第四九話 交渉は今日もバクバクだ!①
翌日。俺はリーンと共に、再び世界会議の会場があるこの平原に立っていた。
相変わらず防御結界と不認識結界があり得ない程張られている、小さなお城が目の前に聳え立っている。
「というか、以前来た時よりも結界厚くなってるな」
「まあ、ユースに場所がバレたどころか普通に破られちゃったものね」
「一応これでも、全力のレイナでも破壊出来ないらしいぞ。本人が言ってた」
まあ、そんな化け物がホイホイ現れてたんじゃ、世界なんてとっくに大混乱に陥ってしまう訳だが。
少なくとも、文字通り次元が違う、異世界からの異邦人二人の脅威は去ったのだ。もうこの結界が破られることは無いだろう、多分。
ここの管理人の魔法使いがフラグを立てる様な事を言わなければ、多分。
「魔王殿下、お待たせいたしました。さあ、どうぞこちらへ」
「あ、どもども」
俺は以前見事にフラグを回収した魔法使いの人に案内され、、結界に空いた穴を潜り抜ける……杖を突きながら。
そう、まだまだギックリ腰継続中であり、上手く歩けない俺は魔王城の奥の倉庫から、いい感じの黒い杖を引っ張り出してきていた。
そして前の持ち主は不明である。
「いっつ……」
「……大丈夫なの?」
「これでもフィアがだいぶ痛みを和らげてくれてんだよ……クソ、何で俺は杖を突いて足腰支えてるんだ……?」
「いや、元々そういう用途の物だし……」
「杖ってのはね! ファッションでありロマンであり緊急時に振り回す為にあるんだよ!」
「山でいい感じの枝を拾った子供みたいな事言うんじゃないわよ! たかが足腰支える棒に何を求めてんのよ……」
「でも前の持ち主絶対そういう用途でコイツ使ってねえよ。だってホラ、錆びまくってるけどコレ実は仕込み杖だし」
「アンタら男は棒にロマンを求めすぎなのよ!」
熱い熱い男の子の棒に対する情熱を聞いても、リーンはげんなりとした表情を浮かべる。
ちなみにコイツ自身剣を振り回している身ではあるものの『いやただの武器の一つじゃない』という非常にシンプルなマインドの為、中々分かってもらえない。
……世界各国の王様と会談するっていうのにその直前でこの会話である。
いやまあ、正直直前までこうやって日常会話をしてくれるだけありがたい、緊張もだいぶ解れてきている。
「さて、前回は媚び売ってきたけど……今回は脅しに行きますか」
「前回も全壊で脅してたけどね。大丈夫かしら?」
「問題ねえ、大義名分は我にあり、だぜ」
「心配なんだけど……」
と、口ではそう言いながらもある程度の信用はしてくれているリーンに不敵に笑って見せて、俺は再びこの会場へと足を踏み入れた。
割られた筈の天窓はスッカリ元通りになり、以前と変わらない神々しさと重厚感に満ちている円形のこの部屋に、俺以外の全ての王が集結していた。
「魔王ツキシロリョータ、参りました!」
「ああ、時間通りだな」
俺から見て正面の席に深々と座るフォルガント王は、少し表情を緩めながら視線で着席を促す。
その隣にはレイナも立っていて、俺達の姿を見た瞬間少し笑顔になった。可愛い。
杖を突きながら唯一空いている席に移動していると、からかうような声が飛んできた。
「オイオイ、急に杖なんて突き始めてどうしたよ? いくら大金星挙げたからって、変にカッコつけるなって。似合ってねえぜ?」
ケラケラと笑いながら言ってきたのは、この面子の中で唯一の二十代だと思われる、サルドマリア王国国王、バズーサ王。
そんな人に対し、俺は慎重に腰を下ろしながらにこやかな笑みを浮かべた。
「いやー、実は先日ギックリ腰の襲撃に遭いまして」
「ブッ!? アッハッハッハ! やっぱコイツ面白れー!」
相変わらずこの人は俺の何を気に入ってくれたのか分からない。でも少なくとも現時点で一番親交を深められそうな気がするのも彼である。
「貴方はなった事がないから笑えるのですよ……あの痛みと衝撃、今でも忘れられません」
ブルッと小さく身体を震わせたのはガンマイン王国国王、ダム王。
相変わらず模範的なドワーフの姿をしているのに口調が丁寧語で少し混乱してしまう。
「と、そんな事よりも……会談を始める前に、少々宜しいですか?」
「何だ?」
「この場をお借りして、魔王殿に感謝を申し上げたいのです」
「へ?」
ガンマイン王は椅子から文字通り飛び降りると、トコトコと俺の元へと歩み寄ってきた。
「この場の皆さんも知っている通り、魔王殿は自らスレイブ王国に赴き、奴隷達に掛かった奴隷魔法や開錠が困難な拘束具などから、全ての奴隷達を解き放ってくれました」
と、流石にこの情報は流石に周知されているようだな。
姿勢を正して座る俺の横に立ったガンマイン王は、そのまま深々と頭を下げて来た。
「その奴隷の中には、我がガンマイン王国から攫われた国民たちも居ました。中には、家族と引き離された者達も。貴方の働きのお陰で、その者達は無事に我が国に戻ってこれました。引き離された家族と、再開する事が出来ました。深く、感謝申し上げます」
そうだ、奴隷達の中にはドワーフも混じっていた。
この世界のドワーフも従来のイメージ通り、見た目の割に細かい作業を得意とする種族だ。
だからモノを作らせるのに、ドワーフの奴隷は重宝されていた。それはもう、隣の国から搔っ攫ってくるぐらいには。
そうか……あの人達、無事に帰ってこれたんだな。
「俺はただ、後始末をしただけですよ。それに、俺だけの力じゃないですし……偶然か故意かは置いておいても、実際に解放したのはアイツですし」
「それでも、ありがとうございました」
ガンマイン王は赤土色の髭の奥から笑顔を見せて、手を差し伸べて来た。それに対し俺も両手でしっかりと握り返す。
ゴツゴツしていて力強くて、何だか憧れを覚える様な手だった。
「いやでも、ホントによくやったよー。君達の戦い、ここで見させてもらってたよ。久々に熱いものが込み上げて来たよ」
ガンマイン王が自分の席に戻るタイミングで、頬杖を突きながら笑い掛けて来たのは、ブルシー王国国王、ボッセ王。
相変わらず浜辺とサーフボードが似合いそうな人だが、割と腹の奥で何を考えているか分からないちょっと怖い人だ。
「そう言えばアイツ、ここに中継繋いでたんだっけ……」
何でもユースは俺達の敗北を他国に見せつける為に、超小型飛行カメラを通して俺達の戦いの様子をここで映像として生中継していたらしい。
だからフォルガント王がユウナさんに気付いて殴り込めた訳だが、そうか他の王様は全員ここで戦いの行く末を見守っていたんだよな……。
…………え、全部見てたんだよね?
俺の視線に気づいたカムクラ王が苦笑いを浮かべた。
「いや、だがボッセ殿も言ったように、魔王殿の勇姿はしかと見届けたぞ。あの大剣を異空間から取り出した時は、ワシも思わず立ち上がってしまったぐらいだ。格好良かったぞ!」
「でも、床にぶちまけられたポーションを側近と一緒に啜ってたのも見ちゃったけどねー」
「情けなくレイナ嬢に抱きかかえられてる所や、結局暴走状態に陥った瞬間もしっかりとね」
「ポーション啜りだした瞬間笑い過ぎて息が止まるかと思ったぜ……ッ……ふはっは!」
「ユースあのヤローッ!!」
俺は額をテーブルに叩き付けて叫ぶ。
恥ずかしい! 何だろう、ポーションとか暴走とかも勿論そうなんだけど、俺の言動が映像越しに観られていて、今その感想を言われているというこの状況が何だかんだ一番恥ずかしい!
「あ、勿論君の勇姿も見させて貰ったよー」
「……えっ、わ、私、ですか?」
と、突然話題の対象が自分に映り、ワンテンポ遅れて反応するリーン。
珍しく動揺しているリーンに、各王が続く。
「あの剣技、身体能力。何より最後まで諦めず、決して倒れなかった心の強さ……どれをとっても素晴らしかったです」
「やっぱりワシの目に狂いは無かったよ。許されるなら、アンタをビスタールに招待したいぐらいさね」
「おー、アンタは最初から最後まで一貫して格好良かったぜ」
「えと、ありがとうございます……」
いや、リーンも十分過ぎるぐらい頑張ったし、俺より褒められるのは至極真っ当なんだけど……。
やっぱり悔しい……!
っていうかビスタール獣王国の女王のアーミン女王に至っては、ちゃっかりリーンをテイクアウトしようとしてるし! いや、許さないけどさ!?
「過ぎた事はもういいであろう」
などと、何だかんだで和やかにはなっていたこの場の空気が、その重厚な声によって一気にピリつく。
「それよりも今は、この後の事を考える事に専念するべきである。吾輩も暇ではないのでな」
腕を組み、ずっと石像の様に動かなかったオズワルド帝国皇帝、ハギルド帝。相変わらずクラシックな軍服が似合う、思わず背筋が伸びてしまうような人である。
「そうだな、英雄達への称賛は後にしようか」
フォルガント王が仏頂面のオズワルド帝に対して頷くと、全員がテーブルを囲んで正面を見据えた。
そして一気に、この場の雰囲気が重圧的なものへと変わっていった。
……さて、もう一戦だ。
俺にとっての夏の大戦争は、まだ終わっていない。
勝負はここから、ここで全てが決まってしまうのだ。
俺は腰の痛みなんて感じなくなる程に緊張し、同時に意を決しながら、司会進行役であるフォルガント王の声に耳を傾けた。
「では、今回の世界会議の議題。『アダマス教団幹部、ユースの処遇について。及びに、スレイブ王国の元奴隷達の今後について』。以上二つを、話し合っていこうと思う」
セルフQ&A
Q:ユースの中継って結局どこまで流してたの? ていうか何で自分が劣勢になってた時に映像を切らなかったの?
A:ユースが作った超小型飛行カメラは完全フルオートなので、レイナがユースを連れて飛び立った後以外は全部流されてます(レイナがあまりに高速で飛ぶからカメラが追い付けなかったのです)。
ユースが劣勢になっても映像を切断しなかったのは、『どんなにピンチでも、最後に勝つのは正義だ!』 と信じていたから。そして敗北を認めた時は、潔く敗北者である自分の姿を晒す事で贖罪にしようとしていたからです。




