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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十一章 拝啓、親愛なる俺へ
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第四八話 奴隷は今日も解放だ!③


「寒いわね……」


テレポートでスレイブ王国に転移した私は、周囲の街並みを見渡す前にそんな感想を呟いた。

スレイブ王国の王都は大陸の北西部、しかも山岳地帯にあるのだから、寒いのはそうなんだけど、想像以上だった。

というか、大陸の北西部そのものに足を踏み入れたことが無かったから、この場所の気温を見誤っていたのかもしれない。


「ミドリ、リム。大丈夫?」

「……ん、平気」

「私も大丈夫です」

「リムはちゃんと着込んできてて偉いわね」

「昔、パパ……じゃなくて、お父さんが北西部は寒いって教えてくれていたのを思い出して。寧ろ、情報共有できなくてゴメンナサイ」

「いいのよ、私達が来る事自体急用だったんだから」

「……風、気持ちいい」


謝るリムの頭を撫で、冷たい空気を思いっ切り吸い込むミドリを見つめてつい頬が緩む。

まさか、子供達と一緒にバルファスト魔王国の反対側に行ける日が来るなんてね。

まあ、ここの人達にとっては災難でしかなかったんだし、そう思うといい思い出になるとは言えないけれど。

それでも、この世界の知らない場所に足を踏み入れられる事は、自分にとって大きな意味がある様に思う。


「……って、ローズは何を……」

「寒い寒い寒い寒い寒い……!!」

「そりゃそんな格好してれば寒いわよ!」


そしてふともう一人の存在を思い出し周囲を見渡してみると、地面に屈みこんで歯をがちがち鳴らしているローズの姿が。

いつもの肌露出の多い服? を着ているせいで、この冷たい外気に素肌が晒されている。


「防寒対策してこなかったの?」

「まさかここまで寒いとは思わなかったのよ! だってバルファストはまだ暑いじゃない!」

「ていうか、ローズさんは普段からもっと布面積が多い服を着るべきです!」

「……山に海水浴しに来た人みたい」

「ミドリちゃんのツッコミって意外と鋭いわね!?」


と、普段うるさい男性陣がいなくてもうるさいのがバルファストの面々なんだけど……。

それにしたって、妙に静かね……。


「あの、ウチの連中はここに居るんですよね?」

「はい。この中央広場にて、奴隷達の拘束具を外す作業を続けていますよ」


私達を転移させてくれたフォルガント王国の宮廷魔法使いの人に尋ねてみると、やっぱりそうだった。

確かに見るからに奴隷と思われる人達が列を作っているし、その表情はどこか晴れやかだ。

だというのに、リョータ達の声が聞こえない。こういう比較的明るい雰囲気なら、笑い声の一つでも聞こえてきそうなものだけど。


「……カイン、どこかな」


なんて怪訝に思ってると、ミドリがキョロキョロと辺りを見渡して呟いた。


「……何日も会ってないから、寂しかった」

「そうね。皆も寂しがってたし、やっぱりカインがいないと、孤児院もどこか寂しいわ」


ミドリだけじゃない、ルドもゴップもルニーも、勿論私も。カインが居ないとやっぱり寂しかった。

久々に会えるとなると、私も嬉しい気持ちになる。


「……! カインの気配がする」

「流石に私でも気配までは分からないわよ……」


突然ピンと背筋を伸ばしたミドリが、早足に真っ直ぐ突き進んでいった。

その迷いの無さに神妙な気持ちになりながらも、私達も後を追う。

やがて、奴隷の人達の列の先頭に、小さな姿が見えて来た。


「カイン……!」


その姿を捉えたミドリが、普段変えない表情をパアッと輝かせて、とたとたと走っていく。

その足音に気付いたのか、カインは奴隷と握手をしながらゆっくりとこちらを向いた。


「会いたかった、カイ……カ、カイン……?」

「……んぁ?」


そして、ミドリは足を止めた。私も止めた。

カインの、『疲れ果てた』と言う言葉を体現しているかのような顔を見て。

その目の下には隈が浮かび、瞳がどんよりと濁っていた。


「え……ミドリ……ねーちゃん……? あー、そっか……そういや今日だったっけ……」

「ど、ど、どうしたの!? そんな顔して!? 一体何があったのよ!?」


慌てて駆け寄り、膝を曲げて目線を合わせる私に、カインは乾いた笑みを浮かべて。


「何もねえよ……トラブルも何もなく、ただただ地獄みてえに忙しかっただけだ……」

「……そ、そんな大変だったの……?」

「一万と四千ちょい」

「「え?」」

「俺がこれまで奴隷魔法を打ち消した奴隷の数だよ……」


に、一万四千人……!?

じゃあ、カインは今まで一万四千人に掛かった魔法を打ち消してたって事!?

そりゃ疲れ果てるわよ……!


「先に言っとくけど、俺の作業がいっちばん楽だからな……だからにーちゃん達を責めるなよ。これでも多めに休憩時間貰ってるんだ」

「そ、そう、なのね」

「あと、ようやくゴールが近づいてきた。もう二千人切ってるからな。あとは、二日以内にこの人らの魔法消せば、俺の仕事は終わりだ……」


と、ここまでずっと奴隷達と握手を交わし続けながら会話していたカインだったけど、どうやら一つのブロックが終わった様で、誰も居なくなった正面を見てうんと伸びをした。

そして、フラフラと引き寄せられるように、ミドリの方に歩いて行って。


「ひゃ……!? うぇ、カイン……?」

「うぅ……」


何の恥ずかしげもなく、ミドリに思いっ切り抱き着いた。

いや、抱き着いたというか、もたれかかったというべきか。抱きしめたミドリの肩に顔をうずめて、呻く様な声を上げている。


「いや、悪い……その……ちょっと……うん。久々に顔見れて、安心しちまったっていうか……無性にこうしたくなっちまって……」


と、思わずこっちが赤面しそうになるよな台詞をくぐもった声で呟くカインだけど、その声音は正に脆弱で、多分思考が十分に働いていないんだと思う。


「あらあらあら~~!! もう、何よこの子、凄くキュンキュンしちゃうんだけど!」

「わ、わぁ……カインさん、いつの間にそんな大胆に……!」


その後ろで、ローズが何故かときめいていて、その背中から顔を覗かせているリムが顔を赤くして目を丸くしていた。

そして、抱きしめられてそんな甘い言葉を耳元で囁かれた本人はというと。


「フフ……弱ったカインもちょっと良いかも」


顔を赤らめ眼を細めながらカインをギュッと抱き返し、何か保護者としては大変宜しくないように聞こえる感想を溢していた。

……大丈夫よね? ミドリ、アンタ変な方向に走らないよね?


「……私、カインの事見てるから、三人はリョータ達の所に行ってていいよ」

「あ、うん。分かった……でも、弱ってるカインに変に漬け込んじゃダメよ?」

「……善処する」

「ダメだからね!?」


ミドリったら、いくら久々に会えてああやって抱きしめられたからって……。

何というか、保護者がこう言ってはダメなんだろうけど、時折ミドリはカインに対して女の顔を見せる時がある。

既に魔性の女としての才能が垣間見えて……うん、度が過ぎたら叱らなきゃね。


さて、次は……。


「おぉ、貴様らか……何日ぶりだったか……?」

「レオンちゃん!? 死体兵より顔色悪いわよ!?」

「冗談に聞こえないから止めなさいって……」


少し離れた場所で、奴隷の人達同士を繋げている鎖を睨み付けていたレオンが、こちらに気付いて顔を上げた。


「少し待て……よし、これで大丈夫だ」

「「あ、ありがとうございます!」」

「うむ……そろそろ腹もすいてくる頃合いだろう。向こうで炊き出しが始まるだろうから、首輪を外す前に食事を済ませておけ」


と、影を具現化させた小さな対場で鎖を断ち切ると、レオンはカインよりも少し年上ぐらいの少年二人に、比較的に優しい声音でそう促した。

そして辛そうな顔をしてレオンは立ち上がり、後方の人集りに顔を向ける。


「ハイデルよ、リーン達が来たぞー」

「左様ですか……? お久しぶりですね、皆様……」

「ハイデルさんもゲッソリしてますね……」


その人集りの隙間から、顔を覗かせて笑みを浮かべるハイデルの顔色も良くない。というかハッキリ言って、奴隷の方がまだ血色が良く見える。


「この五日間ずっとユニークスキルを酷使していましたからね……その分の疲労が蓄積してしまって」

「わ、私だったら一日でダウンしちゃいそうですよ……」


魔法の専門家であるリムがそう言うんだから、二人ともほぼ根性で耐えて来たんだろうと推察できる。

本当に、尊敬の念しか湧かない。


「今までの人生で、ここまでずっと発動していた事は無い……魔力が切れた側からポーションで回復を繰り返していたせいで魔力量が少し上がったのか、いつの間にか普通にエクストラスキルを使いこなせるようになっていたぞ」

「意図せず修行になってる!? す、凄いですね……」

「といっても小規模だがな。だが先程の様に、我の単独で鎖の破壊が出来るようになった」

「ねえ、前から気になってたんだけど、ユニークスキルがエクストラスキルに覚醒する条件って何よ?」

「それは……秘密だ。まだ確証を得た訳ではないしな」


ふと気になって投げかけた私の質問に、レオンはフイと顔を横に逸らしてぶっきらぼうに返した。

……本当に条件って何なんだろう? 気持ちの問題、のようなものなのかしら。


「ねえ、あんまり宜しくない提案だけど、私の精神魔法で少し気を楽にさせてあげましょうか?」

「本当にあんまり宜しくない提案ね……そういう精神魔法の使い方、依存になるから使わない方がいいんじゃなかった?」

「そうだけど、ちょっと見てられないのよ二人の瞳。普段のリョータちゃんの三倍は濁ってるわ」

「濁った瞳の例としてお兄ちゃんをあげないでくださいよ……精神魔法は薬物依存と似たようなものだと思いますし、止めておきましょう」


と、思わずと言ったようにそう提案したローズに対し、私とリムがやんわりと否定する。

しかし、当の二人は。


「どうしましょうレオン、凄く魅力的な提案に聞こえてしまいます。私はこんなにもダメな悪魔になってしまったのでしょうか」

「案ずるな……我も二つ返事が喉から飛び出そうになった」

「提案しといて今更あれだけどゴメンナサイ二人とも! 今の二人に魔法を掛けるのは危険な気がするわ!!」


あの基本真面目な二人がこうなっちゃうって、どんな重労働熟してきてたのよ……。


「リーン様、私達を哀れんでくれるのはありがたいのですが……それよりも問題は魔王様なのです」

「…………」


私の目を見て察したハイデルが、身を縮こませながらそう呟く。

もうそれだけで何が言いたいのか分かった。

そう、アイツは自分が辛くても相手の方がもっと辛いと、文字通り身を犠牲にする、ある意味一番危険なタイプ。

正直カインの様子を見てから真っ先にリョータの心配が脳裏に過った。


「我々ももう少しで休憩だ。その前にリョータに顔を見せに……行かせていいだろうか、あの状態の彼奴に」

「ど、どうでしょうか……!? 私も正解が分かりません……!」

「お兄ちゃんは一体何がどうなったんですかぁ!?」


取り合えず、一応リョータに顔を見せに行くことになった。

その短い道中、私達三人は小さく言葉を交わす。


「お兄ちゃん、大丈夫でしょうか……?」

「無表情で目の瞳孔が真っ黒になってるか、それとも泣き笑いを浮かべているかの二択が浮かぶわ……」

「と、とにかく! アイツの事をちゃんと労ってあげないと! ただでさえ、あの四人の中で一番キツイ作業らしいし!」


というか……スレイブ王国に発つ前からちゃんと話し合って決めた事だけど、やっぱりリョータには無理をさせ過ぎている。

だってまだユース達との戦いが終わってから、指で数えるしか経っていない。

それに傷も癒えていないんだ。骨折した腕だって、フィアに頼み込んで即席でくっつけて貰ったそうだし。

それでもリョータは、自分に誰かを助けられる力があるならと、迷うことなく奴隷達を助けに行った。

それはやっぱり凄いことだし、尊敬したい……けど心配が上回る。


だって……アイツは、あんなに嫌がっていた人殺しを、自らの手でしたんだ。

しかも、自分を好きだと言ってくれた、年の近い女の子を、殺したんだ。

そんな様子は見せてこなかったけど、その心の傷は、私の思っている以上に深いに決まっている。

もしかしたらこんなに頑張っているのは、自分が絶望する暇を与えない為かもしれない。

私は奴隷の首輪を外すとかは出来ないけど……せめてアイツの心の支えにならなきゃいけない。


――私は、リョータが好きだから。


「あ……」


そんな好きな男の姿が、長蛇の列の先頭に見えた。

今まさに、年老いた奴隷の首輪を外している最中だ。

支えなきゃとは思ったし心配もしているけど……会えたことは素直に嬉しい。

思わず早足で歩み寄っていく。


「私の様な、数年先に生きてるかも分からない年寄りの為に、時間を割いてくださり、なんと言えばいいか……」

「なーに言ってるんですか。折角自由になれたんですから、その生きてるかも分からない数年を、思いっ切り楽しめばいいんですよ」

「そうですか……ええ、そうですね」

「まずは美味しいものを一杯食べてからやりたい事考えましょ。ハイ、どうぞー」

「ありがとうございます……」


涙ぐむ老人に対して、相変わらず軽い調子で慰めるリョータは、いつもと変わらない姿で……。

きっと無理をしている。空元気もいいところだろう。

でも……やっぱり、私はコイツのこういう所が……。

そんなリョータは、ふと私の方に視線を向けて……。


「あ、次の方どうぞー」


普通にガン無視を決め込んできた。

ガッツリ目が合ったくせに、何事もなかったかのように次の奴隷に対してにこやかに促していた。


「……はぁ?」


何というか、純粋にカチンときた。


「ちょっとリョータ……確かにこの人達の方が優先されるべきだろうけど! それでも何か一言ぐらい言いなさいよ!!」


もし弱ってたら、カインみたいに抱きしめてもやぶさかではない……なんて思っていた思考なんて地面に叩き付けて、私は割と本気で怒声を浴びせた。

何だろう、ちょっと心がズキンときた。

しかしそんな私に対してリョータは不機嫌そうな顔をして……。


「クッソ、幻覚だけじゃなくて幻聴まで聞こえてきやがった……今朝よりも強まって来てる……」

「本当に問題が発生してた!?」


……その後、身体を揺すってようやく現実だと認識したリョータは、泣き出してそのまま私を抱きしめて来たけど、ムカついたから普通に引き剝がした。


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