第七話 隣の大国は今日も壮大だ!⑨
「…………………………」
「ど、どうしたんだい? 身体が震えてるみたいだけど……」
背を向け顔を伏せる俺に、アルベルトはちょっと心配そうに訊いてくる。
「ちょっと、何アルベルト様無視してるのよ!」
「あなたのような小者相手に話し掛けてくれるアルベルト様に、尊敬の念は無いの?」
「「そうそう!」」
「…………………………………………るっせえ」
「何ですって? もう少し聞こえる声で言って欲しいですわ」
俺の中で、何かがプツリと音を立てて切れた。
そして、今までため込んでいたものが一気にこみ上げてくる。
しかし、俺のこの煮えたぎりまくった怒りを。
「さっきからうるせえんだよクソビッチ共があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
観客席の、アルベルトの取り巻き四人にぶちまけた。
「さっきから上からベチャクチャベチャクチャ言いやがって! 俺はテメエらみたいなコバンザメがいっちばん嫌いなんだよッ! 降りてこいよ! 女でも構わずにぶっ殺してやろるからよ! ああ!?」
「「「「ヒッ……!」」」」
さっきまで俺がゲロってたのをいい事に、散々俺をバカにしてきた女共は、俺がそこまで怖かったのか、ペタンと尻餅をついた。
何でも出来るイケメンよりも、ソイツの取り巻きやキャーキャー言ってるファンが一番腹が立つ。
全力で怒鳴ったことにより、少しは胸がすいた気がする。
「ったく、タイミング見計らって降参しようとしたけど、これじゃあ負けられないなぁ……『アクア・ブレス』」
グチグチ言いながら、水魔法でゲロの処理をすると、再び木刀を構える。
「さっきは庇ってくれてありがとな、アルベルト」
「いや、いいんだ。それより続きをしよう。君を庇ったと言えど、この勝負は全力で勝ちに行くつもりだから」
「うん、俺ももう文句言わない」
そしてお互いたっぷりと睨み合い、同時に駆け出した。
先程蹴り飛ばされたから、俺達の間には距離がある。
まともに受けたらパワー負けする。だから、ギリギリで攻撃を躱してカウンターを……。
そう、俺がこの短い時間で考えていた時だった。
「終わらせるよ」
目前まで迫ったアルベルトがそう言った瞬間。
「ア、アルベルト様のお姿が消えた……!?」
「どこだ!? どこに行ったんだ!?」
ギャラリーが騒然としだした。
観客席にいる殆どの人が、突如としてアルベルトが姿が透明になった事に驚いている。
「キャー! アルベルト様のユニークスキル、《インビジブル》ですわー!」
そんな中、アルベルトの取り巻きその三が歓喜の声を上げた。
「僕のユニークスキル、インビジブルは、自分の姿や触れている物を透明にすることが出来るんだ」
アルベルトの甲高い声が闘技場に響く。
「君には、僕がどこに居るか分からないだろう?」
………………………………。
「卑怯なんて言わないでよ、これも僕なりの全力だ。僕はどうしても騎士団長としても、レイナ様の未来の伴侶となるためにも、負けるわけにはいかないんだ」
…………………………………………。
「それじゃあ、覚悟――」
「どらぁッ!」
「ブファッ!?」
俺に振り下ろしたアルベルトの木刀を躱すと、すれ違いざま顔面にパンチを喰らわす。
するとアルベルトは、鼻血を垂らしながら後ろに倒れた。
「なっ……!? ど、どうして……!?」
尻餅をつき鼻を押さえているアルベルトは、意味が分からないと言った顔をしている。
そんなアルベルトに、俺は安堵のため息をつき、振り返りながら答えた。
「見えてんだよ、お前の姿が……」
そう、周りには何も見えていないみたいだが、俺にはアルベルトの姿が半透明に見えるのだ。
……よかった、コイツのユニークスキルが俺の魔神眼と相性悪くて。
じゃなかったら死んでた。
ほんっと、魔神眼ってスゲえ。魔神眼様々だよまったく。
あと普通に透明化って、メッチャ厄介じゃん。ある意味チートじゃん。
ああ、だからあの時勇者一行三人衆がいたのに俺達に追いついてきたのか。
「そんな……僕のインビジブルは絶対に見えないはずなのに……!」
俺の言う事を信じられないのか、アルベルトは再び透明化したまま突っ込んでくるが、さっきより動きが鈍い気がする。
もしかしたら、透明になっている間はあまり動けないのかもしれない。
「一応俺魔眼持ちなんで、ねッ……!」
「グッ!?」
俺は攻撃を難なく躱すと、アルベルトの腹に木刀をバットのようにスイングした。
「ゲッホゲホッ……!」
「さっきの仕返しだコノヤロー……!」
「僕は団長なんだ……レイナ様の旦那になる男なんだ……!」
透明化を解除しうずくまって咳き込むアルベルトにそう言ってやると、アルベルトは先程と同じような事を呟いた。
それは俺に対してではなく、自分に対して。
まるで自己暗示のように。
ああ、何となく分かった気がする。
コイツは多分……。
「なあ、アルベルト……」
「何だい……?」
俺は会場のギャラリーには聞こえない声量で、アルベルトに語り掛ける。
「さっきから自分は凄いんだー、みたいな事言ってるけど……それって逆に、自分に自信が無いって事なんじゃないか?」
「そ、そんな事はない!」
俺が息を若干切らせながら言うと、アルベルトは立ち上がって抗議した。
「僕はフォルガント王国騎士団長! それに君には効かなかったが、インビジブルというユニークスキルがある! 自信しかないさ!」
アルベルトはそう怒鳴るように言いながら、ドンと胸を叩く。
が、その顔には先程のような自信に満ちた顔はなく、怒っているようだった。
ああ、やっぱりそうか……。
「お前がレイナの事を本気で好きなのは、伝わってくるよ。ウザかったけど」
「一言余計だよ……それがどうしたんだ?」
「でも、レイナは自分に似合わない。だってレイナは自分よりも遙かに強いから」
「ッ」
アルベルトが、息を呑む。
「好きな女の子が自分よりも強くって何でも出来たら格好悪いよな、自信無くなるよな。だからお前はレイナの未来の旦那なんだって、自分は騎士団長だから凄いんだって自己暗示を掛けていたんだろ?」
「…………ッ」
どうやら図星だったようで、アルベルトは恥じるように顔を赤くし唇を噛み締めた。
そんなアルベルトに、俺は笑ってみせる。
「でもさ、そんな無理して強がる必要ないと思うぜ」
「何……?」
「俺が雑魚過ぎて価値観違うかもしれないけど、わざわざああやって強がらなくても、お前は十分強いし凄いと思う。少なくとも、俺はそう感じた」
「…………」
俺は最近、つくづく思うようになった。
例え住んでいた世界は同じでも、人は変わらず人なんだって。
こんな剣と魔法のファンタジーな世界でも、人が抱える悩みは同じなんだ。
「……無駄話が過ぎちゃったな」
「……ああ、そうだね。観衆も怪訝に思っているようだし」
「ならこっからはもう何も話さねえ! コレで最後だ!」
「望むところだ!」
観衆は、俺達が何を話していたのか分からないだろう。
それでも俺達が大声でそう言い合うと、ワッと歓声が上がった。
「どらぁッ!」
「ハアァッ!」
同時に、お互いの木刀がぶつかり合う。
しかし単純なパワーならアルベルトに分があるので、押し負けそうになる。
正々堂々戦えたらよかったけど、今の俺がコイツに勝つにはこれしかない。
「喰らえ、俺の魔眼!」
俺は大袈裟にデカい声でそう怒鳴り、自分の眼を紅と紫に光らせた。
「くっ……!」
そんな俺を警戒したのか、アルベルトは後方に跳躍する。
――今だっ!
「『投擲』ッッ!」
「なっ!?」
その瞬間、俺は自分の木刀をアルベルトに向けてぶん投げた。
木刀は真っ直ぐアルベルトに飛んでいき、その後を俺が追うように駆け出す。
そして、俺は走りざま拳にグッと力を込めると。
「『スパーク・ボルト』……ッ!」
そう叫ぶと、俺の手からバチバチと電気が流れ始めた。
数週間前、初めて初級魔法を習得した時に、魔法の先生であるリムが言っていた。
『どの魔法もイメージが大事なんです。魔法の詠唱は、その魔法のイメージ力を高めるために唱えているだけであって、イメージ力さえあれば簡単に魔法が使えますよ』、と。
そういったファンタジーなイメージ力なら誰にも負けない。
何せ、中学校の頃なんて授業中にずっと妄想してたんだから。
中二病のイメージ力、ナメんなよ!
「はぁっ!」
地に足が着いたアルベルトは、俺が投げた木刀を叩き落とす。
カアアアンッ! と、木と木がぶつかる高い音が闘技場に響き渡る。
しかし、さっきの木刀はミスディレクションに過ぎない。
「何ッ!?」
アルベルトは向かってくる俺に対応しようと木刀を横になぎ払おうとする。
しかし、俺は己の拳に電撃魔法を纏わせ、がら空きになっているアルベルトの顔面に!
「「グエッ!?」」
俺の拳とアルベルトの木刀が互いに直撃したのはほぼ同時だった。
脇腹に勢い良く当たった木刀の痛みに、身体が一瞬宙に浮きかけ、力が抜けそうになる。
しかし、俺は歯を食いしばり地面を踏み締め……!
「ぬぅぅうううあああああああああッ!!」
「ッ!?」
電撃を帯びた拳をアルベルトの顔面にめり込ませたまま、俺は勢い落とさずそのまま拳を振り落とす。
「ああああああああああああああああああッ!!」
「ガッハ!?」
レベル差があっても、流石に勢い良く後頭部が地面に叩き付けられたらたまったもんじゃないのだろう。
ガツンッと鈍い音が響くと同時に、アルベルトは地面に沈んだ。
「ゲホッ、ゲッホ……!」
俺は痛む脇腹を手で押さえ咳き込みながらも、なんとか立ち続ける。
苦しそうな表情をしていたアルベルトは、そんな俺の姿を見て、目を瞑った。
「審判……僕の、負けだ……」




