第四九話 交渉は今日もバクバクだ!③
……重々しい扉がゆっくりと、音を立てて開いていく。
この扉の奥から現れるのは、決まって世界各国でそれぞれの国を統治している王だ。
流石そんな仰々しい面々の中に自分が含まれていると言う自覚は未だにないが、基本はそうなのだ。
しかし、ここにはスレイブ王国と教皇庁以外の全ての王が揃っており、これ以上この扉を開く存在は居ない。
しかし、それでも扉は開いたのだ。立場は違えど、この場において、最も重要である人物である事には違いないのだから。
「実物として顔を見せるのは初めてか……小僧」
「……そうなるな」
扉の奥から、屈強な兵士に挟まれたユースが、片腕だけ手錠を掛けた状態で姿を現した。
その瞬間、オズワルド帝が無機質な声で話を投げかけてくる。
それだけだったらまだビビり散らかすだけだ。問題は、俺以外の王全員が、ユースに向けて一斉に無言の怒気をぶつけている事。
王様なんてものは、プレッシャーがあってなんぼの立場だ。そんなプレッシャーを放つことにかけてはスペシャリストの王様計7人による、全力の威圧攻撃。
レイナはおろか、リーンも表情を強張らせている。自分の横を通り抜ける威圧の塊に、いくらリーンでもたじろいでいるようだ。
しかし、その集中砲火を受けている当の本人は、ドンヨリと沈んだ瞳でただ正面を見据えている。
それは正しく、避けられない絶望に対して、覚悟が決まった者の瞳だった。
「……さて、投獄されている君に来てもらったのは他でもない。アダマス教団元幹部である、君の処遇についてだ」
「ああ……」
フォルガント王の声を合図にする様に、フッとこの場を支配していた緊張感が薄まった。
しかし、未だに手の震えが収まらない。そんな俺とは裏腹に、ユースは淡々と言葉を並べた。
「おれはどんな処遇でも受け入れる。己の無知と傲慢さによって、この世界に多大な悪影響を与えてしまったのは事実だからな」
「そうか……どんな処遇でも受け入れる。その言葉に、嘘偽りは無いな?」
「無論だ」
「よし」
フォルガント王は静かに立ち上がると、ゆっくりとユースの正面へと移動しながら最終確認でも取る様に問いを重ねた。
そして、目力の何一つもない瞳で見上げるユースに対し、世界の王の代表として。
「単刀直入に言おう、アダマス教団元幹部、ユース」
世界を混乱させた、異邦人に対して。
「君には――死んで貰う」
罪を下した。
「――この世界の者達の、頭の中でな」
「…………はぁ?」
この世界の者達の、頭名の中で死んで貰う。その意図が分からず、ユースは暫く硬直した後、随分と間の抜けた声を発した。
「何、頭の中で死ぬ……? それは……どういう事だ……ただの死刑では、ないのか……?」
「分かりやすく言うと、ユースという存在を死刑にした事にする」
「………………はぁ?」
フォルガント王がもう少し噛み砕いて説明するも、ユースは更に頭に「?」マークを浮かべるだけだった。
そんなユースを見下ろしたフォルガント王は肩を竦めると、チラと横目で俺を見た。
「詳しい説明は、発案者のリョータ殿からして貰おうか。頼むぞ」
「分かりました、先生」
俺は痛む腰を我慢してスッと立ち上がると、バトンタッチするようにフォルガント王と立ち位置を入れ替えた。
「お前はいつまでとぼけずら晒とんのじゃい」
「そ、そりゃそうだろ……!? 何なんだ、頭の中で死ぬって!? お前の発案なのか!? だったらどっちにしろ嫌な予感しかしない!」
「そーだな、この魔王リョータさんの考えってだけで、嫌な予感の安心と信頼が確立するってもんだ」
「嫌な予感と言う時点で安心も信頼もあるか!!」
少しだけだがツッコミを入れられるだけの元気は出たようなので、俺はヘラヘラと笑いながら、まるでプレゼン発表でもするかのように話し始めた。
「さて、ずっと牢獄に居たお前に今の世界情勢を教えよう。簡潔に言うとだな、俺達は今、スレイブ王国の奴隷を解放した英雄を殺し、元奴隷達の暴動を取るか、世界に喧嘩を吹っ掛けたテロリストを生かして世界各国で起きるだろう暴動を取るかの二択に迫られている訳だ」
「……おれは英雄なんかじゃないだろ」
「お前がそう思ってなくても奴隷にとってはそうなんだよ、お前の私情なんて知らん。今あるのは、この2つの懸念の板挟みって結果だけだ」
他の王達にユースを擁護している風に思われてはいけないので、出来るだけドライな対応を心掛ける。
俺は人差し指と中指を立て、その間からユースを覗き見ながら続ける。
「どっちを取っても面倒ごとは避けられない、どっちを取っても近々どこかしらに被害が及んでしまうのは事実……だから」
そして俺はもう一本、薬指を立てる。
「第三の選択肢として……『ユースを処刑したと世界全土に見せかけて、世間的に死んだ事にする』」
「なっ!?」
そう、現時点において、一番被害を少なくさせるには、この方法しかない。
他の国々ではユースは処刑されたという事にして、国民のヘイトを減らす。そして元奴隷達には実はユースは生きている事にする。
ハッキリ言おう、そんな事は。
「許される訳ないだろッ!!」
「そう、許されない事だ」
つまりそれは、俺達王が結託して、国民に真実を隠蔽するという事に他ならないのだから。
ユースはこれでも自分の正義を貫かんとする奴だ。当然、このような悪徳領主が行っている様な強行を、自分の命が掛かっていようが許すはずがない。
「だから俺達8カ国の王様は、共犯者になるんだ。これ以上の混乱を起こさない為に、テロリストであるお前の命を奪わない」
「そんな……事が……!」
「割と普通の事だろうが」
と、横から声を発したのはサルドマリア王だった。
「ていうかな、常識的に考えて、自分がやってる政治を国民に全部打ち明ける様な清廉潔白な統治者がいるかぁ? 俺だって少なからず黙ってる事もあるわ」
「まあねー。アーノルドみたいな異端児だったらまだしも、僕達みたいな普通の王様なら普通に隠蔽工作とかするよ」
「まあ、素直に認めるものではありませんけれどね……」
続けてブルシー王は全く悪びれる様子もなく、ガンマイン王は若干後ろめたそうに賛同した。
まあ、バルファスト魔王国が特殊と言うだけで、他の国は普通に大きな貴族社会がある。そして一見華やかな貴族社会と言うのは、一皮むけば殺し殺されの血みどろの世界だ。
当然彼らだって、下克上を狙う貴族に暗殺者を仕向けられたり、逆にその邪魔な貴族に仕向けたりした事もあるだろう。
そして、声を大にして認めるものではないが、そんなの隠していて当然である。
「陰気臭いねぇ、もっと分かりやすくすりゃいいだろうに」
「何でも直接殴り合って解決する方法はお主の国でなければ成り立たんぞ……」
と、相変わらず脳筋国家のビスタール女王のしかめっ面に対し、カムクラ王が何とも言えない表情で呟く。
それを尻目に、俺はユースを見下ろした。
「お前に拒否権はねえんだよ、さっきのどんな処遇でも受け入れるって発言は嘘だったのか?」
「……だとしても、どうやって騙すんだよ。無理だろそんなの……アンタらが口を揃えて『処刑しました』なんて言っても、全員が全員信じる訳ないだろ。それこそ、公開処刑でもしないと……」
「うん、だから公開処刑するんだよ」
「は……?」
「実際に国民の前で、お前が首チョンパされる光景を見せるんだよ。勿論嘘の光景だけどな」
「だからっ、それをどうやって……!」
「お前、どうやってここに居る人達に顔見せたっけ?」
「……まさか」
「そうだよ、ホログラムだ。お前が首チョンパされてる嘘のホログラムを映し出して、見物人を誤魔化す」
この世界会議の会場でユースが現れた際、ドローンによって映し出されたホログラム体だった。
あの時はユースの挙動をリアルタイムで映し出していたのだろうが、予め作っておいた映像を映し出すことだって、やろうと思えば可能だろう。
「で、唯一スレイブ王国だけはその映像と情報を流さず、お前はまだ存命だと言う事実を元奴隷達にだけ共有する」
「……理屈は分かる。でも、そんなの不可能だろ。だって、いつか絶対バレる事になる。元奴隷達に口止めしたって、必ずどこかで漏れるだろ。そんなの……」
「先延ばしである」
ユースの言葉を遮り言葉を奪ったのは、オズワルド帝。
毎回毎回この人が喋るたびに異様なプレッシャーが場を支配するから正直怖い。
そんな俺のお腹の事情など露知らず、オズワルド帝は深く椅子に座ったまま語る。
「吾輩達が行おうとしている事は、現状の先延ばしに過ぎぬ。しかし大陸の一国が滅びた今、更なる混乱を起こす訳にもいかぬのだ。国民が度重なる巨大な不安に押し潰されてしまう。そしてその瞬間から国は終わる。だからこそ、妥協なのだ」
「妥協……」
「無論、貴様の言うようにいずれ何処かで漏れるであろう。そして隠蔽していた事実が更なる薪となり、より大きなものになるだろう。しかし、いずれ起きるであろう問題に対し、構える事が出来る。何より、ある程度は国民の心に安寧が戻る」
「…………」
「正解ではない、正しさなどない、間違いでしかない。しかしそれでも……国を護ると言う事は、そういう事なのだ」
重い声音で言い放たれたのは、泥を被ろうが罪を背負おうが、国を護る為に受け入れる王の覚悟。
俺達王様は、下から見上げれば絵に描いたような権力者、所謂悪者だ。そして今告げられたものこそが、ユースが忌み嫌っていた悪者が、悪者である所以。
「だから俺達は、お前を利用する。お前の反省も贖罪も全部踏み躙って、悪い政治の為にお前の全てを利用する。そしてお前は、その屈辱を抱えてズタボロで生きていけ。それが、俺達が決めたお前への、罰だ」
「……確かに、利用され、死んで楽になれないぐらいが、妥当な罰かもな」
ユースは嘗て自分が破壊した天窓を見上げて、諦めたように小さく吐息をこぼした。




