第四一話 言質は今日も絶対だ!⑨(質問返答、小ネタあり)
翌日。
今日も今日とて、俺はフォルガント王国に居た。
何でバルファスト魔王国の魔王様が他所の国にばっか居るんだよと自分でもツッコミを入れたい気持ちではあるが、頼まれたのだから仕方が無かろう。
しかし……先程も言ったが俺は魔王だ。
魔族の王様、魔界の王様。基本的には世界征服を企む極悪人である、そんな存在が……。
「なあ、フィア」
「何です?」
「俺がここに入っていいものなの? 抹殺されないよね?」
「……まあ、アルテナ神様にとって良い事をしに来たんですから、大丈夫です。多分」
「独断いやぁ……」
そう、あろうことか光と正義の神、アルテナ神の礼拝堂に訪れていた。
一体何故なのか。理由は勿論バイトである。
「さっきも説明したですけど、私がお願いしたいのはこの礼拝堂の掃除です。安心しろです、モップ掛けとか窓拭きとか、その程度の仕事です」
「それを礼拝に来る人や聖職者に見つからないようにしなきゃなんだろ? 何その地味に難易度バカ高いミニゲームみたいなの」
「ふ、普通にしてれば魔王だって気付かないですよ。その為にいつもの変な格好からフツーの格好に着替えさせたんですから」
「俺のトレードマークなのに……」
ちなみに現在、俺はフツーの町民モブAみたいな格好に身を包んでいる。
まあ確かに、俺のパーカーと紫のマントは目立つし、意外とそういう格好しているって知れ渡ってるみたいだけどさ。
それでも、何と言うか、やっぱり着慣れない。
「とにかく! 私はここの司祭と仕事の話をするですから、一人でもしっかりやるですよ」
「へーい」
と、念を押すように言ったフィアに気の抜けた返事をすると、俺はその大きな扉を開けた。
重厚な軋みを上げて開いた扉の先には、思わず息を呑んでしまう程に美しい光景があった。
首を90度傾けなければ全貌が見えない程に高く広い天井には、ルネサンスのような装飾や絵画が施されており、正面のステンドグラスの窓は日差しを浴びてキラキラと宝石のように輝いている。
礼拝堂そのものは小規模なものらしいが、それでもフォルガント王国の宮殿に負けて劣らないその内装の煌びやかさに、思わずウットリしてしまう。
「綺麗ー……」
「ですです」
少し満足そうに頷くフィアを尻目に、俺は吸い込まれるようにその内部へ足を踏み入れて……。
「んぁ……?」
「? どうしたです?」
「……なんか、若干クラッとしたんだけど……」
「えっ」
その瞬間、急に頭が傾いた。
まるで、酒を飲んで少し酔っ払ってしまった時のように、少しだけ頭がフワフワする。
でも決して心地良いものではなく、どちらかというと貧血に近い感覚だった。
「ま、魔王って人間です……? 教会や礼拝堂に入った魔族、特に悪魔族やヴァンパイア族の具合が悪くなるとはよく聞くですけど……」
「いやいや、俺は人間……あー……」
そしてふと、思い出した。
俺は純粋な人間ではなく、初代魔王の手によって人間(月城亮太)のように作り上げられた、彼女の分体である事を。
そして、俺の身体のベースとなっている初代魔王は、悪魔族だという事を。
「何か思い当たったって顔してるです」
「いやぁ、確信は無いんだけど……俺、代々受け継がれてる魔王の力を与えられたから、そのせいなのかなって」
流石にいきなりそんなビックリ情報を打ち明けても理解出来ないだろう。俺はそれっぽく嘘を吐いた。
「確かに、それかもしれないですね。今回はやっぱり止めとくですか?」
「いや、そこまで深刻じゃないし大丈夫だろ。ヤバかったら一旦出る」
「そうです……? 無理はするなですよ」
フィアは少し心配そうにしながらも、礼拝堂の奥へ消えていった。
嘘は言っていない。少し、変な感じがするなーという程度だ。
掃除ぐらい、この状態でも可能だろう。
だが、長居しすぎると身体にどんな影響があるか分からないので、手早く掃除を進めることにした。
……しかし、もし俺の身体が悪魔族と同じ性質をしているなら、今まで散々俺の命を救ってくれたフィアの回復魔法は、逆にダメージになる筈だ。
なのに何故大丈夫なのか……そして、打って変わって何故礼拝堂に入った途端目眩がしたのか……自分自身の身体について、未だに俺自身よく分かっていない。
そんな事をボンヤリと考えながら、長椅子や教団の上のホコリを落とし、奥へ長く続く礼拝堂の床をモップ掛けをし、箒とチリトリでホコリや塵を取った後、雑巾で水拭きをする。
足腰が痛いし時間の無駄のように思えるが、更に床が綺麗になると同時に良い筋トレになるので、普段の掃除でも結構雑巾がけをしていたりする。
その慣れか、割とすんなりと終わった。
今の所身体に差ほど変化は無い。寧ろ若干だが慣れてきた。
そんなこんなで小一時間。順調に掃除を進めていき、礼拝堂の長椅子をから拭きしている時であった。
「貴方、もしかして一人で掃除していらっしゃるの?」
数分前からここに礼拝に来ていた、初老のご婦人が声を掛けてきた。
彼女に対し、俺はにこやかに頷く。
「ああ、はい」
「あらまあ、お若いのに立派ねぇ。さぞ敬虔なアルテナ神様の使徒なのでしょう?」
「い、いえ、俺はアルテナ教団には入信してなくって。これは友達の頼みでやってる、バイトみたいなものです」
「そうなの? だとしても、立派ねぇ。そうだ、よろしければコレを」
そう言ってご婦人が懐から取り出したのは、小さくラッピングされたクッキーだった。
少し形は悪いが、焦げ目も無く美味しそうに見える。
「いつもはここに礼拝に来ている子供達に配っているのだけれど、今日は何人かお休みしているみたいで。余り物になってしまうけれど」
「ありがとうございます、休憩がてら食べてみます」
俺がクッキーを受け取った後、ご婦人は胸に十字を切ると、そのまま俺に対して両手を重ねた。
「アルテナ神様の祝福があらん事を」
…………。
「そちらこそ、祝福があらん事を」
お互いに両手を重ねて祈り、お互いの安寧を願う。
そんな俺の行動に、ご婦人は嬉しそうに頭を下げ、そのまま去って行った。
一人礼拝堂に取り残された俺は小さく息を吐くと、受け取ったクッキーを眺めながら、一人呟いた。
「……普通なんだよなぁ」
そう、アルテナ教団は光と正義の神アルテナを崇拝している、普通の宗教だ。
このように、敬虔な使徒が礼拝しに行き、神に日々の生活の感謝や祈りを捧げ、他者にも施しを与える、普通に善良で優しい宗教なのだ。
「そんな人達が、魔族を悪だと断じてるし教えてる……あぁ、嫌だなぁ」
……正直、それは正しいのだろう。魔族の、二千年にも及ぶ脅威は絶対に消えない。
寧ろそれらの悪の所業を後生に受け継がされるべきであると、そのように教えているのだろう。
だとしても、完全に分かり合えないという事は、無い筈だ。
可能であれば向こうにも、魔族は単なる一種族であり、悪の体現などではない事を知って欲しいが、それ以上にコチラも歩み寄らなければならない。
自分達を嫌っているから、自分達を悪としているからといって、彼らもまた俺達にとっての悪。なんて事はない筈なのだ。
「しかし、どうしたもんかな……」
から拭きを再開した俺は、魔族とアルテナ教団が啀み合わないようにするにはどうすればいいか、頭を悩ませる。
正直、そんな甘ったるい考えが通るほど、世界も甘ったるくないのだろう。
だがせめて……せめて今後、魔族とアルテナ教団が殺し合いに発展しないようにするにはどうすればいいのか。
「魔族が悪とされない為に必要な事……若いのに、難しい問題を考えているのだね、君は」
「いやぁ、もう本当に参っちゃいますよね。なんせ、今まで魔族がやってきた悪事が大きすぎるから、今更になって仲良くしましょなんて言っても、ふざけんなで一蹴されますし」
「成程……しかし、何も全ての悪が魔族にある、という訳でもないと思う」
「全ての悪が魔族にある訳じゃない、か……」
じゃあ、他にある悪って何だ?
それをどうにかすれば、解決する問題なのか?
ううん、ヒントを出してくれたとは言え、やっぱり難し……………………は?
「誰えええぇッ!?」
「気が付くまでに約十五秒。早いね、他の人ならもっと遅い。最悪気付かない場合もあるのに」
いつの間にか、いや本当にいつの間にか、俺は見知らぬおじさんと会話をしていた。
普通、知らない人が急に話に入ってきたら警戒するだろう。だが、俺は何故か警戒など微塵もせず、まるで仲の良い友人が側を通りがてら話し掛けてきたような、そんな心境で受け入れていた。
ごく自然に、ごく無意識に、気味が悪いほどに。
「いや失礼。一人で礼拝堂を掃除している若人が、興味深い悩みをブツブツと呟いていたものだからね。つい気になってしまったのだよ。あ、ちなみにだがこっちの列はもう済ませてあるのか?」
「うわあああ、しかも布巾持ってから拭き手伝ってくれてるううううッ! すっごい怖いけどありがとうございます助かります! あと非常に失礼ですけど人間ですよね!?」
「ちゃんと生きているよ」
だとしても、ただ者じゃないのは明確だろう。
歳は三十代後半から四十代前半、短く綺麗に刈り込んだ少しくすんだ白髪に、鋭いが怖さを感じない瞳。そして……煌びやかな、聖職者の服装。
十中八九、アルテナ教団の関係者だろう。というか、もしかしてここの司祭か?
だとしたらフィア何処に行ったんだよ……。
「僕は昔から影が薄くてね。よくアサシンが使う、スキル隠密を常時発動しているんじゃないかって言われてしまうんだ。おまけに声を掛けても、ごく自然に会話には入れてしまう。ユニークスキルの類いでは無いようだが、まったく変な体質だよ」
「変な体質で済みますかね……」
柔らかく、落ち着いた声音だが、まるでスピーカーから重低音を流しているように、腹にズドンと来る。
影の薄さだけでも変なのに、声すらも変に聞こえる。
だというのに、本当に警戒心を持つことが出来ない。まるで催眠に掛かったようだ。いや、実際に催眠に掛かってるのか?
と、俺は一瞬魔神眼を発動させて、この人が魔法を使っているのかどうか確認してみる。
うん、魔法は使ってな――ッ!?
「眩ッ!?」
「ん?」
な、何だ!? この人背中から後光が差してる!? 纏ってるオーラが眩しすぎて直視出来ねえんだけど!?
「大丈夫か?」
「は、はい……目に眉毛が入ったっぽくて」
「普通その場合眩しいじゃなくて痛いじゃないか?」
「ごもっとも」
ま、マジで何者なんだこのオッサン……?
なのにやっぱり警戒心を持つことが出来ず、少し落ち着かない気持ちのまま、俺とおじさんはから拭きを続けた。
やがて全ての長椅子を綺麗にし、ステンドグラス拭きに移行しようとしたその時だった。
「さて、若者よ。折角だし、先程の議題に話を戻そう。ついでに僕にも窓拭き用の布巾を分けておくれ」
「あっ、ありがとうございます。えと……全ての悪が魔族にある訳じゃない、ですか」
「個人的な意見だがね。まあ、勘違いしないで欲しいが、どちらが悪かと問われれば勿論魔族であると思うし、僕も正直魔族を好ましく思っていない。理由は先程君が言っていた事だ」
「アハハ……」
まあ、アルテナ教団の聖職者なら、それが当たり前なんだよな。
いや、寧ろこの人の場合、他の聖職者と比べて魔族に対する嫌悪感が薄いように感じる。
「さて、突然だがここで問題だ」
「このやり取りの後でまさかのクエスチョンタイム」
「まあまあ。では君に尋ねる。人間が一致団結するには、最低でも二つの要素が必要になる。それは何だと思う?」
柔らかい口調で訊ねられた質問。
まるで、小さい子供にナゾナゾを出してくるような、そんな雰囲気。
でも、『愛と勇気です!』なんて綺麗事を求められているようには感じられなかった。
「さあ、何でしょうね……お金と利害?」
「あっははは。非常に現実的だな、気に入ったよ」
「聖職者としてあんまり好ましくない答えだと思いますけど!? 正直殴られる覚悟してました……」
「そっちの方が聖職者らしからぬ行動じゃないか……」
おじさんは、アルテナ神の姿を表現したという、一番大きなステンドグラスを丁寧に磨きながら、口を開いた。
「僕の答えはこう。『拠り所』と『敵』だ」
「……!」
拠り所と敵。その二つの単語が形となって、俺の脳に直接叩き込まれたような、そんな感覚に陥った。
黙ってしまった俺を見ずに、おじさんは続ける。
「古来より、人間は群れを成して生活してきた。その理由は様々あるだろう。仕事の効率、武力の向上、子孫の繁栄……だが根本にあるものは、孤独感による恐怖を無くす為だと、僕は考える。そして現世、様々なものが発展していった今、例え一人きりであっても、働けば衣食住が揃う、生きていける。群れる必要が無くなった」
俺は思わず、窓を拭く手を止めて、その話に耳を傾ける。
「だが孤独は消えない。孤独とは、逃げようがない恐怖だ。だから人は、大勢が集まる拠り所に入ろうとする。そして、その拠り所と言うのが」
「……宗教?」
「ああ。だがその為に宗教が創られたという訳ではない。アルテナ教団の場合、正義と光の神、アルテナ神様を崇拝する過去の偉大なる方々が創り上げたものだ。だが同時に、孤独を無くす拠り所として機能している。勿論、それはアルテナ教団にとっても素晴らしい事だ。自分達の存在が、人々を孤独という恐怖から救い出すことが出来ているのだからね」
「成程……」
「だが、残念ながらそれだけでは一致団結とはいかない。同じ拠り所に入っていたとしても、諍いは必ず起きる。だから、もう一つ要素が必要となってくる。それが、共通の敵だ」
共通の、敵……。
「自分の所属している組織が、アレが敵であり悪だと宣言すると、敵意や憎悪は全てその存在へと向けられる。するとその組織内での争いや憎悪は激減する。だから治めやすい。そして共通の敵が存在している事で、その拠り所は始めて一致団結出来る」
おじさんの布巾を握る手に、僅かに力が入る。
「神々が創りし僕達人間は、どういう訳か、大勢が所属している場所で、共通の敵を作ることでしか、心の安寧を維持できないのだよ。それは、神々が僕達に与えた試練なのか、はたまた創造上のミスなのか……君はどう思う? 若者よ」
そして、ステンドグラスに映し出されたアルテナ神の御姿を見上げながら、少し諦めが混じった声音で呟いた。
質問Q&A 第二回目!
Q:『今更なのですが、皆の年齢が知りたいです』
A:現時点の年齢をお答えします。あと誕生月も書いておきます。
補足1 この世界は日本と同じ月や曜日の呼び方はなく、若干一年の日数が多いのですが、今回日本基準で書きます。
補足2 現在、日本で言うと七月です。
・リョータ 17歳 四月生まれ
(日本の場合高校二年生)
・リーン 17歳 二月生まれ
(リョータと同い年だけど、実はリーンの方が誕生日が四月を跨いで早いので、日本の場合高校三年生)
・ハイデル 24歳 五月生まれ
(実は結構いい歳いってる)
・リム 11歳 一月生まれ
(日本の場合小学六年生)
・ローズ ●●歳 八月生まれ
(彼女の年齢に関して触れてはいけない……だが多分バルファスト組の中では最年長)
・レオン 19歳 十一月生まれ
(日本の場合大学二年生)
・レイナ 16歳 七月生まれ
(日本の場合高校一年生)
・ジータ 16歳 十月生まれ
(日本の場合高校二年生)
・エルゼ 19歳 五月生まれ
(日本の場合大学一年生)
・フィア 17歳 六月生まれ
(日本の場合高校二年生)
・カイン 12歳 三月生まれ
(日本の場合中学一年生)
・ミドリ 12歳 十一月生まれ
(日本の場合中学一年生)
・フォルガント王 42歳 八月生まれ
(老け顔ではないが、貫禄ありすぎて年食ってるように見える。そしてそれがコンプレックス)
・アルベルト 20歳 九月生まれ
(日本の場合大学三年生)
今回はこんな感じです。
ご質問して下さった方、ありがとうございました。




