第四六話 正義は今日も曖昧だ!⑬
――出来る事なら、大好きな本に囲まれて死にたい。そう思っていた。
ユニークスキルの影響か、昔から書物を読み知識を増やしていく事に、読書好きなんてレベルではない、最早快感とも呼べるものを覚えていた。
そのおかげもあってか、この歳でただの田舎の本屋の娘から宮廷図書館の司書見習いに大出世だ。素直にこの力と本好きの性に感謝したい。
実際に今も、紙と革とインクの匂いに囲まれて、安らかに生涯を終えたいと、齢二十歳にして既に思っていた。
でも……。
「むむむむ(たすけて)~~~~~~~!!」
流石に、物理的に本に潰されて死ぬのは嫌だと思える程には、私はまだまともだと思う。
まさか本棚の整理中、脚立から足を踏み外してすっころんだだけで、本棚が倒れて来るとは思わなかった。何が宮廷図書館だ、ウチの店の本棚の方がまだ安全性が高い。
だけどまあ、ここは宮廷図書館の奥の奥。誰も読まないような本しか並べられていない、言ってしまえば用無しのスペース。管理がずさんなのは仕方ないのかもしれない。
何せ館長曰く『就任してからここの掃除は初めてだ。じゃ、お願いね』だそうだ。それを就職一カ月未満の小娘に任せるのもどうなのだろうか、純粋にふざけるなだ……いや、所詮私は平民の出、面倒で危険な仕事を押し付けるには都合が良かったのだろう。
館長出張に行っちゃったし、今図書館の司書、私しか居ないし……流石にマズイかもしれない。
ああ、流石に重い……本棚自体もそうだけど、この本棚全部図鑑だから本一冊が全部重い。
呼吸は無理矢理風魔法を応用して保ってたけど、魔力も体力も限界だ。
ああ、嫌だなぁ……まだまだ、知りたい事あったのになぁ……。
それに、休憩時間に読んでた『禿げた頭の異邦人』、続き気になってたのに……。
エルフの国に迷い込んだ、頭のてっぺんが綺麗に剥げてるのにその中心に結った後ろ髪をちょこんと乗せた、色んな意味で頭のおかしい異邦人が、田んぼづくりに挑戦しようとしたところだったのに……。
死にたく、ないなぁ……。
「ね、ねえ! 誰か居るの!?」
! 声が聞こえる!
「むむむ~~~~~!!」
「えっ、わあ!? 大丈夫!? 今助けるから!」
姿は見えないが、声は私の同じくらいの女の子だ。それに違和感を覚えながらも、私は最後の力を振り絞る思いで体をよじった。
気付いてくれたけど、この重さの本棚を女の子一人でどかすなんて不可能だ。出来れば、早く男の人を呼んできて欲し――。
「――よっこいしょ! だ、大丈夫……?」
「んえぇ……?」
自分の体重よりも圧倒的に重い筈の本棚の片手で支えて、もう片方の手をこちらに伸ばす女の子の姿に、思わず変な声が出てしまった。 『キャア!?』とか『うわあ!』とか、そんな当然の反応も出来ないぐらい、今の目の前の光景は異質だった。
でも助けてくれた事には変わりない。私が手を伸ばすと、その子の温かい手がしっかりと握り返してくれた。
「助かったあぁ……あのまま、禿げ頭を思いながら圧死するところだった」
「うん、よかったよか……え、今何て?」
ズルズルと引き出された私は、床に突っ伏しながら大きく息を溢す。
「えっと、君……じゃなくて、貴方は一体……? あ、申し遅れました。私、この宮廷図書館の司書見習いをしております、ジルミーナと申します。先程は助けていただき、何とお礼を申し上げたらいいか……」
「敬語なんていいよ。多分、私と歳近そうだし」
「しかし……」
あの凄まじいパワーの印象が強いが、決して筋骨隆々という訳でもなく、改めてみると寧ろその女の子は本当に私と同い年くらいの、亜麻色の髪の可愛らしい乙女だった。
そして、シンプルだけど生地の良いドレスに身を包んでいる。きっとどこかの貴族令嬢なのだろう。しかし、その割には砕けてるしドレスも着慣れない印象がする。
「いいのいいの。本当に怪我はない?」
「いえ……うん、大丈夫、ありがとう」
何度も心配そうにこちらの具合を確かめてきてくれるその女の子に、つい私も砕けた口調になってしまう。
「じゃあ、本棚と本、一緒に戻そっか!」
「い、いやいや! いいよそこまでしなくて! そもそも倒した原因は私だし! 私一人だけでいいよ!」
「ううん、原因はこの本棚のせいだよ、どう見たって立て付けが悪いし……ジルミーナは悪くないし原因でもない! それに、一人より二人の方が早いでしょ?」
「それはそうだけど……」
「それに、こういうのって、正しく出会いって感じだし! 片付けながら、ジルミーナともっとお話ししたいなって!」
「お、おぉぅ……」
なんて眩しい人なんだろう。正直性格が根暗寄りの私には眩し過ぎて直視できない。
……でも、何だろう。こんな事を思うのは柄じゃないのに、私も出会いと言う言葉に腑に落ちた自分が居る。
綺麗で、可愛くて、身なりもいいのに私に優しくしてくれたこの子は、まるで神様が使わせてくれた天使の様に見えた。
アーノルド陛下がこの国に戻って王位に就くまで、私はこの宮殿の人達に、平民の出で強くないと言うだけで散々虐められてきた。だけというか、それが至極当然なのだろうけど。
それでもやっぱり、頭で分かっていても心は擦れてって。そんな擦れた心に、出会って数分も経っていない彼女の優しさが染み込んで……。
私も、もっとお話ししたいなと、思ってしまった。
「じゃあ、その……お願いします」
「はい、任されました!」
私が間を置きながらもペコリとお辞儀したのを見て、彼女は嬉しそうにガッツポーズを取った。
「あ、そうだ! 私、自己紹介まだしてなかったね。ユウナだよ、宜しくね! ジルミーナ……ミーナって呼んでいい?」
「あ、うん。全然いい………………え、ユウナ?」
「何? ミーナ」
その名前に、私はワンテンポ遅れて本を本棚に差し込もうとした中途半端な体制で固まった。
ユウナ……この国に住んでいれば、絶対に一日三回は聞くこととにある名前……。
「……勇者、ユウナ?」
「あー、えっと、うん」
「アーノルド陛下の、妃の?」
「あ、改めてそう言われると、ちょっと照れる……」
と、顔を少し赤らめて口元をムニムニさせている恋する乙女は、何が何でも絶対に無礼を働いちゃいけない御方で――。
「――――」
「ああっ、ミーナ!?」
その衝撃で立ったまま気を失った私に、ユウナが大慌てで肩を揺さぶって。
そうやって、私達は出会って、親友になった。
――これは、俺が目の前の死の恐怖から目を逸らしたいが為に見ている、幻なのではないかと思った。
いや、ハッキリ言ってしまったら幻という事にした方がまだ納得できる。
ワイバーンはベテランの冒険者のパーティーが最低でも五人組んで、ようやく討伐出来るモンスターだ。
いくら竜種の中では最弱と言われていても、村を何か所も潰すことなど造作もない。
勿論、才能も能力も無く母国を追放された俺など、まず天地がひっくり返っても勝てる事はない。だからいっそのこと、自害しようと思っていた。
そして、そんな俺よりも遥かに華奢な体躯の女の子が、一瞬で自ら首に突き立てようとした剣を奪い取り、そのままワイバーンの首を一撃で跳ね飛ばすなんて事も、考えられない事だ……。
「え、ええっと……大丈夫……?」
「えっ、あぁ……」
だが目の前に、そんな考えられない事を現実で行った女の子が立っている。何度か口内で舌を強めに噛んでいるが、ちゃんと痛いので現実だ。
「よ、良かったあああああ……! 変な声が聞こえたと思って来てみたら、ドラゴン? の目の前で自殺しようとしてる男の人が居たんだもん、ビックリしたよぉ……!」
と、ヘナヘナと力なく草原の若草に座り込む。先程の勇ましさや迫力はどこへやら、今の彼女は本当にただの女の子だ。
恰好もそこらの村娘の何の大差も無い。だが特徴的だったのは、この地方ではあまり見かけない亜麻色の髪と瞳をしている事と、明るいテンションの割に妙な儚さを纏っていた事だった。
ますます彼女の正体が分からず訝しんでいられない俺だったが、彼女が命の恩人である事には変わらない。
俺は呼吸を落ち着かせると、片膝を付いて深々と頭を垂れた。
「この命を救って頂いたこと、心から感謝します。このような矮小な、しかも自ら命を絶とうとしている分際で、何と申し上げたらよいか……」
「い、いいっていいって! ドラゴン? に食べられるくらいならーって気持ちも分かるし……」
「こんな何も出来ない無能の出来損ないですが、何かお礼をさせて頂きたい」
「あなた卑下が凄いよ!? もっと前向きに行こう? ね?」
と、彼女は更に頭を垂れる俺を何とか励まそうとしてくれる。
なんて優しい人なのだろう。強くもなれず期待にも応えられず、挙句国を追放された俺なんかの為に。
「取り敢えず、剣返すね? あ、でももう自殺しようなんてしないでよ!? 正直あのドラゴンよりもあなたが死ぬ方が怖かったんだから! あと、堅苦しいの無し!」
「あ、ああ……ありがとう」
人の死に目が怖くてワイバーンが怖くないなんて、不思議な感性をしているなと内心思いながらも、俺は素直に頷き剣を受け取った。
「あ、でも、そうだな……じゃあ、今言ったお礼の代わりに、ちょっと私の相談に乗ってくれない?」
「そ、そんな事でいいのか? 一応、金はそれなりにあるし、全部差し上げる事も……」
「いらないよ!? しかもそれあなたが困るじゃん! あとその相談、正直お金より必要かもだし……」
「……君がそう言うのなら、分かった」
金よりも相談の方が必要だと言った彼女の表情には、焦りや不安が見えた。俺はゆっくりと立ち上がると、頷いてそれを了承した。
「申し遅れた。俺はアーノルド・ブレ……いや、ただのアーノルドだ」
「? あ、私の名前は天羽優奈。宜しくね、アーノルド……じゃあノルドって呼んでいい?」
「構わないが……別に略称する程の名でもないと思う」
「いいじゃん、私そうやってあだ名で呼ぶのが好きなの!」
……やはり変わった女性だ。
「――なっ……!? 勇者!?」
変わった女性どころの話ではなかった。
「う、うん……なんかね、冒険者ギルドで冒険者登録した時に、空欄の筈のジョブ欄にそう書かれてて……」
近くにあった丸太を椅子にして並んで座り、実際に『勇者』とジョブ欄に記された冒険者カードを手に持ちながら俯くユウナ。
だが様々な魔法が付与されている冒険者カードの偽装は不可能だ。となると、彼女が勇者だというのは本当になる。
しかも彼女は、神の様な存在の手によって、ニホンという異世界からこの世界に転生してきたばかりなのだという。
にわかには信じられない、それに彼女の話すニホンの話はまるで聞いたことが無いような、驚くべき話ばかりだが、それは証拠に足り得ない。
「やっぱり信じられない、よね? 異世界とか、勇者とか……」
そんな俺の表情を察したのか、ユウナは困ったように笑っていた。
確かに証拠にならない、真実かどうかも分からない。だが。
「正直、受け止めきれない部分はあるが……信じるよ。それに、君は俺を助けてくれた。そんな人を疑うような事はしたくない」
「し、信じてくれるの?」
「ああ」
「そっか……そっかぁ…………ぐずっ」
「お、おい!?」
「ゴ、ゴメンね……? 今までずっと信じて貰えないだろうって、何も話せなくて……それが不安で怖かったんだ……」
と、涙ぐんでいるユウナに対し、俺はどうしたらいいか分からず中途半端に手を伸ばしただけだった。
それにしても、彼女が勇者か……となると、父上と兄者達は嘘を公言していたという事か。
武勇に秀でた長男、魔法に秀でた次男の二人で一つの勇者なのだと、だから選ばれなかったお前は無能の出来損なにであると、散々虐められていたというのに。
沸々と怒りが湧き上がってきたが、もう俺はあの一族とは関係のない人間なのだ。怒るだけ無駄だろう。
「少し、勇者と言う存在について話そうか」
「う、うん、お願いします……」
ユウナが落ち着いたのを見計らって、俺はポツポツと語り始めた。
「勇者というジョブは、謂わば神に愛された万能の力。魔法も剣もそこらの天才より遥かに秀でた能力を宿し、勇者専用スキルにおいてはこの世界の最高峰の威力を有する、最強のジョブだ。そして、勇者は世界に一人だけ存在する事を神から許されている。だから、この世界には君以外の勇者は存在せず、君が死んで初めて別の勇者が誕生する」
「そ、そうなんだ」
とは言いつつも、兄者達の例外と言う名の嘘に騙されていた自分が言う事ではないが……。
「そして勇者は歴史上、世界征服を目論む魔族の国、バルファスト魔王国と戦い、魔王を討伐してきた。謂わば、勇者の義務というヤツだ」
「義務かあ……ええっと、凄いジョブなんだね、勇者って」
とは口では相槌を打つものの、いまいちピンと来ない様子だ。
「とにかく、一旦街に戻らないか? いくら君が勇者とはいえ、ワイバーンも出るような場所だ。長居は良くない」
と、立ち上がった俺の袖を、ユウナが座ったまま引っ張った。
「その……嫌だ」
「えっ、何故……」
「実はね、ギルドで勇者って発覚した時、ギルドの大人の人達に囲まれて『黙ってついて来い』って脅されて、怖くなって逃げだしたら追いかけられて、それでも頑張って外まで逃げてきたら、そしたらノルドが襲われかけてて……」
「……そういう……成程、この国もか」
「え、どういう……」
俺は再びユウナの隣に座ると、その亜麻色の瞳を見つめながら。
「今から少し、君にとって酷な話をする」
「う、うん」
「先程も言ったように、勇者は世界に一人しかいない凄まじいジョブだ……故に各国はその力を手に入れようと画策する。勇者が手元に居れば、世界最強の武力を手に入れたに等しいからな。歴史上では、魔王を討伐した勇者を、後に他国との戦争に利用した事もある。言い方は悪くなってしまうが……勇者とは、国にとって喉から手が出る程欲している、生物兵器なんだ」
「……ッ!」
何も知らない彼女にとって傷付く話だろうが、それでも言わなければ更に彼女が傷付く事になるだろう。
実際に国の人間に追いかけられてここまで逃げて来たというのだから、間違いない。
それに……勇者を他国との戦争に利用したという国は、俺の母国フォルガント王国なのだから。身に染みてよく分かる。
「だが、君が魔王軍と戦う必要は無い、君が居なくとも現状魔王軍の侵攻は防げている。だから君が国の言いなりになって、戦争の道具になる事はないんだ」
「……ありがと、ノルド」
少し瞳を潤ませながら笑顔を作る彼女に心臓が跳ね、誤魔化す必要もないのに咳払いで話を区切った。
「ゴホン。しかしどうしようか……このまま別世界から来たばかりの君を、ほったらかす訳にもいかないしな……ああは言ったものの、国の管理下に置かれれば不自由ない暮らしができるとは思うが」
と、腕を組んで唸る俺に対し、ユウナは丸太から立ち上がって俺の正面に移動した。
「ううん、それこそ不自由だよ。もう同じ部屋で寝たきり何て嫌だもん。だからね――」
そしてユウナは、花が咲いたような美しい笑みを浮かべて、俺に手を伸ばした。
「私はこれから色んな場所に行ってみたいと思ってるの。あなたも一緒に来ない?」
「え、俺が君と……旅をするのか?」
「あ、でも! 帰る家とか家族とか友達とかいれば、全然断ってくれても……」
「いや、全部ない」
「……ゴメン」
「謝る必要はない……でも、いいのか? 俺は君より遥かに弱くて、何も出来ない。それは自分でも一番分かっている。旅のお供にするなら、もっと他にも……」
「ううん、ノルドがいいの。本当は、後でチクられたら嫌だなーっていうのもあるけど」
「おい」
「でもね! それ以上にノルドはこの世界で初めて私を信じてくれたし、優しくしてくれた! だから、もっと一緒に居たいしもっと色んなことを教えて欲しい! 私、ノルドじゃなきゃ嫌だ!」
「……ッ」
「あっ、ゴメ、私、変な事言っちゃった……」
と、顔がみるみる赤くなっていく彼女を見て、俺は顔の熱が冷めないままつい笑みがこぼれてしまった。
そして、改めて差し出された彼女の手を握る。
「俺は元々当てもなく彷徨っていた身だ。ならば勇者のお供として旅をした方が、楽しいかもしれないな。こんな俺だが是非、お供させてくれ」
「ほ、本当……?」
「ああ。大して強くはないが、せめて君がこの世界でも困らないように努めよう」
そしてお互いに手を握ったまま、笑みを交えた。今まで感じた事のない、温もりを感じた。
「改めて、俺はアーノルドだ。宜しくな、勇者ユウナ」
「うん、宜しくね、ノルド!」
「――王様! 後ろ!!」
「ッ!?」
ローズの声が、朦朧としていたフォルガント王の意識を少し覚醒させる。
愛する人と初めて出会った美しい思い出に浸る余裕もなく、振り向いた先には、ローズやユウナごと背中に剣を突き刺そうとする死体兵の姿が眼前に広がっていた。
(しまった、ユウナに気を取られて他の死体兵を……!)
どうしようが避けようもない攻撃だ。間違いなく、自分は串刺しにされる。
「ローズ殿、ありがとう」
「えっ、キャア!?」
ならばせめてと、フォルガント王はローズの腕を引っ張り上空へ放り投げる。空を飛べる彼女なら空中で体勢を立て直せるはずだ。
「すまないなぁ」
刹那、フォルガント王はそれだけ呟きユウナを抱きしめる。
最期に、死体でもいいから、愛する妻と触れていたかったから。
そんなフォルガント王の震える手の甲に、そっと細い指が触れた。
――周囲の死体兵が吹き飛ばされた。
誰もその全容は見れなかった。フォルガント王さえも、何が起きたのか理解出来なかった。
ただ遅れて、自分の腕の中に居た筈のユウナの姿が消えていて、そして。
「――そっか……私は、あなたにとっても大切な思い出になれてたんだね」
その背中に寄り添うように何かが触れ、あの時と変わらない声が聞こえた。
「…………当たり前、だろう。君が、私にとって、どれだけ大切だった事か」
「知ってる、直接記憶見ちゃったもん。あなたが私に一目惚れしてくれた事とか」
「言わないでくれ……」
「でも、嬉しいなぁ。そっかそっか、照れるなぁ」
「本当に、君は、変わらないなぁ……っ……」
その姿を見なくても、その身体を抱きしめなくとも。
背中越しに交わす会話が、フォルガント王の疲弊しきった心に救いをもたらした。
「ゴメンね、散々皆に迷惑掛けちゃった」
「……君のせいではないさ」
「でも、せめて一緒に戦うよ。ほんの短い間だけど」
「ああ」
本当は顔を合わせて話したい。そして今度は正面から、ちゃんと抱きしめたい。
でも、今は……その時ではない。
自分達の娘が、先生と慕ってくれる愛弟子が、空の上で戦っている。そして今この地上でも、死体兵の攻撃は続いている。
そのような状況で、大人である自分達が、現を抜かしていられるものか。
「背中は任せたよ、ノルド」
「任せててくれ、ユウナ」
この絶望だらけの戦場において、たった一つ、大きな希望が輝いた瞬間だった。
小ネタ
現在フォルガント王の一人称は『私』ですが、昔は『俺』でした。
また、嘗てのフォルガント王国はバルファスト魔王国の侵攻を防いではいましたが、あくまで自分達の国を侵されたくないからであって、別に世界を護る大義などはありませんでした。なので実は、魔王を討伐し余裕が出来た頃に勇者を利用して他国に戦争を吹っ掛けた事もしばしばあったとか。




