第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!⑧
「ま、まさか貴様一人であの数の兵を倒すとは……!」
「自分でもビックリしてるよ、俺ってこんなに強かったっけ……? 正直アルベルトいなくても勝てたんじゃないかって思っちゃうほどだよ……!」
「失礼だなっ! ちゃんと僕も兵士を倒したじゃないか!」
「ゴメンゴメン、ぶっちゃけ鼓舞みたいなもんだから」
俺とアルベルトはそう言い合いながら、仲間を全員やられ一人になったエドアルドに前後からにじり寄る。
そんなエドアルドは、懐から黄金の装飾が無駄なほど彫り込まれたワンドを取り出した。
相手は謎の教団の幹部。
そして冒険者としてのジョブがあるとしたら、格好から推測するに聖職者だろう。
聖職者は回復や強化魔法がメインだから、兵士達のようには戦えないはず。
「さてとおっさん、何とか神の為に魔族を滅ぼすって言ってたけど、こっちは一応魔王として国民守る義務があんだよ。思うようにはさせねえからな……!」
「何より、陛下に毒を盛り、レイナ様を利用しようとした貴様を、許すわけにはない!」
「……そうか。なら仕方が無いですね。このアダマス神様の使者、エドアルド・カイルマン自らが、貴様らの相手をいたしましょう!」
エドアルドは俺とアルベルトに向かって高らかと言い放つと、ワンドに手を添え何かの液晶を始めた。
「先手必勝! てやあッ!」
それを見たアルベルトは、そう叫びながらエドアルドの懐に飛び込んでいった。
「我を守り給え! 『グレイス・ウォール』ッ!」
「何ッ!?」
しかし、エドアルドとアルベルトの間に突如として光の壁が出現し、アルベルトの攻撃を弾いた。
「な、何だ今のは……!? 何か硬いものに弾かれたぞ!?」
アルベルトの驚いた様子から見て、どうやらあの壁は俺にしか見えていないらしい。
「コレって、この前フィアが使ってたやつか……!?」
どうやら今のは、ブラッドファングが街に攻めて来た時、フェアの周りを囲っていたあのリアルひかりのかべと同じ魔法のようだ。
「アルベルト! コイツは目に見えない壁を張ってる! 死角から攻撃しろ!」
「わ、分かった!」
しかし、聖職者としてフィアよりポテンシャルが低いのか、その壁は正面にしか張れないらしい。
俺が壁に向かって攻撃を続けているアルベルトにそう指示を出すと、エドアルドは少し驚いたようにこちらを見た。
「貴方、私のグレイス・ウォールが見えていますね。魔眼持ちですか?」
「さあ、どうか、なッ!」
「呑気に喋っている暇は無いぞッ!」
俺とアルベルトはエドアルドに交互に攻撃を仕掛けていく。
そして、アルベルトの攻撃に注意を持って行かれ、エドアルドは俺に背を向けた。
――今だ!
「貰ったッ!」
「甘いッ!」
「あ、あら?」
しかし、エドアルドは見かけに寄らない身のこなしで俺の突きを躱し、そのままパシッと手を掴まれてしまった。
「貴方のような汚らしい者が私の身体を傷つけることなど、許されることではないのですッ!」
「おわあああああああ――ッ!?」
そして、その細身から考えられない力で、俺の身体を投げ飛ばした。
「ごへっ!?」
俺は投げ飛ばされた先の食器が並べられたテーブルに直撃し、派手な音とともにひっくり返った。
「い……で……ッ! アイツ、自分に強化魔法掛けてんのか……!」
前言撤回、コイツマジで強いぞ……!
全身を打ち付けた痛みに顔を顰めつつ、俺はヨロヨロと立ち上がろうと……。
「『ソウル・ブラスト』ッ!」
エドアルドが俺に向けているワンドの先から、光り輝く無数の球体が猛スピードでこちらに飛んできた。
避けようとするが、先程のダメージで身体が思うように動かない。
「……ッ!」
攻撃を食らってしまう事を確信した俺は、ギュッと目を瞑り――!
「ぬぅぅぅぅうううううッ!」
「!? フォルガント王さん!?」
俺の前に庇うように飛び出してきたフォルガント王の手には、気絶した兵士の剣が握られていた。
「な、何!? グワアッ!」
フォルガント王は口から血を撒き散らかしながらも剣を豪快に振り、発生した風圧によって光の球体を跳ね返した。
それにより、エドアルドの足下に球体が着弾し煙が舞い上がった。
さ、流石レイナのお父さん……クソ強え……!
「だ、大丈夫だったか……?」
「ス、スゲー……じゃなくて! だ、大丈夫なんですか!?」
「なに、たかが毒如きで早々死にはしなゴホッ!」
「といいつつメッチャ血吐いてるじゃないですか! 助けてくれて感謝してますけど、あまり無理はしないで……!」
そう、俺がフォルガント王をゆっくり床に座らせていると。
「流石は腐っていても英雄王。毒を盛られた状態であの威力とは……」
煙の中からエドアルドが、苦渋の表情を浮かべて出てきた。
「むう……流石にアレだけでは仕留めきれぬか……」
「……動いたら毒の回りが早くなるから、フォルガント王さんは横になってて下さい」
「しかし……」
それでも立ち上がろうとするフォルガント王。
顔は真っ青でも、瞳に宿った戦う意志の炎は、メラメラと赤く燃え上がっている。
……だけど。
「あなたが死んじゃったら、レイナが悲しみますよ?」
「……!」
「それに俺だって、ちゃんとフォルガント王さんと飲み直したいです」
「……すまんな」
フォルガント王は俺の言葉を聞き、やがてゆっくり頷いた。
そしてゆっくりと身体を横たえるフォルガント王を背に、俺は頭を巡らした。
ヤベえな……どうする……?
俺がアイツの注意を引いて、透明化したアルベルトがその隙に攻撃するってのが手っ取り早いが、だとしても強化魔法が掛かっているアイツにまともなダメージが入るかどうか。
いや、とにかくあの魔道具を破壊さえすれば、リーン達が来てくれる。
じゃあ、どうやってアイツからアレを奪う?
……考えている暇なねえな、最初の作戦で行こう。
そう思い、俺が再びエドアルドに突っ込んでいこうとした時だった。
「に、にーちゃんッ!」
会場にカインの声が響く。
「どうしたカイ――なぁっ!?」
そして、俺がカインの声がした方を向くと、俺は驚愕に目を見開いた。
貴族達の縄を解いていたはずのカインの喉元に、短剣が突きつけられていたのだ。
兵士は全員倒した、だから残りのエドアルド一人が俺とアルベルトに注意が向いている限り、カインに危険はないと思っていた。
しかし、こうしてカインは今こうして、相手の人質にされている。
……今思えば、考えられなくもなかった。
エドアルドや仲間が変装して会場に紛れ込んでいるのなら、その一部が正体を明かしたとしても、残りの仲間が正体を明かさなければバレることはない。
そう、人質の中にも、仲間が紛れ込んでいてもおかしくなかったんだ。
「き、君達……何をしているんだ!」
そして、その仲間というのが。
「申し訳ありませんわアルベルト様。大人しくして下さいまし」
「マジかよ、アルベルトファンクラブ……!」
アルベルトの取り巻きのお嬢四人組だった。
「まさかお前らも敵だったとは……まさか、アルベルトのヨイショしてたのも全部演技だったって訳だな」
俺は内心メチャクチャ焦りながらも、苦笑しながらカインとアルベルトの元取り巻きに向かい合う。
取り巻きのその一とその四がカインのそばに立っており、その二とその三が人質の貴族達に短剣の剣先を向けて脅している。
「いいえ違いますわ。私達はアルベルト様を心の底から愛しております。ですから、魔王の貴方にアルベルト様が敗れたことが悔しいのです。それに、このままでは愛するアルベルトが魔族の毒牙に掛かってしまう。そうない内に、私達の手で貴方達を始末するのですわ」
カインの喉元にナイフを突きつけている取り巻きその一が、そう静かに首を横に振った。
……ええ。
「えっと、愛してるってお前ら全員が……? 喧嘩とかしないの……? それにアイツはレイナの事を……」
俺がそう聞くと、いつの間にかハイライトが消えたうつろな目でその一が応えた。
「私達は『今』は味方です。魔族を滅ぼした後に、今度はあの憎き勇者レイナを殺します。そしてその後に、この三人を殺しますわ」
「あら、ご冗談を。貴方に私が殺せるとでも? アルベルト様と結ばれるのは私ですわ」
「あらあら、貴方こそ何をふざけたことを? 今この場で貴方を殺すことだって出来ますのよ?」
「フフフ……」
「ハハハ……」
いつの間にか仲間同士での脅し合いになっていた。
「うわぁ……ヤンデレ集団だ……」
「……ッ」
「すまんすまん取り消す取り消す! だからそれを下ろせ!!」
俺が思わずドン引きするとその一がカインの喉元に更に短剣を近づけたので慌てて首を横に振った。
やっべー、コレマジでやっべーな……。
助けるにもこの距離じゃどうする事も出来ないし、近づこう者ならカインが危ない。
「ぐ、ぐうぅ……!」
「ハッハッハ! 先程の威勢はどうしました?」
かといって苦戦しているアルベルトを助けることは出来ない、カインをほっとくなんて到底無理だ。
どうする……考えろ……考えろ……!
と、俺が取り巻き達を睨みつけている時だった。
「何でだよ……」
俯いていたカインの呟きとともに、床に一滴の雫が落ちた。
「何でいつもいつも! 魔族ってだけで嫌われなくちゃいけないんだよお! 悪いのは全部魔王サタンやその前の奴らだろ!? 俺達は好きで世界征服してた訳じゃないのにッ!!」
「カイン……」
いつも他の子供より大人らしかったカインの涙に濡れた顔を見て、俺は思わず剣を下ろす。
「いいえ、魔族は存在自体が悪。存在自体が間違いなのですわ」
そんな涙の叫びに対して、取り巻きその四は冷たい目でカインを見下す。
「だから私達は神の聖なる剣となり、魔族に制裁を与えた。それなのに、フォルガント王はエドアルド様を始めとする教徒達を国外追放した。おかしいと思いませんこと?」
「は? 何だそれ……?」
その四の言葉に、俺は首を傾げる。
すると、アルベルトの相手をしているのにも関わらず、後ろから会話を紡ぐようにエドアルドが言った。
「一年ほど前から、私達はこの国でアダマス神様の教えを広めていました。魔族を滅ぼせば世界は救われると。しかしフォルガント王はアダマス神様を貶すかのように、魔族の無益な殺傷をするな、この戦いは全て勇者一行に任せろと申したのです。おかしな話でしょう? ですからアダマス神様は我らの教皇様に信託を授けたのです。『真に世界の平和を守るのは汝らだ、魔族を滅ぼせ』という信託を」
「そ、それって……」
そうか。
俺は勇者一行と会ったときから、ずっと不思議に思ってた。
勇者一行はレイナを筆頭として、桁違いの強さを持っている。
だからあの四人に任せておけば、兵士なんていらない。
それに大将である魔王サタンを討てば、それだけで良い。
だからレイナ達は、戦った魔族を殺さなかったんだ。
なのに実際うちの兵士は殺されて、カインやあの子供達は孤児になってしまった。
つまり、コイツらが――。
「お前らが……お前らが父さんと母さんを殺したのかッ!」
そういう事なのだろう。
カインの叫びに、遠くエドアルドは少し驚いたように目を見開くと、やがてグニャリと顔を歪ませた。
「そうでしたか、貴方の両親は我々が殺したのでしたか……。しかし幸運ですね、貴方達のような魔族に対し、我々光の神アダマス神様の使途自ら手を下したのですから! ハッハッハッハ!」
「クソォ……! クソォッ!!」
悔し涙を流すカインを嘲笑うかのようなエドアルドの高笑いが、会場内に響く。
そしてそれにつられるように、取り巻き達も笑い始めた。
「貴様らァ……娘の力を利用しようとする挙げ句、親を殺された子供を笑うか……! それでも正義を名乗るというのか……ッ!」
「世の中には犠牲無き正義など有り得ない。ですが我々は最小限の犠牲で、この世の悪を滅殺するのですから、正義と名乗っても可笑しくはないでしょう?」
フォルガント王さんの怒りの咆哮に、エドアルドは割り切ったように言い返した。
……俺は戦争に参加したわけでもないし、何があったかも分からない。
ましてやカインの両親の顔も名前も知らない。
そして俺は魔族ではない。
だからコイツに何を言われても、聞き流せると。
余計な怒りの感情を持つことはないと思っていた。
……はずなんだけどな。
「黙れよ……ッ!」




