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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
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第四二話 陥落は今日も一瞬だ!⑧

この物語はフィクションです。

※あとこの物語史上一番グロい描写があるので注意。

……アレは、まだ中学三年の冬の時期だった。

受験勉強の追い込み時期だった俺が、休憩がてら飲み物を取りに下に降りた時、テレビのニュース番組にある速報が届いた。

その速報を見てまず始めに思ったのは『デマ情報だろ』の一言だった。

だってそうだろう、1人殺されただけで全国ニュースになる日本において、149人が殺されたなんて、現実味があまりになさ過ぎる。フィクションの中でもそこまで大袈裟にはしない。

だが、具体的な内容を聞くにつれて、連日一向に熱が冷めないニュース番組を観て、やっと認めることが出来た。

俺と同い年の女の子が、自分の住んでいる村の村民全員を、惨殺したという事実を。


霊美兎……彼女が住んでいる折血山村は、東北の山岳地帯に聳え立つ、折血山という山の麓に存在する、地図にも載らないような小さな小さな農村だ。

人口は150人。村民のほぼ全員が農業従事者である、日本に何処にでもあるような普通の農村。

ただ、気になる点があるとすれば、この付近の村には珍しく、若い世代の村民が多かった事。

そしてガスも水道も電気も通っていない、車も機械も何も無い、完全に時代に置いて行かれたような村だった。


村を背に聳え立つ折血山は、地元では有名な霊峰のようで、『人間の死んだ魂が天国へ向かう入り口』。そう噂されていた。

その為か、もう一つ噂があった。天国へ行きたいと願う自殺志願者が折地山を登り、そのまま帰ってこなくなったという、富士の樹海のような噂だ。

だからよっぽどの理由が無い限り、折血山、ひいては折血山村には近付かなかった。


折血山村に住まう人々。代々村を治める長の家系と一部の側近の家系以外は全員、全国からこの村に移住してきた人達であった。そして彼らの大半は元自殺志願者である。

元々霊峰と名高い折血山で死のうとした人達……そんな彼らは山に入る際、その村に必ず訪れる。

その理由は定かでは無い。連れ去られたのか、引き寄せられたのか。ただ皆、その村に足を運ぶ。

そして彼らは村に歓迎され、持てなされる。

ここまでは至って平和。だが狂いはここから始まる。


やがて食事を済ませた後、来訪者は長の平屋の離れへと連れて行かれる。

蔵のようで、神社の本殿のようで、他の住居と比べ妙に異質な造りのその建物。

六畳間と土壁しかないその部屋の中心に、1人の少女が座っている。

髪も肌も絹のように真っ白な美少女。そう、彼女が霊美兎。

ごく希に、創始者の家系にのみ産まれると言われる『神の遣いの選別者』。

彼女は酷く優しく純粋な笑顔で、来訪者達に訊ねる。『何故、貴方はここに来たの?』と。


そこからは分からない。

ただ、自殺をしにこの地を訪れた人々は皆、この村で生きることを選ぶ。この土地で神を敬う暮らしを始める。

まるで本当に、本物の神様をその目で見たかのように。


単刀直入に言おう。折血山村。その実体は、カルト教団だ。

だが、日本でもよく見掛けるような、幸運を呼ぶとかいう怪しい壺を買わせたり、入会料を支払えとか、そういった所謂金儲けの為の宗教ではない。

霊峰、折血山からなる神の世界。その存在を信じ、敬い、祈り、感謝する……心の底からの神への信仰心。そしてそれ故の狂気。

それは警察の調査が進むにつれ、明らかになる。


自殺願望者の他に、折血山へ訪れる者が居る。肝試しで折血山を訪れた若い世代。死ぬ気なんてサラサラないような人達だ。

彼らも同じように村に辿り着き、持てなされ、歓迎され、霊美兎と対談する。

勿論彼女の例の質問にはこう応える。『肝試しです、観光です』と。

それから夜が更けて彼らが寝静まった後……善良な村人は牙を剥く。

手足を縄で縛り付けられ、口を塞がれ、何が何か分からぬままに、折血山の奥へと連れて行かれる。

そして折血山の中腹、小さな洞穴の奥にある祠の前にて……首を、刀で叩き斬られる。

本当の理由は分からない。その後の事も分からない。ただ、これだけは確かだ。

この宗教は、人を殺して神への生け贄とする。


死にたいと思う者が生き、死にたくないと思う者が死ぬ。

何もかもが矛盾している村の宗教。世界観が違いすぎる、謎だらけの現実。

だが若者の行方不明だ、すぐに警察による調査は行われる筈。

なのに分からない、なのに届かない。その真相に。今まで、ずっと。

だが、その真相は公になる。更に狂気的な事件を以てして。


ある1人の若い男が、警察に通報してきた。

その男は酷くパニック状態に陥っており、警察官が男の元へ向かわざる終えなかったという。

警察官の姿を見て、道の真ん中に蹲っていた男は泣きついてきた。

『死神が、村の住民を鎌で殺して回っている』と。

何を言っているんだ、ただの妄想だろう。内心そう一蹴しながらも、仕方なく警察官は彼が指した方向へ……折血山村へ向かった。

そして、村へ入った瞬間、警察官は認めた。彼が正しいのだと。


歩道の中心、あぜ道、田んぼ、森、住居内……至る所で、人が死んでいた。

目を見開き、苦痛に顔を歪め、巨大な刃物で切り裂かれていた。

本当に死神から逃げ惑い、追いつかれ、背中から斬り殺されたように。

文字通り、老若男女関係無く。赤ん坊までもが、犠牲となっていた。

そして、長の平屋の庭園で。その宗教の創始者から伝わる、始まりの場所で。

村人の半分以上が密集し、死体となっていた。

全員、首の後ろを刃物で切り裂かれ……霊峰、折血山に向かって祈りを捧げるように手を組み、頭を垂れながら。

あまりの狂気に、警察官はその場で嘔吐したという。それからすぐに応援を呼び、警察官が押し寄せた。


それからこの村の実体が明らかになったのだ。

祠の岩肌に染み込んだ血液、行方不明となった者達と同じDNAが検出された、刀と荒縄を始めとする数々の物的証拠、近くの空き地に埋められた、百をも越える生け贄によって。

そしてもう一つ、更に受け入れがたい事実が明らかとなった。

この地獄の惨状を作り出したのは……長の一人娘、霊美兎のものであると。


元々警察に通報した男は、興味本位でこの土地に訪れた、村にとっての生け贄対象だった。

彼も同じように村からの歓迎を受けて、霊美兎と話し、寝ようとした。

その時、外から何やら慌ただしい喧騒が聞こえだした。微かに遠くから、悲鳴のような声も聞こえた。

だが男はその時顔を顰めただけで、そのまま深く布団を被り眠りに入った。

それから数時間、男は用を足そうと寝ぼけ眼で襖を開けた。

その瞬間目に飛び込んで来たのだ。目の前に広がる血と海と、コチラに頭を垂れるように並んだ死体。

そして、今正に、最後の1人の首に鎌を突き立てた、あの時の少女の姿を。

男は数秒間固まった後、訳も分からないまま、とにかく逃走本能で村を飛び出した。

少女は追ってこなかった。ただ、ジッと静かにコチラを見つめていた。何かを語り掛けていたような気がしたという。


では何故そんな詳細な事まで明らかになっているかというと、ニュース番組とは別に、その男がネット上で事件当時の状況を拡散していたからだ。

到底褒められる行為じゃないが、誰かに打ち明けないと怖くて仕方が無かったのだろう。

だが綴られる文章の、あまりの現実味の無さに、ネット民からの批判が相次いだ。偽物だと呼ばれていたそうだ。


それから、ネットにとある一枚の写真が上がった。

その写真は例の、警察に通報した男が撮った物。

例え警察に事実を告げても誰も信じてくれない。だからせめて証拠をと、逃げながらスマホのシャッターを切ったのだという。

警察には絶対にネットに上げるなと言われていたが、偽物扱いされた腹いせにと、何とも意地らしい理由で上げたようだった。

元の写真はピンボケしていて、写真中央に白い物体が写っているだけに見えた。

だが最近の解像技術とその技術を持ったネット民によって、その写真はより鮮明となり、世界を騒然とさせた。


月明かりが照らす、死体で埋め尽くされた庭園の中央に立ち、コチラをジッと見つめる、髪も、服も、肌も、纏う空気も。何もかもが真っ白な美しい、雪の精霊のような少女。

ただ何故か、服も髪も足も、至る所が泥で汚れていた。

その手には闇夜の中でも分かる程に血塗られた鎌が握られており、全身まだら模様に返り血が付着していた。

そして何よりも……彼女は狂気的でもない、ただただ純粋な可愛らしい笑みを浮かべていた。

まるで幼児が、親の持つカメラに気付き笑みを浮かべたような。

経った今、子供も年寄りも関係無く、149人の村民全員を、その手にした鎌で殺したとは思えない程、優しい笑顔だった。


その写真を見た人々の反応は様々だった。

あまりの狂気に具合が悪くなった人、どうせフェイク画像だろうと信じない人、何故彼女はこうなってしまったのだと嘆く人。

ただ意外にも、一番多く出回った感想としては……美しい、だった。

まるで歴史的に偉大な巨匠が描いた絵画のように、ホラーとグロテスクで覆われた中にも、儚さと美しさがあった。写真からも伝わる神聖さがあった。

やがて政府によって、大々的な写真の削除が行われたが、それでも未だにその写真はネットの海を泳いでいる。

恐らく以降永遠に、その写真は誰かの目に止まるのだろう。


そして彼女は、霊美兎は、夜更かしする子供を寝かしつける口実に使われるような、怖い怪談話のように、現世の恐怖の象徴として君臨した。

それは何故か。理由はただ一つ。

彼女の行方が、未だに一切分からないから。


……ある時、1人が彼女の写真を見てこう称した。

地肌の白、泥の黒、返り血の赤。

大正三色(たいしょうさんしょく)。泳ぐ宝石と謳われる、錦鯉のようだと。

それからネットの世界を飛び越え、彼女……霊美兎は日本全国で、こう呼ばれるようになった。

歴史的殺人犯、霊美兎。またの名を――。


「――『(にしき)死神(しにがみ)』」


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