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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
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第四七話 セカイは今日も様々だ!⑩

私に斬られた背中の傷口から、大量の鮮血が湧き水の様に噴き出してくる。

その血が、若草色の地面を真っ赤に染め上げていく。


「…………」


そう、私がミトを切り捨てた。全力で、殺意に身を任せて。

その結果がこれなのだ。自分の意思で、この結果を齎したのだ。

体力的な意味でも、精神的な意味でも、呼吸が荒くなっていく。けれどそれを何とか押し殺して、刃に付いた血を振るい落とした。


「リーン、さん……」

「三人とも、大丈夫だった?」

「ええ……でも、リーンちゃん……」

「申し訳ない……ッ」

「いいんです。三人が無事なら良かった」


トリエル親子に対して、あくまで落ち着いた風を装いながら。

私は笑みを作って、リムの頭を撫でた。


「ゴメン、なさい……私が駆け付けていなかったら、リーンさんは……」

「何言ってるの。逆にリムが駆け付けなかったら、私やられちゃってたわ。本当にありがとう、リムは命の恩人ね」

「……はい、よかったです」


リムも何とかそう自分を納得させて、小さくコクンと頷いた。

そして、もう一度リムの頭を撫でた後、ミトの傍に腰を下ろした。


「あり、がとう……リーンちゃん……止めて、くれて……おかげで、あの子、殺さなくて済んだ……」

「うん……聞こえたから、アンタの声」

「そっか……よかった」

「……今、回復ポーション誰かから貰ってくるから、待ってて」


そう言って立ち上がった私の腕を、ミトが掴んだ。


「ううん……いい、大丈夫……」

「でも、それだとアンタは……!」

「ミトちゃんは、怨霊に心身を蝕まれちゃったんだ……」

「ユウナ、さん……」

「怨霊は、確実にミトちゃんを苦しめる為に、回復を受け付けられない呪いを残していったんだ。だから、もう……」

「そんな……じゃあ、リーンさんは……!」

「それは違うと思うな。リーンちゃんは、そんなミトちゃんを解放させてあげたんだよ。もう、怨霊そのものは消えていったから……リーンちゃんが、救ってあげたんだよ」


狼狽えるリムに、ユウナさんは柔らかく否定する。

どう、なんだろう……。

因果応報、自業自得と言えばそうかもしれないけれど……でも……。


「ねえ、ミトちゃん……もう、休んでいいんだよ? だから、私のユニークスキルも、解除していいんだよ?」

「ユウナさん……」

「………………」


ユウナさんは、優しくミトにそう語り掛ける。そんな彼女を、フォルガント王様はただ静かに見つめていた。

それに対し、ミトはゆっくりと首を横に振る。


「ううん……これは、勇者さんに申し訳ない事をしちゃった、せめてもの贖罪、だよ……ウチが死ぬまでの間なら……好きな人達と、最期のお別れ、出来るでしょ……?」

「ミトちゃん……」

「勇者さん以外の、亡骸……ううん、死体は、全部元通りにしたよ……ウチが死んでも、暴れる事は、ないから……」


そうだ。もう、この戦場には既に、立ち上がっている死体兵の姿はどこにも見えなかった。

それはミトが、侵攻を諦め……自分の信仰を否定した、証拠だった。


「リーンちゃんの、言う通りだよ……ウチは、この世界に来てから……ううん、この世界に来る前からずっと、知らないふりをしていたの……外から来る人達と会話する事もあった……この世界に来て自分から知る事もあった……でも、自分が信じて来た事が、自分が良い事だと思っていた事が、全部間違いだって思うのが、怖かったの……」


ミトが、ゆっくりと起き上がる。私はその肩を、優しく支えてあげる。

……一粒、涙が零れた。


「だって……ウチは沢山の、数え切れない人を、笑って殺しちゃったんだもん……神様の国に行けるからって、だから安心してねって……! でも、外の世界を知れば知る程、それがいけない事なんだって見えてきて……だから気付かないふりをしていたの……今まで通り、ウチの中だけの世界信じてきて、その世界を実感するために、皆を殺した……結局ウチは、人を殺す事でしか言い訳を作れなかったんだ……!」

「ミト……」

「その結果、皆を苦しめただけだった……魂を縛り付けて、殺し合わせて……神様の国の存在を世界中に広めて、皆を救うんだって思ってたけど…………そうじゃなかたんだね……」


ミトが心の内に溜め込んでいたその本音は、あまりにも残酷な事実だ。

自分の信仰心が揺らいだから、気付かないふりをしていて、そのまま自分の信仰心を確かめる為に人を殺そうとした。

許せない事ではある……けれど、人間臭いと思うところもある。


「だから……ね、リーンちゃん……リーンちゃんが、真っ直ぐに、ウチがしている事は悪いことだって言ってくれて、ウチと向き合ってくれて……やっと気づけた。そんな悪いウチに、心の中の全部を話せって言ってくれて、嬉しかった……」


そう呟いて、ミトは何かに気付いたように、ゆっくり目を開けた。


「そっか……ウチは、止めて欲しかったんだ……こうやって、ウチの事を止めてくれるような人が……この寂しさは、皆が居なくなったからじゃなくて、皆が間違ってるウチを誰も止めてくれない寂しさだったんだ……」


ミトの寂しさが何なのかは、まだ完全に理解出来ない。

けれど、何を言うべきかは、分かる。死にゆく彼女に、死に追いやった私が言うべき言葉。


「友達、だもの」

「友達…………」

「間違ってる友達を止めるのは、友達の務め、だもの」

「そっか……ありがとう、リーンちゃん……友達って言ってくれて」

「うん」


何も知らない、何も分からない。

でも、これでもう、ミトは孤独じゃない。そう願いたかった。

それが、何も出来ない私の、せめてもの贈り物だった。


「ねえ、リーンちゃん……友達として、聞いていい……?」

「何?」

「リーンちゃんの、好きな人って……?」

「い、今それ訊くの……!?」

「気になっちゃうよ……小説の中にね、こうやって友達と、好きな人の話で盛り上がるシーンがあったんだ……憧れてたの……最後にやってみたいなって」

「……しょうがないわね」


気付けば、周りには誰も居なかった。

皆が気を聞かせて、少し離れた場所に移動したのだろう。

……私の、好きな人。


「ウチは、リョータ君が好き……」

「でしょうね……」

「えへへ……だって、優しくて格好良くて……話してるとね、心がキラキラしたんだもん……」


心が、キラキラする。

その言葉に、共感出来る自分が居た。そして、心がキラキラした思い出も、蘇る。

誰も居ない、綿雪が降りしきる静かな世界で。

月に照らされながら笑う、男の子の姿……。


「私もよ」

「え……?」


私は目を細めて、微笑んで、言って見せた。



「私も――リョータが好き」



「そっかぁ……だよねぇ」


そんな挑発と取られても可笑しくない私の発言に、ミトは嬉しそうに笑って見せた。


「同じだ……じゃあ、恋のらいばる、だね?」

「ええ、そうなるわね……」

「えへへ、本当に、憧れてた小説と同じだなぁ……」


と、ミトは満足そうに呟いて、そのまま真っ青な空を見上げた。

もう呼吸は浅くなっていて、段々握った掌が冷たくなっていく。

そんなミトの姿に、心が締め付けられる……自分が命を奪う事に、目を背けたくなる。けれど、向き合うんだ。


「ああ、でも……」


その時、ミトの口から零れたのは。


「また、会いたいなぁ……」


この場に居ない好きな人を求める、切実な願いだった。

そしてそれを叶える事は、私には出来ない。でも、一緒に願ってみた。

……ゴメン、リョータ。アンタの方も、大変なんだろうけど。

それでもここに、来てほしい。


「――大丈夫だよ」

「ッ!?」


突然背後から聞こえた聞き馴染みのあるようで、悪寒が止まらない声。

思わず振り返ると、そこに立っていたのはボロボロの姿をした、リョータだった。

…………。


「アンタ、誰よ……!」


同じ姿をしているけれど、その雰囲気は、その目は。何よりコイツを覆っている異様なほどの魔力量が、別人だと物語っていた。

警戒する私に対し、ソイツは微笑を湛えて応える。


「初代魔王だよ。今、月城亮太君の身体を借りているんだ。こっちの戦いも、もう終わったよ。全員無事さ」

「初代、魔王……!?」


その言葉に心臓が跳ねる。リョータの姿をしたリョータではないナニカの正体に、呼吸が止まりそうになる。

コイツが、リョータをこの世界に転生させ、魔王を継がせた張本人……!

何でコイツが今になって、コイツの身体を……!? 

…………。


「……でも、アイツがアンタの事を信じたいって言っていた。なら、私も信じる。それにアイツがただ操られて利用されてるだけなんて思えないもの」

「ありがとう、リーン君。全く、それにしても君は人誑しだねぇ、月城亮太君」

「アイツの意識、あるの?」

「ああ、あるよ。そして今赤面中さ……悪かったって、怒らないでくれ」


間違いない、アイツ絶対意識あるわ。


「そう……ありがとう。そう言えば、戦艦が見えないけれど」

「あれは私の彼が協力して、誰も居ない湖へ投げ落としておいたよ」

「……コイツの身体、大丈夫でしょうね?」

「うーん……一応、結果だけ見れば右腕骨折ぐらいかな」

「………………」


その過程の中で、どんな大怪我を負ったのやら。

って、そうじゃなくて……!


「リョータ、君……?」


ミトが、か細い声で名前を呼び、顔を上げる。

その姿を見て、ミトは幸せそうに微笑んだ。


「あぁ、来てくれたんだ……嬉しいな……でも、雰囲気が違う……?」

「ああ、それは……うん? ……うん、そうだね。そうした方がいいだろう」

「……? どうしたのよ」

「いや。彼が自分の口で話したいんだってさ。だから私は彼の中で眠るとするよ。また顔を出すことがあるだろうが、その時はちゃんと腰を据えて話したい」

「……分かった」


初代魔王はそんな私の返答に微笑んで頷き返すと、天を仰いで目を瞑った。


「じゃあ後は頼んだよ、月城亮太君――……任された」


そして、体を覆っていた異様な魔力の量や雰囲気は消え去り、そこには元の魔王ツキシロリョータが立っていた。


「悪いな、死んでる間、選手交代してたんだ」

「……それ例え?」

「八割方マジだな」

「……バカ」


いつものように軽口を叩き合ってはみたものの、やっぱりリョータの雰囲気はいつもと違っている様に思えた。

それが具体的に何なのかは分からなかったけれど……でも、今は。


「よっ、ミト」

「リョータ君……ウチ…………」

「分かってる。少し話そうぜ」

「うん……!」

「ゴメン、リーン……ちょっと二人になりたい」

「うん……私、皆の様子見て来るわね」

「あっ……」


リョータの頼みに私は静かに頷き、その場から歩き出す。その背中から、ミトの小さな声が聞こえた。

……ゴメンね、ミト。結局私は、アンタがぶつけたかった事を、全部受け止められたか分からない。そしてそのまま、リョータに任せてしまう事に、罪悪感を抱いてしまっている。

でも……ほんの少しでも、ミトの心が軽くなってくれたなら。


「じゃあね、ミト」

「うん……じゃあね!」


私は、ミト(友達)殺めた(止めた)罪を、背負っていけるんだ。


解説

ミトのユニークスキルの名前は《白紙(はくし)召集令(しょうしゅうれい)(じょう)》。死体に魂を縛り付け、自身の命令に忠実に従わせ操る能力。既に成仏した魂であっても、死体が残っている限りお構いなしに引き戻し、縛り付けることが出来る。ただし初めから死体の損傷が激しい(魂を縛り付ける土台がボロボロ)、又は白骨化している場合発動できないので、死後24時間以内の死体か防腐魔法を掛けてあるものが望ましい。

操れる死体の数に制限は無く、距離による制限もない。また、死体兵は基本命令に対しフルオートで動き、術者が死亡しても魔力を自力で補う(魔力を持つ生物(人間も含む)の血肉を貪る)ので効果は実質永久的に続く。

死体に自身の魔力を分け与え、強制的に死体兵の筋力をブーストさせたり、逆に死体兵に残った魔力残滓を吸収し、自身の力に変換する事も可能。死体兵の数が多くなればなるほど、術者にとっての優位になる。

術者の精神にも呼応して、自動的にブーストが掛かる事もある。

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