第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!⑨
「何ですって?」
「黙れっつったんだよ、いい加減にしろ……!」
俺はカインに対し高笑いするエドアルドを、全力で睨みつける。
カインの、あの孤児達の親がこんな奴らに殺されたのがあまりにも可哀想で。
それで、たかが人種と言うだけで虐殺したコイツらに対して怒りが沸き上がってきて。
色々の感情が渦巻く俺の目に、段々涙が浮かび上がってきたが、それでも俺は睨むのを止めなかった。
「……フン」
するとエドアルドは少し黙った後つまらなそうに鼻を鳴らし、再びアルベルトと向かい合った。
……自分で言っておいてなんだけど、黙ってくれたよこの人……何で?
少しエドアルドが俺の眼を見て身を引いた気もするが……まあいい。
「……お前ら、いくつか言っておきたいことがある」
俺は目を袖で擦ると、取り巻き四人に向かってに口火を切る。
「まず、お前らが魔王の俺や魔族を蔑もうが罵ろうが構わねえ。勝手に下に見てろって話だ」
「何を強がっているんですの?」
「強がってねえよ、お前らみてーなのをいちいち相手にするのが面倒臭いだけだ」
「何ですって……!?」
俺の淡々とした言いように、取り巻き四人が眉間にしわを寄せた。
「だっていちいち悪口とか気にしても、俺らが何か出来るって訳じゃねえもん……。だから俺達のことを勝手に見下してくれ、勝手に蔑んでくれ。それで済むんだったらな……」
「にーちゃん、何言って……!」
「だからって親を殺された子供を笑ってんじゃねえよッ!」
そんな俺の発言にカインは口を挟もうとするが、それを遮り敵に向かって言い放つ。
「確かに魔族は、ずっとお前らに戦争を仕掛けてきた! お前らが魔族を悪だって思うのも当然だ! でも、俺達は皆同じ人なんだよ! 帰る場所があって、帰りを待ってる子供も居たんだ!」
俺は目から涙をこぼしながら、ゆっくりと取り巻き達に歩み寄っていく。
「俺は余所者だから、戦争のことは何も知らない……だから、俺が何かを言う権利はないかもしれない……! でも、やっぱりコイツらの親が死んだ理由は間違ってるよ……」
俺が涙と鼻水を垂れ流しながら言うと、取り巻き三のこめかみに血管が浮き出る。
「間違い? 何をふざけたことを……!」
「仮に全ての魔族を滅ぼしたとして、この世界から争いは消えるかよ……?」
「……!」
「お前らだって、今こうして人種差別してるんだろ……? それならこの世界から争いは無くならないよ……」
「……ッ」
俺の言葉に、向こうは何も言い返せないようだ。
……戦闘中にいつまでも喋ってる時間もないし、そろそろ動こう。
怒りでコイツらはまだ気付いていないみたいだけど、さっきよりだいぶ距離が縮まった。
あとは……。
「……それでも、私はアルベルト様を守るため、己の正義を信じますわ!」
取り巻きその一が、安い主人公みたいな台詞を高らかに言い放つ。
普段の俺だったら、『子供の喉元にナイフ突き立ててる奴が正義なんて主人公っぽいこと言ってんじゃねーよ』と思わずツッコムのだが、俺はあえて黙る。
タイミングを見計らっているんだ。
少しでもカインの喉元から短剣が離れるのを。
「? どうかしましたの? 今更後悔してももう無駄ですわ!」
黙り続ける俺が恐怖していると勘違いしている取り巻きその一は、少しだけ警戒を解く。
――今だッ!
その瞬間、俺は予め予定していた言葉を言い放った。
「ああっ、ゴキブリッ!」
「ギャアアアアア!?」
指を差しながら俺の言葉に取り巻きその一は目を見開き、一瞬で顔を真っ青にさせると、大慌てで右腰に視線を落とす。
すると右手に持っている短剣の刃がカインの喉元から逸れ――。
「『投擲』ッ!」
その瞬間、俺はエドアルドにぶん投げられた際、念の為シャツの裾の中に隠し持っていたフォークを取り巻きその一に投げつけた。
「ゴキブリなんていないじゃな――あぐっ!?」
ナイフではないとは言え、当たれば十分痛いフォーク。
取り巻きその一は手の甲に当たった痛みに思わず短剣を取り落とした。
単純な子供だましだけど、このシリアスな雰囲気の中いきなり例の黒いヤツが近くに居ると聞いたら誰だってビビるんだよ!
「カイン走れッ!!」
「ッ!」
俺は瞬時にカインにそう叫ぶと、一気に取り巻き達との距離を縮める。
カインは反射したように取り巻きその一の腕からスルリと抜けると、俺に向かって駆けてくる。
「ッ!? させない!」
すると隣にいた取り巻きその四がドレスを破き、カインを捕まえようと走り出す。
「カイン、しゃがめ!」
「は、はあ!? 何言って……!」
更にギアを上げ、意味が分からないと言ったカインに向かって怒鳴る。
「いいから! しゃがめえええええええええええええええええ!」
カインがしゃがんだ瞬間と、俺が飛んだ瞬間はほぼ同時だった。
しゃがんだカインの真上を、身体全体を横に傾けながら飛び越える。
そして、カインのすぐ後ろまで迫ってきた取り巻きその四の顔面に向けて。
「男女平等ドロップキィィィィクッ!」
「ァガッ!?」
説明しよう、男女平等ドロップキックとは!
その名の通り、女性であろうと全力で跳び蹴りを放つシンプルな必殺技であり、あえて男女平等と叫ぶことで後の周りからの冷たい視線を微量ながら緩和する事が出来るのだ!
俺の跳び蹴りをモロに顔面に食らった取り巻きその四は、鼻血を撒き散らしながら後方に吹っ飛び、白目を剥いて気絶した。
「ああ!?」
「貴方、なんて事を!」
人質の貴族達を見張っていた取り巻きその二とその三は、自分の役割を忘れてその四の元へ駆け寄る。
「ああ、なんて酷い……! 女に対して手を上げるどころか、跳び蹴りなんて……!」
「貴方、人として恥ずかしくないんですの!?」
俺を睨みつける二人に、俺は腕を組んで堂々と言い放つ。
「俺には我慢ならねえ人種が三種類いる。一つ、百合の間に割って入ってくる男。二つ、ラノベをイラストだけでエロ本と決めつける奴。三つ、自分は女だから手を出されないって調子に乗ってるクソビッチだあああッ! 『スパーク・ボルト』――ッ!」
「「あああああああああ!?」」
俺はそう叫びその二とその三に突っ込んでいき、先程の兵士のように首筋に電流を流し込んだ。
「今は命の取り合いの真っ最中だろうが。男とか女とか、甘ったれたこと言ってんじゃねーぞッ!」
「ヒ、ヒイッ……!」
その場と倒れた仲間達を見て、取り巻きその一は戦意を損失したらしく、俺を見て顔を真っ青にしている。
敵とは言えど、流石に戦意を損失した相手に追撃を加えるのは嫌だ。
それに、この様子を見た限りもう俺やカインに追撃してこなさそうだ。
「カイン、お前はテーブルクロスの下に隠れてろ。他の貴族達の事はどうでもいい、自分の身を守れ」
「…………ごめん」
俺肩を回しながら言うと、カインは俯きながらポツリと呟いた。
「何が?」
「俺……にーちゃんの迷惑になった……」
「そんなの……」
「それに、父さんと母さんを嗤われて……悔しいのに……何も出来くて……!」
「…………」
悔しそうに唇を噛み、大粒の涙をボロボロと落とすカインに、俺は言葉が詰まってしまう。
そんな事ない、なんて言える訳がない。
その言葉を言ったところで何も変わらないし、更にコイツを傷つけてしまう気がするから。
「カイン!」
「……?」
その代わりに、俺はクルリとカインに背を向けながら。
「後は魔王様に任せとけ」
それだけ言うと、俺はエドアルドに向かって駆け出した。
「すまん! 遅くなった!」
「ハア……ハア……! こ、これくらいどうって事はない! それにしても君! いくら敵だからって、ドロップキックする事は無いだろう!」
「俺個人アイツらには恨みたらたらだったからな! 今スッゲエスカッとしてる!」
「ゲスだ、君はやっぱりゲスだ!」
恐怖を打ち消すためわざとハイテンションになっている俺の言葉に、アルベルトが食って掛かる。
ずっとカインが捕らわれている間、一人でエドアルドの相手をしていたコイツ。
ああ強がってはいるが、息が上がって苦しそうだ。
「さてと、今度こそ決着つけるぞ邪神崇拝者!」
「なッ!? アダマス神様の事をロクに知らない不届き者が、何を言いいますか!」
「おっと、今年度お前にだけは言われたくねえ大賞受賞おめでとう! 賞金は医療費にでも使いやがれ! 『アクア・ブレス』ッ!」
俺はそう叫びながらエドアルドにアクア・ブレスを放つ。
「『グレイス・ウォール』!」
しかし、それをエドアルドは光の壁を再び出現させ防ぐ。
「まだまだあああああああああ!」
それでもなお、俺はアクア・ブレスを放ち続ける。
やべえ……結構キツい……!
だけどもう少し頑張れ、月城亮太……!
俺はそう心の中で自分を鼓舞し続け、歯を食いしばる。
「ハッハッハ! この程度ですか?」
「言ってろクソヤロー……!」
完全に舐めプ状態のエドアルドだが、実に狙い通りだ。
俺が気を引いている間に透明化したアルベルトが、エドアルドの後ろから攻撃を仕掛けようとしているのだ。
ユニークスキルによる透明化はかなり体力を使うようで、アルベルトの状態から見てコレがラストチャンスだろう。
透明化したアルベルトは苦しい表情を見せながらもエドアルドに迫り、剣を振り上げた。
いけ……!
そう、俺が勝利を確信したのだが。
「甘いッ!」
「何――がはっ!」
エドアルドは後ろを見ずにアルベルトの剣を躱し、そのままアルベルトの顔面に裏拳をぶつけた。
アルベルトは真横に吹っ飛び会場の壁に激突すると、そのままズルズルと倒れてしまった。
「嘘だろ……何で……」
アルベルトは透明化していたはず。
しかも背後からの攻撃を躱すなんて不可能のはずなのに……!
思わず魔法を止めてしまった俺に、エドアルドがニヤリと笑いながら言った。
「貴方が水を辺りに撒き散らしたおかげで、あの者の足音が聞こえたのですよ」
「なっ!?」
そう言われ辺りを見渡してみると、エドアルドの周辺に水溜まりが出来ていた。
「そ、そんな……俺のせいで……」
俺は自分がしてしまった失態のショックと魔力を使いすぎたせいで立てなくなり、その場に手を付いた。
「フフフフ……ハハハハハハッ!」
「うぐあッ……!」
そんな俺を見下すかのように、エドアルドは耳障りな笑い声を上げると再び俺の頭を踏み付けた。
「実に滑稽ですね魔王! さあ、終わりにしましょう! 今こそ魔の者に、神の裁きを!」
エドアルドは高らかにそう言うと、俺にワンドを構え詠唱を始める。
そして、詠唱を唱え終わると、俺に向かって強力な魔法を――!
「『スパーク・ボルト』――ッ!」
「ぐあああああああ!?」
――放つ前に、俺が水溜まりに電流を流し込んだ。
「悪いな……。こうでもしないと、アンタにダメージ与えられそうになかったからよお……!」
「あ、なた……!」
そう、魔力を使い果たしたのは実は演技だ。
確かに俺の魔力はもう殆ど残っていないが、まだ動けるし魔法も出せる!
感電したエドアルドがワンドを取り落としたのを見て、俺は電流を流すのを止める。
そしてその落としたワンドを取り上げると、俺は身体に鞭を打ってエドアルドから離れる。
「ぬう……ッ!」
たっぷり電気を流したのだが、エドアルドはよろけながらもその場に踏ん張る。
「残念でしたね魔王……兵士達には上手くいったようですが、私には効きません!」
「分かってるよそんぐらい」
しかし、俺十分エドアルドから距離を取る時間は出来た。
準備はオッケー、後は俺の奥の手を繰り出すだけだ。
「何ですか……?」
「俺の奥の手だよ……水の電気分解って現象があるんだけどよ」
俺はエドアルドに向き直ると、手で銃の形を作り、ソレを向けながら。
「水に電気を流すと、水素と酸素って言う目に見えない物質に分解されるんだよ。中二の科学でやる、結構テストに出やすい実験だな」
「……何が言いたいのです?」
訳が分からないと言った顔をしているエドアルドに、俺はニヤリと笑ってやると。
「その内の水素ってさ……火を付けると爆発するんだって……」
「!?」
やっと俺の言いたいことが分かったのか、エドアルドは目を見開く。
俺は残りの魔力を振り絞り、カッと目を見開き、
「『イグニス・ショット』――ッ!」
俺の指先から放たれた小さな火球は、真っ直ぐエドアルドに向かって行く。
火属性魔法の初級、《イグニス・ショット》。
威力は弱い、中級魔法のファイア・ボールの劣化版のようなものだが、使い方次第で十分役に立つ。
そう、エドアルドの周りに漂っている酸素と水素に引火させる事も出来るんだ。
エドアルドは素早く手を掲げて構えるが、既に遅い。
小さな火球は、エドアルドの目の前でジジジと音を立て始め――。
「ぐ、『グレイス・ウ――」
エドアルドが防御をする前に、爆音とともに炎が燃え上がった。
「うおぉ……!」
俺は爆風から身を守るように腕でガードしながら、上手く成功したことに口角を上げた。
このアクア・ブレスで生成した水に、スパーク・ボルトで電気を大量に流し込み、発生した水素にイグニス・ショットを撃ち込み爆発させる俺の切り札。
その名も、エクスプロージョン(仮)。
俺が魔法をリムから習い始めた頃に思いついた技だ。
しかし、普通ならこの技は確実に失敗に終わる。
ここはよくあるご都合主義の世界なんかじゃない。
主人公が小麦粉を使って粉塵爆発を起こすのを実際やってみても上手くいかないように、当然あんなので都合良く爆発を起こせるはずがないのだ。
では、何故今の技が成功したのかというと。
「ふう……やっぱ便利だなぁ、スキル《トラップ》」
投擲、隠密と続く、俺の三つ目のスキル、その名もトラップ。
コレはレンジャーにしか使えないスキルで、その名の通り罠を作ったり、その罠の発動率を上げる事が出来るスキルだ。
しかもこのスキル、アクア・ブレスで生み出した水に使うと電気を通しやすくなり、更に電気分解しやすくなるようだ。
俺がエドアルドにスパーク・ボルトを食らわせる前にコッソリ発動させた事により、その水溜まりは罠と化した。
後はスパークボルトからのイグニス・ショットというスイッチを入れれば、高確率で爆発が起きてくれるという訳だ。
この世界がご都合主義なんかじゃないのなら、自分から都合のいい状況を作り出すのみ。
上手く成功したことに、俺が安堵のため息をついたその時。
「や、やったか?」
「おいいいいいいいいぃぃ!」
後ろから恐る恐る俺に近づいてきたカインが、とんでもない事を言ってしまった。
「ダメでしょ相手が煙で隠れてるときにそんな事言っちゃあ!」
「は、はあ!?」
バトル物の漫画では、『やったか!?』というワードは、リザレクションそのものであり、ほぼ間違いなくやっていない。
「ククク……!」
俺が頭を抱えていると、煙の中からしがれた笑い声が聞こえて来た。
「残念でしたね……私はまだ立っていますよ……!」
そう言いながら煙の中から姿を現したエドアルドは、白いローブはボロボロになり、肩眼鏡は壊れていてかなりのダメージを負っているようだが、ハッキリと意識はあった。
「う、嘘だろ……!」
後ろからカインが絶望に満ちた顔でそう言うと、膝を突いた。
「流石にもう魔力は残っていないでしょう……ハッハッ、私の勝ちです!」
エドアルドは両手を広げ今までで一番癇にさわる高笑いをして見せた。
しかし、俺はそんなエドアルドにニヤリと笑ってやる。
「いいや、そいつはどうも違うっぽいぞ……?」
「何を言いますか! 貴方はもう終わったのです!」
「その言葉そのまま返すよ。周り見てみろ……」
「何ですって……?」
俺がそう促すと、エドアルドは会場を見渡す。
そして。
「!?」
口をパクパクさせて飛び出さんばかりに目を見開いた。
そして、すぐに自分の懐からあるものを取り出した。
「う、嘘だ……」
エドアルドの掌にあるのは、何かの残骸。
「さっきの爆発、身体強化でお前自身は耐えられても、流石に魔道具は耐えられないだろ……?」
そう、防御結界を張る魔道具だった物だ。
「ま、まさか……あの爆発の狙いは、私ではなく魔道具……!」
「にひひひ……」
会場に張られた結界はガラスのように砕け散っていく。
……別に俺が、格好付けてコイツを倒す必要は無い。
今大事なのは、確実にコイツらを倒すため、全力で頼ると言う事だ。
そして、バンッという音が会場に響き、エドアルドが震えながらゆっくりと音がした方を向く。
そこには勿論――。
「それじゃあ、後はよろしくお願いしまあああああああああああすッ!」
俺は勇者一行とリーンに向けて、高らかに叫んだ――!




