第四七話 セカイは今日も様々だ!⑨
この物語はフィクションです(二回目)。
――ウチが暮らしていた折血山村は、元々は折治山村といったらしい。周りの大人たちが言うには、この村は神様の国への停留場なんだと、小さい頃から聞かされていた。
実際この村に訪ねてくる人々は、神様の国へ行きたいと願う人達ばかりだった。ウチは、そんな人達へ、私はずっと教えて来た。神様の国で神様の役に立つには、お勉強をしなくちゃいけないんだと。そうすれば、本当に自由になれるんだと。
だから、一緒にこの地で学んで行こうと。
それがウチ――《《巫女》》と呼ばれる者のお勤めだった。
この村が出来たのは、今から何百年も前の頃。当時は、何の変哲もない、ごくありふれた農村だったという。
ただ、神聖な神々が住まうと言われ、祈れば病気や怪我が治るとされた《《折治山》》の麓にあったため、古くから山へ向けた信仰が強かった。
そんなある日、そんな折治山の山頂に、真っ白な雷が落ちた。その場所へ村民が向かってみると、焼け焦げ地面の抉れた窪みの中心に、人が立っていた。
その人は、絹の様な真っ白な髪に赤銅色の瞳をした女性で、この世の者とは思えない程美しい顔立ちをしていた。
村民は、彼を神の使いだとして、手厚く歓迎した。
その女性は言語が通じなかった。だが、一度何かを唱えた途端、すぐにお互いの言語が分かるようになった。
これだけでも奇跡の様な力。でも、その女性は何もない所から、水や炎を生み出したりみせた。
それは、神様の使いだという何よりの証拠だった。結果彼女は村の信仰の対象とされた。
彼女はその神様の力を使って、クマなどの猛獣を追い払ったり、干ばつに苦しむ村民に飲み水を提供したりと、崇めてくれる村民を救って見せた。
その対価として、神様の使いである女性は……生贄を所望した。その生贄と言うのは人間だった。
彼女が言うには、自分は故郷の人間も持っていないような、固有の力を持っている。
それは『『もんすたー』だけでなく、人間をこの手で殺せば『けいけんち』が何倍にもなって溜まり、『れべるあっぷ』して強くなれる』という能力だった。
つまり、人間の生贄を差し出せば、神様の使いは更に何でも出来るようになる。より多くの恩恵を、村に齎してくれる。しかし、小さな農村の村民の中から、生贄を出せば人が減っていく一方だ。
でも、この農村には多くの人が訪れた。自分、または家族の病気を治すべく、折治山へお祈りをしにいく人達だ。
村民たちは、その人達を生贄にした。
神様の使いは生贄を刀で斬り伏せ、鮮血を浴びながら言った。『これでこの者は救われた、この者は神様の国へと旅立ったのだ』と。
彼女が言うには『神様の国』というのは文字通り神々が住まう国であり、自分達は死ぬと必ずそこへ旅立つ。
神様の国に着いた私達は神様の為に働くけれど、その先には本当に自由な世界が広がっている。社会と言う名の自由が存在しないこの世界から飛び立てば、本当に自由な世界が待っているんだと。
そして、自分が直接送れば、送られた人は必ず神様の国で自由になれる、と。
村民たちは喜び、訪ねてくる人々を送り続けた。そうする事で、彼らは神様の使いの手によって、神様の国へ旅立て、自由になれるのだから。
神様の使いは、何十年も折治山村に多大な恩恵を齎した後、現世に亡骸だけを残し神様の国へ戻っていった。
それからも村民の信仰は消えず、神様の使いの亡骸が埋まった山中の洞穴の社の前で、来訪者を送り続けた。いずれ洞穴は鮮血で染め上がり、いつしか折治山は折血山へと名前を変えていき、神様の国へと繋がる霊峰となっていった。
神様の国へ戻っていく神様の使いは、村に自分の子供達を残した。子供達には、彼女の様な特別な力を持っている者は居なかった。
でも、何十年かに一度だけ、彼女を思わせるような絹の様な真っ白な髪と、赤みがかった茶色の瞳を持って生まれてくる女の子が産まれて来た。その子も水や炎を生み出すことは出来なかったけれど、特別な子供として村民はその女の子を『巫女』と呼び、その時代の守り神として祀った。
そんな巫女の役割は三つ。
折血山村に訪れた者との会合。
その者をすぐに送るか、それとも新たな村民として迎えるかの選別。
更にその中から、神様の使いと成れる者の抜擢。
重要な役割を背負っている巫女は、神様の使いの子孫である村長の豪邸の離れの中で一生を過ごす。
外の世界……主に村の外の世界は、人間の憎悪と欲望が入り混じり、神様の使いが好んでいた緑を踏み倒し灰色の石の街を築き上げている、汚れた世界として遠ざけていた。
……ウチも、その巫女の一人だった。
産まれた時から六畳ほどの窓のない部屋で過ごしてきた。やる事と言えば、毎日神様の国の詳細が記された経典を読み、理解を深める事。
周りの大人達はウチに神様の国の素晴らしさを説き、同時にそれを来訪所に説くように言われ続けた。
ウチはその通りに過ごしてきた。神様の国の素晴らしさを、来訪者に伝えなければいけないと。
周りの大人たちは言った。その来訪者の傾向は、主に二通りに分かれている。
天国へ、神様の国へ旅立ちたいと願う人と、まるで私達の信仰を貶しに来たかのような人。
前者なら、敬虔な神様の使途になれる可能性を秘めているから、この村の村民として共に学んでいく事を勧めなさい。
そして後者の人達には、神様の国の素晴らしさをその身体で体感させなくてはいけない。だから自分達の手で旅立たせるのだと聞かされていた。
ウチも素晴らしい事だと思った。だから前者には共に学ぶことを勧めて、後者にはウチの使いの人を経由して旅立ってもらった。
来訪者が来るたびに、『そういう者程汚れた世界に身を晒してきた存在……自分達の行いを否定して、お前を汚れた世界へ連れ出そうとしてくる者だ。だから、汚れた者の言葉に耳を貸すな』とお父様に直々に言われていた。
でも、ウチはその言葉に頷いた事は無かった。それは自分でもよく分からなかった。
ウチが旅立たせた人達の中で、持っていた小説を差し出してくれた人がいた。それは経典とは違った内容だった。
コウコウという学び舎で、セイトカイチョウである主人公とフクカイチョウである女の子が一緒に行事を盛り上げようとするお話だった。
やがてその二人は仲を深めていって、恋人になった。そんなお話に、ウチの心にキラキラしたような何かが宿った。
それからウチは、周りの大人には内緒で、こっそり来訪者が残していった書物を集め始めた。本の中にはウチの知らない世界が広がっていた。特にウチは、恋愛小説と呼ばれるものを何度も何度も読み込んだ。
そして、気付いた。ウチが巫女としてしなくちゃいけない大事な役目、それは神様の使者と成れる人を見つける事。
その人こそ、ウチが好きになった人。ウチが、恋をした人なんだ。
だからウチは、来訪者の中からずっと好きになる人を探した。
けれどそんな人は現れなかった。胸の奥がキラキラするような人は、何時まで経っても会いに来てくれなかった。
そんな、いつものある日の事。
ウチの元に、一人の男性が来てくれた。その人は折血山へ観光に来たと言う……いつも私が、すぐに送ってあげるべき相手と同じだった。
その証拠に、この村を出て汚れた世界へ行ってみただろうだと唆してきたから。
けれど、いつもと少し違う事があった。
「君はさ……この村の外に、何人の人間が居ると思う?」
「え……? えと、何人だろう……?」
「凡そ82億人。もっといるかもしれない」
「そ、そんなに居るんだ……凄いね」
「ああ……そしてその人達は、君が言う神様の国なんて何も知らずに生きていて、いずれそのまま死んでいくんだ。俺みたいにここへ来る奴なんて、僅かなんてものじゃない」
「そんな……」
「こんな事したって無駄だ。だからもう止めて、もっと自由に生きようよ」
その人と別れた後も、ずっとその会話が頭の中で繰り返し響いていた。
ここに来る来訪者は、何十億人の人達の中のほんの一欠片で。その他の人は、神様の国の事なんて知らずに、死んで行ってしまうんだ。
ああ、なんて可哀想な人達なんだろう……きっと神様の国へ辿り着いたって、何も分からず、何も出来ずにいるんだ。
お父様が言っていた。自分達が直接送る事が出来なかった、神様の国の存在を知らずに死んでしまう人は、向こうでは何も出来ない。混乱してしまうからだ。
だから神様の元で働いて自由になる前に、神様の国から追い払われてしまうんだって。
でも、ウチが神様の国の素晴らしさを説けば、この村で学ぶことになった人は神様に大事にされる。すぐに旅立った人も、予め知っているから混乱せずに済むんだ。
それでも、それ以外の何十億という人達は…………どうすれば、救えるのだろう。
夜が更けて、考えて、考えて、考えて……でも何も分からなかったから、私は気を紛らわす為に小説を読んでいた。
一番最初に出会った、私の一番好きな物語だ。
何度も何度も呼んで、色あせたページに並べられた文面。それを眺めていた。
『ねえ、会長……これは何?』
『ああ、この高校のパンフレットだよ。文化祭の来場者に渡すんだ』
『折角の文化祭なのに勧誘? ただ文化祭を楽しみにしてるだけの人にとっては邪魔になるんじゃない? ただ文化祭を楽しみに来てるだけかもだし、無粋じゃない?』
『それはそうかもだけど……でも、この周辺で高校は此処だけなんだから、自ずと沢山人が来るだろ? 例え何も知らなくても興味が無くても、その時にこの高校の事を少しでも知って貰うって結構大事な事だと思うんだ』
『そういうものなのかな?』
『そういうものなの』
「……あ」
その時、ウチの頭に電撃が走った。ビリビリッと、神様がお告げを下さったときみたいに。
「そうだよ! どうせ皆が神様の国へ向かうんだったら、その時に教えてあげればいいんだ!」
例え汚れた世界で神様の国の事を知らなくたって、人は死んだら神様の国へ向かう。なら、その道中で、教えてあげればいいんだ!
そうすれば、例えその時知らなくても興味が無くても、教えてあげられる! 救ってあげられる!
その時、ウチの中に燻っていた何かが火を噴いた。初めて、ウチがこの世界に巫女として生まれた本当の意味を知ったような気がした。
ああ、でも……ウチはまだ、神様の使者と成れる人を、好きな人を見つけられていない。それじゃあ、ウチは神様の国には行けないや。
巫女は神様の使者になれる人を必ず見つけないといけないって、お父様にも言われてるし……。
うーん、どうすればいいんだろう?
――コンコン。
「巫女様、どうされましたか? 何やら大声を上げていたようですが……」
その時木製の重い扉が開き、外から二人の女性が現れた。ウチの世話をしてくれる使いの人達だ。そのうちの一人は、草刈り用の鎌を両手で握りしめていた。
「ううん、何でもない! 良い事を思いついちゃったんだ!」
「そ、それなら良かったです。てっきり賊が入ったのかと思い、こんな物まで……失礼しました」
と、安心したように笑うその人の顔を見て、更に思いついた。
「あ、そうだ!」
「フフッ、何ですか、巫女様?」
「皆にやってもらおう! それ、かーしーてー!」
「え、あ! み、巫女様、返してください! それは底辺危険な道具ですのでぇ――ぁ」
喉を切り裂いた傷口から、鮮血が迸った。その鮮血は、ウチの白い髪や着物に張り付いた。
「ぁ、かひゅ……ぇぁ…………——」
やがてウチの使いの人は、掠れた呻き声をあげて、動かなくなった。
神様の国へ、旅立ったんだ。
その時、ウチの身体を妙な感覚が包み込んだ。
力が湧いてくるような……身体の中にある何かが、上がったような感覚。
何だろう、不思議だなぁ。
「ヒ、ヒイイィッ!? だ、誰か……! 巫女様が、ご乱心に……!!」
「あ、待ってよ! 何で逃げるの?」
「待っ——ガヒュ――」
その感覚に内心首を傾げながらも、何故か顔を引きつらせて逃げようとしていたもう一人の使いの首を掻き切った。
その時ウチは、自分でも驚くほど素早く動いていた。今まで走った事も無かったのに。
そして、喉から血を噴出して痙攣する使いを見下ろしていると、もう一度あの感覚がウチを包み込んだ。
「よし、じゃあ、皆送ってあげないとね!」
ウチは外に出た。この村の皆を、皆神様の国へ送らなきゃいけない。
ウチは残雪が残る村を裸足のまま駆け回り、村人を神様の国へ送り続けた。おじいさんもおばあさんも、おとおさんもおかあさんも、男の子も女の子も赤ちゃんも、皆送っていった。
一人、また一人と送っていくたびに、ウチの身体は軽くなっていった。何故か逃げ惑う人も、何故か刀を持って飛び掛かってくる人も、皆無事に送ることが出来た。
きっとこれは、神様がウチに力を与えてくれたんだ。村の皆を送る事を、応援してくれているんだ。
だからウチは、鎌を片手に神様の国へ、送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って送って。
「どういう事だ、ミトぉ!!」
泥でドロドロになって家に戻ると、お父様を始めとした、まだ送っていない人達が全員庭園に立っていた。
お父様の護衛である二人の男性の手には刀が握られていている。
「何故だ、何故こんな事を……ッ!?」
「え? 神様の国へ送ったんだよ? ウチね、気付いたんだー。この世界の何十億の人達が、神様の国へ行っても困らないように、この村の皆が先に向こうで待っててあげて、教えればいいんだって! そうすれば、皆救われるよ!」
「そん……神の国へ我々が向かうには、まだ早すぎるのだ! 我々はまだ学びきっていない! 我々は、天寿を全うする頃になって初めてその学びが終わるのだ!!」
お父様は何故か大きな声を出して、ウチを遠ざけようと虚空へ手を振り払う。
そんなお父様に向けて、ウチは訪ねた。
「? でもこの前、アヤナさんを送ったよね? あの人、まだ二六歳ぐらいだったと思うんだけど」
アヤナさんというのは、二年前にこの村で一緒に学ぶことを決めた来訪者の一人だ。でも最近、故郷に帰りたいと言っていた気がする。
そんなアヤナさんをこの前、お父様は送ってあげたって聞いたけれど……。
「か、神の国には今若い働き手が足りぬのだ! だから、若い者を送る必要もある! だが、使者様の子孫である我々は、全てを学び終えなければならない! この役目は衰えても出来る事! 衰えてこそ光る事! だから我々が、早々に旅立つことは、かえって神々の迷惑になる!」
「なるほどー……アレ……そんな事、経典に書いてあったかな?」
「う、う、うるさい! とにかくお前はその鎌を置け!!」
……お父様は、どうしてしまったんだろう。
あれだけ神様の国の素晴らしさを教えてくれたのに、経典の重要さを語ってくれていたのに。
今では旅立った人々の持ち物からオカネを採取している事に熱中している。神様の国へ向かうなら、そんな物必要ないのに。
「ねえ、皆。ウチ達は、この村に降り立ってくれた神様の使い、ウチの先祖の恩恵があったから、この村があるんだと思うんだ。でも、その恩恵を、自分達だけで独占しちゃ駄目なんだよ。今度は、ウチ達が皆に与えてあげる番。今度はウチ達が、世界中の皆を救ってあげる番! でしょ?」
「巫女様……」
「巫女様の言う通りかもしれない……」
「何もなかった……私の、役目……」
「え、ええい! 巫女は悪しき妖に囚われたに違いない! こうなってはもう、送る事でしか解放できないだろう! お前達、巫女を早く送るのだ!!」
ウチの言葉に賛同してくれる人がいる中でも、お父様は怒声を飛ばして、護衛の二人にそう指示した。
「ウチはダメだよ! まだ使者になる人を見つけてないもん!」
「自分勝手な事を言うなよ、巫女様」
「すぐに送りますんで、大人しくしててくれよ、巫女様」
この人達はいつも来訪者を送ってあげる人達だ。じゃあこの二人も、きっと向こうで皆の為になってくれるよね!
「――ぁ、が……」
「頑張ってね!」
残った護衛の人が喉を押さえて旅立ったのを見送った後、ウチはもう一度みんなの前に立った。
「ば、化け物……おま、お前は、人間じゃ………!」
「あれが、巫女様のお力……」
「人間じゃない……やはり彼女は、神の使いなんだ……!!」
「それなら、私達は、彼女に送ってもらえる! 自由になれる!!」
皆、ウチの考えを分かってくれたみたいで、目がキラキラと輝き始める中、唯一尻もちをついて後ずさるお父様。
ウチはお父様の元へ、歩み寄っていく。
「ねえ、お父様。ウチ、この世界の人達を皆救ってあげたいの。神様の国へ行っても困らないように。神様の為になれるように。それはお父様だって同じだよね? だってお父様も、来訪者の女の人に、女の人しか出来ない神様へのご奉仕の方法を教えてるんだよね? そんなお父様なら、きっと向こうでも沢山教えられると思うの!」
「そ、それ、は……!」
「ウチも、神様の使者に成れる人を見つけたら、一緒にお勉強してすぐに向かうから! だから待っててね?」
「嫌だ……やめ――ッ」
鎌を振るうと、手を合わせて祈っていたお父様が、その場に崩れ落ちた。
でも、その合わせた掌は、固く結ばれていたままだった。
「凄い、流石お父様! お祈りしたまま向かうなんて、きっと神様も喜んでくれるよ!」
「あぁ、そうだ……私達も祈ろう」
「巫女様に……神の使者様に送ってもらおう。そうすれば、自由になれる!」
「私に万人を救うと言う役割を、与えて下さる……!」
すると、その場の全員が、膝を付いてウチに向かって手を合わせ始めた。涙を流して、神様の国へ行ける事を、喜んでいるんだ。
ああ、この村の皆は、なんて真っ直ぐなんだろう。きっと神様も、喜んでくれる。きっと皆、自由になれるんだ!
「皆……ウチも頑張る! 神様の使者を見つけて、一緒に沢山勉強して、この世界の皆を救えるように! だから皆も、ウチを手伝って!」
――最後に残った一人を送った瞬間、長屋の方から声が聞こえた。
「は……え、ぇ…………?」
それは、この長屋に泊まっていて、今晩神様の国へ向かう筈だった男の人だった。
彼が、まるで悪い夢を見ているかのように目を見開いて、開いた口から声が漏れ出ていた。
「あ、お兄さん!」
「う、うわあ、うわああああああああああッ!?」
ウチが声を掛けた瞬間、男の人は発狂したように叫び声をあげて、二、三度転びながら走っていった。
そして、長屋の門の前へ大きく派手に転んで、ウチの方へ振り返る。
どうしたんだろう……? あ、そうだ。お礼言っておかなきゃ。
「け、警察……いや、カメラ、撮らなきゃ…………」
「お兄さん! ウチね、お兄さんのおかげで分かったの! ウチ達がしなきゃいけない事とか、皆を救える方法とか! お兄さんのお陰だよ! だからね――」
「――ありがとう!」
――カシャ。
私が微笑みながら感謝の言葉を言うと同時に、お兄さんが手に持っていたすまほ? から変な光と音が鳴る。
「た、助け、わああああああああああああ!!」
「あ、行っちゃった……でも、いっか。だって外の世界で死んじゃったって、神様の国には皆が居るもん!」
顔を真っ白にして、真っ暗闇のあぜ道の中を逃げていった男の人を見送った後、ウチはウンと伸びをした。
「わあ、夜空綺麗だなぁ! 久々に見たかも、星空!」
空いっぱいに広がる星々と、その中心に浮かぶまん丸お月様。
その美しさに、ウチは思わず空を見上げたままウットリとしていた。
きっと、皆あの夜空の向こうを飛んで、神様の国へ向かっているんだ。皆、きっと沢山の人達を救える筈だ。
これで、皆……。
「あ、れ……?」
何でだろう……目から、溢れて止まらないや……。
皆、神様の国へ向かったんだ。皆、向こうで待っていてくれる。
だから、ウチは大丈夫……でも……。
「やっぱり、寂しいや」
そう口で言ってみたけれど、何処か腑に落ちない自分が居た。
それから、ウチは初めて村の中を散策してみた。
離れの外を出ることだって、年に数回あるか無いかだったから、こうやって一人で歩いてみるのは初めてだった。
灯りも無くて真っ暗な道を、月明かりが照らしてくれる。
まだ道の隅に残っている残雪の感触や肌を撫でる冷たい風が、とても心地よかった。
「早く会いたいなー、神様の使者に成れる人……私が好きになる人」
もし、そんな人と出会えたら。
あの小説の中みたいに、一緒に手を繋いで、星空の下を歩いてみたいな。
好きな小説を読み合ったりして、一緒にご飯を食べたりして。
ずっとずっと……傍に居て欲しいな。
そんな事を考えながら、ウチは真っ暗な道を進んでいった。
――ここ、何処なんだろう?
――ウチは、あの時確かに……。
――何も見えなくなって、そのまま気を失っちゃって……。
――それで……。
「目が覚めたか」
補足説明
・ミトのご先祖様は異世界から日本に転移してきた魔法使い、しかも黒魔女と言われる犯罪者です。無差別殺人犯として逃げ回っていた時に転移しました。
そして彼女のユニークスキルは《マダー・ヒム》。『モンスターだけではなく、人間を殺した場合も経験値が入り、しかもその量は何倍にも膨れ上がる』というものであり、生贄として集めた人を殺せば殺すほどレベルアップしていったのです。ちなみに彼女が発していた神様の国というのは、生贄を正当化する為に彼女がその場で考えたただのハッタリです。
・ミドリと同じくその血筋の中から稀にユニークスキルを受け継いだ存在が現れます。それがミトでした。なので彼女は村民を殺すたびにレベルアップしていき、気付けばレベル70前後になり、もう誰にも止められなくなったのです。
つまりミトは、異世界転移する前から持っていたユニークスキルと、転移したことで手に入れたユニークスキル、合わせて二つのユニークスキルを所持していたという事になります。
(お前も過去が重いんだよ!!)




