第四一話 言質は今日も絶対だ!⑧
「よぉ、お疲れさん」
夕方。
クエストから帰ってくる者、テーブルを囲み打ち上げをする者、解散して各自帰路につく者など、昼間とはまた違った喧騒に包まれたギルドに、ターゲットは現れた。
確か、今日はクエストも勇者一行の仕事も無かった筈だ。それなのに、少々疲れの色が見える。
「ほんっとに疲れたよ。初っぱなから殺されかけたし、ギルドをも巻き込んだ『もう遅い系』への展開の危機を阻止したりと、色々大変だったんだからな!」
「前半は何故そうなるって意味で分からねえし、後半は普通に意味が分からねえ……でもよ、ここに来る道中他の職員に聞いたが、好評だったみたいじゃねえか」
「そう? なら良かったけど」
「とにかく、助かったぜ。もう終いにしていいぞ。報酬は後日改めて……」
「まだ終わってねえよ」
「ん?」
エルゼの言葉を遮ると、俺は渡し口から手を出し、カウンターをコツコツと人差し指で叩いた。
「最後はお前の番だ。ホレ、座りんしゃい」
「あん? 何でだよ、別に相談事なんてねーよ」
「とにかく座れよ、この後急用がある訳でもねえだろ?」
「そうだけどよ……怪しいな、お前ってのが尚更怪しい」
「はよ座れい!」
「チッ……分かったよ。しょーもない理由だったら一杯奢って貰うからな?」
エルゼは怪訝な表情を隠さないまま、渋々と俺の正面の椅子に座った。
「で? アタシは一体何を相談すればいいんだよ? そもそも悩みなんてねーけど」
「いいや、あるね。主に妹ちゃんについての悩みが」
「ッ」
「おっと図星か?」
眉毛がピクリと動いたのを見逃さなかった俺が挑発するように続けて言うと、エルゼは少しだけだが敵意の混じった顔をする。
正直怖いっス。
「お前……何を知ってやがるってんだ」
「何も知らねえから聞きてえんだよ。ハッキリ言ってしまうと、少し前エミリーがここに来て、最近お前と距離を感じるって相談してきたんだ。冷たくなったとか避けられてるとか、冒険者辞めろって言われてショックだったって凹んでたぞ」
「…………」
「でもお前が唐突に、意味も無くそんな事をする訳がねえ。きっとエミリーの冒険者を辞めさせたい何かしらの事情を抱えている筈だ。どうしたんだよ?」
「……お前には関係無い話だ。好評だったからって、あんま調子に乗るなよ」
「随分棘のある言い方だなぁ。ちょっとズキッとなったぞ」
「勝手になってろ」
エルゼは深くため息を溢すと、立ち上がろうと少し前のめりになり。
「もう帰……ッ!?」
突然、エルゼだけの時が止まったように硬直した。
いや、硬直したのは主にエルゼの服や大剣だけで、首から上はブンブンと動いている。
「まさか、テメエ……!」
「憂さ晴らしの実力行使だこんにゃろう」
必殺、透視眼+制止眼!
透視眼で目の前の遮蔽物を透視し、そのままエルゼの装備に向け制止眼を発動。生物には効かないが、それ以外だったら空中にだって固定できる。
つまりこの固定から逃れるには、予めスッポンポンになるしかない。
まあ、魔力ガンガン抉られるし、何だったら今両目がメッチャ痛いんですけどね!
だが、相手がフォルガント王国最強の冒険者でも、これぐらいの隙は作れる。
俺は痛みにポーカーフェイスで堪えながら、カウンターの後方に呼び掛けた。
「ってな訳で先生、お願いします」
「はーい♪」
「ゲッ!? 姿が見えないと思ったら隠れてたのかよ……!」
カウンターの陰に隠れていたローズがその姿を現すと、エルゼがあからさまに顔を顰めた。
コイツも分かっているのだ。この、普段だったらただのファッションビッチなポンコツサキュバスクイーンであるローズが、記憶、精神に関わった場合、ただの怪物になると。
「クッ……この状況において一番厄介な人が……! オイ魔王! テメエ能力解除しろこらぁ!」
「断る! でもローズ、早く済ませてくれ、そろそろ目が限界……!」
「リョータちゃん、目から血が……」
「何でただの相談事で血が流れるんだよ!? 魔王よくもこんなくだらねえ事に身体張れるな、相変わらずだけど!」
「下らなくなんかない! 少なくとも、お前にとっては一番下らなくない筈だ!」
「……ッ」
「そして、俺は尊い姉妹の愛情を守る為だったら血涙でも何でもしてやるってんだ!」
「コイツ、イカレてやがる……!」
そうしている間に、ローズがエルゼの頭にポンと頭を乗せて。
「はい、『コンフィション』」
「あ……う……」
魔法を掛けた瞬間、エルゼの瞳からハイライトが消え失せ、動かなくなった。
…………。
「え、大丈夫なヤツだよねその魔法」
「ただの自白魔法よ。この魔法に掛かった対象は、本心を包み隠さなくなるの」
「にしてはいやらしい催眠に掛かったみたいになってるけど……」
「いやらしい催眠ッ!?」
何顔赤くしてるんだよ、寧ろサキュバスクイーンならいやらしい催眠掛けて当たり前でしょうが。
にしても動かないな……本当に大丈夫なんだろうな?
「オーイ、エルゼー? 聞こえてたら返事してくれー」
「…………ッ」
俺がそう呼び掛けると、少しずつエルゼの顔つきが険しいものになっていく。
え? お、怒ってる!? まさか心の底から俺に対して怒ってるから、実質効果がなくなってる!?
と、俺が思わず立ち上がって仰け反りそうになったその時だった。
「う、うえええぇん……!」
「「は?」」
エルゼが、急に声を上げて泣き出した。
普段の勇ましい、姉御肌溢れるエルゼは何処ヘやら、まるで子供のように情けない嗚咽を溢し、その場に蹲った。
「ゴメンねぇ、エミリー……! 酷いお姉ちゃんでゴメンねぇ……!」
「オイローズ! お前本当に変な魔法使ってねえよな!? あのエルゼがここまでボケに回るなんて緊急事態だぞ!?」
「何もしてない! 本当に、本音を喋らせる魔法しか使ってない!」
つまり、この『う、うえええぇん……!』がエルゼの本性!? いや泣き方可愛いな!? レイナでもそんな泣き方しないと思うぞ!?
そんな混乱を聞きつけたのか、ゾロゾロとこの相談窓口へ冒険者達が集まってくる。
「ねえまさかアレ、エルゼさん……?」
「うっそだろ!? あの涙腺なんて元から形成されてないような豪傑女が泣いてるってのか!?」
「ああ、俺は今日死ぬのかなぁ」
仮にも乙女の涙なのに周囲の反応酷いな。
「ふえええぇぇん……!」
「……いや、アレはエルゼさんじゃないわね」
「逆にモンスターや荒くれ冒険者を『ふえええぇぇん……!』させてるエルゼが『ふえええぇぇん……!』なんて言うはずないか」
「全く紛らわしい……でも生きてたことに感謝しよう」
と、勝手に自己完結して去って行く冒険者達。そして、周囲には誰も居なくなった。普段からエルゼを慕っているのなら、信じられなくて当然なのだろうが、泣いてる女の子居るんだから声くらい掛けてあげようよ……。
「あと魔王も、言い逃れする為にキツい言い方しちゃってゴメンよぉ……!」
「内心メッチャ気にしてくれてた! やっぱ優しいんだよなコイツ……」
何か、こっちがゴメンよ。いや、何かじゃなくて謝るべきはこっちなんだけどね。
「と、とにかくエルゼちゃん! ここに座って? 気持ちを落ち着かせて?」
「うん……ありがとう、ローズさん」
「……ゴメンナサイ、リョータちゃんに強制されたとしても、この罪は私も背負っていくわ」
「おいコラ、お前途中までノリノリだったのにナチュラルに被害者ぶってるんじゃねーよ」
まあ、普段泣かない女の子の涙見てると良心が痛むけどさ。俺なんて既にボロボロなんだけどさ!
それでも、俺は聞き出さなくてはいけないのだ。コイツの本心を。
「それで? お前は何でエミリーに嫌われるような事したんだよ?」
身を縮込ませるように座ったエルゼに俺が真っ直ぐに訊ねると。
「エミリーに、冒険者を辞めて欲しかったんだ……心配だったから……」
予想通りの返答が返ってきた。
「でも、普通に理由を告げたって、アイツは絶対アタシの後を追おうとする……分かるからよ、アイツがアタシの事大好きだって事……アタシは、本心を話すのが苦手だ。だから、いっそアタシを嫌ってくれたら、辞めてくれるかもしれないと思って……理由を付けてアイツを避けたり、冷たく当たってみたりした…………なあ、エミリーは大丈夫だったか?」
「泣きそうになってた」
「うえええぇ……!」
「そっちも泣くんじゃねえよ。でも、何で今になって突然そんな事したんだよ? 正直、そっちの方が分からないんだ」
エルゼがグスッと、本当に本人なのかと疑いたくなる程可愛らしく鼻を啜ると、俯いたままポツポツと話し始めた。
「アタシの両親はさ、元々スゴ腕の冒険者だったんだ。駆け出しにも関わらず強いモンスターを狩りまくってて、皆の憧れだったんだ。勿論、アタシにとってもな」
それは、非常に不穏な始まり方だった。
「でも、どんなにスゴ腕だって、どんなに才能を持っていたって、冒険者をやっている以上100%死なない筈がない。両親は、アタシとエミリーがまだガキだった頃に、モンスターの群れに襲われて死んだ。丁度、レベルが40になって勢いづいた頃だ。その時、アタシは始めて知った。いや、ようやく気付いたんだ。冒険者が、どんなに危険な仕事かを」
そうだ。この世界は、死と隣り合わせ。冒険者じゃなくても、日本と比べて死んでしまう割合は高い。
例え冒険者じゃなくとも、モンスターに襲われ、死んでしまう事だって良くある。
「それから二人して、あんまり治安の良くない孤児院に入れられた。そこから数年、自立出来るように色んなバイトをした。でも、どれも向いてなくってすぐに辞めさせられた。残す収入源はもう、冒険者になって稼ぐしかなかったんだ。だから、仕方がなく十三歳になった瞬間冒険者になって、クエストを熟しまくった。やっぱりアタシにも両親の才能があったから、レベルも知名度も収入も上がっていった。でもやっぱり怖かった。だから、勇ましい自分を頑張って演じ続けた。いつしか、ソレがアタシの素の性格になったんだ」
いや、普通に素の性格乙女だろうが……なんて、この流れで言えるはずもない。
そうか……コイツは、最初から冒険者になりたかった訳じゃないんだな。
実際、冒険者になる奴の大半は、家も仕事も無い奴らで形成されてる。
コイツも、その中の一人だった訳か。
「それからすぐに、エミリーが冒険者になった。唯一の家族が両親のように死んじまうのが怖くって、アタシはすぐに辞めるように言ったんだが、全然言う事を聞いてくれなくて……当時まだアタシ達の懐事情は乏しかったから、妥協して許した。でもきっと、少しでも冒険者の厳しい現実を知れば、アイツはすぐに辞めるだろうなぁって楽観してたんだ……」
「そして、その結果が……」
「アイツ、たった二年でレベル40になりやがった……!」
うーん、チート姉妹。
実を言うと、さっきエミリーにレベルと冒険者始めた時期を聞いて、顔には出さなかったがドン引きしていた。
「アイツまだ15だぞ!? なのにレベル40って……アタシがその歳だった頃なんて、まだ30にしか行ってなかったのに……!」
「いや、それでも十分異常よ?」
「だとしてもだ……ハッキリ言って、アイツはアタシよりも冒険者の才能がある。アタシよりも強くなる。だからこそ……両親と同じ道を辿らないか心配でしょうがないんだ」
「…………」
俺は自分の背後にチラと目をやり、再び視線を前に戻す。
「最近になって、ようやく生活出来るだけの資金が貯まった。アタシは勇者一行の仕事があるから冒険者を辞められないが、エミリーは違う。だから、良い伴侶が出来るまで新しい家で一緒に暮らして、安全な仕事に就いて欲しかったんだ……」
「成程なぁ……」
正直、ここまで重い話になるとは思っていなかったから、心臓ドキドキしているけれど。
普通に無理矢理喋らせたから、良心が痛みまくってこっちが泣きそうになってるけれど。
それでも、聞けて良かったと心から思う。
「それをエミリーに話すか?」
「無理だ……辞めさせたいって言ったけど、レベル40になって嬉しそうにしているアイツに、これ以上酷い事を言ったら……アイツがアタシを嫌う前に、アタシがアタシを嫌いになって死にそうになる」
「まあ、気持ちは分かるけど…………そんな心配、する必要なさそうだぜ」
「ああ……?」
俺がカウンターの裏口の扉を開けて外に出ると、ソレに続いて。
「おねぇちゃあん……ッ」
「エ、エミリー!?」
俺の背後でずっと話を聞いていたエミリーが、ボロボロと大粒の涙を溢して現れた。
そう、エミリーはずっと俺と同じカウンター内に居たのだ、最初っから。
「ま、まさ、ま、魔王、テメエー!!」
「許せエルゼ、この子の為だったんだ。後で一杯奢るから」
「一杯じゃなく一発殴らせろ!」
「あ、ちなみにだけど、魔法の効果今切れたわよ」
「グッドタイミングなのかバッドタイミングなのか……! ええい、今は俺ではなく妹に向き合え!」
「ッ!」
俺はエルゼの方を掴み、グルッと180度回転させると、そのままエミリーの元へ押し出した。
「あ、ああ、ええっと……」
自分の本音を全力でさらけ出し、妹に聞かれてしまったエルゼは、上手く言葉が出ないようでらしくもなくオロオロしている。
そんなエルゼの胸に、エミリーが飛びついた。
「ゴメンねぇ、アタシ、お姉ちゃんの気持ちに全然気付いてあげられなかったよぉ……!」
「なっ……そんな事、寧ろアタシの方が……!」
「本当は分かってた! ずっと前から、お姉ちゃんが冒険者の仕事がそこまで好きじゃないのは、分かってたの! だから、アタシが頑張らなきゃって……お姉ちゃんはずっと大変な思いをしてるから、アタシがお姉ちゃんの分まで頑張ろうって……」
「エミリー……」
お互いを思いやり、お互いの為になろうとした余りに、このようなすれ違いが起きていたのだろう。
「例え血が繋がっていなくても、ちゃんと話し合わなきゃ本心なんて分からないもんだ。だから今度こそ、ちゃんと話し合ってみればいいんじゃないか?」
「うん……そうだね。ありがとう、ムーン」
「……やり方は気に入らねえが、お前が首を突っ込まなきゃこうならなかっただろうし……まあ、ありがとな」
しかしまあ、なんと素晴らしき姉妹愛なのだろうか。
やっぱり兄弟姉妹は仲が良いに越した事はないな。
そんな意味を込めて拍手すると、今まで何事だと遠巻きに眺めていたギャラリーからもまばらな拍手が起き、次第に大きくなった。
そんな拍手を受けて、エルゼ目尻に涙を浮かばせ、にこやかな顔つきで俺の肩を掴み。
「だけどやっぱり許せねえからちょっとこっち来い。っていうか、アタシの本性周囲にバレちまったかもしれねえだろどう責任取るんだよああん?」
「よし、逃げるか」
「わ、私も!?」
「ったりめえだろ共犯だよ!」
「あ、コラ待て……ッ! ほんっとすばしっこいなアイツ!」
「またねー、ムーン!」
俺は素早く身を翻すと、ローズの手を引き冒険者の間を潜り抜け外へ出た。
「いやー、ずっと座ってたのに急に立ってダッシュしたから腰が痛いぜ!」
「ぜえ……ぜえ……リョータちゃんも、本当に身体能力が高くなったわね……」
「これでもシックスパックですので」
それから少し距離を取った後、俺達はポケットから転移版を取り出し、フォルガント王国の城下町を歩く。
「いやー、最後に良い仕事したなー! 給料貰えるかこれで分からなくなっちまったけど……」
「でも、時間の無駄だったって事はないんじゃない?」
「まあ、そうだな。これでちゃんと話し合ってくれる事を願うよ」
「そうねー、ちゃんと話し合わなきゃ分からないものねー」
「……なーんか含みある言い方だな」
「リョータちゃんってば、分かってるクセに」
「ケッ」
話し合い……話し合いか。
そろそろ、頃合いなのかもしれないな。




