第四六話 正義は今日も曖昧だ!④
さて、現在俺は見た目は普通の女の子である白髪オートマトンの髪を手綱代わりに掴み、振り回されているというカオスな状況に陥っている。
この状態から攻撃に転じるのは流石に厳しい。こちとら、ほぼ握力だけで捕まっているようなもんだ。
一体、今の俺が握力計握ったらどのくらい行くのだろうか、針が限界まで行きそうな気もする……って、んな事考えてる場合じゃねえな。
まずはどうにかしてコイツの動きを止めなくっちゃ。
「『静止眼』!!」
「――」
生物以外の物体の時間や重力を静止させるこの静止眼、強力な分自身の眼にかなりダメージが入ってしまう為、一瞬しか使えない。
だが最初から相手が目の前に状態なら、その一瞬の隙は致命的なものへと化ける。
「よっと!」
俺は空中に静止している白髪オートマトンの背中に乗る。宛ら、自分で投げた柱に飛び乗った某世界一の殺し屋の様に。実際には止まっているが。
「レオン! 少しの間、エルゼを牽制しててくれ!」
「うむ!」
「遂にエルゼって言っちゃったですよ!」
レオンがもう一体の相手をしている隙に、コイツをぶっ壊す。
たが、触ってみて分かったが、コイツは他のガールズ・オートマトンと比べてだいぶ丈夫に作られている。並大抵の力じゃ傷も付かなそうだ。
レオンのような質量攻撃や、ハイデルの様な趙火力でなければ一撃必殺とはいかないだろう。
……だが、俺は昔っから、小細工で何とかしてきた男だ。
「『アクア・ブレス』」
俺は白髪オートマトンに対しアクア・ブレスを放ち、その機体をずぶ濡れにする。
「ふうぅぅ……」
それから俺は集中力を上げる為に大きく息を吐き出すと、掌で白髪オートマトンの顔を左右から挟み込んだ。
その掌から、バチバチと黒い放電が迸る。
「雷、もとい電気ってヤツは、もっと具体的に言えば電子の流れ! ただビリビリするだけじゃなくて、用途によって色んな姿や効果に変化する万能エネルギー! 何でコイツは黒いかは知らねえけどな!」
「ぁ――ああ、ああッ」
黒雷の操作に全神経を集中させた為、静止眼が解除される。しかし白髪オートマトンはまるでバグったかのような挙動を起こし始める。
……電気や電流と言った、イメージしやすいジグザクな光の線じゃない。もっと具体的に、もっと小さく、その電子に至るまでイメージをして操作しろ。
左右の手の別々でその電子の流れを操作して、掌が向かい合った僅かな空間に、電場と磁場を産む。それによって電磁波が発生。
要するに、この技は……。
「『黒雷変形操術・サーモス』!!」
――黒雷を利用した、超急速加熱!
電子レンジと言うにはあまりに違うし、そもそも電子レンジの実際の仕組みなんて、正直言って全然理解出来ていないけど。
でも、俺は電子……この世の中のエネルギーの根幹とも言えるものを自由に操作出来る。だったら熱エネルギーだって、やろうと思えば操作出来る!
……黒雷変形操術・サーモス。
この一か月間、何度も何度も試行錯誤を重ね、手に火傷を負い、やっとの思いで何とか実現可能にまで持って行った必殺技。
この技を考案した切っ掛けは、一か月前にフォルガント王立学園で拳を交えて戦った、スレイブ王国諜報奴隷部隊の隊長、サーモスだ。
アイツは《サーモ・オペレル》という、触れた対象の温度を操る強力なユニークスキルを持っていた。
そんなサーモスと戦い、何とか僅差で勝利を収めたものの、サーモスは奴隷魔術の効果によって獄中で殺された。
この技は、《電気を利用し温度を操る》。そんなアイデアを与えてくれた事。そして遺書越しに俺を気遣ってくれた事への感謝。
何より、『俺はお前の事を忘れねえからな』という、サーモスへのせめてもの手向けでもある。
「チッ……!」
だが流石にまだデメリットは健在のようで、白髪オートマトンとの間に発生した電流が、俺の皮膚を焼く。
黒雷の操作がより細かく洗礼になり、威力が大きくなるにつれて、この万能能力は牙を剥く。
しかしフィアのおかげで痛みを感じる間もなく再生される。だから今は、実質デメリット無しだ!
「エラー、発生、エラー、はっせエラー、ははははえらららららら」
「もう一度言おうか!? 機械の弱点は、熱と水と電気だって相場は決まってるんじゃいッ!!」
「えらあああああああああ――ぁ」
恐らくメインコンピューターやらAIやらが内蔵されているであろう頭部を集中的に加熱され、白髪オートマトンはビクンッと大きく身体を跳ねさせた後、そのまま硬直した。
そして、コイツの操作と関係なしに噴射し続けているジェットパックによって、その身体は壁に激突した。
その前に飛び降りていた俺は、実戦で成功した事の喜びに内心ガッツポーズしながら、叫んだ。
「レオン! 足場ぁ! さっきの失敗を今度は活かすぞ!」
「さっきの失敗……成程、そういう事か!」
すると斜め下方向に落下する俺の足元に黒い影の帯が伸び始め、包み込むように受け止めた。そのまま影の帯は、俺を中心にゴムの様に大きく凹む。
バッと顔を上げたその直線上には、こちらにロケットランチャーを向ける青髪オートマトンが。
「行くぞリョータ!」
「おっしゃあ!!」
俺はそのまま足に力を込め、レオンの影の帯とタイミングを合わせて。
「即興、人間パチンコ弾!!」
影を踏みしめた瞬間、俺の身体はパチンコ弾の様に真っ直ぐ放たれた。
今まで感じた事のない風圧に俺の顔面の皮がビロビロと波打っている。
だが俺が間合いに入る前に、青髪オートマトンは俺が乗っている軌道に合わせてロケット砲弾を放ってきた。
クソッ、これにも反応するのかよ処理スペック高いな! このままじゃロケット砲弾の先端とキスする事になっちまう!
そんな初キッスぜってえ嫌だね!
「『アクア・ブレス』!」
俺は真下にアクア・ブレスを放つことによって、無理やり軌道を変える。ロケット砲弾は俺の腹下スレスレを過ぎ去り、具現化した影に当たって炸裂した。
そのままアクア・ブレスを出し続け、その勢いを利用し回転する。今の俺は手裏剣の様になっている事だろう。
そして青髪オートマトンの間合いに入った瞬間、水圧と振り下ろす足の力を一気に解放した。
「水流踵落とし!!」
ガンッと鈍い音が響き渡り、青髪オートマトンの鼻っ柱に踵がねじ込む。
「らあッ!!」
そのまま足を振り下ろし、青髪オートマトンを真下に吹き飛ばす。それに対し青髪オートマトンはジェットパックの火力を上げ、体勢を立て直そうとする。
いくら勢いをプラスしたところで所詮踵落とし。致命打には程遠いだろう。
しかし、隙は出来た!
「ファイ――ァァァ……」
「流石に、そのような体制では躱せぬだろう?」
再びロケットランチャーを構えたその瞬間、巨大な影の槍が下から青髪オートマトンの胸部を貫いた。
……火力が無いのなら小細工をしろ、それでもダメなら出来る奴に頼め。
それが俺のモットーだ。
「よっしゃあ! レオンナイス!」
「折角覚醒したのに牽制とサポートで終わるのは嫌だったからな。寧ろ感謝するぞ、我が使者よ」
「あのシャドウ・メッセンジャーとか言うの利用したら強制的に使者認定されるシステムなの!? 一応俺上司だぞ!?」
「私もそういう事になるのですか!?」
「フッ、冗談だ」
青髪オートマトンを貫く影の太い箇所に着地した俺は、レオンの冗談に苦笑いをしながら、大きく息を吐き出す。
取り敢えず、これで何とかなった、かな?
ハイデルに鉄塊にされた赤髪オートマトンは、もう見るも無惨な姿になっている。正直人間じゃないと分かっていても込み上げてくるものがある。
俺がショートさせた白髪オートマトンも同様、壁に激突した頭部が潰れた状態で隅に横たわっている。
そしてレオンが胸部を貫いた青髪オートマトンは、放電をしながら痙攣している。すぐに動かなくなるだろう。
……何と言うか、うん。
「その……今更ですが、罪悪感が凄まじいですね……」
「しかも全員友達と酷似してるってのがね……ご本人一人ここに居るし」
「うっぷ……絶対トラウマになるです、夢にこの光景出てきそうです……」
「あー、後でローズに記憶改ざんして貰うか?」
「ちょっと真剣に考えるです」
なんて、実際には何も終わっていないが、それでも山場を一つ乗り越えた事に、俺達はつい気が緩んでしまっていた。
そして、その気の緩みが仇となった。
「あ、ああ、あああああああ――」
「「「「ッ!?」」」」
突然、青髪オートマトンが奇声を発したかと思うと、ジェットパックが再度点火し強引に影の槍から抜け出した。
そしてそのまま、すぐ傍に立っていた俺に体当たりをかましてきたのだ。
「ごぶっ!?」
「魔王様!」
流石に不意を突かれては躱すことが出来ず、俺の身体は空中に投げ出される。
そんな俺を空中でガッチリと羽交い絞めした青髪オートマトンは、身体中の至る所から放電して。
「じ、じば、自爆、モード」
「そうだった! このゴーレムには自爆機能が!!」
「クッソ、力強ッ……!?」
すぐ背後から、キュイイインと何かが回転し始めるような音が聞こえだす。
運が良かったのかどうなのか、脇の下から腕を回されているので、両腕の自由はある程度効く。しかし何とか抜け出そうにも、俺をホールドする腕はまるで拘束具の様に動かない。
ガンガンと拳を打ち付けても何の効果もなく、刀を腰から抜いて斬ろうにも、この体勢では思うように力が入らない。
自爆の熱が、徐々に背中越しに伝わってきて、冷や汗が大量に流れだす。
「レオン、何とかならないのですか!?」
「無理だ、あのゴーレムが密着しているせいで、リョータだけ助け出す事が出来ぬ!」
「魔王ーッ!」
クッソ、どうすればいい!?
考えろ、考えろ! 黒雷で、魔人眼で、俺の持っている全ての能力で何が出来る!?
このままじゃ確実に俺は死ぬ!
それだけじゃない! 爆発の規模によっては、あの三人も……!
何としてでも助からなきゃ、助からなきゃ、助から、なきゃ……。
助か………。
――助けなきゃッ!!
「回復の出力上げろぉッ!!」
「へ!? は、はいです!」
俺の咆哮にも似た指示に対し、フィアはギョッとしながらもワンドを握り直す。すると更にワンドとフィアの身体を纏う光が強くなった。
それを確認した俺は……握っていた刀を、逆手に持ち替えた。そう、今、刃が自分に向いているのだ。
「おい、リョータ貴様何をっ」
レオンが何かを言い掛けた直前、青髪オートマトンと自分の接触部位を正確に見定め。
「――ごぶっ」
自分自身の腹部を、全力で刀で貫いた。
「は……?」
それは、一体誰の声だったのかは分からない。だが、それを確かめている余裕も隙も無い。
俺が腹部に突き刺した刀は、俺の腹から背中にかけて、完全に貫通していた。鋭い痛みも熱さも、フィアの魔法のおかげか今のところ感じない。
そして、刃が俺の身体を貫抜き、背中から突き出ている。そうなると、結果何が起こるか。
「――ふく、腹部にに、じゅじゅ重大な損傷をかく、確にん」
オートマトンごと、串刺しになるのだ。
あそこまで身体を密着させていたのだ。なら回避することも、軽症に抑えることも出来ない。
何より、こんな行動をたかがNPC如きが予想できる筈がない。
「直ちに、自爆を――」
「ざぜ、ねえ……よおッ!!」
それでも自爆しようとする青髪オートマトンに対し、俺は刃の向きを縦から横に直し、そのまま自分の腹部ごと横に切り裂いた。
「ガッボアガ……ッ」
青髪オートマトンの腕から解放された俺は、そのまま頭から落ちていく。
口の中から大量に血が噴き出る。腹部から何かがまろみ出るような感触もする。
だが、フィアの回復魔法が俺の身体を元通りに修復してくれる。結果レオンの操る影に受け止められる僅かな時間で、俺の腹は完全に元通りになった。
「ぺっ、おえ、ぺっぺ!」
影から転げ落ちた俺は床にしゃがみこみ、口の中に残っている血液を唾と一緒に吐き捨てる。
血液を美味だと言い張れるヴァンパイアが、今では少し羨ましい。鉄の味しかしないもん。
「あー、さっきっから血反吐ばっか吐きすぎてもう口の中真っ赤だよ……歯がお歯黒みたいに染まっちゃうよ、それだとお歯赤だよ……」
なんてぶつくさ言いながら、背後から聞こえたドシャッという音に振り返る。
そこには、俺の血液とオイルが混じった液体を切り裂かれた腹部周辺に付着させ、完全に機能を停止した青髪オートマトンの姿があった。
…………。
「これで本当に、おしまいっ!」
刀を鞘に戻し、茫然としている三人に向けてニヤッと笑って見せる。
だが三人は、まるで時間停止したように動かない。
「えと、どしたんお前ら……」
その様子に恐る恐る近づきながら声を掛けると、突然ハイデルが速足でこちらに歩き始めた。
てっきりいつものように抱き着いてくるもんだと思っていたが、ハイデルから異様な雰囲気を感じてこちらの足が先に止まる。
だがハイデルは俺の眼前まで歩み寄り、そのまま両腕を大きく振り上げて――。
「ブェッ!?」
引っ叩かれた。しかも両サイドから。
……いや、違う。ただ俺の顔を固定するために、押さえつけているだけだ。ただ、その勢いがあまりに強烈なので、結果的に引っ叩かれたもんだ。
ハイデルらしからぬその行いに俺が戸惑っていると。
「何を、何をやっているのですか、貴方はッ!!」
「ウヒィ!?」
今まで聞いたことのない、ハイデルの怒気に満ちた声が俺の鼓膜を突き刺した。
驚いたのは俺だけでなく、レオンも肩を跳ねさせ、フィアはビクッとレオンの背中に隠れた。
「敵諸共、自分の腹を突き刺して倒すなんて……なんて無茶な事を!」
「いやでも、あれしか抜け出す方法も自爆を止める方法も思いつかなかったんだからしょうがねえじゃん! それに何回か攻撃食らって回復した時の速度と効力を鑑みて、行けるって判断したんだ! 割と打算的な考えでやったんだぞ!」
「尚更ダメでしょう!? 自分の腹を掻っ捌く打算などありますか! 寧ろ妥協ですよそんなの! いや、妥協してでもしませんよ!」
は、ハイデルに至極真っ当な正論を真正面から言われている……。
「フィア様の回復魔法を信用していたからといって、あんな方法を褒めるなど、私には出来かねません!」
「そ、そんな……今までの『流石です魔王様』ボットと化した忠犬ハイデルはどこに行った……!?」
「いまこの瞬間忠犬ハイデルは死にました!!」
「そんなー!?」
ご本人直々の死亡宣言に、俺は思わずショックを受ける。そして同時に、俺もコイツも何だかんだ忠犬ハイデル気に入ってたんだなと思ってしまう。
そして、ハイデルは顔を挟み込む力を緩め、そのまま頭を下げて項垂れる。
「ハ、ハイデル……?」
「もう……もうあんな死なば諸共のような無茶は止めてください……!」
「えと……さ、流石にまだ色々終わってねえし、保証は出来な――」
「いいですねッ!?」
「びゃいッ!!」
泣きながら激怒するという器用な状態で強制的に約束を交わしたハイデルは、俺を解放すると一歩下がり、そのままグズグズと大人げなく鼻を鳴らした。
「……我も同感だ。他に道はあっただろう……などと無責任な事は言わんが、自分を犠牲に他者を助ける事を是とするのは止めろ。少なくとも、我はあんなもので助けられるのは御免だ」
「私もです! さっき言ってたみたいに、今この謎のパワーアップが起きているから魔王は今生きてるですが、それでもアレは無いです! 一瞬見えたですが、ハラワタ飛び出てたですよ!?」
「わ、分かった、分かったって!」
割と本気な怒気を含んだ声で静かに責めるレオンと、逆に怒りの表情を露わにするフィアに俺はたじたじになる。
「と、とにかく! ここの戦いは俺達の勝ち! すぐに呼吸を整えて、レイナ助けに行くぞ!」
そう半ば強引に話題を切り上げ、床に投げ捨ててあった荷物を拾い集めながら、ため息を吐いた。
まったく、まさか最後の最後で仲間にガチ説教されるとは思わなかった。しかもハイデルに。
でも、三人を助ける為に腹を搔っ捌いた訳だし、ちょっとぐらいしょうがないんじゃ……。
……でも……アレ?
いや、待てよ? 普通に考えたら、俺の方が可笑しくないか?
いくらなんでも、自分で自分の腹を斬って、内臓までぶちまけて。
俺、そんな思い切った事、するような奴だったっけ?
そもそも、何で俺、自分の腹を掻っ捌いたのに。
こんなに……落ち着けているんだ?
セルフQ&A
Q:リョータは黒雷を利用して電子レンジを再現してたけど、そもそも電子レンジは『マイクロ波』によるマイクロ電波の「+-」の入れ替わりで水分子を振動させることにより摩擦熱が生まれる物が温まるっていう仕組みなんだよ? いくら電気、もとい電子を操れたとしても流石にあんな事、科学的に出来る訳ないよね? そもそも化学式も理論も矛盾してるし――。
A:うるせえ!! ここはファンタジーだ!!




