第四六話 正義は今日も曖昧だ!⑨
俺が縦に大きく振り下ろした大剣は、そのまま大気を切り裂き真空派となってユースへ飛んで行く。
ユースは真横に飛び回避する。直撃はしなかったものの、その真空派は指令室の巨大な窓に巨大な跡を刻む。
「ひび割れて飛び散らねえな。やっぱこの窓、ただのガラスじゃねえのか」
「おれの戦艦を壊しまわりやがって……!」
「そりゃ壊すさ! 大体俺、敵のアジトで戦う時は、毎回どっかしらは破壊してるんだ、ぜぇ!!」
「ッ!?」
俺が一気に跳躍して詰め寄ると、ユースは即座に背中のジェットパックを点火させ距離を取る。
しかしその先には、先回りしたレイナが待ち構えていた。
「やあッ!」
「このッ!」
聖剣、生物以外の物体での攻撃は危険だと判断したのか、レイナは強烈なハイキックを放つと、ユースも対抗するように足を出した。
足と足がぶつかり合う音とは思えない鈍い音が鳴り響く。ジェットパックとアーマーのおかげか、ユースの脚力はレイナと拮抗している。
「う、ああああ!」
「ぐっ!?」
いや、やはりレイナの方が力が上だ。そのまま強引にレイナの足が、ユースを真横へ吹き飛ばす。
まるでシュートされたサッカーボールのように飛ばされるユースの先には、今度は俺が待ち構える。
大剣を両手に握り、バットを構えるように担ぐ俺を見て、ユースが目を見開く。
「オラッ!!」
「あぶっ!?」
俺のフルスイングは完璧な軌道を描いて見せたのだが、ユースはジェットパックの出力を上げて、紙一重で大剣の上を擦り抜ける。
しかしただでは躱させないと、俺は大剣を振った遠心力をそのままに回転し、俺の背中に回ったユースに追撃する。
流石に今度は躱せなかったユースは、何とか手に持っていた拳銃でガードするも、再び吹き飛ばされる。
床を転がるユースが持つ拳銃は、大剣の重さと衝撃で全壊し、部品を床にまき散らかした。
「……あと一手が、決めきれませんね」
「フーッ、ボール自ら変化球になるんじゃねえやい」
「お前ら……おれを、ボールにして、球技大会開くなよ、クソ……!」
「フスッ……」
いかん、ユースのツッコミが言い得て妙で少し笑ってしまった。
「それにしても魔王さん、大剣の心得なんて、一体いつ習得したんですか……?」
「丸太腕立て伏せ始めたあたりからな。流石にリーンも大剣は使った事無いみたいだから、稽古は冒険者のヒューズに付けて貰ったよ。 あとちょっとだけエルゼにアドバイスもして貰ってた」
そう、俺が腕力強化の為に丸太を背負って腕立て伏せを始めた頃に、少しずつではあるが大剣も振っていた。
始めの頃は持ち上げる事さえままならなかったのだが、最近になってようやく構えられるようになったのだ。
本当に、ヒューズと言いエルゼと言い、大剣使いの奴は一体どんな上腕二頭筋をしている事なのやら。エルゼに聞いたらエルボー飛んできそうだけど。
「刀も電撃も効かねえってんなら、レイナみたく特大火力でゴリ押しするだけだ。設定を追加したくても、流石に振り回してるコイツに触るのは怖いだろ?」
「チッ……ていうか、お前何でそんなもの振り回せるんだよ……? どう見たって日本人が持てる代物じゃないだろ」
「そりゃ、俺のレベルは50超えてるからな。普通の日本人より身体能力は高いよ」
「それを加味してもだ。レベル61のおれでも、そんなのは振り回せない……一体何をしてるっていうんだ?」
ユースはそう分析しながら、大剣を凝視して……。
「え待って? ちょっと待って? お前、え? レベル……61?」
「そうだよ、お前よりも約10上なんだ。ガールズ・オートマトン・シリーズで掃討したモンスターの経験値は、全部おれに入るからな」
「……………………」
今更明かされる衝撃の事実に、俺は思わず茫然としてしまう。
でも、考えてみれば確かにそうだ。いくらコイツがアーマーで強化されているからといって、それだけでレイナと渡り合える筈もない。
それに、反射速度もプロゲーマーだからで片付けられるものではなかったし……。
「能力のチート具合と言い、元々の才能と言い、レベルと言い……俺が勝ってる部分卑怯さしかねえんだけど」
「そ、そんな事はないですよ!! 魔王さんは優しくて努力家で、どんな時でも諦めたりしなくて、皆を笑顔にしようって頑張ってて、それにもっと……!」
「オッケー、ストップありがとう」
今まで見た事無いぐらいの勢いで俺を擁護するレイナに、恥ずかしさがピークに達した俺は静かに制止を促す。
するとレイナは我に戻った様で、一瞬で顔を赤くした。
「あっ……えと、ゴメンナサイ」
「でもコイツから見ても強さに関してはおれに何も勝ってないんだな、お前」
「言うなよ! 折角レイナが頑張って俺の長所捻りだしてくれたのに、気まずくなっちゃうだろ!?」
分かっていたとしても、やっぱりメンタルに来るのである。
と、ユースが突然。
「ガン・チェンジ、SG!」
と、そう叫ぶとユースの真上の天井が開き、そこから一丁の銃が手元に落ちて来た。
先程の拳銃とは違い、両手サイズで銃身が細長い銃だ。そしてその銃身に、ド素人でも見て分かるある部品が付いている。
「SG……あと何だっけそれ、確かフォアグリップだっけ……? って事は、ショットガンかよ……」
「ああ、お前が特大火力とほざくなら、こちらだって特大火力で行かせてもらう」
「ショットガンはゾンビゲームだけで使えよ……」
「あの銃は、一体……?」
ジリジリと後ずさる俺を見たレイナも、警戒心を強めながら訪ねてくる。
「ショットガンは散弾銃とも言ってな、その名の通り弾が散り散りになって飛んでくるんだよ……」
「つまり、さっきみたいに避けたり斬ったりして防ぎ切れないって事ですか!?」
「あと至近距離で撃たれたら最期、骨も内蔵も吹き飛ばされて死ぬ」
「二人が居た世界ってそんな恐ろしい武器が使われているんですか!?」
レイナの驚愕は最もだ、何でこんな怖い武器が世界中で量産されてるんだろう、怖すぎる。
っていうか、銃が量産されている地球が怖すぎる。モンスターより銃を持った人間の方が恐ろしい。
「流石のおれも、指令室が臓物で汚れるのは御免だ。だから……ッ」
ユースは震える左手でガチャンとフォアグリップを引くと、その銃口を俺達に向けた。
「出来れば、綺麗に死んでくれ」
「レイ――」
「『サンライズ・ブレイブ・シールド』!!」
俺がレイナの名を呼ぶより前、レイナは光の大盾を出現させた。
その刹那、大盾の向こうから至近距離で花火が炸裂したような爆音が鳴り響く。
「広範囲の攻撃なら、これしかありませんよね……!?」
「ありがと、助かっ……!?」
言い掛けて、俺の視界にあるものが映り込んだ。
それはレイナが大盾で弾いた散弾の破片。普通の肉眼で見えるかどうか定かではない粒子程の金属片が、大盾を回り込むように両サイドから飛んでくる。
俺は咄嗟にレイナを抱いて横へ飛ぶ。その刹那、俺達が立っていた場所に線香花火の様な火花が飛び散った。
「っぶねぇ……!」
「ッ!?」
散弾の恐怖に顔を強張わせる俺の胸の中で、レイナが別の意味で顔を強張らせていた。
「あ、あ、ありがとうございます……!」
「お姫様抱っこは間に合いそうになかったから、今度機会があればね!」
「えっ!? は、はい……! って、それよりも! さっきの攻撃は……!?」
「アイツまた弾に軌道変えるように設定しやがったんだよ! しかも粒子サイズの金属片に! サイズによる制限もねえのか、何でもありかよ!」
あんなのもし当たったら、肉片になるなんてもんじゃない!
「それを視認出来るお前も割と何でもありなんだよ。クソ、初見で見破られた」
即座に起き上がる俺達に向けて、ユースはもう一度フォアグリップを引くと、ジェットパックを噴射させて浮遊する。
「だが、タネが割れても対処出来るかどうかは別だ。さっきのは障害物があったから弾道が制限されてしまったが……」
「レイナ、もう一度頼む!」
「……ッ!?」
「レイナっ?」
と、レイナが突然俺の後方を見て目を見開いた。その次の瞬間、レイナは跳躍し俺を飛び越え、そのまま聖剣を横に一閃。
「『ブレイブ・ムーンライト・ストライク』!」
その直線上にあった、三つの機関銃が綺麗に真っ二つになり、下部分だけが床に落ちた。
「うおっ、いつの間に!? んな仕草してなかったろ!?」
「別に機関銃を出すのは手を叩いた方が楽ってだけで、操作自体はリモコンでも出来るんだよ。ところで勇者レイナ、さっきとは違う勇者専用技を使ったな?」
「……ッ!」
してやったと言った顔でユースがレイナに語り掛ける。すると彼女は険しい顔で歯を食いしばった。その身体の震え具合、明らかに様子がおかしい。
「本来即座の切り替えが出来ない勇者専用技を、強引に使ったんだ。流石に反動はあるようだな。さて、これで暫らくは盾は出せなくなった」
何その制限、初耳なんだけど!?
「さっきは障害物のせいで弾道が制限されたが、今なら問題ない」
「……ッ」
回避をする素振りすらしない……いや、出来ないレイナに、ユースは上空から銃口を向ける。
……成程、これが狙いか。
どうやらレイナは、勇者専用技を使うと即座に別の専用技に切り替えることが困難らしい。
だからユースは敢えてレイナにだけ見える位置に機関銃を出して、レイナが
ブレイブ・ムーンライト・ストライクを繰り出すように誘発したんだ。
しかもその制限があるにも関わらず、レイナはサンライズ・ブレイブ・シールドを出した直後に別の専用技に切り替えて俺を護った。ユースの見立て通り強引にだ。
そのせいか、レイナの身体は反動で震えて動けないでいる。
ったく、そんな情報どこで知り得て来るんだっての……。
「これで死ね」
「魔王さ、逃げ、て……!」
「……どっちも断る」
引き金に指を掛けるユースと懸命に口を動かし回避を促すレイナの間に、俺は大剣を担いで割って入る。
「言ったろ? レイナが俺を護る代わりに、俺がレイナを護るからって」
「……!」
レイナに背を向けた状態のまま、俺は大剣をしっかりと握りしめ、右肩の上で構える。先程の様な、野球のバッターのポーズだ。
しかも刃の向きは横向き。分厚い刀身の平面がユースを捉える。
「……来いや」
「大剣一本で散弾を打ち返せるとでも?」
「…………」
「……いいだろう、ならお前が先に死ね! 『発令』!!」
設定の追加と共に放たれた散弾は物理法則を無視して、俺の正面上下左右から弧を描くように飛んでくる。正しく不可避の必殺技だ。
なら、こっちだって必殺技だ!
極限まで集中力を高めた俺は大きく息を吸い込むと同時に、両の腕に全身の力と魔力を溜めて、振るった。
「『黒覇風』ッッ!!」
その瞬間、大剣を振るったことによって発生した風圧がこの指令室に吹き荒れた。
風圧は四方八方から飛んでくる金属の粒子を包み込み、黒い空気の塊となって、周囲に転がる金属片と共に一気に押し戻す。
「がっあぁ!?」
それらは直線上に居たユースに、風圧と共に襲い掛かる。ユースが身に纏うアーマーと金属片がぶつかり合い、ギャリギャリと耳障りな音を立てている。
そしてそのまま、ユースは散弾や金属片と同じように風圧に飲まれ、壁や天井に身体をバウンドさせた。
「ハア……ハア……」
「す、凄い……」
大剣の切っ先を床に突き刺し、大きく肩で息をする俺の背後から、レイナのそんな呟きが聞こえてくる。
「チッ……まさか風圧で吹き飛ばすとは……! クソ、コイツもお釈迦だ……!」
どうやら先程の風圧に巻き込まれた金属片によって、ショットガンが大破したようだ。
「へ、へへ……どうだ、『霹靂神』に続く、魔王ツキシロリョータの必殺技だい……! レイナ、大丈夫か……?」
「は、はい! 反動も収まりました! でもその、さっきのあの攻撃、ただ純粋に大剣を振っただけですよね……? それなのにあんな風圧を発生させるなんて、もしかしたら私よりも……一体何を……?」
「企業、秘密って、事で……」
そうだ、確かに俺の新技『黒覇風』は、ただただ純粋に大剣をフルスイングした風圧で攻撃する技。そんな芸当、腕力が強いだけでは説明が付かない。
まあ実際に、小細工ありきの技なのだが……。
「そうか……成程……お前、やっぱりイカレてるよ……」
と、突然ヨロヨロと歩み寄ってくるユースがディスって来た。
何か言い返そうとしたのだが、そのユースの呆れと感嘆の混じった顔を見て、言葉が詰まった。
「さっき、一瞬だけど見えた……お前が大剣を振るった瞬間、両腕が妙な動き方をした……まるで、何かの刺激に対し筋肉が反射したような……」
そして、ユースは俺を真っすぐ見据えた。
「電気刺激か」
早速企業秘密バラされた……。
「電気、刺激……?」
「元々、生物の筋肉は脳からの指令で動く。その指令は電気信号という形で神経を辿り、筋肉を動かす……」
ユースは納得したように呟きながら、俺の全身から放電している黒い電流を見る。
「お前は自分自身の身体に直接電気を流し、強引に筋肉を動かしているんだろう……? しかも身体能力を一時的にブーストさせる程の」
「お前、ホント、何歳なの……? 博識にも程があるだろ……」
俺よりも明らかに歳下であるユースの観察眼には舌を巻いてしまう。
その通りだ、いくら最近になってようやく丸太を二本背負って腕立て伏せ出来るようになった俺だが、かといってこんな大剣を容易に振り回す事なんて出来ない。
元々筋力のステータスはこの世界の一般人以下だったのだ、レベルが上がったって才能がある訳じゃない。
この世界も日本と同じく、努力を積んでも本当の天才には敵わないと同じで、レベルを上げてもどうにかなるようなものじゃない。
だからこそ、小細工が必要だった。
《黒雷変形躁術・雷獣》
自らの筋肉に電流を流し、強制的に筋肉の縮小を誘発させる。
例え身体が動かなくとも、黒雷さえあれば無理矢理筋肉を動かす事が出来るのだ。
そして、この電圧を強めるほど電気刺激は強くなり、通常では出しえないパワーを一瞬ではあるが解放する事が出来る。
そのパワーはこのように、自分の身長と左程変わらない大剣を思うがままに振り回し、人ひとりなら吹き飛ばせる風圧を発生させる程だ。
言わば、なんちゃって身体強化。シンプル故に、強力な奥の手だ。
しかし……。
「あの大剣を振り回すぐらいの筋肉を強引に動かしてるって……じゃあ、今までどれだけ強力な電撃を自分に流しているんですか!?」
レイナが心配しているのはごもっともであり、ブルブルと小刻みに震える俺の身体中から白い煙がモクモクと立ち上っている。
そんな状態の俺は、レイナの眼を見つめながら、すまし顔で。
「……めっちゃ痛いッ」
「やっぱり大丈夫じゃないじゃないですかッ!」
そう、やはりと言うかお決まりと言うか、無理な電気刺激は自傷ダメージとなって襲い掛かってくるというデメリットがある。
しかも今までのように黒雷を相手にぶつけるのではなく、自分自身の身体に流している。いわば自分自身に黒雷をぶつけ、ダメージを与えているに等しい。
それに本来だったら出せない筈のパワーを出しているのだ、腕が耐えられる筈もない。
だが『黒覇風』は、腕に流す黒雷の出力を出しうる限り上げて振り抜く技。さっきの一撃で、俺の腕は既に限界に近づいていた。
それでも俺は腕に黒雷を流し、強引に筋肉を縮小させ、大剣を担ぎ直す。
「でも……レイナの痛みに比べたらどうって事ないねぇ!」
「魔王、さん……」
「いつまでも女子の前でほざいてろよ、格好つけのイカレ野郎……!」
レイナとの戦闘でもそうだが、ユースも相当なダメージが入っている筈だ。それでも依然立ち上がってくるその姿は、台詞は逐一小物っぽいが、実際は小物なんてもんじゃない。
端から見れば、ボロボロでも何度だって立ち上がる、格好いい奴なのだろう。だが敵から見れば、厄介この上ない。
「イカレ野郎? 今更何当たり前の事言ってんだよ」
同郷だとか異世界人だとか歳下だとか、もう関係ない。
アダマス教団幹部、ユース。コイツはアカツキに匹敵する程の、立派な強敵だ。
だから、全力で、叩き潰す。
「イカレてなきゃ……魔王なんて務まる訳ねえだろ」
新技解説
・《黒雷変形躁術・雷獣》
自分自身の身体に黒雷を流し、強制的に電気刺激による筋肉の縮小を誘発。つまり、身体が動かなくても黒雷さえ放てれば無理矢理身体を動かす事が出来るという狂気の技。また、出力を上げることによって本来なら出しえないパワーを瞬間的にだが放てる。だが自分自身に攻撃しているようなものなので、普段よりも反動ダメージが大きく、肉体にも多大な負荷が掛かる。
名前の由来は、落雷とともに現れるといわれる 日本の妖怪、雷獣。
また、雷の力によって獣の様なパワーを引き出すという意味も込めてある。
・《黒覇風》
電気刺激によって筋力をブーストさせ、思いっ切り大剣をフルスイングする、至ってシンプルな技。しかしその威力は凄まじく、同時に反動ダメージも凄まじい。
技名の由来は、《黒南風》(梅雨入りの時期や梅雨の長雨となっている時期の曇り空の日に吹く南風)の『南』を『覇』(武力によって国や天下を治める意味)に変えたもの。




