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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
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第四七話 セカイは今日も様々だ!②

スレイブ王国の奴隷制度……善か悪かと問われれば勿論悪であると思う。人間が人間を家畜の様に飼い慣らし、支配する構図など、この世界で最も悍ましいものだとも思う。

けれど、彼らだっていきなり命を奪われた被害者だ。どんな人間でも、一方的に虐殺されていい筈がない。

それどころか、魂を死んで機能しなくなった肉体に縛り付けて、無理やり知りもしない魔族と戦わされて、痛くて辛い思いをずっとずっと味わって。

だから、その恨みは仕方ない事だ。寧ろ当然な事だ。


でも、自分にとって都合が良いのは分かっているけど……。

頭ではその恨みを理解出来るけど。

言わずには、いられなかった。


「何でっ、そうなるの……ッ!」


一難去ってまた一難、なんて言えるかどうかも分からない。

とにかく、最悪が、絶望が、どんどん更新されていく現状に対して、お腹の辺りが嫌に熱くなっていく。

……でも、そのループには必ず終わりがある。それが最悪で終わるのか最高で終わるのか、その二択だ。

なら我武者羅に、私達にとっての最高を取っていくしかないんだ。


「ふー……」


一旦頭の中に染まった絶望を、息と共に吐きだしていく。


「大丈夫?」

「ゴメンナサイ、ちょっとへこたれそうになっただけです。今はもう、一つの事しか見えてません」

「リーンちゃんは格好良いなぁ。よっし、じゃあ止めようか!」

「はい!」


ユウナさんが剣を構える。それに習って私も剣を持つ手に力を込めた。

その刹那、死体兵の様に目が虚ろになったミトが、地面に転がった大鎌を蹴り上げすかさずキャッチした。

その勢いのまま、大きく横に鎌を振るう。私とユウナさんはが跳躍して斬撃を回避すると、刃が掠めた若草が一気に枯れ果てた。


「……ッ!? 何コレ……!」

「多分『全員道連れにしてやる』って想いが一つになった結果だよ!」

「つまり、生物に一撃でも当たったら命を吸い取られちゃうって事ですか!? いやな一致団結ね!」


しかも、威力が格段に跳ね上がっている。単純にミトのパワーが強くなっているのだ。

せめてあの大鎌だけでもと、剣を振るうも簡単に弾かれてしまう。


「ああ……ッ……!?」

「ミト……ッ」


ミトの腕から、ボキンと乾いた嫌な音が聞こえた。

腕の骨が折れたのだ、自分自身の身体が保てない程の力を強引に振るったから。


『どうだ、痛いか!?』

『俺達は、ずっとこの痛みに耐えていたんだよ!』

『もっとだ、もっとコイツに俺達と同じ痛みを!』


ミトの口から発せられるのは、ミトの身体が壊れていく音を、苦しむ声に愉悦を覚える怨念の下卑た笑い声。

こんな……酷い、事……! 


「もう、止め……ッ……」


助けたいって息巻いたけど、思うように力が籠められない……!

そもそも、いつこの限界の糸が切れるか分からない。既にキリキリと音を立てている状態だ。もし切れてしまったら最期、もう身体は動かない。


「リーンちゃんは援護して! 私ならもう死んでるから掠っても平気だし!」

「は、はい……!」


死んでるから平気という、素直に頷いていいのか分からない根拠を元に、ユウナさんはミトに対して連撃を繰り出す。

それに対しミトは何もしなかった。しかしミトの身体から噴き上がった毒霧のような何かが彼女の身体を包み込む。

ユウナさんの攻撃はミトに届く前に毒霧によって阻まれ、金属音を立てた。


「結界っていうより、怨念自身が盾になってるのかな……!? 憎いんじゃないの、その子の事!」

『憎い……だからこそ長く長く苦しめるんだ』

『死んで楽にさせてやるなんて許さない……!』

『じわじわ苦しめて、苦しめて、苦しめて……』

「性格悪いよ!?」

『そもそも邪魔をするなよ、お前……』

『お前もこっち側の筈だろうが……!』

『勇者が魔族を、敵を護るな……!』


すると、毒霧の色が濃くなり、鋭利な棘に変形してユウナさんに突き刺さった。


「ユウナさん!!」

「大丈、夫……! 致命傷でも、動ける、から……!」


思わず叫んだ私に、ユウナさんが苦しそうな声を上げながらも笑って見せる。

そして、下がるどころか、棘を掴んで強引にミトに近づいていった。


「確かに私も皆と同じだよ! 痛かったし辛かったのは事実だし! それ以上に皆は死んでから日が浅いから、恨みも強いと思う! やり返したらスッキリすると思う! でも! いつかきっと皆はあの世で後悔する! 何で一時の憎悪に身を任せて、取り返しのつかない事をしたんだろうって! 私はそういう人達を旅の中で大勢見て来た!!」


世界を旅した彼女だから言えるであろう言葉だ。

そうよね。きっと、好きな人と一緒に世界中を見て回るのは楽しいだろうけど。でも、辛いことだってあった筈なんだ。

何よりも、感情を爆発させて、人の為に涙を流すその横顔は、レイナとピッタリ重なって見える。


「不平不満があるなら、全部あの世で聞くよ! だからこれ以上……今を生きている人達を、不安にさせないで!!」

『うるさい……!』

『後悔なんて、知らねえよ……!』

『俺は今抱いてるこの恨みをぶつけてやりたいんだよ……!』

『綺麗ごと抜かすな、クソ女……!』

「誰一人として頷いてくれないー!! だったら、このまま……!」


そう、何か別の行動をしようとしたユウナさんに、ミトの大鎌が振るわれる。

致命傷でも動けると言っていたものの、真っ二つにされてしまったらもう……!


「ユウナさ……ッ」


もう、足の感覚が……!

うご……動けぇ……!!


「――これ以上、俺の妻を傷付けるな!!」


大鎌の刃がユウナさんの腹部に触れそうになった瞬間に、何者かが大鎌を剣で弾き返し、ユウナさんを抱えて離脱した。

僅かに聞き取れたその言葉で、何者なのかはすぐに見当が付いた。


「フォルガント王様……!?」

「リーン殿、すまない。ユウナがいきなり飛び出してしまうものだから、追い付くのに時間が掛かってしまった」

「ノ、ノルド……」

「君が既に死者であり、実質不死身であるとしても、その身体が傷付いていい理由にはならない。私の……俺の気持ちにもなってくれ」

「ゴ、ゴメン……でも、あの、『俺の妻を――』の下りをもう一回だけ……」

「……やらん」


フォルガント王様の胸に抱かれているユウナさんは死人なので血液は循環していない筈なのに、顔が真っ赤になっている様に見えた。


「これはどういう状況だ? あの少女……報告通りならミタマミトだろうが、様子が変だぞ」

「えと……戦意喪失したミトに操ってた死体達の怨念が取り憑いて、攻撃した私達も恨んで全員殺そうとしているって状況です……」

「簡潔かつ的確な説明だ、ありがとう。そうか……」


フォルガント王様は剣を静かに構え、ミトの姿をジッと見つめ、そして周囲を見渡す。

この場所には、まだレイナの羽に運良く触れていない死体兵がまばらに居るだけだった。


「よし、誰も居ないな……」

『何だ、お前は……!』

『邪魔をするなよ……!』

「ノ、ノルド! ここは私に任せ……ッ」


と、言い掛けたユウナさんを素早く、しかし優しく降ろしたフォルガント王さんは、ミトの大鎌を剣で受け止めた。


「ミタマミト!! 聞こえるか! 意識はあるか! 無かったとしても、言うだけ言わせてもらうぞ!!」


そして、続けざまの大鎌の猛攻や毒霧による攻撃を捌きながらも声を張って言葉を紡ぐ。


「君の能力は、魂を縛り付け死体を操るという、一般的に見れば倫理的に良くない能力だ! そしてその能力を使い、先刻まで生きていた人を、何より私の妻の亡骸を弄んだ! それは決して許される事ではない! 当然私にも怒りはある!」

『うるさい、何なんだお前……!』

『消えろ! そう思っているのなら、何故邪魔をする……!』

「だが! 君のその能力があったから、私は……俺はもう一度、愛する人に会う事が出来た! もう絶対に叶わなかっただろう『自分よりも強い好きな人を護れるようになる』という夢を叶えさせてくれた!! 君には想定外の事だっただろうし、不服な事かもしれない! そして、国を治める者として、許される事ではないが……それでも、言わせてくれ!!」


怨念の言葉をすべて無視して、一方的に自分の言いたいことを語るフォルガント王の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる様に見えた。

そして、フォルガント王様は血と汗と、ほんの少しの涙で濡れた顔で、ニッと笑って見せた。


「――ありがとうッ!!」


……国を治める者として、自分の国に脅威をもたらした相手に感謝の言葉を伝えるなんて、確かにしてはいけない事なのだろう。

でも、その姿が、その素直さが、何よりも格好良く見えた。


「ノル、ド……ッ……」


それが、自分の夫だったら尚更だろう。


「格好良いなぁ……ノルドは、出会った時から、ずっとずっと格好良い……頑張り屋な所も、優しい所も、いつも素直じゃないのに、一番大事な所では本音を言うところも、全部……」

「…………」

「本当は、私が前に出るべきなのに……このままずっと、護られたくなっちゃうよ」


ポロポロと、宝石の様な涙をこぼすユウナの横顔を、ただ見つめる。

彼女が涙と共に溢す言葉に、酷く共感している自分が居た。

頑張り屋で、いつもぶっきらぼうな癖に、一番自分が辛いときに優しくてくれて、心をその真っ直ぐな言葉で救ってくれる。

そんなアイツの顔が、脳裏に浮かんだ。


「……分かります。格好良いですもんね、ああいう人」

「グズッ……ノルドは私のだよ……?」

「違いますって! あの人も格好良いけど、別でもう一人居るんです!」

「……そっか……好きなの? その人の事」

「ちょっ、それは……今話す事じゃないですし!」

「そ、そうだね、ノルド一人で戦ってくれてるのに恋バナ始めそうになった!」

「それは流石に勘弁してくれ……!」


二人のお陰で、足の震えも少しだけ収まった。

私は大きく息を吸い込み、足に血液を循環させる。


「ミト! 聞こえるなら返事をしなさい!!」


そして近距離で、肺の中の空気を全て出し切る勢いで叫ぶ。

文字通り、身の毛のよだつようなオーラを放っているミトは、私の攻撃を受け止めると冷たく見下ろす。


『何度やっても無駄だ……!』

『今度は俺が、お前を切り刻んでやる……!』

『この恨みを、全て晴ら「リーン、ちゃん……!!」

「ミト!」

「ゴメ……リーンちゃ……ウチ、やくそ……守れな……!」

「そんな事ないから! だから頑張れ! 負けないでよ、ミト!!」

「だから、せめ、て、ウチを……『往生際が悪いんだよ、クソ女!』

「……ッ!」


一瞬ミトが顔をのぞかせたが、それは一瞬で、最期の願いを聞く前に再び主導権を怨念に奪われた。

そして、そのまま私に大鎌を、振り下ろそうとして。


「『ライトニング・レイ』――ッ!!」


一筋の光が、ミトの大鎌を貫き、刃を真っ二つに破壊した。

クルクルと回転する三日月状の刃は、やがて地面の上に突き刺さる。


「これ以上リーンさんに、皆に手を出さないで下さい!!」

「リム……!?」


光が放たれた方向へ視線を向けると、そこには血塗れでボロボロになったリムが、コチラに向かって涙目で掌を翳していた。

一瞬大怪我をしたのかと肝が冷えたが、彼女についているのは全部返り血のようだ。

でも、何でこの子が、ここに……!?


「リム、私達と離れちゃダメよ……!」

「もしやそこにいるのは、フォルガント陛下では?」

「サラさんと……」

「リグル殿……!」


トリエル夫妻の姿を見て、リムが何故ここまで辿り着けたのか納得する。

この二人が付いていれば、敵陣の最奥に辿り着けてもおかしくないからだ。


『……お前』

「うぁ……!?」

「うぐっ……!」

「リーンちゃん! ノルド!」


と、その時。

私を強引に突き放したミトが、ギョロリとリムを睨み付けた。

その瞳には、深い深い憎悪が宿っている。


「……ッ、な、何ですか、あなた……」

『お前は……さっき、俺に光線魔法を放った、ガキだな……!?』

「え!? さっきっていうか、今では……」

『よくも、よくもよくもよくも……! 殺してやる、クソガキ!!』


まさか、リムが攻撃した死体兵が、ミトの中に……!?

マズイ、このままじゃ……!


「ウチの娘に!」

「手は出させない!」


と、リムの前に割り込み立ち塞がったトリエル夫妻。

しかしミトの身体から、再びあの毒霧が噴き上がる。


「ダメ、逃げて!! 触れたら死ぬ!!」

「「だったら尚更!!」」


と、ユウナさんの忠告に対し、揃ってそう言い張る。

ダメだ、このままじゃ、あの二人が……!


――リーンちゃん。


ふと、ミトの声が聞こえた気がした。

そして、名前を呼ばれた。その一言だけで、彼女が何を望んでいるのか、理解した。


「……!」


私は駆け出した。もう足の震えとか、呼吸はちゃんと出来ているのかとか、そんな事は一切考えずに、ただただミトの背中へ向けて突っ込んだ。

そして、握り過ぎて血塗れになった剣の柄を握りしめて、大きく振り上――。


「ぁ……ッ」


剣が、手の中からすっぽ抜けた……ッ……!!

力が思うように入らなかった。何より血で滑ってしまったんだ。

取り落とした剣は、そのまま地面に落ちるが、取りに行っている暇なんてない。


「パパ、ママ!! 逃げてよぉ!!」


リムが絶叫に近い声を上げる。

その声が鼓膜を震わせ、心臓を締め付ける。

と、その時。


「リーンちゃん!! コレ!!」


ユウナさんの声と共に、迫ってくる風切り音。

私は背中を向けたまま、足を止めないまま、全神経を集中させる。

そして、トリエル夫妻に飛び掛かろうとしたミトと同時に、私も飛び上がり、ユウナさんが投げてくれた剣を、しっかりと握りしめる。

その瞬間、ミトの身体を覆っていた毒霧が、薄まった。

ミトの、本当に本当の、最期の抵抗だろう。


……リムが、殺されるくらいなら。ミトが、子供を殺してしまうくらいなら。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


私は――罪を背負って生きていく。


――視界に映る、漆黒のコートに絹の様な白い髪が映える、ミトの背中を。

最後の力を振り絞り、思いっ切り、切り裂いた。

青い青い空に、真っ赤な血と、白い髪が舞う。

そしてそれらは、空に溶けて消える事無く、ミトの身体と共に若草の海に沈んだ。

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