第八話 魔族は今日も嫌われ者だ!③
「いや、失礼しました。上手く成功してつい……」
カウンターから出てきた男が、苦しそうなフォルガント王を見下ろしながら言う。
「グッ……貴様……は一体……」
「おや、流石はフォルガント王。大型モンスターでさえ即死する猛毒を盛ったというのに、死なないどころか意識も保てているとは」
男が自分の来ているタキシードを脱ぎ捨てながら感心して、そして悠々とフォルガント王に歩み寄っていく。
「動くなッ! 貴様、陛下に何をした!?」
するとそれに反応したアルベルトがバッと立ち上がり、男に殴りかかろうとする。
しかし、男は避ける様子もなく、軽く言い放つ。
「その言葉を、そのままお前に返しましょう」
「何!?」
そして、思わず動きを止めたアルベルトの後ろを。
――こちら指差した。
「イデデデデ……!」
「あ……う……!」
……俺はフォルガント王が苦しんでいる最中、瞬時に魔神眼を発動させていた。
この男は宮殿のマスターに変装して、多くの客人の貴族達、更にリーン達が会場から出て行ったタイミングで毒を仕込んだ。
恐らくだが、この男はフォルガント王がパーティーの終わりにここで飲むことを予想していたのだろう。
そんな慎重な男が、単独犯でこんな大胆な犯行を行うとは到底考えられない。
だから、この会場に仲間が忍び込んでいるのではないかと思い、魔神眼を発動しどこかに隠れていないかと探したのだが、それらしき影を見つけることが出来なかった。
しかし、考えが甘かった。
毒を盛った張本人がマスターに変装しているのなら、当然仲間も何らかの変装している訳で――。
と、ここまで考えを巡らせたのだが、時既に遅し。
俺とカイン、更に最後まで会場に残っていた貴族数名が、会場の警備をしていた兵士に。
いや、兵士の変装をした男の仲間に抑え付けられてしまった。
「大人しく言う事を聞かなければ、この者達の命を取りますよ?」
「くっ……!」
床に這いつくばる俺達を見てニヤリと笑う男に、アルベルトは下唇を噛みながら振り上げた拳を静かに下ろした。
――貴族・王族フラグというものがある。
それは、異世界もののラノベにおいて、主人公が貴族や王族との接点を得るために、よく用いられる展開である。
例えば、貴族が乗っている馬車が山賊に襲われている所に、主人公が颯爽と現れ助けるとか。
クーデターが起きた国にまたもや主人公が颯爽と現れ、お姫様を助けるとか。
他にも色々とあるが、このどれも聞いたり見たりしたことがある展開は、貴族や王族に恩を作ったり、接点を作ることが出来るのだ。
しかし、それは主人公がチート持ちという前提がなければほぼ成立しない。
いくら目の前で貴族が襲われていても、一般人には助けることも出来ないし、ましてやクーデター何てスケールがデカ過ぎる。
そう、目の前で国家を揺るがす大事件が起きているこの現状は、俺にとっては見せ場なのではなく、とても単純に、とてもシンプルに――。
「ヤバいヤバいヤバいヤバい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
命の危険以外の、何でも無いのだ。
「貴様、うるさいぞ! 大人しくしろッ!」
「この状況で大人しくしてられるかボケェ!」
手足を縄できつく縛られ、会場の壁の一カ所に集められた俺達。
貴族達が大人しくしている中で、一人ブツブツ呪言のように呟く俺を男の仲間の兵士に怒鳴ってくるが、やけになって口角泡を飛ばす。
ああもう畜生、もっと早くあの男を不審がるべきだった。
国王に毒を盛る、コレも在り来たりなフラグだ。
こういう場合、首謀者と手下を瞬殺し、異常なまでの回復魔法を使って毒を消す、というのがよくあるセオリー。
しかし、俺はそもそも回復魔法など持っていないし、この場の敵を瞬殺するチート能力も持っていない。
精々出来ることと言えば、俺の魔神眼で会場にいる敵の正確な位置が分かるだけだ。
首謀者らしき男と、ソイツを守るように立っているのが四人、人質の俺達を見張るのが二人、唯一の出入り口である扉を見張るのが二人で計九人。
そして俺達の前には同じように手足を縛られ、毒で悶え苦しんでいるフォルガント王が。
正直に言おう、この場の全員を逃がすということはほぼ不可能だ。
「さて、コレで人質は確保出来た訳ですが……」
「ぐぅ……!」
俺が辺りを見渡している間に、首謀者の男はフォルガント王を見下しながら言う。
「エドアルド様、コレを」
「ええ」
エドアルドと呼ばれた男に、仲間の一人が差し出してきたのは紫色のローブ。
「貴様らは一体何者だ!」
「ああ、そう言えば自己紹介がまだでしたね」
縄で両手両足を拘束されたアルベルトが怒鳴ると、エドアルドはローブを着ながら涼しい顔で応えた。
「私はエドアルド・カイルマン。光と正義の神、アダマス神様に使える使者です」
「ア、アダマス神だと……!? 貴様ら、アダマス教団の者か!」
エドアルドの言葉に、アルベルトを始めとする貴族達が動揺した。
「お、おい……コイツらの事知ってるみたいだけど……?」
「ああ、アダマス教団は最近になって名が知られ始めていた小さな宗教団体だ。しかし、半年前に陛下の命により、この国に滞在していた全てのアダマス教団の関係者が国外追放されたはずだが……何故ここに……!?」
今だ動揺しているアルベルトの言葉に、俺は思わず顔を顰める。
どうして異世界の聖職者ってこうも悪役多いかなぁ!? ラノベとかでメッチャ悪役ポジだし!
ってか全てのアダマス教徒が国外追放? 何したんだコイツら?
「つまりアレでしょ? 全ては神の意志ですとか言っちゃって、平気で悪行をするサイコパスでしょ?」
「君……よく分かったね……。普通、聖職者をそう思う人まずはいないと思うけど……」
「まあ、そういうのもある意味テンプレだからな。で、コイツらは何やらかしたんだ?」
「知らないのか……!?」
「何でそんな知ってて当然みたいな顔するんだよ……?」
アルベルトの異常な反応に、俺が怪訝に思いながらもそう訊ねたが。
「おい貴様ら、勝手に喋るな!」
「ヒッ……!」
エドアルドの仲間が、腰の鞘から剣を抜き俺達に突き出し脅してきた。
……しかし、このエドアルドという男が仲間に様付けされていた事から、恐らく幹部クラスだろう。
「さて、いくら貴方とは言え、精々持って小一時間でしょう」
その間に着替え終わったエドアルドは、懐から取り出した片眼鏡を付けながら言った。
「その姿……やはりアダマス教団幹部、エドアルド・カイルマンだな……あまりに印象が違っていて気付かなかった……」
「ええ。貴方とは、半年前に謁見の間でお会いした限りでしたが、未だにお元気そうで。大変不愉快ですよ」
「貴様らの目的は……何だ……? 国外追放された事への……復讐か……? それともやはり……ゴフッ!」
フォルガント王が再び咳き込み、話が止まった。
代わりに俺が、エドアルドに声を掛けた。
「……おい、ちょっといいか? ここはフォルガント王国の宮殿。そんで今は風呂だけど、勇者一行とうちの国最強のリーンが居る。いつか俺とフォルガント王さんがずっとここに居る事に不審がるだろうな。そこんところ、あんたら分かってんのか……?」
「ああ、それは分かっています。だから……」
俺がそう訊くと、自慢げにエドアルドが取り出したのは結晶のような形をした何かの魔道具。
その魔道具のスイッチらしきものを押すと、この会場全体に透明な壁のようなものが広がっていく。
「これはある一定の空間に防御結界を張る魔道具です。しかもその防御結界は絶対に破壊できません。更にこの結界は、転移魔法を遮断する効果がある。外からの侵入は絶対不可能ですよ。勿論、勇者一行にも」
「またバリアかよ……って、それじゃあアンタらも逃げられないじゃん。ここに立て籠もるつもりか?」
ずっとここに立て籠もっていたって、いつかはバリアを解除しなきゃいけない。
その瞬間、アイツらなら一秒も満たない間にこんな数なんて制圧してしまうだろう。
そう、俺が考えていたのだが。
「ええ。しかし、我々もバカではありませんよ」
まるで俺の思考を読み取ったように言ったエドアルドは、仲間の兵士に輪っか状の何かを持ってこさせた。
「何ソレ……フラフープ……?」
「コレは結界のに貼り付ければその輪の中から自由に出入りできる魔道具です。コレなら結界を解除せずに逃げ出せるのです」
「いやそソレ完全に『通り抜●フープ』じゃねえか!」
おい、何だコイツら!? 怒られるぞ!?
まあソレはさておき……まさか異世界で立て籠もり事件が起きるなんて思わなかった。
……そもそも、このおっさんが言っていたように、国外追放された復讐というのは考えられない。
まず、一人ならまだしも、会場の兵士の全員が仲間だ。
仲間にはやらせず、わざわざ首謀者自らが変装して直接毒を盛るなんて、メリットの一つも無い。
それに、コイツはこの会場に防御結界を張った。
と言うことは、勇者一行を始めとする宮殿の奴らに、この事態を感づかれるのは織り込み済みって事だ。
じゃあ、コイツらの本当の目的って何だ?
……いや、今はそんな事はどうでもいい。
大事なのは、ほぼ不可能とは言え、この状況を打破する策を考える事。
そして、防御結界が張られているとは言え、早くリーン達がこの事態に気付いてくれるかどうかだ。
頼むお前ら、気付いてくれ……!
俺は密か視眼を発動させ、扉の向こうの廊下をジッと見ながら願っていた。




