表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十一章 拝啓、親愛なる俺へ
496/500

第四八話 奴隷は今日も解放だ!⑦

さて、ワイバーンの襲来やギックリ腰の襲撃など、色々と襲われはしたものの、無事に全奴隷を解放させた翌日。

俺は未だに痛む腰を携えて、フォルガント王国の宮殿に赴いていた。

用意された重要会議室のソファにたっぷり二十秒時間を掛けて慎重に腰を落とし、正面を見つめる。


「精神と睡眠時間と腰を引き換えに、無事にやり遂げました」

「引き換えにしたものが重すぎやしないか……?」


と、笑顔で端的に報告した俺に、フォルガント王が何とも言えない表情でそう返してきた。


「いやー、アレですね。ギックリ腰ってなった瞬間この世の終わりみたいな激痛走りますね。魔女の一撃とか呼ばれるぐらいですけど、正直ジータの魔法正面から受け止めた方がまだ良かった気がします」

「私も経験者だから共感は出来るが……流石に大丈夫か?」

「奴隷解放の喜びが全て持ってかれました」

「そ、そうか……大変だったな」


基本デスクワークの王様だからか、ギックリ腰経験のあるフォルガント王だが、まさか十代の弟子がなるとは思わなかったのだろう、非常に気まずそうな顔をしていた。

が、すぐに表情を引き締めて、そのままスッと立ち上がった。


「改めて、礼を言わせてくれ、魔王ツキシロリョータ殿。貴殿らの活躍によって、世界を巻き込みかねない大惨事を防いでくれた。それどころか、死にゆく筈だった奴隷達の命も救ってくれた。奴隷の中には、故郷に家族が居る者も少なくない」

「いえいえ、元はと言えばバルファスト魔王国の因果応報に皆さんを巻き込んでしまったのが原因ですし……俺はただ、尻拭いをしただけですよ」


そう、元々歴代の魔王が世界征服なんてやらなければ、少なくとも初見でユースは俺達を悪だとは思わなかった筈だ。

実際に、未だに魔族=悪というレッテルは、そこかしこに存在している訳だし。


「あと、名誉挽回って訳じゃないですけど、奴隷を俺達が直々に解放した事で、少しぐらいは偏見が消えたらなーって打算的な部分もありますし。実質遠回しのマッチポンプみたいなもんですよ」

「だが、君達が率先して行動したお陰で我々は助かったんだ。それが事実で結果だ」

「……そう言ってくれると、救われます」


フォルガント王の顔には、少しばかり疲れの色が見えていた。

頑張ったのは、行動したのは俺達だけじゃないんだ。それを忘れてはならない。


「で、問題は明日の世界会議なんですけど……」

「議題はやはり、ユースの処遇だろうな」


俺が今日ここに来た本題を口にすると、フォルガント王は腕を組んで深くソファに座り直した。


「まず、十中八九死刑になってしまうだろう。いくら歳が歳とはいえ、世界に対して宣戦布告してしまったのだからな。それに、一日も経たずにスレイブ王国を滅ぼしたという実績もある。世界にとっては、以前脅威でしかない」

「まあ、そうですよね……一応、改心はしたっぽいですけど、結果は変わらない訳ですし」


俺も合理的に見れば、ユースを処刑した方が世の為に人の為にはなると思う。

地下牢の底で腹を割って話し合っても、同郷も同郷だった事実を知ったとしても。

ユースを生かしておくメリットが無い。


「……なので俺は、逆の発想で行こうと思います」

「と、言うと?」


俺は、事前に考えておいた、ユースの今後の処遇についてのイメージを、隅から隅までフォルガント王に告げた。

フォルガント王の眉がハの字になったりと、言っちゃなんだが面白いぐらいに動く。

やがて全てを話し終えた俺に対し、フォルガント王は苦笑を浮かべる。


「あー……それを世界会議の場で、世界の王達を相手に提案するつもりか?」

「はい、勿論」

「何と言うか……君はえげつないな、誰に対しても」

「そりゃあ俺は悪の魔王様ですから。歴代とは違った方向性の悪を貫きます」

「一番達が悪いぞ、それ……」

「で、通りますかねこの提案……」

「……正直な所、可能性はある、としか言えないな。私も素直に賛同していいか分からん」

「まあ、結構乱暴な手ですもんねぇ。建前なんて薄っぺらな皮を剥がせば俺のエゴしかないですし」


正直に言ってしまうと、ユースをそのまま処刑してしまった方が単純で、簡単で、楽ではあるのだ。

でも俺は、どうしても見逃せなくなってしまった。

また俺は、甘ったれた理想論を貫こうとしているのだ。それがどれだけ迷惑な結果になろうとも。


「こうなったら……『この世界救ったの俺なんだけど? あと奴隷救ったのも俺なんだけど?』でゴリ押すしかないか」

「……君はアレだな、謙虚と不遜の使い分けが激しいな」

「魔王ですから」

「理由になっとらんぞ」





――相談を終えた俺は、提案の内容もうちょっと煮詰めるかと腰を摩りながら帰ろうとしたとき、フォルガント王に止められた。

そしてそのまま、目的地も告げられぬまま彼の後を付いて行っている。

宮殿の裏口を抜けて、花園を抜けて、少し茶色がかった芝生の空き地を抜けて。

やがて辿り着いたのは、城壁沿いに刺さった一本の低木。

そしてその下には、白が映える小さな墓石が、寄り添うようにして立っていた。


「……ユウナさん、ですか」

「ああ、この下に眠っている。今まで通っていた墓に入れるのも考えたが、既に眠っている者を無理矢理移すのも、な」

「挨拶してもいいですか?」

「お願いするよ」


俺は頑張ってその場にしゃがみ込むと、静かに手を合わせた。

天羽優奈……レイナの母親、フォルガント王の奥さんにして、俺と同じ日本からの転生者。

眼を開けて立ち上がり、小さく礼をすると、ゆっくりと振り返る。


「眺めのいい場所ですね。少し丘になってるから、宮殿の敷地が良く見える。それにこの木……桜ですか?」

「君達の故郷の木なのだろう? 頑張って探してみたんだ。それに、彼女が言っていたんだ。桜が満開になる頃、誕生日を迎えるんだと」

「奇遇ですね、俺も生まれた日桜が満開だったらしいですよ。春が楽しみですね」


それから少しの間、肌寒く感じる秋の風の音を聞く。


「……何も、聞かないんだな」

「詳細は知ってますからね。それに……」


言い掛けて、俺はフォルガント王と向き合って、ニッと笑って見せる。


「先生の顔を見る限り、大丈夫かなと!」

「フッ……ああ。ユウナとは、思う存分話すことが出来たし……俺の夢も、叶えることが出来方からな」


……先生はたまに、ユウナさんとの思い出話をする際、元々の一人称なのであろう、『俺』が出て来る。

そしてその時は大抵、先生が満足している時の証拠だ。


ああ、俺はこんな風に、大切な人の墓の前で、優しい笑みを浮かべられるのだろうか。

もし、今それを出来るのだとしたら……。

きっと、俺は……。


「先生」

「何だ?」

「俺はミタマミトを殺しました」


不意を突くように言い放った、残酷な事実。

きっと情報通の先生の事だし、俺が直接ミトを殺した事は知っていただろう。

それでも、このように真正面から誤魔化しもクッションも無く告げた事には驚いたのだろう、少し目を見開いていた。

そんなフォルガント王から目を逸らし、俺はもう一度ここから見える風景を眺める。


「先生は前に言いました。『もしこの先、自らの欲望の為に人を殺した者が現れたなら、今度こそ重い決断をしなければならない。そして今度こそ君は、人を殺めなければならない』と」

「……その後に私は言った。『心配することは無い、せめて君がそうしなくて済むように、変わりに私が頑張ろう』と。だからリョータ殿、私は君に謝らなければいけない」

「違いますよ、謝って欲しいわけじゃないんです。それに、コレは俺の意思でやった事です。ミトに頼まれて、それに対して頷いた、俺の」


今でも鮮明に覚えている。

喉にナイフを突き刺す感触、静かに溢れ墜ちる血。

口元の、哀しいくらいに柔らかくて優しい感触を。


「俺は、覚悟はしていたんです。いつか俺は、人を殺めなければいけないと。嫌でも苦しくても、やらなきゃいけない時が来るんだと。例えそれが、俺を好きだと言ってくれた女の子が相手でも」

「…………」

「でもやっぱり、覚悟してたとしても怖かったんです。きっと俺はずっと、誰かを殺した罪も記憶も感触も、全て背負って生きていかなきゃならない。それが怖かった。怖くて怖くて、眠れなかった」


秋の空は澄み切っていて、薄く月が見える。


「でも……俺は」


これから色が濃くなり、光を増すのだろうその月が、どうしても。



「――ミトを殺したその日の夜、いつもの様に眠れました」



消えてしまいそうに見えてしまう。



「ミトを抱えて運んだ時、とても穏やかな気持ちでした。火葬したミトの骨を拾い集める時、何の躊躇いもありませんでした。その日の夜、慰労会として冒険者達と祝った時、腹一杯の食べ物が喉を通りました」


その姿が、存在が、少しずつ。


「慰労会の最中、頭の中はミトの事で一杯でした。初めて会った時の事とか、教会で話した時の事とか、ずっと思い出に浸ってました。でもその時……俺は皆の前で……心の底から笑えてしまいました」


消えていくんだ。


「だから……これだけ言わせて下さい」


ここで、俺はようやくフォルガント王の眼を見つめた。

酷く悲しそうな、偉大なる恩師の瞳を。


「俺が道を踏み外したら――お願いします」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ