第六話 孤児院は今日もドタバタだ!⑤
その日の夜。
「はあ~……あの子達の気持ちにも気付いてなかったなんて……私、院長失格だわ……」
「しょーがねえだろ、だってこの前孤児院始めたばかりなんだろ? それに、アイツらのことを見捨てないでこうして世話してやってるだけでも、リーンは十分頑張ってると思うぞ、俺は」
「リョータ……」
「ま、俺の方がアイツらの気持ちを理解出来たってだけだよ」
「それをわざわざ口に出して言うんじゃないわよ! 何、喧嘩売ってんの!?」
台所で野菜を切りながら深いため息をつくリーンに、俺は大鍋に入ったスープをかき混ぜながらドヤ顔で言った。
子供達に働くことを提案した後、さあ帰って透視眼の練習しようと魔王城に戻ろうとしたが、リーンに引き止められ何故か子供達の晩飯を作らされているという今の状況。
いつも四天王と俺の分しか作っていなかったから、何十人の子供達の飯を作るのはかなり大変だ。
「お前、料理出来るのはレオンから聞いてたけど、手際いいよな。なあ、たまにでいいから俺にも何か食わせてくれよ」
「私は毎日この子達のご飯を作ってるから、そんな暇ないの。それにあんたは今の所家事しか取り柄無いでしょ? ぶっちゃけ、あんた魔王城に居候してるようなもんなんだから、ハイデル達のご飯ぐらい作ってあげなさいよ」
「魔王なのに魔王城に居候してるって言われた! それを言うんだったら、アイツらだって特に何もやってないだろ!?」
「そんなことないわよ。ハイデルやローズやレオンって、アレでも身分高いでしょ? だから四天王の他にも色々仕事してるのよ」
確かにハイデルはアレでも地獄の公爵、ローズはアレでもサキュバスクイーン、レオンはアレでも高貴な生まれ。
リーンの言うとおり、アイツらは種族の管理とか財政とかもしてるかもしれない。
リムはあの歳だからカウントしないとして……ヤベえな、ほんとに俺ただの居候じゃん。
それで俺はアイツらに働けって言ったのか。
今更だけど、ほんとに何様なんだよ、俺。
「……もういいよ、こうなったらこのままいってハイスペックなニートになってやるよ!」
「せめて国王らしい事をして」
俺が拳を握り締め高々と宣言すると、リーンが手を止めて睨みつけてくる。
国王らしい事って何だろう?
魔王の間でふんぞり返ることしか思いつかない。
「で、あの子達に働かせるっていう案は、私もいいと思うけど、あんた考えはあるの? あっ、そのお皿とって」
「まあ、考えって程じゃないけどな。ホラ」
俺が皿を渡しながらそう返すと、リーンはふーんと意外そうに俺を見た。
しかし、アイツらの問題が少しは解決したが、本題であるフォルガント王国との同盟の問題はまだだ。
どうしようかなぁ……とブツブツ呟きながらスープをお玉でグルグル回していると、何やら後ろから視線を感じた。
チラと後ろを見てみると、三、四人の女の子が俺とリーンをジーッと穴が開きそうなぐらい見てきていた。
「あー、もうすぐ出来るから待っててな?」
俺はその視線に妙な恥ずかしさを覚え、頭の後ろを掻きながら言うと、一人の女の子が前に出た。
「どうしたの?」
リーンが手を止め、その女の子に訊くと、女の子はとんでもない爆弾発言をした。
「ママとマオウ様、何だか夫婦みたいだね!」
「止めなさいそんな身のすくむような事を言うのこんな男が私の夫なんて絶対嫌だからね分かったら大広間に戻りなさい?」
「ハハハそうだぞそんな事言ったら俺がリーンに理不尽に殺されちゃうかもしれないだろ?」
俺とリーンがキッチンに並んで料理しているのがそう見えたのか、笑顔で言う女の子に向けて、俺とリーンも笑顔のまま早口でまくし立てた。
そんな俺とリーンに不気味さを感じたのか、女の子達は素直に大広間に戻っていった。
「……でもお前さ、何で未だにそんなに俺の事未だに嫌ってんだよ? ツンデレならツンデレらしく『な、何言ってんの!? 私とコイツはそ、そんなんじゃ……!』みたいな反応しろよ」
「……そういう所が嫌いなのよ、いい加減本気でぶちのめさないと気が済まないみたいね」
「おっと子供達の前だって事を忘れんなよ?」
――お互いに言い合いしている間に子供達の晩ご飯が完成し、子供達の昔懐かしい『手を合わせましょう、いただきまーす!』の号令とともに、もの凄い勢いで皿から料理が減っていった。
どうやら俺が作っていた野菜スープが好評だったらしく、一メートルはあるであろう大鍋から野菜の一欠片も残さず完食してくれた。
ヤバい、世の給食のおばちゃんの苦労と嬉しさが身にしみて分かった気がする……!
そして現在、今度は大広間で子供達を見張っていたリムに変わり、俺が子供達の相手をしていた。
ちなみに、リーンとリムは台所で皿洗いをしている。
「ホラそこ、歯ブラシ咥えたまま大声出すな~。そっちはさっさと風呂入れ~」
ご飯を食べた後だというのに、どこからそんな元気が出るか不思議でならない子供達を、俺は事細かく注意する。
リーンは一人で毎日こんな事やってんのか……アイツスゲえな。
そう素直に感心している俺だが、このままコイツらが寝るまでリーンにこき使われるのはゴメンだ。
ってか、何でコイツらに貿易の話しにきただけなのにリーンにこき使われてんの?
そうじゃん、別にコイツらの面倒見てあげる義理も無いじゃん!
でもまあ、少しぐらいはやってやるかな……。
と思っていた時、軽い尿意を覚えた。
「なあ、トイレってどこ?」
「ええっと、一階と二階にありますけど、ここからだと二階が早いですね。階段を上ってすぐ右ですよ」
「ちょっと用足しに行ってくるから、少しいいか?」
「はい」
俺は他の奴らより少し年上の女の子にそう頼むと、俺は二階へと上がっていく。
そして突き当たりを右に曲がり、トイレのドアを開けようとしたが動きを止めた。
トイレの右のドアから、何やら黒い布きれがはみ出ているのだ。
よく見てみると、ワンピースのヒラヒラの部分のようだ。
「……ったく、だらしねえなあ」
服の感じといい、リーンのか?
女の子の服に無断で触るのは少し申し訳ないが、このままにしておいたアイツが悪い!
俺はドアノブから手を離すと、ブツクサ言いながらワンピースの布きれが挟まったドアを開ける。
そしてワンピースを部屋の中に投げ込もうとして――。
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「――ちょっとリョータ、子供達を見張っててって言ったじゃない! トイレだけでどんだけ時間かかってるのよ!?」
一体どれだけ時間が経ったのだろうか。
ドアノブに手を掛けたまま固まっていた俺に、ご立腹の様子のリーンが階段を上ってきた。
「あっ、いた! 何してんのよあん……た……」
そして俺の姿を見ると、リーンは声が小さくなっていく。
そんなリーンに、俺は部屋の中を指差し、ギギギと機械のように振り向くと。
「お前……部屋汚すぎだろ……ッ!」
俺が何故この部屋の中を見て固まっていたのか。
それは、この部屋の中が地獄絵図になっていたからだ。
服や本が至る所に散らばり、コーヒーか紅茶か分からないシミがカーペットに大量に付着。
タンスは開きっぱなし、クローゼットも開きっぱなし。
そこからはみ出ている服が、今にもナイアガラさながらの勢いで落ちてきそうだ。
……ああ、なるほど、そういうことだったのか。
一週間ほど前、俺とリーンがお互いの思っていることをさらけ出し、そのまま魔王城の中で追いかけっこをしていてリムに怒られた次の日。
四天王が俺がリーンを怒らせた理由が、リーンの『アレ』を見たからだろうと言い合っていた。
アレとは一体何なんだろうと今まで凄く気になっていたが、やっとアレの正体が分かった。
アレとは、リーンの部屋のことだったのだ。
「あ……あ……」
俺の言葉に、リーンの顔が段々と赤くなっていき、ワナワナと震え出す。
そんなリーンに、俺はゆっくりと歩み寄っていき、リーンの肩に手を置く。
そして、真顔でこう言った。
「明日、掃除しに来るから下着隠しとけよ?」
「~~~~~~~~~~~~ッ!」




