買ってしまい、その買ってきた木刀で見えない架空の敵と戦い、ラノベに至っては高確率で主人公が作ってしまうぐらい、男にとって刀はロマンであり、憧れなのだ。
勿論焼きなどの工程はない、形だけ似せた言わばなんちゃって日本刀だ。
しかも伝説級のモンスターの素材をふんだんに使っているのに、特殊な効果が一つも付与されていないという。
あのドラゴンが張っていたバリアはあの角で調整していたから、俺もバリアの一つでも張れると思ったのだが。
しかし、先程のようにあの筋肉もりもりの馬の足をスパンと切り飛ばすぐらいの切れ味を持っている。
そもそも刀が振れるだけありがたい上、こんなに切れ味抜群なのだから喜ぶべきであろう。
「なあ、前から気になっていたんだが、何でアタシらみたいな普通の冒険者にわざわざ頭下げてクエストに同行させて貰うんだい?」
俺がドヤ顔でクラインとヒューズに刀身を見せつけていると、デビルユニコーンの解体をしながらエマが訊いてきた。
「いやだって、一人でクエストに行くのなんて無理だし、かといってハイデル達に頼むのも……」
「「「ああ……」」」
俺の応えに、三人は納得したように首を振った。
俺が初めてクエストを請けた時、うちの三バカのせいで酷い目に遭ったことがあった。
アイツらは基本強いのだが、何をしでかすかわかったものじゃないし、余計に危険だ。
リムは年齢制限でまだクエストを請けられないし、リーンに至っては断られると思うし、もし同行して貰ったとしても、この森の生態系を乱しかねない。
「だからお前らみたいな本職に同行して貰ってるんだ。ありがとな」
「そうか。魔王殿の期待に応えられて、私は嬉しいぞ」
俺が感謝を述べると、クラインが柔和な笑みを浮かべた。
ええ、何この見た目とは裏腹の紳士!?
ギャップが凄い! 絶対モテるぞコイツ!
優しい世界だな~としみじみ思っていると、解体を終えたエマが素材をバッグに詰めて立ち上がった。
「それじゃあ、街に戻るよ」
「なあクライン、俺頑張ったよな? だからこの後一杯奢ってくれ」
「断る」
そんな中、俺はデビルユニコーンの亡骸に手を合わせると、先頭を行く三人に追いつこうと駆けだした。
「――ううん、黒鷺……夜叉烏……」
「? 何をブツブツ言ってんだ?」
バルファストに帰る道すがら、独り言をブツブツと言っている俺に、ヒューズが訊いてきた。
「ん? ああ、この刀の名前何にしようか悩んでてな」
そう、刀にとって最も重要な事は名前である。
斬魄刀とか日輪刀とか、そういった中二心擽る和風の名前が欲しいのだ。
しかしどうしたものか……うう~ん……。
「もういいや! 面倒臭いし、コレの名前は黒龍にしよう!」
「まんまじゃねえか!」
「いいんだよ、それに分かりやすいだろ?」
ヒューズのツッコミにヘラヘラ笑いながらそう返し、なんとなく空をを見上げると。
「あれ? 何か雲行き怪しくないか?」
「ん? 確かにそうだね」
いつもは澄み切ったスカイブルーの空が、今日は灰色の雲に覆われている。
普段そんな事を気にしていなかったが、ここはいつも晴れていたから少し違和感がある。
「ああ、この時期か……」
とここで、同じように空を見上げていたクラインが、納得したように頷いた。
「この時期?」
「ああ、魔王殿は遠くから来たのだから知らないか。この辺りの地域はこの時期になるとな――」
クラインが説明を始めようとした瞬間、俺の鼻先にポツンと何かが当たった。
「ん?」
拭ってみるとそれは小さな小さな水滴。
そして、次第にポツポツと、平野に作られた道が点々と濡れだし、草がピョコンピョコンと揺れ始める。
俺は思わずハッとし、再び空を見上げて呟いた。
「雨だ……」
登場人物紹介パ~ト7
レイナ・ブライト・フォルガント
この世界で敵無しと謳われる最強の勇者。その正体は天使のような性格の持ち主の、フォルガント王国のお姫様。《サルヴェイション》という魔族に対しダメージが上がり、魔族を殺すごとに強化するというユニークスキルを持っているが、本人は魔族と仲良くしたいと考えているため秘密にしており、その事を知っているバルファストの住人は、リョータ、リーン、カインの三人だけ。
リーンとの仲が良く、度々魔王城に遊びに来るが、ちゃんと勇者やお姫様としての仕事もこなしているしっかり者。




