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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
424/500

第四二話 陥落は今日も一瞬だ!⑥

ミタマミト……。

それが彼女の、この死体達を操っている敵の名前。

何度も私達を滅ぼそうとした、アダマス教団幹部の一人。

もう一人の幹部、ユースは一国を瞬く間に滅亡させ、コイツは千をも越える死体を意のままに操る。

そして二人は、異世界から召喚されたという。

アダマス教団って、本当に何なの? どうしてそんな、常識外れとしか思えない力を持っている奴らしかいないの?

何度も何度も、私達はコイツらに絶望の底に叩き込まれる。

それは魔族が今までずっと、世界を脅かしてきた事への因果応報と言われても仕方ない事。

でも、それでも、守らなきゃ。この場所を……!


「リョータ、知り合いだとしても相手はあの……ッ」


アダマス教団の幹部よ。そう言い掛けて、私は言葉に詰まった。

驚愕と衝撃に打ちひしがれたような、リョータの顔を見て。

その揺らぐ瞳は目の前の、新雪のように真っ白な髪色の、可憐な少女を見据えている。


「ミタマ……ミト……?」

「なーに? リョータ君」

「霊……美兎……!」

「リョータ君にいっぱい名前を呼んで貰えると嬉しいなぁ」


なんて少し照れたように顔をほんのり赤くし呑気な事を口走る彼女だが、リョータは逆に顔色が青白くなっていく。


「『錦の死神』……霊美兎ッ!?」

「え……?」

「アレ? リョータ君、ウチの事知ってるの? でもおかしいな、ウチ達この世界で初めて会ったよね? もしかして、君も()()で暮らしてたの?」

「……いや、こっちが一方的に知ってるだけだ……でも、そんな、嘘だろ……?」


こめかみを抑え、まるで呻くように声を捻り出しているリョータを見て、私は改めて彼女の異質さを再認識した。

いくら基本、弱虫泣き虫なコイツでも、敵を目の前にここまで動揺することは無い。

だとしたら、この子は……。


「オイ、リーン……これだけは言っておく……アイツはヤバイ」


この子は一体、何者なの?


「ヤバいなんて酷いなー」

「フー……現在進行形で仏さんを操って肉盾にしてるテメエが、ヤバくない訳ねえだろ」

「テメエって言われた! うぅ、傷付くなぁ……」


まるで心を落ち着かせるように大きく息を吐き出した後、元の乱暴な口調に戻ったリョータ。

彼女はあからさまにショックを受けたように項垂れる。ちゃんと本心から落ち込んでいるみたいだから逆に不気味だ。


「おいミタマ、お前……」

「ミトって呼んで?」

「テメエ……」

「ミ~ト~!」

「……おいミト」

「エヘヘ~、なーにリョータ君?」


……は?


「おい待てなんで俺達こんなバカップルみたいなやり取りしてるんだよ、スッと本題に行かせろよ! あと後ろからスゲえ怒りのオーラをビシビシ感じるんだよ!」

「わー、リーンちゃん、だっけ? お顔怖いね?」

「振り返りたいけど振り返りたくない!」

「私は気にしなくていいから早く本題に入りなさいよ……」


自分でも思った以上にドスの利いた声を放ってしまい、リョータがビクビクしながら剣の柄に手を添える。


「お前が操ってる人達、スレイブ王国の兵隊か?」

「うん、そうだよ! 凄い、よく分かったね!」


スレイブ王国……! 成程、そういう事ね。

何でこんな大勢の、死んだばかりの人達が居るのかなんて、そんな答え最初から一つしかなかったじゃない。


「となると、なんとまあ嫌な方法だよなぁ……テレポートで転送できる最大人数は五人。でもあくまでそれは生物に限った話。死体は物体としてカウントされるから、魔法陣にギュウギュウに押し込んで山にしても問題は無い。この人数を一気に転送させるのは、やろうと思えば不可能じゃないって事か」

「でも、どうやってこの場所を転移先に登録したの? そうならないように、冒険者達に見回りの協力を仰いでたでしょ?」

「ヨハンの側近のカロリーナ率いるアダマス教団が、ここに押し寄せてきただろ? その時魔法使いが一人逃げ切ったらしくてな、その後転移先をアカツキの側近だったミロクに教えたそうだ。そしてそのミロクも他のアダマス教団に……」

「完全に纏まりが無い集団だと思ってたのにチャッカリ情報共有してんじゃない……!」

「纏まり無くて自由奔放なのは幹部連中さ。その側近や部下はちゃんとしてたっぽい」


過去の行動がその先につながる事はよくあるけど、そうよね、それは敵だって同じ事よね……。

でも、そんな部下がまともだとしたら、あの唯我独尊みたいな幹部達に振り回されるのが容易に想像出来るわ。


「ねーねー、私も会話に混ぜてよー、寂しいよ-!」


こんな奴だもの。


「うるさい! 私達は敵同士なのよ!? 仲良くお喋りなんて出来る筈ないでしょ! しかもこんな敵に囲まれた状況で……!」

「大丈夫だよー、ウチが命じない限り、この人達は襲い掛かってこないから」

「そういう問題じゃねえ! っていうか攻めてくるの二日後だって言ってたじゃねえか! 約束秒で破ってんじゃねえぞ!」

「……へ?」


そんなリョータの怒りの言葉に、ミトは硬直した。

そして何かを考え出すように口元に手を当てた後、懐から何かを取り出す。

武器だと思って身構えたが、ソレは妙に薄くて四角い物体だった。

何かの魔道具かしら……っていうか、何か見たことあるような……。


「スマホ!? アレってもしかしなくてもスマホか!?」

「そうよね、アンタが持ってた変に便利な魔道具よね。でも、確かデンパ? が無いから基本何も使えないって言ってなかったっけ……?」

「まさかユースの野郎、この世界に電波も通しやがったのか!? マジで何でもありじゃん……!」


って事は、コイツは今から誰かと連絡を取ろうとしている……?

敵同士の情報交換は見過ごせないけれど、何かが引っ掛かる……主にあのミトの反応が。


「ええっとー、どうやって操作するんだっけ……電源ボタン? って何処かな」

「……その右脇に付いてる小さい突起だよ」

「あっ、コレ? ありがとリョータ君! ええっと、それですわいぷ? して……あ、カメラ開いちゃった」

「スマホを初めて触るお年寄りか! いやだから……ええい見せろ!」

「ちょっ……!?」


いくら手間取っているからといっても、相手は底が知れない敵の幹部。

そんな彼女に、リョータは無防備にも歩み寄って手を差し伸べる。

いつもみたいな緊張感の無い空気になったとしても、流石にソレは……!

しかもさっきまで怯えまくっていた相手なのよ……?


「今、こういう状態なんだけど……」

「何も分からず設定に辿り着くの何なんだよ……通話だろ? ここはよ、一旦下にある丸のマーク押して……そうそう」


……いや、違う。

コイツ操作方法教えながら、ゆっくり背中に隠してたタガーを抜き出してる!

親切に教えてあげながら、全力で不意打ちを狙っている!

本当に抜け目の無さには定評があるわねコイツ……いや、こういう状況だと本当に頼りになるけど。

私も私なりに、ミトに感づかれないようにゲンナリとした表情をキープする。

っていうか、リョータ……もしかしてアンタ……。

本気でこの子を殺そうとしてない?

そして、リョータのタガーが狙いを定めたその時。


「ちなみに、ウチが死んだら操ってる死体は暴走状態になって手が付けられなくなるよ?」

「…………死体の視界を共有できるタイプ?」

「違うよー、だってリョータ君、殺気が凄いもん」

「え……? アレ……?」

「とにかく、今ウチに攻撃しない方がいいし、して欲しくないなぁ。でも通話できそう、ありがとね!」

「…………」


彼女が嘘を吐いているようには見えない……現在進行形で街が攻められている今、暴走状態にさせるのは逆に危険ね。

リョータもそう判断したのか、渋々とタガーを仕舞いコチラに戻ってきた。


「なあ、リーン……今俺、アイツ殺そうとしてた?」

「え、うん……ちょっとビックリしたけど」

「…………」


どうやら驚いているのは本人も同じようだ。

そんな中、ミトは魔道具を耳元に当てた。その数秒後。


「あ、もしもしー……で合ってるっけ? うん、よかったー……今何処に居るか? バルファスト魔王国だよ? ……え、何でって、ユース君が言ったんじゃん、スレイブ王国で皆殺しにした悪い人達の死体を使って、バルファスト魔王国を堕とせって……二日後? 聞いてないよー……うんうん……やっぱり聞いてないってば。もう、教えてくれなかったのそっちなのに、怒らないでよー……分かった、じゃあね」


…………恐らく通信を切ったのだろう、再び魔道具を操作しホッと一息吐いたミトは、少し申し訳なさそうに笑って。


「ゴメン、知らなかった」

「情報共有怠らなかった部下を見習えバカヤローッ!!」

「知らなかったで約束破られて侵攻された私達の身にもなってみなさいよッ!!」

「ゴ、ゴメーン!」


私とリョータが全力で怒鳴ると、ミトは心底申し訳なさそうに謝ってきた。

この子、罪悪感を覚えるポイントが狂ってるのかまともなのか分からないわね……。

と、周囲に立ちすくんでいた死体達が揃って方向転換し、ゾロゾロと森の奥へ消えていく。


「じゃあ、帰るね? また二日後に……」

「そんな祝日休みに学校来ちゃったみたいなテンションで帰るなボケ! 逃がす訳ねえだろ!」

「えっ、それって……」

「お前が想像してる事ではねえよ雌の顔になるな! 他所の国に攻めて来て、無事に帰れると思ってんじゃねえ! どうせ二日後に来るんなら、今ここでぶっ倒して戦力削ぐだけだ!」


と、リョータは鞘から剣を抜いて戦闘態勢に入る。リョータの言う通り、ここで敵幹部を倒せるのならば今の戦況は大きく変わる。

私も柄を握り染め、いつでも攻撃出来るように姿勢を低くする。

だけどミトは、そんな私達を見て首を傾げた。


「それも止めた方が良いと思うよ?」

「ああん……?」

「確かに、今ここにある死体はぜーんぶスレイブ王国の悪い人達。でもね、今ウチが操ってる死体が全部ここにあるって訳でもないんだよ?」

「……ッ!」


じゃあ何……他にもまだ、操ってる死体があるっていうの……?

千体以上も操っているのに、まだ死体が……。


「ウチのゆにーくすきる? の範囲は広範囲なんだ。だから私が命じれば、世界中に潜伏してる死体達が動き出して、敵対国に侵攻を始める。例えば、フォルガント王国とかカムクラとかね?」

「……」

「だけど今は、バルファスト魔王国との戦い。だから他の国には攻撃したくないんだ。でも、状況次第なら……」

「あんまり認めたくなかったし、そうだと思いたくもなかったけど……やっぱりお前、正真正銘のクソ女じゃねえか」

「クソ女!? 酷いよぉ、でぃーぶい? だよぉ! こういう時ユース君にこう言えって言われただけなのにー!」


ただでさえ、世界の国が敵か味方になるか分からない状況なのに、私達が切っ掛けで自分の国が攻撃されたなんて思われたら……。

向こうは最初から、ここまで読んでいたのかしら……?

クソ女と呼ばれて今までで一番ショックを受けた様子のミトは、ウジウジしながら。


「うぅ……それに、ウチを倒したとしても、誰かがユース君に勝てるとは思わないけどなぁ。ホラ、実際あんなに強いし」

「…………」


確かに、半日で一国を滅ぼしたのは紛れもない事実だ。

普通に考えれば、勝てる見込みは絶望的……。


「だとしても『敵わないから諦めます』なんて、そんな事言うはず無いでしょ。最後まで戦うわよ、私達は」

「でも正直ウチ、皆と戦いたくないしー、でもアダマス教団にはお世話になってるしー。うーん……あ、そうだ!」


と、何かを閃いたように表情を明るくさせると。


「リョータ君!」

「あ?」

「ウチ、リョータ君のお嫁さんになりたい!」


…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?


「な、何言って……アンタ本当に何言って……」

「ウチね、リョータ君に優しくして貰って、お話しして、好きになっちゃったんだー! だからね、もしリョータ君がウチと一緒に来てくれるなら、ウチはこの国にはもう攻め込まないし、ユース君や教皇様にも説得してあげる!」


……コイツが、リョータに対して好意的だったのは、何となく分かった。

でも、だとしてもたった数日しか会ってない人と結婚したい……?

ここまで来ると、怒りよりも呆れの感情が湧いてくる。

そして、硬直している当の本人は。


「バ、ババ、バババ、バカ言ってんじゃねえよッッッ!?!?!? け、けけけけ結婚なんて、そんな……そんなぁ!」


メッチャ動揺していた。


「ちょっと、何照れてんのよアンタ!? 無駄にこういうのに敏感なアンタなら、最初からおおよそ察しは付いてたでしょ!? 流石に結婚までとはいかなくても!」

「わ、分かってたよ、コイツが出会って間もない俺に何故かガチで惚れてたのは分かってたんだ! でも直接好意を言われると照れるんだよ! 例え相手が敵の幹部でもヤベえ奴でも、()()()()()()()()()()()()()だとしても!」


……え、今コイツなんて言った?

歴史に名を残すような人殺し?


「照れてくれてる、ウチの事意識してくれてる……! 嬉しいなぁ……しかもそんな優しい人が『神様の使いとなる人』なんだもん!」

「あー、もう何が何だか……」


リョータは真っ赤になった顔を冷ますようにパタパタと手で扇ぐと、大きなため息を溢したまま項垂れる。

暫くの沈黙がこの場を包み込む。聞こえるのは草木の音と、死体達が地面を踏み締める音だけだ。

そんな沈黙が、私には酷く怖く思えた。


「ねえ、リョータ……」

「安心しろ、ソレはねえ」


私の言葉を遮りそれだけ言うと、リョータは顔を上げた。

その瞳には先程の恥じらいも恐怖も無く、ただ真っ直ぐ敵を見据えている。


「結婚するしない以前に、どうせ変わらねえんだよ、この状況は」

「何で?」

「一応ユースの仲間だろお前……画面越しだけどユースのあの目を見て分かった。アイツは自分を絶対的な正義だと思ってる奴の目だ。そんな奴にお前が説得したって無駄だ。それに教皇の野郎も、多分そんな事で手は引かねえ」

「そっか……うん、確かにその通りかも。困ったなぁ……じゃあ、リョータ君とは結婚できないのかなぁ。一緒に暮らしながら、神様の世界へ行くお勉強をしようって思ってたのに……先に君を、送るしかないのかなぁ」


滅茶苦茶な事を言い、諦めたように肩を落とすミトだが、その薄茶色の瞳の奥に悍ましい何かが潜んでいるように思えた。

そんな視線を真正面から受けながら、リョータは顎を上げて毅然とした態度で。


「そもそもお前、何自分達が勝つ前提の話してるんだ? 俺達が勝てるとは思わない? バカ言ってんじゃねえ」

「えっ?」


そして、リョータから凄まじい覇気が放たれる。

これはリョータが本気で怒っているときに放たれるもの。

最初の頃よりも息苦しくて、本能に危険を訴えかけてくるようなプレッシャー。

威圧感とは無縁そうなこの男から突如として放たれた圧倒的な威圧に、ミトも少し目を丸くしていた。


「俺達が勝つに決まってんだろ、舐めんなボケ共」


あんな絶望的な光景を、真っ暗闇な未来を見せつけられたにも関わらず、リョータは絶対的な確信を持って、その前提を一蹴した。


「ううー、格好いいよぉ、やっぱり諦めたくないよぉ!」


あんな威圧を浴びているというのに、ミトは顔を赤くしてブンブンと腕を振っている。

そしてため息を溢すと、クルリと踵を返して。


「じゃあもういいもん、戦って勝って、リョータ君を手に入れてやるんだから! じゃあね、また二日後!」

「二度と来んなバカヤロー!」


それだけ言って、ミトはスキップするように森の奥へ消えていった。

本当は追い掛けるべきなんだろうけど、私達はその場に立ち尽くしていた。

どうやら街まで侵攻していた死体達も引き返したようで、まるで何も無かったかのように、いつも通りの魔の森が広がっていた。

まるで、今までのが全て夢だったと思うほどに……いや、正直今でも夢だと思いたい。


「あぁー、とは言ったものの、どうしようマジで……」

「何よ、結局勝算ないんじゃない」

「あの状況、ああ言うしかねえだろ……」


威圧を解き、グッタリとその場に項垂れるリョータ。

私はその小さく縮こまった背中を、ただ黙って見つめる。


「…………っ」


訊きたい事、言いたい事は沢山ある。

でも、色々な言葉が詰まって声が出ない。

だからせめて、これだけは言っておく。


「でも、そうね。私達が勝つわ、絶対に」

「……お前のそういう所が本当に…………」

「本当に? 何よ?」

「その先の言葉はご想像にお任せします。さて、一旦帰るか」


リョータは剣を鞘に戻して、ゆっくりと踵を返す。

そしてゆっくりと歩き出し、振り返らずに言った。


「そんで、お前にも皆にも話すよ。俺の全てを」

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