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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十一章 拝啓、親愛なる俺へ
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第四八話 奴隷は今日も解放だ!④


「いや、本当にゴメン……今朝からずっと幻覚が見え始めてたもんで……」


遥々会いに来てくれた好きな人に対して、目が合ってからガン無視を決め込むという割と最低な事をしてしまった後。

俺は自ら地面に正座して、深く頭を下げていた。


「朝方、遠くの方に薄らボンヤリとリーンが見えて……駆け寄ってみたら霧散したみたいに消えて……以後何回か似たような症状が出て来たから、もう放っておこうって思った矢先だったんだ……」


ちなみに最初『何だよリーン! 早かったじゃん!』と自分でも心底嬉しがって駆け寄ってみたのにすぐにその姿が消えて、代わりに底に居たのは目をぱちくりさせたおっさん奴隷だった。

あの気まずい沈黙は、今でも頭を抱えてしまいそうになる。

そして、リムだったりローズだったりも出てきて、その度に幻覚だと気付いて。

何よりも幻覚を見てしまうぐらいにコイツ等を恋しがっていたのだという自分が恥ずかしい。


「いや、もういいから……道のど真ん中で正座するの止めなさいよ」


と、周囲からの視線に対し居心地悪そうにしながらリーンは俺を立ち上がらせる。

周囲からヒソヒソと『魔王様が自ら跪いた』だの『魔王様の主人か?』だの聞こえてくる。何だよ、魔王様の主人って。


「改めて……頑張ってるわね、リョータ」

「ほんっとだよ、俺達メッチャ頑張ってるよ……特に俺なんて奴隷と接する時間多いから、一人一人の激重エピソード聞かされてこっちまで心が擦れるし……カウンセリングも大変だったよ。いやまぁ、後悔とかは全く無いんだけどさ」


リョータは相手から話を引き出すのが上手い。そもそも少し話すだけで『コイツになら話してもいいかも』というマインドになる。私だって何度もそうなった。

きっとコイツの才能なんだろう。本人にとっては辛い作業だろうが、奴隷達にとっては話してみて気が楽になったという人も多い筈だ。


「バルファストは大丈夫そうか?」

「うん。もういつも通りよ」

「よかった。あー、早く帰って自分の部屋でゴロゴロしたい……でも仕事が山積みだぁ」

「私も手伝うから」

「頼みます、ホント……流石に死ぬ」


今でも既に死にそうな眼をしているけど……。

というかコイツ、出来ることが多い分仕事も多くなってしまいがちなのよね。

しかも今みたいに、コイツにしか出来ない事ばかりだから誰かに任せるとか割り振るとかが出来ないんだ。

何というか、こそばゆい。


「あの、お兄ちゃんっ」


と、タイミングを見計らって一歩前に出たリムが、小さな包みをリョータに差し出した。


「これ、昨晩作ってみました!」

「へ? これ……クッキーと、ポーション?」

「以前、お兄ちゃんに作り方を教えて貰ったクッキーに、疲労回復効果の高い薬草を練り込んでみたんです。ポーションの方も、お母さんに手伝ってもらって、同じ効果のものを調合しました。どっちも味の保証は出来ますよ!」

「リムぅ……」

「ユニークスキルが無い私には、これぐらいしか出来ないので……お兄ちゃん!?」

「うえええぇぇ……」


リムから貰った小包を胸に抱きながら、遂にリョータが泣き出した。

いつもみたく情けない泣き顔。でもコイツはこういう時、心の底から嬉しいんだという感情が目に見えて分かる泣き方をするから安心ではある。


「あ、あの! 泣いちゃうぐらい嬉しいなら良かったんですけど、一応同じものを三人にも渡しましたからね!?」

「それでもありがどー……! ゴメン、やっぱもう無理だぁ……!」

「へ? わ、ひゃあ!?」


と、リョータは膝を折って両手を広げると、リムを優しく抱きしめた。


「あの、周りに人が多いですからぁ! 視線が! 視線がぁ!」

「分かってるしホントゴメンだけど、嬉しくてついー! クソゥ、情けないことに疲弊し切った心が浄化されていく……」

「自重しなさいロリコンでもある男」

「シスコンでもある男から……」

「どっちもどっちよ……でも、ちょっとぐらいはサービスしてあげなさいな。サキュバス情報だけど、男性って生き物は弱ってる時に誰かを抱きしめたい衝動に駆られるものなのよ」

「だ、だからさっきカインさんもミドリちゃんを……」

「え、何それ……」

「カインちゃんが大胆にも『無性にこうしたくなった』って言いながらミドリちゃんを抱きしめてたのよ」

「え、何それ超見たかったんだけど」

「後で私の記憶見せてあげるから」

「やりぃ」

「真顔になって何言ってんのよ。あと普通にカインの為にも止めて上げなさいよ……」






……リムの愛情が籠ったクッキーのお陰で元気が沸いてきた俺は、そのまま破竹の勢いで奴隷の首輪や手枷を外しまくった。

最短でも十秒掛かっていた鍵開けが、八秒、七秒と短縮していき、気付けば一人当たり五秒という結果を叩きだしていた。

取り残しが居ないか国内全てを駆け回ってきたアルベルトが様子を見に来たが、『一瞬君の腕が六本になったように見えたよ』と真顔で言ってきた。どうやら俺は阿修羅になったらしい。

兎にも角にも、今日のノルマは達成した。あとは明日、五百人を解放すれば、俺達も解放される。

そう、もうすぐ終わるのである。この地獄の一週間が。


「あー、肩首痛え……」


そのまま炊き出しも手伝ってくれたリーンのスープに心を癒されホロリと涙が零れた後。

腹ごなしに散歩をしていると、階段を上った先、眺めの良さそうな手すりに肘を付けて黄昏ているリーンの姿が見えた。


「……何か思い悩んでる?」


下から見上げたリーンの顔は、夕日に照らされて芸術品の様な美しさと神々しさがあった。

けれどその顔は、どこか険しい表情をしている。

と、こちらに気付いたリーンがアイコンタクトでこちらに来いと促してきた。

俺は脇の階段から、足早に駆け上っていく。


「おー、綺麗なもんだなぁ」


リーンの隣に着いた俺も、手すりに肘を付けて街を一望する。

バルファストとは違った街並みだからか、新鮮な気持ちになる。

そんな俺の横で、リーンは呟いた。


「夕日に照らされると、汚い部分も綺麗に見えちゃうものね」

「あー……」


リーンが何を思い悩んでいるか、その言葉で察した。

ここは上流区域。下流、中流区域と比べると、煌びやかさが雲泥の差だ。

いや、別に煌びやかと言っても、正直フォルガント王国の上流区域の方が美しさは勝っている思う。

それでもこの雲泥の差という表現が当てはまるのは、雲泥の泥の部分があまりにも泥だったからに他ならない。

ハッキリ言ってしまうと、下流区域はゴミ溜めのような場所だった。

目に見えるほどの淀んだ空気、シミだらけの建物、地面が剝き出しの道に散らばる剥がれ落ちたタイル。

バルファストにだって、あんまり綺麗じゃない通りはある。でもそれよりも酷かった。

聞くところによると、下流区域は数が多すぎてはぶれた奴隷を押し込めていた、いわば物置だったとの事。

いくら物置だとしても、そこに住んでいる奴隷達が勝手に掃除をすればいいと思うが、そこには理由がある。

奴隷達には全員奴隷魔法が掛かっている為、勝手な行動が許されなかったのだ。破ってしまえば身体に激痛が走り、酷い時ならサーモスと同じように首を絞められて死ぬ。

だから、身の回りを綺麗にする事も、許可が無ければ許されなかったのだ。

そんなゴミ溜めも、夕日に照らされている光景を遠くから見る分には、綺麗に見えてしまうのだ。


「……実際に近くで目で見てみると、酷いものだったわ」

「そうだな。遠巻きに見てるだけなら、汚い部分まで見えやしねえ」

「あそこに、私達と同じ人間が、押し込まれてたのね」

「……人間、残酷になろうと思えばどこまでも残酷になれる。そして、無知な程残酷に染まっていく……どこの世界も変わらねえな」


あの戦いから一カ月も経っていない。

時の流れというのはあっという間だ。

というか、あんな壮大な戦いが、宣戦布告から終戦まで一週間も掛からなかったというのが信じられない。

まあ、そのお陰で、僅か一週間足らずでこの場所に来れた訳だが。


「もしかしたら、バルファスト魔王国も、こうなっていたのかもしれないわね」


リーンのその呟きは、可能性があったもしもの話だ。

もしも、世界征服と言う野望を実現させたのなら。そうなったら間違いなく、魔族以外の全人類が奴隷になっていただろう。

そしてその『もしも』は、今起きなくとも、俺達が居なくなった百年後、起こり得る可能性でもある。

そう思うと、酷くゾッとした。

……だからこそ、俺は、俺達は言わなければならないのだ。


「そうならないように俺達が居る。そして今俺達は、そうなってしまった人達を、助けに来たんだ」

「……そうね」

「まあ、数百年後の未来は流石にどうしようもないけれど……せめて俺達が居るこの時代が、後世で起きる戦争やら支配やらを、考え直す切っ掛けになってくれたらいい」


歴史は繰り返すとはよく言う。

日本だって何十年も前に戦争をしたばかりだけど、あともう百年過ぎれば、また戦争が始まるかもしれない。

でも、それでも歴史が物語る教訓は、少しは歯止めにはなるかもしれない。

俺達は未来で、その歯止めになればいい。


「ホント……アンタは普段バカみたいな言動しかしないのに、どうしてこういう時ばっかり良い事言うのかしら」

「こういう時だからだよ。これでも俺は、周囲のテンションに合わせて対応変えるタイプの人間だからな」

「計算高い奴がバカな振りしてるって怖いわね」

「てへっ☆」

「うざい」


リーンの軽い脳天チョップを甘んじて受け入れながら、俺はもう一度夕日に染まるスレイブ王国を眺める。

そんな俺の肩に、少し重い何かが寄り掛る。

それから暫く、その重みを感じながら、夕日が落ちるのを眺めていた。


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