表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
421/500

第四二話 陥落は今日も一瞬だ!③

宮殿内が戸惑いの喧騒で包まれている。

何が何だか分からないと、この場に居る全員が同じ感想を抱いているのだろう。

勿論それは、俺達も同じだ。

足早に廊下を進んでいくフォルガント王の後ろに付いていきながら、俺は必死に思考を巡らせる。

陥落……? 今まさに戦争を始めようとしていた敵国、スレイブ王国が……?

あまりにも嘘くさい情報だ。

普通だったらこんな超絶ラッキーなご都合展開、信じやしないだろう。

だが、宮殿内に広がる喧騒と緊張感が、嫌に現実味を帯びていた。

そして、コレがただのラッキーなご都合展開で済まない事も、十分予感できた。


「情報源は何処からだ?」


短く訊ねるフォルガント王に対し、セルシオが身体を小刻みに震わせながら応える。


「そ、それが、先程突然、王国内に空を飛び回る謎の飛行物体が複数出現し、声が聞こえて来たのです。『たった今、醜悪なるスレイブ王国が陥落した』と。それから間もなく、スレイブ王国へ偵察に向かっていた部隊から、王都から無数の煙が上がっていると通信魔法で知らせが……」

「嘘や冗談ではないようだな……」

「でもそんな声、聞こえなかったぜ?」

「あの部屋は外からも内からも完全に防音になっているので、それが原因かと……」

「場所選びが悪かったな」

「ああ、まったくだ。しかし、謎の飛行物体とは一体何だ? 使役したモンスターの類いではないのだろう?」

「はい……何でも、四角い箱のような物体に、回転する羽根のようなものが付いているらしく……」


四角い箱のような物体? 回転する羽根……?

それってもしかして……。


「……ドローンか?」

「何? どろーん?」


そんな俺の呟きに、カムクラ王が怪訝そうな顔をして聞き返した。

その一方、フォルガント王はハッとしたように振り返る。


「リョータ殿に心当たりがある、という事は……」

「はい、恐らくは……」


ここで俺達はバルコニーに辿り着いた。

そしてすぐに柵から身を乗り出し、城下町上空を見渡す。

確かに、何か小さくて黒い物体が、小バエのように不規則な動きで飛んでいる。

俺は魔神眼を発動し、その全容を確認する。

恐らくプラスチック製のものと思われる、軽量化されたボディに四つのプロペラ。

間違いない、アレは完全にドローンだ。

中世ヨーロッパ風の街の上空を飛び回る、地球の現代技術の産物という、あまりにミスマッチな光景。

訳が分からない、気味が悪い。

故に、鳥肌と悪寒が止まらなかった。


「何が起こるか分からないな……直ちに国民の避難を……」


そう、フォルガント王が周囲を取り囲む従者達に指示を出そうとしたその時だった。

城下町の喧騒が、一気に大きくなった。

すぐさま上空を見てみると、四つのドローンがそれぞれ対角線上に移動し、巨大な長方形を作り出した。

そしてボディのしたに取り付けられた装置から、一斉に光を放つ。

まさかレーザービームかと身構えたが、その四つの光は空中で交差し、大きく広がり、巨大なスクリーンを作り出した。

まるでSF映画のホログラムのように、上空に映し出されたその光景に、俺は絶句した。


――高貴な服装に身を包んだ小太りの男を中心に、大勢の人間が横一列に張り付けにされていたのだ。


フォルガント王とカムクラ王が息を呑み、今まで耳を塞ぎたくなるほど騒がしかった城下町が水を打ったように静まり返る。

やがて、画面が引くように動き、張り付けにされた人達の前に、一人の少年がその姿を現した。

まるで日本の海軍が着るような、でもそれでいて妙にアニメチックな装飾が至る所に施された、真っ白な軍服。

外側が白く内側が黒い、オセロのような広いマントを棚引かせ、浅く被った軍帽の下からは、馴染みのある黒髪が見える。

そして、彼の周囲を守るように配置された、武装したSF少女達。

間違いない、コイツが、コイツこそが。


『あー、ゴホン。この動画を見ている、全世界の者達へ』


妙に幼さが残るその声が、フォルガント王国全土の響き渡る。


『まずは安心して欲しい。おれは現時点では、何処の国にも危害を加えるつもりはない。それは約束しよう』


いや、現在進行形でスレイブ王国滅ぼしてるやんけ、後ろの張り付けにされた人達は何なんだよというツッコミは、流石に飲み込んだ。


『申し遅れた、おれの名前はユース。この世界を正しく導くべく、日本という異世界の国からこの世界へ召喚された、アダマス教団幹部の一人だ』


その口から放たれる単語の一つ一つが、聞き流せないほど重要なものだった。

異世界人、日本、アダマス教団幹部……。

今まで懸念していた最悪の事態が、この一言に全て収束されていた。

そして……ユースって何だよ、日本人の筈なのに、妙に外国っぽい名前だな。


『アダマス教団は悪の集団。そう認識している者達も少なくないだろう。同感だ、他幹部は全員醜悪で、強欲で、救いようがない悪ばかりだった。だけどおれは違う! 俺は正義の味方だ、罪の無い人々の為に戦い、罪の無い人々を救う。それが俺の、この世界に召喚された使命だと、強く感じている』


画面越しからでも伝わる、強い意志。

自分は今まさに、正義を実現しているのだと言わんばかりに、目を輝かせている。

だが、その目は何処か濁っているように見えた。


『だから、その使命を果たす第一目標として……悪の巣窟である、奴隷国家スレイブを滅ぼした』


その一言に、静まり返っていた城下町が再び喧騒に包まれる。


『おれは見た! おれ達と同じ人間が、安物の道具のように乱暴に扱われ、傷付き、嘆き、絶望している様子を! それを見て愉悦に浸るか、全く眼中に無く己の欲望ばかり優先するゴミ同然の王族、貴族達を! おれはそれが許せなかった! 奴隷制度は、まごう事なき悪だ!』


奴隷制度は悪である、そう一蹴したユースの顔には、『それが正しいんだ!』という文字が張り付いているように見える。


『スレイブ王国の奴隷達は全て、おれが解放した。奴隷制度を良しとしてきた、醜悪な貴族達、国民達は大方始末した。今この国に残っている悪は、今やソコに並んでいる王族達と、国の重鎮のみだ』

『……ふ……ぐ…………』

『ん?』


その時、丁度中心にの柱に貼り付けにされ項垂れていた、ボロボロになってしまった金ピカな服を身に纏った小太りの男が、呻き声を上げる。

そしてバッと顔を上げて、目を充血させながら。


『ふ、ふざけるなああぁぁぁ! よくも、よくもよくもよくも、俺様の国をメチャクチャにしてくれたな!? 俺様の全てを奪ってくれたな!? よくも……この高貴たる俺様に、このような醜態を晒させたな!? 許さぬ、許さぬぞクソガキ! 貴様は即刻死刑だ! この俺を誰だと思っている!? スレイブ王国第一王子、スコルバ・コトル・スレイブであるぞ!!』


唾を撒き散らし、ギシギシと縄を鳴らしながら怒鳴りつける。

コイツが、スレイブ王国第一王子……サーモスの主人でありながら、その命を鼻紙のように投げ捨てた男か。


『お、お前の存在自体が醜態みたいなもんだろ……そもそも、お前達が今まで行ってきた罪を、ちゃんと自覚しているのか?』

『罪!? 罪だと笑わせるな! 奴隷に対しての罪など、ある訳がないだろうが!? そもそも、奴隷に墜ちた者達は元々死ぬ運命だった者達が殆どだ! それを我々が生かしてやっている! 不満など、何処にあると言うのだ!』

『……本当に、言葉に形容できない程に悪だな』


先程まで、その怒声に少しビビっていた様子のユースが、一気に冷めた目でスコルバを見下ろし、ツカツカと近付いていく。


『ゴボッ!?』


そしてその土手っ腹に蹴りを入れ、黙らせた。


『死ぬ運命だった? 嘘吐くなよ。スレイブ王国は各国から女性や子供を攫って奴隷にしている。幸せな人生を歩んでいく筈だった人々の未来を奪っといて、正当面するなよ、ゴミが』


唾液と胃液が混じった液体を口から垂れ流すスコルバから離れ、一定の距離を取った。

と同時にカメラワークも移り、再び張り付けにされていた人々全員が映る。

そして、相変わらず文字通りに無機質な表情のSF少女達……。

…………嫌な予感がする。


『全世界へ送ろう、悪が滅びるその瞬間を。平和と正義に満ちた世界になる、第一歩を! 皆で見届けよう!』

『な、何をするつもりだ……? オイ、何を……?』

『総員、構え!』


もの凄く嫌な予感がする!


「せんせッ」


そう呼び掛けるよりも速く、フォルガント王は動いていた。

元々ここは謁見用のバルコニー、民衆に自分の姿を見せ、声を届ける場所。

その為、拡声魔法が付与された魔道具も、ここには備え付けられている。

それを引ったくるように掴むと、何時ぞやの俺みたく塀の上にその身を乗り出した。


『止めろ、止めろ! 頼む、許せ、許してくれ! 分かった、金も出す、その金で奴隷達を好きにしてくれて構わない! だから止めて、止めて下さい、止めて……嫌だ、嫌だイヤだいやだ――!』


そんな、死ぬ瞬間が迫った人間達の必死の懇願が木霊するフォルガント王国。いや、この世界で。

まるで画面の中に取り付かれたように釘付けになっている民衆へ向けて、フォルガント王は大きく息を吸って。


『フォルガント王国全国民へ告ぐッ!! 今すぐ耳を塞ぎ顔を伏せろおおおおおおおおおおおッ!!』


拡声魔法だけではないだろう、目を覚まさせるようなその大音声が、フォルガント王国に響き渡った。

そして、次の瞬間。


『う、撃てぇッ!!』

『いや――』


……鳥肌が立つ程の銃声、鮮明に映る血飛沫、先程まで死にたくないと顔中から体液を垂れ流していた人々の、痛みと恐怖で歪む苦悶の表情。

画面越しで現実味を帯びていないのに、スプラッター映画よりもリアルな光景。

宮殿内から、城下町から、四方八方から聞こえる劈くような悲鳴の数々。

その全てが目に見えない一つの塊となり、俺にぶつかってきた。


何も声を上げられない。指一つだって動かせない。

ただ、俺は目の前に広がる大画面と、飛び散る血飛沫から目を離せなかった。


やがて銃声は止み、ソコには両手両脚をダランとぶら下げた、数秒前まで生きた人だったものがそこに映っていた。

その足下から、まるで地面の浸食していくように、血溜まりが広がっていく。

それを、自分でやらせたにも関わらず眼を細め顔を顰めて見ていたソイツは。


「よ、よし、これで悪は滅びた! この腐った王国から、真に奴隷達は解放されたんだ! ハ、ハハ……ッ!」


まるでやってやったと言わんばかりに、興奮気味に声を上げた。


「おい、洒落になっとらんぞ、こんなの……仮にも一国の王とその一族を、処刑した、のか……?」


カムクラ王が唖然と呟く。

その声で、今までこの画面の中の世界に捕らわれていた俺の意識は現実に引き戻され、ソレと同時に猛烈な気持ち悪さが襲った。


「う……おえ……ッ!」

「リョータ殿! 大丈夫か!?」

「だ……いじょうぶ、です、ギリ……」


その場に蹲る俺に、塀から降りたフォルガント王が声を掛ける。

苦手ではあったが、俺は何度かスプラッター映画を見た事がある。

ソレとコレとは全く話は別だが、少なくともこういったグロ耐性は培っている。

だが、画面という存在もそうだが、そんな光景を今まで見たことが無いであろうこの世界の一般人はどうだろうか。

答えは今まさに、城下町で起きていた。

ある人はその場で尻餅を付き、ある人は道の隅で嘔吐し、ある子供は母親の胸に顔を埋めて震えている。

だが、大半の人は耳を塞ぎ顔を伏せている。フォルガント王のおかげで被害は甚大なものではなくなったようだ。


『ふう……さて、これはただの第一歩だ。平和と正義に満ちた世界を実現する為には、その歩みを更に増やしていく必要がある』


ユースは軍帽を被り直し、再び画面の正面に立つ。


『その第二歩目に、バルファスト魔王国。次はお前達を滅ぼす』

「――ッ」


何度もアダマス教団の奴らの口から聞いた、その言葉。

なのに、今まで以上に俺の身体から血の気が引いていった。


『二千年もの間、世界征服を目論み世界を脅かしてきたお前達は、正しく『悪』だ。おれはお前達のような悪を、断じて許さない』

「…………」

『今から世界に選択肢を与える。おれと一緒に悪の巣窟、バルファスト魔王国を滅ぼし正義を実現するか。それとも、愚かにもバルファスト魔王国に付くか。そんな国は同様に悪だ、バルファスト魔王国を滅ぼした後その国も滅ぼす。中立も同罪だ。猶予は二日、各国にメッセンジャーを設置しよう』


だが同時に、引いている筈の血が沸々と沸騰していくのを感じる。

身体の中で起きている現象でさえ説明が付かないほど、グチャグチャになった感情の中で、ソイツの……ユースの声が嫌にハッキリ聞こえた。


『最後に、改めて名乗ろう。おれはユース。この世界に真の平和と正義をもたらす、正義の味方だ』


そして、パッと大画面が消失し、空中には四機のドローンだけが残った。

そのドローンは少しの間空中を旋回した後、清々しいほどに真っ青な夏空の向こうへ消えていった。


「…………あぁ、クソ……ざけんじゃねえよ……」


空の向こうまで届けたいそんな俺の悪態は、自分でも驚くほどにか細かった。

そしてその場にへたり込み、蹲る。


「……最悪も最悪の事態だな」


カムクラ王が、空を見上げたまま小さく呟く。

その顔は、今どんな表情を浮かべているかは、ここからでは分からない。

と、その時。


「お父様! 魔王さん!」

「陛下!」


青ざめた顔をしたレイナと、眉間に皺を寄せていたアルベルトが駆け寄ってきた。


「レイナ、アルベルト。お前達は大丈夫だったか?」

「は、はい……先程、走って城下町を大まかに見て回ったのですが、あのユースと名乗った男性による被害は、今の所出ていないみたいです……」

「僕はここへ向かう道中、レイナ様と合流したのです……報告ですが、やはり他国にも同じような飛行物体が飛来し、あの巨大な動く絵が出現したらしいです。内容も変らず、との事」

「そうか……」


その報告に頷き、そのままフォルガント王は俺の方へ歩み寄ろうとしたが、一瞬立ち止まり、方向転換して再び塀の方へ向かった。

そして手に持っている魔道具を握り締めた。


『……改めて、フォルガント王国全国民へ告ぐ。私はフォルガント王国国王、アーノルド・ブレイド・フォルガントである。先程の知らせの中で、危害は加えないと語られていたが、その言葉を信用出来る保証はない。直ちに兵士、騎士の誘導に従い避難を開始せよ。詳しい状況については調査を進める』


そして、大きく息を吸った後、いつも俺に接してくれるような柔和な笑みを浮かべて。


『安心しろ。例えどのような苦境に陥ろうとも、愛しき国民達は私が守る』


誰でも、言おうと思えば言えるような、陳腐な言葉。

なのに、フォルガント王国の人間じゃないのに、ズンと胸に響いたような気がした。

そしてソレは国民達も同じようで、まばらながらも歓声が上がり、次第に大きくなっていった。


「……やっぱり先生は格好いいなぁ」

「魔王さん……」


レイナが、今にも泣きそうな顔で俺の名前を呼ぶ。

だが真っ直ぐに俺の瞳を見つめ、手を差しのばした。

……本当に、この国は格好いい人達ばっかりだ。


「……さて、これからどうしようか」


民衆に軽く手を振り身を引いたフォルガント王……憧れの先生に対し、俺はレイナの手を借り立ち上がると、大きく鼻息を鳴らした。


「そんなの、自称正義マンを殴りに行くに決まってるじゃないですか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ