第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!④
「――ふう、いいお湯ねぇ……」
「ですねぇ……」
カインをリョータに任せ、私は勇者一行のみんなと大浴場で湯船につかっていた。
今日は魔王城の何倍ものある宮殿を歩いたり、この国の国王達と同盟の話をしたり、パーティーに出たりして、何だか凄く疲れた……。
「それにしてもリーンさん。ドレス姿、とっても綺麗でしたよ!」
「や、やめてよ……ドレスなんて着たこと無くて、恥ずかしかったんだから……」
レイナの言葉が嘘じゃないと分かっている分、余計恥ずかしい。
私はキラキラしたレイナの視線から逃れるように、湯船に視線を落とす。
……今思うと、この子があの世界最強と謳われる勇者レイナというのが不思議でならない。
強大なモンスター、大いなる災いから何千何百人万の民を守る存在。
そして、私の父さんを、あの憎き魔王サタンを倒し、私達魔族をあいつの手から救ってくれたバルファストの英雄。
そんな彼女と、今や一緒にお風呂に入るほど打ち解けた。
魔王の娘と勇者が一緒にお風呂なんて、端から見れば可笑しな光景だけど、私は嬉しかった。
「そう言えばリーンさん」
「何?」
「魔王君って、一体何者なんだい?」
「えっ?」
唐突なジータの質問に、私は思わず顔を上げる。
「いや~、前々から気になっていたんだけど、魔王君ってボク達と同じ人間だよね? それなのに何で魔王になったのかな~って」
「確かに、アタシも気になってた。アイツ、どう見ても魔王って柄じゃねえのにな。ビビりだし」
「ですです。それに、あのイタい団長に勝ったですけど……基本弱いのです」
「み、みんな、魔王さんに失礼だよ……」
……もしこの場にアイツがいたら、多分『お前ら後で泣かしてやるからな! 覚えとけよ!』って小物臭い事言うんだろうなぁ。
でも、みんなが思っている事は私も同じだ。
「……正直、私もアイツの正体分からないのよ。アイツ、元々うちの国の人間じゃないし」
「そうなんですか?」
私の答えに、レイナは少し目を見開いた。
「ええ。そもそも、魔王は血筋や血統関係無しなの。うちの国にはデーモンアイって言う国宝があるんだけど、それに選ばれた者が次の魔王になるって決まりなのよ。それで、アイツはそのデーモンアイにたまたま触れてしまって魔王になったの」
「そう言えば、アイツも初めて会ったときそんな事言ってたな」
「歴史上から見ても、人間の魔王はアイツが初よ。でも正直に言って、頼りないのよねぇ……悪い奴じゃないけど」
私はそう言いながら、湯船に肩まで浸かり、ボンヤリと立ち上る湯煙を見る。
……ツキシロリョータ。
アイツは本当に可笑しな奴だ。
魔王なのにギルドに遊びに行ったりするし、グチグチ文句言いながらも魔王城の家事をしてくれる。
普段ゴブリン相手に逃げる小心者なのに、一人でブラックドラゴンに突っ込んでいく度胸もある。
そして魔王なのに、世界征服しないって言うし。
ほんっとうに、うちの魔王は不思議な奴だ。
「それで、リーンさんは魔王の事どう思ってるです?」
「え? どうって?」
唐突な質問の意図が分からず首を傾けると、フィアはニヤニヤしながら。
「だから、魔王の事、異性としてどう思って――」
「絶対にあり得ないわね」
「……ごめんなさいです」
今の私はどんな顔をしていたのだろう。
フィアを始めとしたみんなが、私が即答した瞬間ビクッと跳ねたから、多分自分でもビックリするぐらい怖い顔だったんだろう。
「分かればいいの。ふう……」
私はみんなにそう言うと、再び肩まで湯船につかり、小さく息を吐いた。
……アイツのことを異性として見るのは死ぬほど嫌だけど、それでも一応信用はしている。
だけど……。
「リョータの奴、カインの事ちゃんと見てるかしら……」
私がそう呟き、小さくため息を吐いた時。
外が何やら慌ただしい事に気付いた。
「――ヘップシュッ!」
「にーちゃん、なんだよその無駄に可愛らしいくしゃみ……」
「ズズッ……しょうがねえだろ、くしゃみは人それぞれなんだよ」
「今平然とくしゃみしてる場合じゃ無いだろ……」
「出るもんはしょうがねえだろうが」
苦い顔してため息をつくカインにそう返し、俺は再び扉に視線を戻した。
てっきりアイツらが俺の心配でもしてるのかと思ったが、相変わらず廊下には人っ子一人居ない。
そろそろ気付いてくんないかなぁ……。
……話を戻すが、今俺達はテロリストに人質に取られている。
つまり、コイツらの掌に俺達の命が乗っていると言っても過言ではないのだ。
確かにカインの言うとおり、こんな状況でくしゃみするのは普通は無い。
それでは何故か? 理由はとても単純。
「――であって、我らが偉大なる神、アダマス様は光と正義の名の下に厄災を沈めたのです。我々がこうして生きていけるのも、神々の頂点にお立ちになられるアダマス様の存在あってこそ――」
このおっさんの話が死ぬほど長いのだ。
何があったか説明しよう。
実に数十分前、俺がもう一度このエドアルドに目的を問うたのだ。
すると、エドアルドが何故か懐から十字架を取り出し、そもそもの目的はアダマス様のお導きであるという話から始まって、気付けば本題に入らないままこんなに時間がかかってしまったのだ。
てっきり前振りなのかと思って真剣に訊いていたのだが、数分経ってただの演説だという事を察した。
俺が横から口を挟もうとするも仲間の兵士に脅され、そもそもエドアルドの耳には入っていないご様子。
ハッキリ言おう、地獄である。
アレだ、突然家に押し掛けて人の話を聞かずに語り出し謎の本を置いていく、どこぞのカルト宗教のおばさんと同じタイプだ。
エドアルドの話の内容をザックリ訳すと、コイツらは光の神アダマスってのを祭っていて、その神様は正義のパゥワァーを使って数々の厄災を沈めたとか何とか。
そして自分は、そのアダマス神に選ばれた神の使者なのだと、顔が青白く痩せ細った死神みたいな顔した奴が語っているのだ。
しかも、アダマス神なんてイントネーションからして邪神じゃん。
ほらぁ、周りの貴族達なんて、毒を盛られたフォルガント王よりグッタリしている。
「ゲッホゲホッ……! ハア……ハア……!」
正直、話が長引けば長引くほど、いつか外の奴らが異変に気付き始めるのではないかと思っているのだが、それではフォルガント王が保たない。
ここは何かアクションを起こすべきだろう。
まず、一番の問題はこの会場に張られた防御結界だ。
この結界がある限り、例えアイツらがこの事態に気付いたとしても何も出来ない。
それを何とかするには、エドアルドが自慢げに作動していた魔道具を奪い破壊するしかない。
このおっさん、自分の手の内を堂々と見せびらかして大丈夫なのかと不思議に思っていたのだが、恐らくそれを承知した上で、あえて見せびらかしたのだろう。
例え手の内をバラしたところで、俺達には何も出来ないと踏んでだ。
とにかく、それより先にこの手足の拘束を抜けるところからだ。
などと、俺が周りに気付かれないように手足をゴソゴソさせていた時だった。
「で、何故私達がこの作戦に至ったというとですが」
「いややっとかよ!」
エドアルドのその言葉に、俺は思わずツッコんでしまった。
「貴方、偉大なるアダマス様のお話は必要なかったというのですか?」
「そうだよいらねえよ! 前振りが長すぎるんだよ!」
「口を慎みなさい、無礼者め」
そんな俺の怒りの言葉に、エドアルドはキッと俺を睨み返した。
「で、話戻すけど、お前らの目的って何なんだよ? いい加減教えてくれよ……」
「いいでしょう。まず、私達の真の目的は三つ」
俺のため息交じりの三度目になる問いに、エドアルドは三本指を立てた。
「一つ目は勇者レイナを手に入れる事。二つ目は勇者レイナの聖剣を手に入れる事です」
「はあ? レイナを手に入れる? って事はお前もレイナと結婚したいとか抜かしてるクチか? テメエみたいな小汚えおっさんとレイナじゃ汚えエロ同人でもウケないって」
「違いますよ。そもそも、あんな人間の皮を被ったバケモノにそのような感情すら抱きたくないです」
「「おい貴様レイナ(様)の事を何て言った!?」」
エドアルドの言葉にアルベルトはともかく、毒を盛られているはずのフォルガント王まで怒鳴り声を上げた。
自分の娘の事を目の前でそんな風に言われたら、そりゃ怒る。
「ってか聖剣? あのレイナがいつも腰に下げてるヤツか?」
俺は虚空を見上げ、レイナの腰に下げていた剣を思い出してみる。
美しい装飾、透き通った剣身、ブラッドファングを一振りで数十匹も切り伏せたその切れ味。
確かに思い返してみると、あの剣からザ・神聖なオーラみたいな黄金色のもやが出ていたような……。
「その二つを手に入れなければ、最も重要な三つ目の目的が果たせません」
エドアルドは指を二本折り曲げ、一本だけ残した。
「そ、それで、レイナと聖剣がなけりゃ果たせない目的って……何だよ?」
カインが少し強がりながら訊くと、エドアルドは少し口角を上げた。
まさか、コイツらが崇めてるアダマス神を復活させようとして、聖剣とレイナの生き血を捧げようとしているとか……!?
……ダメだ、光の神のはずなのに邪神をイメージしてしまった。
「それは……」
そんな事を考えていると、エドアルドはフォルガント王を跨ぎ、こちらに歩み寄ってきた。
そして、俺達の前に立つと、エドアルドは何故か足を振り上げ――。
「フンッ!」
「ゴハッ!?」
「!? カイン!?」
突然カインの土手っ腹に蹴りを入れた。
「ゲッホ! ううううぅぅぅぅうッ!?」
「カイン! 大丈夫か!?」
倒れ込むカインに、近くに居る貴族達が悲鳴を上げた。
顔を顰めながら、縛られた手で自分の腹を押さえるカイン。
しかし、同じく手足の縛られた俺では何もすることが出来ない。
何も出来ない代わりに、俺は心底愉快そうな顔をしているエドアルドを睨みつける。
「テ、テメエ、カインに何してくれてんだよっ!?」
「蹴りを入れたのですが? 見て分かりませんか?」
「だからどうしてカインを蹴り飛ばしたのか――ガッ!?」
エドアルドはとぼけたように言うと、今度は俺の脳天に踵を落としてきた。
続いて崩れるように倒れた俺の頭を、エドアルドが踏み付ける。
「ァア……ガァ……ッ!」
「ハッハッハッ! 魔王とは思えぬ無様な姿ですね!」
コイツ、俺が魔王だって知ってるのか……!?
高笑いをするエドアルドの言葉に、俺は痛みに耐えながら反応した。
「グゥ……足……どけろ……クソ野郎……!」
「止めろ! 彼を離すんだ! 貴様は本当に一体何が目的なんだ!?」
俺とアルベルトの言葉を甘んじて聞いているエドアルド。
「決まっているでしょう、私達は光と正義の名の下に、アダマス神様に代わって――」
そしてエドアルドは、静かに、冷徹に、とても正義の使者とは思えないような悪人ずらで言い放った。
「――この世から、魔族を滅ぼすのです」




