第六話 孤児院は今日もドタバタだ!④
「ほれ、そこの屋台で買ったヤツだ」
「お、おう……」
公園のベンチにて。
俺が近くの屋台で買った串肉を、兄貴君は少し警戒しながらも受け取った。
ここは俺がこの世界に転生した日にデーモンアイを拾った場所。
よく分からないが、妙にここに来てしまう。
「さてと、何話そうかな~」
「考えてなかったのかよ!?」
兄貴君の隣に腰掛け吐息混じりに言うと、思わず兄貴君がツッコんだ。
正直に言うと、あの話があるってのは兄貴君と取り巻きを分断させるために言った事だ。
だから話と言っても特に話題は無い。
「そう言えば、あの中二はどうしたんだよ?」
「レオンか? アイツは近くにあったポーション屋で一番安いポーションをぶっかけて放置した」
「酷え……」
「カツアゲした奴に言われたくないわ。何回も同じようなトラブルに遭う学習能力皆無なアイツへの罰だ」
しかしあのポーション屋の奥さん、何かリムに似ていた気がする。
同じ銀髪だったし。
「まあそれは置いといて。俺が口だけで、きっとアイツらの仲間なんだという発言について詳しく」
「う、うるせえ! ぶっ殺すぞ!」
拳を握り締めて顔を赤くする兄貴君を、俺はニヤニヤしながら見つめてやる。
「じゃあ……レオンと同じ事訊くようだけど、お前ら何で盗みとかカツアゲとかしてるんだ?」
「だから、国の連中がムカつくって言っただろ……」
「それが分かんねえんだよ。アイツら確かにバカしかいないけど、案外いい奴らだぜ?」
「…………」
そう言ったが、兄貴君は何も喋らずただ虚空を睨んでいる。
……一体、兄貴君は何が気に入らないんだろう。
つい最近、小耳に挟んだ話だが、孤児院の子供達が盗みを働くようになったのは先代がやられた後から、つまりリーンの孤児院に住み始めた頃からだという。
かといって、別に孤児院が貧しいという訳ではない。
あの孤児院はリーン個人で立ち上げたものだが、国民からの支援は大きく、決してひもじく不自由な暮らしなどは送っていない。
だからやはり、兄貴君が言ったように国の連中に何かしらの原因があるということだ。
しかし、アイツらはアイツらなりにコイツらに優しく接していた。
だから、恨まれるようなことはないはず何だが……。
……いや、もしかしたらそれは違うかもしれない。
脳裏にある一つの可能性が浮かび、俺は兄貴君に訊いた。
「お前、もしかしてアイツらに優しく接しられたり、構われたりするのが嫌なのか?」
「……ッ」
ほんの一瞬だけ兄貴君の身体が跳ね、表情が変わった。
それを見逃さなかった俺は、すぐに理解した。
コイツらは、親が殺された可哀想な子供だと思われたくないんだ。
親が死んでも自分は大丈夫、一人でやっていける。
そう、死んでしまった親に伝えたいのだろう。
しかし、国民が勝手に哀れみ、可哀想な子供達だと決めつけている。
逆にその優しさが、コイツらの怒りを買っているんだ。
優しさってのは使い方が本当に難しい。
優しさは時に、言葉や暴力よりも深く心を傷つける事もある。
「……そーだよ」
やがて観念したように、兄貴君は吐き捨てるように言った。
「どいつもこいつも、親が殺されたことも無いクセに同情してくるんだ。それがムカついてムカついてしょうがねえんだよ」
段々と兄貴君の身体が小刻みに震えだし、同時に声も震えはじめる。
「まあアンタは察してくれたみてーだけど、だからって何だよ? 結局、アンタもアイツらに味方するんだろ?」
ハッと、小馬鹿にするように鼻で笑う兄貴君。
俺は食い終わった串肉の串をクルクルと指先で回しながら。
「まあな。俺は一応この国の王様だ。理由はどうあれ、犯罪まがいのことしてるお前らを見逃すわけにはいかねえよ。自分らが悪いことしてるって分かってんなら尚更だ」
「うるせえ、分かってんなら偉そうに説教垂れるな」
「だってお前、同情されたくねえんだろ?」
「……チッ」
俺の論破されて、小さく舌を打つ兄貴君。
兄貴君が串肉を食べ終わるのを見計らって、俺は立ち上がった。
「魔王って立場だけど、俺自身偉い人間じゃねえ。だけど今は、この立場に乗っかって偉そうに言わせてもらうぞ。お前ら、周りに文句言って暴れてるけど、自分らが変わらない限り今の境遇も変わらねえぞ」
「じゃあ、どうするんだよ……?」
普通の王様なら、恐らく罰とか与えたり最悪殺したりするのかもしれない。
しかし、俺はそんな事はしない。
「いい案がある。孤児院に帰ったら、皆の前で話すよ」
俺は兄貴君に、笑みを浮かべてそう返した。
「――いだだだだだああああああ!」
「少しはッ! 反省ッ! しなさいッ!!」
バチーン! バチーン! とリズム良くリーンが兄貴君の尻を叩く。
場所が変わって孤児院にて、人様に迷惑を掛けた子供達がリーンにお仕置きを受けていた。
ちなみに言っておくが、コレが俺のいい考えではない。
リーンのリムに任せた孤児達は全員捕まり、俺が脅した奴らも素直に帰ってきたらしい。
そして俺と孤児院に向かった兄貴君が最後だったらしく、ノックした瞬間リーンが飛んできて今に至ると言うことだ。
「あそっれ」
バチーン!
「もいっちょ」
バチーン!
「さーらーにー」
バチーン!!
「テメエゴラアアアアアッ!」
リーンが尻を叩くリズムに合わせて手拍子する俺に、兄貴君が涙目でジタバタする。
流石に手加減しているだろうが、レベル60の奴に尻を叩かれるのは多分すっごく痛いんだろう。
「リーン、俺からコイツらに話したい事もあるし、そのくらいに……」
「次悪さしたら晩ご飯抜きよ! 分かった!?」
「「「「「「はっ、はい!」」」」」」
リーンが叩く手を止めて隅で震えている子供達に怒鳴ると、子供達は声を揃えて返事した。
尻を叩くとかその怒り方とか、コイツが何故ママと呼ばれるか理由が分かった気がする。
「それで、この人達に話したい事って何ですか?」
そう一人で納得している俺に、リムが尻をさすっている兄貴君を赤い顔をしてチラチラ見ながら訊いてきた。
「それを今から話すよ」
俺はそう返すと、大広間の隅に固まる子供達に話し掛けた。
「さて、先程無様に捕まり同い年の女の子に尻を叩かれているところを見られた子供達よ!」
「ふ、ふざけんなコラァ!」
「魔王だからって調子に乗るなー!」
「だから、子供扱いしないでください!」
何かリムの声も混じってる気がしたが特に気にすることなく、俺の発言に食って掛かる子供達を、俺は甘んじて聞き流した。
「からかうのはこれくらいにして、お前らに一つ提案があるんだ」
そして俺はピッと人差し指を立て、早速子供達に提案した。
「お前ら、いいことをしろ」
「「「「「「……は?」」」」」」
俺の言葉に、孤児達は一斉に首を傾げる。
まあ、いきなりこんな事言われたら誰だってそうなるわな。
それでは、ご理解頂けるように順を追って説明しよう。
「まず、お前らは国の連中に親が殺された可哀想な子供達と思われたくない。だから盗みとかしてイライラ解消しようとしてたみたいだけどさ、それは立派な犯罪だよ。だけどアイツらも悪気があるわけじゃない」
まるでウザい教師のような言い草だが、伝えたい事はしっかり伝えないといけない。
「そもそも、周りの大人がお前らを可哀想だって思うのは、お前らがいつまでも暴れ回ってるからなんだよ。周りはきっと、お前らが親を亡くした悲しみや寂しさの裏返しで暴れ回ってると思ってるんだろうよ」
俺はその場にあぐらを掻いて座り、子供達と同じ目線になった。
「そこでだ。国の連中にお前らが子供扱いされないように、この国の為になることをするんだ。お前らが前向きに生きてりゃ、きっともう誰も可哀想なんて思わないよ。それに、悪い子とするよりも、いいことした方が気分いいじゃん」
子供達は、黙ってジッと俺の話を聞いてくれている。
根っこの部分は真面目で優しい奴らなんだ。
俺の口調は自然と、説教じみたものより明るくなってきた。
「他にもメリットはあるぜ? いいことをしていたらどこかの店が雇ってくれるかもしれない。まあ要するに働けるって事だ。いつか孤児院を出て行くときの働き口を見つけておくのも悪くないしな。それに働くって事は報酬やお給料が貰える。自分で働いて稼いだものなんだから、もちろん自分の好きなように使ってもいい! だって自分のお金なんだから!」
最後のお給料の話が魅力的だったのか、子供達は目を輝かせる。
「あの、それじゃあ何で私子供扱いするんですか? 私、これでも四天王ですよ?」
俺がうんうんと頷いていると、横からリムが不満そうに訊いてきた。
そんなの、お前が子供扱いされてムキになってる所が一番可愛いからに決まってるからじゃないか!
何て言ったら、ぜってー怒るよなぁ。
だけど実際、国の連中もそれ目当てでリムを子供扱いしてる節あるし、仕方ないよね!
「……待てよ」
しかし、盛り上がっている子供達の中、一人兄貴君が静かな声で場を沈めた。
「確かに、にーちゃんの言うことも一理ある。だけど、国の連中全員がそうなるとは限らないだろ……」
「まあな」
確かに、こんな特に凝ってもいない考えで、事が上手く運ぶなんて事はないだろう。
「でもさ、盗みの方がもっと何も変わらないだろ。それに、お前らは気にしすぎなんだよ」
「気にしすぎ……?」
「ああ。小さい頃に親を亡くした事がない連中が、お前らの辛さ知った気になって可哀想って言ってるんだ。そんな奴らの事いちいち気にしてたら、それでこそ何も変わらないだろ。可愛そうって思われたんだったら、鼻で嗤ってやれ。そんで、いつか逆に可哀想な奴って見下せるようになればいいじゃねえか」
「「「「「「…………」」」」」」
俺が長ったらしい話を締めくくると、子供達は下を向いて黙りこくってしまった。
少しの間沈黙が続き、気まずくなって俺が声を掛けようかとしたとき、
「分かった、やる」
兄貴君が静かに、しかしハッキリとそう答えた。
「いいのか? 自分で言っておいてなんだけど、強制じゃないから無理にしようとしなくてもいいんだぞ?」
「いや、やるよ。にーちゃんの言う通りだ。今はそう思われても、あんたが言ったようにいつか見返せたら、最高の仕返しになるじゃねえか」
兄貴君がニカッと年相応のイタズラ的な笑みを浮かべなら言うと、
「……兄貴がやるなら僕もやる!」
「私も!」
「オイラも!」
他の子供達も立ち上がって元気よく手を上げた。
「そうか。……なあリーン、悪いな。院長の意見も聞かずに勝手なこと言って」
その光景に、俺はホッと一息ついた後、後ろのリーンに頭を掻きながら謝罪する。
「まったくよ」
するとリーンはため息をつきながらも、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。




