第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!⑥
エドアルドの声が、会場に響いている。
「我らが邪悪なる魔族を滅ぼすためには、勇者レイナと聖剣の力が必要不可欠です! 勇者レイナが大人しく我らの手先になるのなら、父親や貴族の命だけは助けてあげましょう!」
「漏れるうううぅぅ! ヤバいって! マジヤバいって!」
「おい貴様! 臭い芝居をするのではない! う、嘘なのだろう? そうなのだろう!?」
「い、いやしかし、どうも本当のように見えなくも……!」
そして、俺の声も響く。
「……さあ、勇者レイナよ、選びなさい! 父を救い魔族を滅ぼすか! それとも魔族を救い父を見殺しにす――!」
「ダメだあああああああ! せめてッ! せめて隅の方でさせてくれ! このままじゃ俺のパンツとズボンとここら一帯が大変な事になる!」
「ど、どうする!? なあコイツをどうしたらいい!?」
「こ、これでは、魔王の拘束を解かなくてはならなくなるぞ!」
「うううううううううあああああああああああああああああああああッッッ!!」
「さっきから騒がしいですよ! 一体何なのですか!?」
俺の迫真の演技に、見張りの兵士は顔を真っ青にして慌てている。
そう、コレが拘束された際の秘策。
コレは敵に自分の拘束を解かせる可能性を上げる代わりに。
「「う、うわぁ……」」
味方からの好感度を下げてしまう禁忌の方法なのだ。
しかし、リーン達のような身近な女性陣がいないだけありがたい!
カインからの好感度下がるのは嫌だけど、他の奴らのはクソ食らえだ!
「……もういいや、諦めてここで垂れ流そう……」
「あ、諦めるな! 今からトイレの代わりになりそうなものを探してきてやるから!」
「フッ……思えば、排泄は生物が生まれながらに当たり前のように行ってきた自然の摂理なんだ……その摂理に、俺は数分間でも耐えきったんだ……むしろ誇るべきなんじゃないか……」
「誇るな! ま、待て! もう少しだけ待ってくれ……! だから諦めたように虚空を見上げるのを止めろ!」
よっし、効き目は抜群、あともう一押しだ!
そう思った俺は、トドメとばかりに一言。
「あ」
「解け! 今すぐ縄を解くんだッ!」
「お、おう!」
兵士が慌てて俺の手足の縄を解いていき、晴れて俺は自由の身になった。
「お、おい! そこに残飯用のゴミ箱がある! そこで済ませろ!」
俺の身体を支えるように持ってくれる兵士二人。
そして俺は素早く両手にピースを作り、兵士の首筋に突き刺すと。
「『スパーク・ボルト』ッッ!」
「「あああああああああっ!?」」
人差し指と中指の間に電流が走り、その電流を首筋に食らった兵士二人は声を上げてその場に倒れた。
「必殺、魔力スタンガンってか?」
俺はすぐさま、感電して倒れている兵士二人の剣を鞘ごと剥ぎ取ると、カインとアルベルトの縄を切っていく。
「おい! あの男縄を解いたぞ! し、しかも、見張りがやられた!」
「アイツきったねえ! やっぱり芝居だったか!」
「ハーハッハッハ! 残念、クソまみれなのはパンツじゃなくて心の方でしたー!」
兵士の焦る声を背中で聞きながら、俺は動けるようになったカインとアルベルトに剣を渡す。
「そんじゃ、作戦通りよろしく! カイン、貴族の手とか間違えて切るなよ!」
「分かった!」
「アルベルトも頼むぞ! 今はお前のユニークスキルだけが頼りだ!」
「おいユニークスキルだけってなんだ!? あ、ちょっ、待て!」
俺はアルベルトの抗議を最後まで聞かずに、エドアルドに突っ込んでいく。
「その者を捕らえなさい! いや、あの者は魔王、殺して構いません!」
「「おおおッ!」」
エドアルドの命令に残りの兵士達が雄叫びを上げ、四人がエドアルドを守るように前に立ち塞がり、残り二人がこちらに向かってきた。
そして、兵士二人が腰から剣を抜き放ったのを見て、俺の足が竦みそうになる。
モンスター相手ならまだしも、相手は人間。
ブラックドラゴンよりも、正直人間に向けられる殺意の方がもっと怖い。
でも、
「やるっきゃねえよなあああああ!」
俺は怖気を吹き飛ばすように叫に返すと、身に纏っていた燕尾服を脱ぎ、そのまま手に持って兵士の一人に突っ込んでいく。
「食らえ魔王ッ!」
「そうはいくかッ!」
俺は突きの構えを取った兵士の顔面に燕尾服を覆い被せるように投げつけた。
「なっ!?」
宮殿の借り物でサイズが合わなくブカブカだった燕尾服は思いのほか空中で広がっていく。
兵士から見れば、俺の姿は燕尾服で隠れているだろう。
「フンッ、そんな子供だましが効くかッ!」
それでも構わず、兵士はそのまま燕尾服を巻き込み鋭い突きを放った。
「とおッ!?」
しかし、透視眼を発動し、相手の攻撃が見えていた俺は素早く屈みコレを回避する。
そして、身を屈ませていた状態のまま身体をひねり。
「ホイヤァッ!」
「ハウッ!」
兵士の股間を全力で蹴り上げた。
兵士は剣を取り落とした手で股間を押さえ、顔を真っ青にしてその場に崩れ落ちた。
「へっへー、卑怯結構汚い結構。男は股間潰しとけばどうとでもなるんだよ! 『スパーク・ボルト』ッ!」
「アガァ!?」
俺はすかさず兵士の首筋に電撃を食らわせ気絶させる。
「き、貴様! 魔王なら正々堂々戦わないか!」
「毒盛った野郎の仲間に正々堂々なんて言葉言われたくないわ! あと、俺は主人公気質じゃねえからな、真っ正面から戦ってたまるか! オラッ、次はテメエの番だ! 玉潰して子孫繁栄出来なくしてやらあ!」
「ヒ、ヒイッ!?」
今度は威圧眼を発動させ、狂気蘭々の笑みで残った兵士に突っ込んでいくと、兵士は思わず後ろに下がる。
「よしっ、今だ!」
そして、俺はその兵士の後ろでインビジブルを発動させているアルベルトに合図を送る。
「ハアッ!」
「ッ……!?」
剣の柄で首元を叩かれ、もう一人の兵士は声も出さずにその場に倒れた。
「ナイス! やっぱお前って強えな!」
「褒めるんだったら後にしてくれ!」
「そうかい! じゃあ、お前はその状態のままエドアルドから魔道具を奪え! 俺は残りの兵士に出来るだけ殺されないように相手すっから!」
「余計に心配になるんだが!?」
インビジブルを発動させているアルベルトにそう言っていると、こちらを顔を真っ赤にして睨みつけるエドアルドが。
「私の事はいい! 早くあの者を殺しなさい!」
「「「「は、はいっ!!!!」」」」
聖職者とは思えない気迫に気圧されながらも、残りの兵士四人はまとめてこちらに向かってきた。
「おいコラクソ雑魚兵士共! 俺がまとめて相手してやる! かかってこいや!」
俺は会場内を縦横無尽に走り回りながら、兵士達から距離を取っていく。
よっし、これでコイツら全員の注意は俺に向いているはずだ!
チラと横を見ると見ると、カインがアルベルトの取り巻きその一の縄を剣で切っている最中だった。
「コレでも食らえ! 『アクア・ブレス』ッ! 『アクア・ブレス』ッ! 『アクア・ブレス』ッッッ!」
「うわあ!?」
「コイツ、こざかしいまねを!」
俺は逃げ回りながらアクア・ブレスで兵士とここら一帯を水浸しにしていく。
「……ッ。結構魔力持ってかれた……!」
しかし、忘れてはならないのが俺の魔力量の少なさ。
アクア・ブレスやスパーク・ボルト、それに魔眼の力を使いすぎてしまったせいで、かなり身体がだるい。
ここは一旦呼吸を整えよう。
「それじゃあ、ここらでドロンといきますかぁ! 『フラッシュ』ッ! からの『隠密』ッ!」
「ぐあああ!? 目がぁ! 目があああああ!」
俺は目をギュッと瞑り、閃光魔法を放った瞬間、隠密スキルを発動させテーブルクロスの下に滑り込んだ。
テーブルクロスの隙間から覗いてみると、全員滅びの呪いを食らったときのム●カ大佐みたいになっている。
閃光魔法、フラッシュじゃなくてバルスに改名すればいいのに。
「なっ!? 魔王が消えたぞ!」
「探せ! まだ近くに潜んでいるはずだ!」
俺がこの状況でどうでもいいことを考えている事をつゆ知らず、視界が戻った兵士達は姿を消した俺を探すように辺りを見渡している。
その様子を、俺は呼吸を荒げながらテーブルクロスの隙間から覗く。
ハアアアアアア! こっわ!
もう生きた心地がしないわ!
怖いよ、複数人が剣振り回して追いかけてくるのスッゲえ怖い!
リーンでもレイナでもジータでもエルゼでもフィアでも!
ましてやハイデルでもローズでもリムでもレオンでもいい!
誰でもいいから助けてくれえッ!
俺はテーブルクロスの下で兵士達に見つからないように祈りながら、届くはずもないのに魔王城のみんなに助けを求めた。




