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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第十章 異邦人達のサマーウォーズ
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第四一話 言質は今日も絶対だ!⑮

……一人、テレポートで帰るレイナを見送った後。

俺はいつもより軽い身体で、夏の夕方の街を散歩していた。

夕方だというのに、昼とあまり気温に大差が無いように感じる。

涼しい風でも吹いてくれればいいのに、今日は生憎の無風。トボトボと歩いてるだけで、頭が茹だるような感覚だ……頭を冷ましに外に出たってのに。


結局俺は、レイナに甘えてしまった。

あんな可愛い子が俺の為に心配してくれて、身体を揉んでくれて、笑いかけてくれて。

正直、今でも思い出すだけでもニヤけてしまいそうになってしまう。それ程までに嬉しくって……同時に自分が嫌になる。

ハイデルにも指摘されたが、俺は最近妙に女の子と行動している。しかも、見ず知らずの女の子から実質告白をされてしまう始末。

過去の俺なら『やっと俺の異世界ハーレムライフがやって来たか!』と鼻の穴を大きくして調子に乗っていただろう。まあ、過去の俺というか、今でもそう思っている節はあるのだが。

それでも、俺は心に決めた相手が居る。恋人とか結婚とか、まだそういう段階には登れない現状だけど、それでも想っている相手が居る。

なのに俺は、その相手をここ最近ほったらかしにしてしまっている。しかも今日なんて、別の女の子に身体まで揉んで貰ってしまった。

自分を戒めるべきなのだろう、反省するべきなのだろう。

なのに俺は……自分でも色々な感情がごちゃ混ぜになって、答えが出ないままでいる。

何度目かになる大きなため息を溢しながら、俯いて歩いていると。


「リョータ?」


不意に正面から、聞き馴染みのある声が聞こえた。

視線を上げて見ると、そこには今日の夕食の食材が入っていると思われる、紙袋を抱えたリーンが立っていた。

思わず一瞬呼吸が止まる。


「あ、ああ……奇遇だな」

「奇遇って、わざわざここまで来ておいて奇遇はないでしょ」


そう言われて初めて気付く。今俺は、孤児院の門の前に立っていた。

宛てもなく彷徨っていたのに、いつの間にここに……。


「で、こんな時間に何の用?」

「いや、本当に何もないんだ。ボーッと散歩してたら偶然ここに」

「ふぅん。つまり暇なのね……そう言えば、今日四天王の皆は? この時間帯にアンタがぶらついてるって事は、居ないの?」

「全員用事があってな。だから散歩ついでに、今日は外で適当に何か食べようかなって」

「じゃあ、ご飯の準備手伝ってよ」


そう、リーンは軽い調子で誘ってくる。


「何気に、アンタが手伝ってくれると早く片付くからね。それに最近、子供達に会ってないでしょ? 少しぐらい顔見せてあげなさいよ」

「そう……だな、うん」

「……どうしたの、アンタ具合悪いの?」

「いやっ、別に!」


そう、慌てて取り繕った笑顔を見せると、リーンが持っていた紙袋を少し強引に取った。


「そう。ならいいんだけど」


肩を竦めながら、門を潜って孤児院に向かうリーンの後に付いていく。

……心の中にあったグチャグチャしたものが、どんどんとデカくなっていく。

でも、それをリーンに吐き出すような事は、迷惑でしかないだろう。

だから、今は何もかもを一旦置いておいて、何も気にせずご相伴に預かろう。

そう思っていた矢先、リーンがふと立ち止まる。


「そういえばここ最近、レイナ達の頼み事を聞いてたんでしょ? 報酬金を学校の建設費に充てるとか言って」

「ああ、うん。今日で終わったけどな」

「そう……まあとにかく、手伝えって言っておいてなんだけど」


そこまで言って、リーンは小さく笑みを作った。

俺が好きな、リーンの笑顔だ。


「お疲れ様、リョータ」


――――。


「う、うええぇぇ……!」

「ッ!? ちょ、何急に泣き出してんのよアンタ!?」


吐き出さないって決めたのに、迷惑を掛けないって決めたのに。

俺の心の中のグチャグチャが、涙と嗚咽となって溢れ出てきてしまった。


「ど、どうしたのよ!? いっつも泣き虫のアンタだけど、なんか今日のはちょっと変よ!? 大丈夫!?」

「ゴメン、クズでゴメン、クソ野郎でゴメン、自分で決めた事も守れないバカでゴメン……うわああああぁぁん……!」

「割とガチな方の泣き方じゃないの! ほ、本当にどうしたのよ……? 何か、嫌な事でもあったの……?」

「俺が悪いんだ、全部俺が悪いんだよぉ……!」


ああ、駄目だ……申し訳なくって、まともにリーンの顔を見られない。

そのままズルズルと膝から崩れ落ちてしまう俺を、割と本気で心配しているリーン。

心配なんてされる価値、俺には無いのに。

ああ、本当に……本当に……!


――ガチャ。


「――オイ、家の前で何騒いでん」

「浮気者で、ゴメンナサイ……ッ!!」

「…………マジかよにーちゃん」


突然開け放たれた孤児院の扉から顔を除かせたカインが、真顔になって呆然と呟く。


「あの意外と一途そうなにーちゃんが、浮気したのか…………そうだよな、完璧な人間なんていないもんな……」

「何勝手に自己完結してんのよ!? っていうか浮気って何よ!? 私達まだ浮気どうこう言い合う関係性じゃないでしょ!?」

「……まだって言ったね」

「ミドリッ!?」


カインの背後からヒョッコリと顔を除かせたミドリが、俺の代わりに重要な事を指摘してきた。

本来だったらそれに乗っかりたいと思うのだろうが、今は色々と気にする事が出来る程、余裕が無かった。


「うええええええぇぇ……ゴメンナサアアアァイ……ッ!!」

「と、とにかく全員中に入りなさーいッ!」







「――ハア……まったく、子供をあやす方がまだ楽だったわ。鼻水料理に入れないでよね」

「ずびばぜんでじだ……」


暫く経ってやっと落ち着いた俺は、鼻をズビズビ鳴らしながらトマトをくし切りにしていた。

そんな俺の横でフライパンを振るっていたリーンが、ジトッとコチラを睨む。


「幸い他の子には見られなかったけど……勘違いさせそうな事口走るんじゃないわよ。嫌よ、まだ年端もいかない子供に『うわきってなーに?』って訊かれるの」

「そう……だよな……『恋愛七歳、浮気は九歳、子作り訊かれりゃ十一歳』って言うもんな。大半にはまだ早えか……」

「何その格言知らないんだけど!? アンタが作ったんでしょどうせ!」

「by父ちゃん……」

「アンタのお父さん本当にアンタのお父さんね!?」


恐らくリーンは自分でも何言ってるんだろうと思っているのだろう。変なツッコミを入れた後気まずそうに顔を逸らした。だがまあ言いたい事は分かる。


「全く、珍しく落ち込んでる……いつもなら数分もすれば立ち直るのに」

「前にもレオンに言われたけど、俺はメンタルが朽ち木になったりオリハルコンになったりするの。今の俺は朽ち木どころか、花壇の中にたまに紛れてる砂の塊ぐらい脆いの」

「分かりにくい例えするんじゃないわよ……」


暗く沈んでいる気分とは裏腹に、着々と子供達の夕食が出来上がっていく。

まあ、俺の気持ちのモチベーションととアイツらの夕食の時間が遅くなるのは、関係無い事だしな。


「……よくないよ、リョータ。浮気なんて」

「うぐぅ……ッ」


と、俺達の背後で皿を一枚ずつ並べていたミドリが声を上げ、それに対し心臓が締め付けられる。


「いやだから、コイツが勝手に言ってるだけで……」

「……それでもだよ。リョータは最近、リーンをほったらかしにして他の女の子達と居たんでしょ? 駄目だよ、それは駄目だよ」

「ひぐぃぅ……ッ!」

「オイ、またにーちゃんが泣き出しそうになってるからそれ以上にしてやれって……そんでなっさけねえ声」


そしてその並べた更に料理を盛り付けていくカインが、呆れ交じりに呟いた。

いいや、でもミドリの意見が正しいに決まっている。

悪いのは俺なのだ……。


「……リーンはどうもしないの?」

「え? どうもしないって……別にコイツが誰と一緒に居ようが遊んでようが、私には関係無いでしょ、そもそも……」

「………………ぐずっ」

「なに『それはそれで嫌だ』って顔してんのよ、面倒臭いわねアンタ!」


だってしょうがないじゃないか、恋心はこの上ないほどに面倒臭いものなんだから! つい最近知ったばかりだけど!


「……リーンは甘々。そんなんじゃ駄目だよ」

「オイお前、何か変なスイッチ入ってないか……? 一応参考までにだが、お前だったらどうするってんだよ?」


恐る恐る訊ねるカインに対し、ミドリは作業をし続けながら、淡々と告げた。


「浮気なんてされちゃったら、私、その人の事を閉じ込めちゃうかも」

「「…………」」

「わざわざ外に出なくても生きていけるような環境を作って、ずっと一緒にそこで暮らす。お仕事は出来る限り内職で済むようにしたいけど、内職だけだと生活がままならないだろうから、外に出て働くのは私がする。そして、万が一他の女性が私の好きな人にすり寄っても平気になるように、毎晩……エヘヘ」


カインが、カインが笑顔のままスッゲエ足をガクブルさせている!

圧倒的に格上だったアカツキにさえも臆さず立ち向かったあのカインが、恐怖でガチ震いしている!

何だろうこの感じ!? 何と言うか、モンスターとか強大な敵とか、そういう存在に対する恐怖とは全く別物の、形容しきれない恐怖が俺を縛り付けてるんだけど!

リーンも思わず振り向いたまま固まってるじゃん! フライパンの中若干コゲ始めてるじゃん!

そんな、幼い女の子一人が発した恐怖のオーラに、俺達が黙りこくっていると、タイミングを見計らったようにミドリが一言。


「……まあ、というのは冗談だけど」

「「冗談に聞こえねえんだよ!」」


全く表情を変えずに繰り出される冗談? に、俺とカインがハモった。


「待って怖い! この十二歳スゲえ怖い! お前どこでそんなヤンデレ気質身に着けたの!? ちょっと可愛げが感じられないレベルなんだけど!」

「お前いつもの喋る前の『……』って沈黙が無かっただろうが! ソレが無い時のお前が割と真面目だって分かってるんだからな!? 毎晩!? 毎晩何をするってんだよ!?」

「……恥ずかしいから言わない」

「「恥ずかしい事なのかぁ!?」」

「……サッサと配膳手伝いなさいよ、アンタ達」





――なんやかんやあったが、無事料理を終え食事にありついた。

ちびっ子達は俺の異様に赤くなっている眼と、いつもより湿度の高い視線をカインに向け続けるミドリに若干小首を傾げていたが、皆大好きハンバーグの前にはどうでもよかったらしく、特に何を訊かれるでもなく食べ終わった。

そのまま流れで片付けを手伝い、ちびっ子達と共に風呂に入り、年長組に少し勉強を教えたりして、気付けばスッカリ夜が更けていた。

時刻は午後9時。子供達の就寝時間だ。


「ホラお前ら、寝る時間だぞ-」

「えー、やだぁ」

「まだここに居る-」


しかし今夜は、普段素直なちびっ子達が駄々を捏ねている。

理由は何故か。その原因はリーンにあった。


「そうよ、今日できなかった子は明日やってあげるから、我慢しなさい」

「だって見てたら耳がムズムズしてきたんだもん!」

「わたしだってママに耳かきして欲しいー!」


そう、先程からリーンがずっと、子供達の耳かきをしているのだ。

リーンが手に持っている耳かきは、日本のような竹製の物ではないが、形は似ている。若干先端が太めなのが特徴か。

ちなみにボンボンはちゃんと付いている。もしかしたら、過去の異世界転移者がボンボンを広めたのかもしれない。分からんけど。

そして、様子を見る限りリーンの耳かきはどうもマジで上手いらしく。


「ふ、ふあああぁぁぁぁ……♡」

「うん、この歳の子供の口から絶対に出ちゃいけない声が出てるんだよな」

「何故か皆こんな声出すから、あんまりやりたくないのよね……何と言うか、ハラハラするのよ」


うん、俺もハラハラしてきた。耳かきが鼓膜を突き破るとは違った意味で。

しかしどうしようか……コイツら、意地でもリーンに耳かき要求し続けるつもりだぞ。

そうだな……諦めさせる事が出来ないなら、いっその事。


「よしじゃあ、残ってる奴らは俺がやってやるよ、耳かき。これでも俺は、こういった精密作業得意――」

「「「おやすみなさーい」」」

「んんん最後まで聞いて!? ねえ!? 俺そんなに信用無いの!? そんなに怖いの!? ねえッ!?」

「いや、信用とかじゃなくて普通に嫌だろ、男の耳かき」

「エロガキ共め、リーンの太股という名の贅沢を知りやがって!」

「アンタみたいな邪な考えは無いわよあの子達には!」


それはどうだろう。男の子ってのは生まれた頃からスケベなのだと、俺は考えているのだが。

しかし、不幸中の幸いか、ちびっ子達は全員階段を登って寝室へ向かい始め、大部屋に残っている子供はカインとミドリだけになった。


「……リョータは今日どうするの? ここに泊まる?」

「いや、そうしようとも考えてたんだけど、ちょっとな。城に戻って勉強しなきゃいけない事があって」

「勉強? 俺らに苦も無く色々教えられるようなにーちゃんが、今更何を勉強するってんだよ?」

「大人になっても勉強しなきゃならん事が沢山あるんだ。人生は一生勉強続きなんだよ、面倒くせえけどな」

「……そっか。でもすぐに帰っちゃ駄目だよ」


つまり、もっとリーンを構って上げろという事だろうか。そうだよな、何かしらお詫びしなきゃだもんな。


「じゃあおやすみ、二人とも。カイン、行こう?」

「あ、ああ、じゃあなにーちゃん……ところでお前ちゃんと女子部屋行くよな? このまま二階の廊下で別れるよな!?」

「……エヘヘ」

「冗談だよな!? マジで冗談だ――」


そんなカインの騒がしい声が小さくなったタイミングで、俺は大きく息を溢した。


「……一応訊くけどあの二人、十三歳と十二歳だよな? もう知ってんの?」

「……何をよ?」

「何ってそりゃナニよ」

「ハアァ……ミドリは既に本を読んで知ったって。カインはまあ……十三になったから教えた」

「…………増えねえよな?」

「アンタって奴は本当に……増えるわけない……でしょ…………多分」

「振っといてなんだけど言い切れよ、怖いじゃん」


カインは決して、嫁の尻に敷かれるタイプではないと思うのだが……それでも、夜の方はミドリが圧倒的に上になりそう。

この世界において、十代で結婚して子を作るというのはよくある話だ。だが、日本で言うと高校生辺りの話であって、あの二人は中学一年生。まだまだ若すぎる。

せめて、独り立ちしてから存分にやってくれ。

と、まるで放任主義の父親のような事を思いながら、今ちゃんと男子部屋に戻れたのか、それとも別の所へ行っているのか分からないカインに向けて敬礼した。


「じゃあ……か、肩でもお揉みしましょうか……?」

「あからさまなご機嫌取りね」

「他に良い案が思いつかねえんだよ! ねえ、何か俺にして欲しい事とかない!? 本当に……何でもするから!」


何でもするという言葉を聞いて、リーンは呆れたようにため息を溢す。


「アンタねぇ……何でもするって言ったから、結果さっきみたいにウジウジする羽目になったんじゃない」

「でも、本来はお前にこう言うべきだったんだ! 普段から色々苦労掛けてるリーンに! なのに俺はさぁ……」

「ハア……分かった。このまま何も命令しなきゃ、アンタずっとこの調子のままだろうし」

「本当!? 任せてくれ! 掃除だって買い物だってアイツらの世話だって、何だってやってやる!」

「テンション急に高くなるわね」


勿論、今更何かしら要望に応えたって、じゃあこれでチャラですなんてならないし、俺自身も思わない、思いたくない。

でも、今は少しでもリーンの手助けになれる事があるならば、何かしてあげたい。

そんなやる気満々の俺に対し、リーンは今までずっと耳かきを拭いていた布を足下に置き、自分の膝をポンポンと叩いた。


「ハイ、アンタの番」


………………んぁ?

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