第四四話 開戦は今日も唐突だ!①
……俺がアダマス教団との戦いに備え、街中を走り回っていた時の事。
丁度冒険者達との作戦会議が終わったタイミングで、ジータから通信魔法が届いた。
それを聞いた俺は、走って向かう時間が惜しいと、久々に転移版を使って魔王城へ転移した。
一瞬目の前が明るくなり、すぐに見慣れた薄暗いエントランスが現れる。
「いや早いね!? 通信魔法を切ってからまだ十秒も経ってないよ?」
「一分一秒が惜しいんだよ、切羽詰まってんの!」
転移してそうそう若干呆れ交じりに苦笑するジータに向けて早口でそう言い返した後、俺は正面を見る。
ジータの他に、リーンでも四天王でも他の勇者一行でもない、不慣れな様子の二人組が立っていた。
「……久しぶりだな」
「こんにちは!」
その二人は俺を旧友を見るかのように、懐かし気な視線を向けてくる。
俺も二人の顔を見て少し焦りが和らぎ、自然と笑みがこぼれた。
「ああ久しぶり、バイス、フィーネ」
バイスとフィーネ。俺がフォルガント王立学園へ体験入学した際に仲良くなったカップルだ。
バイスは学園きっての天才で学年首位。フィーネはフィビアン学園長の娘さんだ。
フィーネがスレイブ王国の諜報人に誘拐されて、バイスと共に探し出そうと血眼になったあの一週間が懐かしく思える。たった一か月前なのに。
「悪いな、こんな緊急事態に来てもらって」
「まあ学園の授業も休講になってしまったからな、丁度良かった」
「それに、アタシまだ助けてもらった恩を返せないままだったから! 少しでも助けになれればいいんだけど……」
そう、この二人を呼んだのは他でもない、ユースとミトの居場所を割り出す為だ。
主にフィーネのユニークスキル≪ダウジング≫に頼らせてもらう。
フィーネのダウジングは自分が探したいと思うものを正確に、しかも無条件で探し出せるというある意味でのチートだ。
そしてバイスの頭脳も、きっと助けになってくれる。
「じゃあ早速場所移そうか、案内するよ……でも、ゴメンンンン……」
「うおっ!?」
そう言って、俺はそのまま前のめりに倒れかけ、バイスが慌てた様子で肩を抱きかかえた。
「だ、大丈夫か!? まさか、ここに来る直前に敵に襲撃を……!?」
「え、ええええ!? ど、どうしようどうしたらぁ!?」
「二人とも落ち着きなって。魔王君の事だしきっと……」
急に倒れた俺の応急処置をしようとしたのか、そのまま床に寝させようとしたバイスだが、ジータの苦笑交じりの声を聴いて固まった。
それに頷くと、俺はポツリと言った。
「魔力切れです」
「転移しただけで!?」
「まったく……たまに、お前が本当に僕達を救ってくれたのかと疑問に思うことがある」
ゴメンね、どんなに異端の魔王だの学園の英雄だの呼ばれてれも、基本俺の魔力量はハナクソなんだよ。
――再び会議室に戻り、四天王とリーン、そしてわざわざもう一回戻ってきてくれた勇者一行とともにフィーネを見守る。
フィーネのダウジングは、漠然とした条件でも一応機能するのだが、イメージがしっかりしている程より精度が増す。そういう仕組みだそうだ。
ユースとガールズ・オートマトン・シリーズは、あの全国中継でフィーネも見たようだし、ミトの特徴も俺とリーンが実際に会っているので具体的に伝えることが出来た。
「んー……」
それから数十秒間、まるで何かの電波を受信している宇宙人のように、目を瞑って唸っているフィーネ。
そんな様子をこの場の全員が真剣な顔をして見守っているのだ、端から見ればとんだ茶番に見えるだろう。
「……一応、ユースって人とゴーレム達は、ダウジングには引っ掛かったんだけど……でもおかしいな……?」
「どうした? 何がおかしいんだ?」
バイスが心なしか優し気な声音で訊ねると、フィーネは自信なさげに応えた。
「今、バルファスト魔王国とフォルガント王国の国境線沿いに居るっぽいんだけど……スッゴイ上空に居るの」
「上空……?」
レイナが訪ね返すと、フィーネは怪訝な顔をしながらも頷く。
「でも、もしかしたらミスをしてしまっただけかもしれません! 飛翔魔法でも雲と同じぐらいの高さにまではいけないと思いますし、もう一回……」
「でも、向こうには空を飛ぶ技術があるみたいだし、上空に居るのは変じゃないかもしれないよ?」
「ああ、確かにそうかも……」
ちなみにこの二人、父親付き合いもあってか顔馴染みだったらしい。自分の婚約者が親し気にお姫様兼勇者様と話しているのを見て、バイスは何とも言えない表情をしている。
大丈夫だぞバイス、魔王の俺と友達なんだ、お前も十分大概だ。
「って事は、空飛ぶ城塞みたいなもんを創ったって事か?」
「だとしたら逆におかしいわ。そんなものが上空に浮いてたら、目立つに決まってるじゃない。空の上って何だかんだ一番目立つんだし」
「実際に空を飛べる貴様が言うと説得力があるな。だが、空飛ぶ城塞というのも否定できない」
エルゼの素朴な感想にローズがそう答え、レオンが首を捻って目を瞑る。
その隣にいたフィアが、しばし考え込むような素振りを見せた後、ハッとしたように。
「……あっ、透明化してるんじゃないです? アルベルトのインビジブルみたいにです」
「ああ確かに、それなら……でもお兄ちゃん、少し前に敵が近くに居るかもしれないって、魔王城のてっぺんから周囲を見渡していましたよね?」
「おう」
リムの言う通り、確かに俺は魔王城の一番高い屋根の上に、足をガクブルさせながら登り、そのまま周囲360度見渡した。
千里眼に透視眼、見る系統の魔眼を全て使って。
結果特にそれらしきものは見えず、ただ俺が魔力切れを起こしただけに終わったが……。
「一応俺の千里眼はこの国の領土全域を見渡せるぐらい視力が上がるけど、その分他の魔眼の精度が下がっちまうんだよ。透視眼と同時発動したら、その分視力が下がるし透視の効果も薄まる。何より無理して精度を上げたりとか3つ以上の魔眼同時発動とかしたら、速攻で魔力切れ起こすし最悪眼が潰れる。だから正直、そこまで念入りに視ることが出来なかったんだ」
「ううむ、貴様の魔人眼は便利さの塊のようなものだが、たまに惜しいと感じてしまう」
「宝の持ち腐れの具現化ですいません、レベル上げて魔力量増やします……」
「アンタ、レベルもう50の大台に乗っちゃったから、レベル中々上がらないと思うわよ」
俺の能力は便利だし強力ではあるがその範疇を超えられていない。
真のチートへの道はまだまだ長いぜ。
「フィーネ、ユースとゴーレム達の正確な位置座標は分かるか?」
「あ、うん。ちょっと待ってね……」
バイスの指示にフィーネは再び何かを受信するように目を瞑り、そのまま『えっとね、高さが~~でゴーレムとユースの距離が~~で』っと、正確な数字を次々に口にする。
ついでにガールズ・オートマトン・シリーズの総数も教えてもらった。99体とかいうばかげた数字が出てきた瞬間腹が痛くなった。
そしてそれをバイスは紙に書き留めると、暫し考える素振りを見せる。
「ここまで正確な数字を出せるなんて、相変わらず凄まじいユニークスキルだね。世に存在している探知魔法の完全上位互換だよ」
「あはは、まあそのせいで誘拐された事があるから、中々大変ですけどね!」
「あの頃は~みたいに言ってるけどまだ1か月前の出来事なんだよなぁ」
感心したようにジータが唸ると、フィーネがたはっと明るい笑みを浮かべて返す。
この子、メンタルつよつよかよ。俺だったら一生引きずってるわ。
なんて、フィーネのメンタルの強さの畏怖の念を抱いていると。
「……船じゃないか?」
誰に聞かせるでもなく、そんな感想をバイスがボソッと呟いた。
「船?」
「ああ。フィーネが割り出したゴーレム、そしてユースの位置関係と配列が引っ掛かってな」
俺が聞き返すと、バイスは目の前に置かれたペンを手に取る。
「ゴーレム達を配列させたにしても、妙に縦に長い長方形だ。普通ならば、後方にも自分の声が聞こえるよう、もしくは自分の姿がより見えやすいように、横に長い配列にするのが自然だ。だがそうしないのは、横に広がるスペースが無いからじゃないか?」
「確かに……って事は、オートマトンが並んでいるのは船の甲板?」
バイスは頷くと、紙の上に小さな白丸をいくつかと、黒丸を二点付けた。
「そうなると、ユースの位置も納得がいく。ゴーレム達から離れすぎている上に、高さもそこまでないからな、恐らく奴は司令塔にいるんじゃないか? それに双方の位置、高さ、距離をフィーネが挙げてくれた数字に置き換えて、一番自然にこれらの数字が当てはまる比率と形状は、一般的な戦艦と大体同じだ」
そして白丸と白丸を繋ぐように、まるで図式を描くようにペンを走らせていくと、見る見るうちに横から見た戦艦の平面図が浮かび上がった。
「ただ、普通の戦艦にしては大きすぎるがな。そもそも、船が空中を浮いているなんて、流石におかしな発想だったか……?」
と、バイスは少し自信なさげに首を捻った。
船……戦艦……?
戦艦……軍装……そして、ガールズ・オートマトン・シリーズとかいう、あのSF少女達……。
…………んぁ!
「あああああああああああああ!! 思い出したあああああああああああああ!!」
「うわあ、急になんだ!? というか声がデカいなお前は!? そして手を握って振り回すな、痛いだろうが!」
突然狂ったように絶叫しバイスの腕をブンブン振り回し始めた俺を、皆が酷く驚いた様子で見つめている。
そんな皆に向けて、俺は声を大にしていった。
「そうだよ! 前々から妙にガールズ・オートマトン・シリーズに既視感があると思ってたけど、アレって元ネタ、セレスティアル・コスモスだよ!」
「なんだ、そのせれすてぅるつ、こすもす……というのは?」
「レオン今噛んだです?」
「噛んでいない」
たかが舌を噛んだ程度で萌えを感じているフィアはさて置き、俺は自分の記憶の中にあったセレスティアル・コスモスの事を皆に話した。
「えっと、つまり……そのセレコスって物語を、ユースは真似ているって事なのね?」
「ああ。そんで、名前は忘れたけど主人公とコスモス達が乗っている戦艦は、空中を浮かんで進むのは勿論、光学迷彩による透明化も出来た。そう考えると辻褄が合う」
「成程……だが念のためだ、フィーネ。空中に浮かぶ船で、ダウジングしてみてくれないか?」
「う、うん。空中に浮かぶ船……空中に浮かぶ船…………ああああっ! 引っ掛かったぁ! 間違いないよ、ユースはそれに乗ってる!」
実際に視認するまでもなく確信を持てるのだから、ダウジングは凄まじい能力だ。
「敵の場所と数とアジトは割り出せた。あと、ミトの方はどうだった?」
「ゴメン、やっぱり引っ掛からなかった。ちょっと自分でも不気味……」
ここまで正確にいろいろ割り出せるダウジングを以てしても分からないとは、ミトは一体どこに居るんだ……?
「とにかくだ、このまま作戦を立てよう。まず第一に、ガールズ・オートマトン・シリーズの数が多すぎるな……不意打ちで一気に数を減らすのが得策か?」
「となると、広範囲かつ高威力の魔法が必要になるな……」
そんなバイスの呟きに、バイスとフィーネ以外の全員が、とある人物に視線を向ける。
「わ、私ですか……!?」
そう、文字通りバルファスト魔王国で一番の火力を誇るハイデルならば可能かもしれない。
「実際、ガールズ・オートマトン・シリーズを唯一倒したのはハイデルだけだ。お前以上の適任を俺は知らない」
「だとしても、流石に雲と同じ高さに居る的を当てることは出来ません……それに透明化しているのです、現地で座標のみで的を絞るのは難しいかと」
確かにそうだ。俺は魔人眼を持っているから、もしかしたら透明化を無視して視認出来るかもしれない。
だがハイデルにとっては、何も見えない上空目掛けて魔法を放つようなものだ。
「高さに関しては、我のシャドウで何とかなるかもしれん」
「一体どうやってですか?」
近くの柱に寄り掛り腕を組みながら、レオンは淡々と語る。
「我のシャドウで足場を作るのだ。かなり無理をする必要があるが、影を雲の高さまで伸ばすことは可能だ。実際この前の自主鍛錬の時に試した」
「そういえば、魔王城から謎の黒い線が上空に伸びてたって噂が流れてたけど、アレアンタだったのね……」
あー、そんな噂流れてたなそういや……。
「じゃあ、透明化は俺の方でなんとかするか。まずだけど、多分ユースは世界会議の会場に乱入してくると思うんだ。多分映像か何かでだけど」
「その根拠は?」
「ない。だけど、どこに情報網があるか分からないし、大陸中の王様達が動くんだ。多分嫌でも気づかれると思うんだよなぁ。それで、もしソイツが現れたら上手い具合に誘導して、透明化を解除させる」
「相手がそんなリスクを犯すと思うか?」
「全世界に自分が正義だってライブ中継した目立ちたがりだぜ? 当然、ご自慢の空飛ぶ戦艦も、お披露目したいと思ってる筈だ。まあユースが現れなかったか、それとも誘導が出来なかったら、ハイデルと一緒にレオンの影に乗って、俺がハイデルの眼の代わりになるだけだ」
俺は机の上に両手を置くと、前のめりになりながらニヤリと笑って見せる。
「とにかく、俺達は相手の2日後って条件に一度だって頷いちゃいねえ。だから明日、先手の不意打ちでいく。あの自称正義マンの鼻っ柱を、横からぶん殴ってへし折ってやる」
「出た、魔王君のゲス顔」
「逆にこのゲス顔見ると安心するです」
「付き合いが長いとそうなるのか……」
ゲス顔ゲス顔とうるさい気もするが、まあそれで皆を鼓舞できているのなら上等だ。
「バイス、フィーネ。今日は本当にありがとう。二人が居なかったら、俺達は無策で戦うことになってた」
俺は二人の前に移動すると、深々と頭を下げる。
「僕は恩を返しただけだ。というか、この程度で返せたと思っていない。実際僕は、少し頭を捻っただけだからな」
「アタシだって、まだまだ全然だよ! いつでも頼ってね、魔王様!」
二人の優しい言葉を聞くと、心がじんわりと温かくなる。
本当に感謝しかない。この二人は、俺達にとっての命の恩人になるだろう。
いや、命の恩人にさせなきゃいけない。その為にも、勝たなくちゃ。
「よしテメエら、戦闘準備に取り掛かるぞ! 気合い入れろぃ!」
「「「「「おー!」」」」」
「あとバイスとフィーネ、婚約おめでとう!!」
「お、おー……おおおお!? お、お前どこからその情報を……!?」
「君のお義父さんから! 本当は花束とか準備したかったけどゴメンね!? 後日渡すね!?」
「まったく、こんな時にまでわざわざ……変わらないな、ワズミ」
ワズミと呼ばれると、少し懐かしい気分になった。




