第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!⑪
勇者一行にやられ、意識を取り戻した時には、私は冷たい牢の中に居た。
恐らくここは宮殿の地下牢だろう。
ワンドもローブも全て取り上げられ、鎖で壁につながっている手錠を付けられては、この私には何もすることが出来ない。
ああアダマス神様……何故なのです……?
私は貴方に崇拝を誓い、身を粉にしてきたというのに、何故私はこのような事に?
……そうだ、全てはあの者のせい。
あの憎き魔族の王、魔王ツキシロリョータのせいだ。
魔族はこの世にいてはならない、魔族は滅びなくてはいけないのだ。
それが人々の為であり、世界の平和の為であり、何よりアダマス神様の為なのだ。
それなのに魔王に……よりによって、あんな子供に私は負けたのだ。
「くそ……くそ……ッ!」
私は手錠で拘束された両手を地面に叩き付ける。
石レンガと手錠がぶつかり合った音は地下牢に響く。
意識を取り戻してから、ずっとあの者の声が聞こえてくる。
『仮に全ての魔族が滅びたとして、この世から争いは消えるかよ……?』
うるさい……!
『お前らだって、今こうして人種差別してるんだろ……? それならこの世界から争いは無くならないよ……』
違う、私は間違っていない。
全て魔族が悪いのだ。
魔族の影響で我々人間の中にも悪事に走る者が出てしまったのだ。
そうだ、そうに違いない!
「魔王め……! いつかアダマス神様に代わり、貴方に神の裁きを……!」
そう、私が憎き魔王に向けて、叫んだ時であった。
「――呼んだ?」
「!?」
私の言葉に、答える声があった。
その声がしたのは、牢の目の前。
暗がりでその者の姿はよく見えないが、この声は間違いなくアイツだ。
「神の裁きって言ってるけど、その前にアンタに下るぜ? 正当な人間の裁きがさ」
「貴方は……!」
目の前の影は、私にそう話し掛けながらゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、牢のそばに取り付けられた燭台のロウソクの火が、その者の顔を映し出した。
「魔王、ツキシロリョータッッ!」
「わざわざフルネームで呼んでくれてどーも」
見たことない服に身を包み、背中に紫色の無地のマントを羽織り、背中に何故かリュックをしょっている魔王は、そう言いながらヘラヘラと私を見下すように笑う。
私は悔しさで拳に血が滲むほど握り締め叫ぶ。
「貴方、何故ここに居るのです!?」
「アンタに用があって」
「!?」
あっけらかんと言う魔王の言葉に、私は思わず前のめりになってしまう。
「ここは宮殿の地下牢ですよ!? 私達のように兵士や使用人に変装しなければ、侵入など不可能のはず!」
「一応俺客人として来てるから、このままウロチョロしてても基本大丈夫だし。まあ、それでも流石にタダじゃ地下牢に入れないから、ちょっと看守の人と大人の契約を、な? いやあ、堅物じゃなくって助かったぜ」
そう言いながら魔王は右手の親指と人差し指を擦り合わせる。
間違いない、この男、看守に対して賄賂を渡したのだ。
魔王とはいえ、一国の王が賄賂を使ったという事実に引いていると、懐に手を入れ何かを探し始めた。
「あったあった」
そう言って懐から取り出したのは小さな針金。
それで何をするのかと思っていると、魔王はなんとその針金を牢の鍵穴に差し込んだ。
「な、何をしているのです……」
「ちょっとシャラップ――よし、開いた」
「本当に何をしているのですか!?」
魔王はものの数秒で牢の鍵を開け、悠々と牢の中に入ってきた。
「へっへー、コレが俺のスキルその四、《解錠》だ。いやー、万が一鍵落とした時でも家には入れるようって習得したスキルがここで光ったな」
「……」
私は魔王が宮殿で牢破りする奇妙な光景に、ただ呆然とするしかなかった。
どういう事だ……何故魔王がわざわざ危険をおかして私の牢の鍵を開けたんだ……?
…………。
「……成程、私を助けようとしているのですか?」
「?」
「ハハハッ! そうでしたか、つまり貴方もアダマス神様の使徒になりたいのですね! いいでしょう、ここから私を逃がしたのなら命は取らないでおいてあげましょう!」
「はぁ?」
そうだ、そうに違いない!
この小僧は魔王であるが一応人間、密かに魔族を嫌っていたとも考えられる!
私は魔王、いや、新たな同士に向かって叫んだ。
「さあ、私をこの牢から連れ出しなさい! そして私と一緒に、魔族を滅ぼそうではない――ッ!?」
「都合のいい脳みそしてんじゃねーぞ、バカかお前」
私の言葉を遮るように鳴り響いた、バチンという甲高い音。
魔王の手には水に濡らしたのだろうか、水滴をしたたらせるタオルが握られていた。
「誰が邪教徒になりたいだぁ? このクソッタレが」
「……ならば何故ここに……?」
私がそう訊くと、魔王は瞳を紅と紫に輝かせ、ボキボキ指を鳴らしながら一言。
「嫌がらせ」
「なっ……!」
嫌がらせ!?
嫌がらせのためだけにここに来たというのか!?
本当に何なんだこの男は!?
「あとアダマス教団について詳しく聞きたくってな。そういえば、フィアから聞いたんだけどよ……エドアルド・カイルマン。数年にわたって表立ち宗教勧誘の活動をしていたため、アダマス教団の六人いる幹部で、唯一名前が分かっている幹部……だったっけか?」
「そ、それがどうしたというのです……?」
「ねえ幹部さん、アダマス神様とやらは、本当にいると思うか?」
「何!?」
この者は一体何を言っているのだろうか?
「アンタが崇めてるアダマス神とやらは、光と正義の神なんだってな。だけどそれとは別に、光と正義の神がもう一つ存在してる。それがフィアが入信しているアルテナ神だ。普通神様って、同じ通り名はないらしいけど? ということは、どちらかは偽物って事だ。どっちだと思う?」
「そ、そんなのアルテナ神が偽物に決まっているでしょう! 正義と光の神はアダマス神様ただお一人……!」
私がそう叫ぶと、魔王はヘッと鼻で嗤い。
「アルテナ神は何千年も前から存在して、尚かつ世界で一番崇拝されている立派な神様だ。だけどアダマス神の名が世に知れ渡ったのはここ最近。普通に考えて後者の方が偽物だろ?」
「そんな事はあり得ません! アダマス神様はおられます! 教皇様が何度アダマス神様の神託を授かったことか!」
「胡散臭すぎんだろその教皇様とやらは。ぜってー騙されてるぞアンタ」
いいや違う、アダマス神様はおられる。
何故なら本当に私の前に現れたことがあるのだから。
どこからともなく現れたそのお方のオーラ、威圧感。
ソレを目の前にしたら、誰だって神だと言わざる終えない。
そう言い返そうとするも、魔王は淡々と語り続ける。
「確かに未だに魔族に対する差別は酷いみたいだ。そのアルテナ教団も魔族に対して良くない感情を持ってる奴が多いみたいだし。でも、アルテナ教団はアンタらみたいな外道じゃねえ」
「うるさい……!」
「お前らが魔族を殺したのは戦争中だった。いくら先代魔王に無理矢理にらされてたって、戦争は戦争。ましてやその戦争を全く知らなかった俺が、人間をせめることは無い。そう思ってた……だけど事情が変わったよ。本当はお前らが戦争を利用して、ただ魔族を惨殺しただけだったって知ったからな」
私の目の前にある二つの双眸は、微かに濡れている。
この者は……泣いているのか……?
「……今更だとは思うけどさ、俺はアンタに分かって欲しいんだよ」
「……っ!」
私に対し、突拍子な事を言って来た魔王。
そんな魔王は私の前に正座し、真剣な表情で言って来た。
「確かに魔族は長い間ずっと人間と戦ってきたし、中には先代の魔王達みたいな奴らも居るさ。でも、魔族は全員が悪い奴じゃないんだって、人間と仲良くなれるんだって分かって貰いたいんだよ」
……アダマス神様は実在する。
光と正義の名の下に、邪悪なる魔族を滅ぼさなくてはいけないのだ。
それが世界の平和の為なのだ。
………………。
「……残念ですが、私はまったくそうは思いませんね。魔族は滅ぶべき存在なのです」
「……そっか……残念だな」
私がキッパリそう言うと、魔王は本当に落ち込んだように下を向き。
「それじゃあしょうがねえな。シリアスな空気はここまでにして、楽しい楽しい嫌がらせのお時間にしようか」
先程までの暗さはどこへ消えたのか、魔王はパンッと手を叩くと同時に笑みを浮かべてそう言った。
「わ、私に何をするつもりなのです!?」
「……とりあえず毟る」
「何を!?」
どこの何を毟るのか分からないが、何故か私は無意識のうちに股間を守るように手を置いていた。
そんな私を見てニヤリと笑った魔王は、背中にしょっていたリュックの中から何かを取りだしていく。
「その後は、中学生男子が必ず一回は食らったことあるタオル鞭を百回。そして食料庫から拝借してきたレモン汁を目にぶっかけ、口の中に激辛ソースを流し込む。後は尻の穴にこの木刀を……」
「止めなさい、本当に私に何をするつもりなのですか!?」
「いや、俺魔王だから、一応この世界の拷問の方法とか調べたんだけど、やっぱどれもこれも中世風で物騒だったからさぁ、だからオリジナルで行くよ。さーてと、まずは毟りますか」
魔王はそう言うと、リュックの中から手袋を取り出し、それを着け始める。
「ひ、卑怯者! 身動きの出来ない者に、追い打ちを掛けるなど外道がやることです!」
「ハッハッハ! そうだよ俺は卑怯者だよ。でもしょーがねえじゃん、今の俺とアンタじゃ力の差がありすぎるんだし。それに、今のアンタが身動き取れないことをいいことに、わざわざここに来たんだしさぁ」
見ているとはらわたが煮えくりかえる程挑発的な笑みを浮かべる魔王。
こ、この男の卑劣極まりなさは……まさしく魔王ではないか!
やはる魔族は滅ぶべき存在……!
「だけど、アンタが身動きできようとどう答えようと、絶対に泣かせてやるって決めてたんだよ……」
「何……ッ?」
魔王は立ち上がると、私を冷たい目で見下ろして。
「親を亡くした子供に対してゲラゲラ笑い飛ばしたアンタを許せる訳ねえ。これは孤児になった子供達と、その世話を買って出たリーンに対する罰だと思え」
「…………」
「ああ、あとアダマス教団の情報を詳しく」
「い、言うわけがないでしょう!」
「じゃあ毟る」
「止めて、止めてください! 何でもしますから!」
「美少女ならまだしも、おっさんの何でもするなんざ聞きたくねえんだよぉ!」
魔王は更にニヤリと笑い、狂気に満ちた瞳で私に迫る。
私は逃げようとするが、鎖でつながれていて身動きが出来ない。
ああ……アダマス神様……どうか私に……お慈悲を!
「さあ、パーティーの二次会と参りますか! ヒャッハアアアアアアアアアア――!」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!」
私の叫びは冷たく暗い地下牢に響き渡り、やがて暗黒に吸い込まれていった。




