第六話 孤児院は今日もドタバタだ!③
人気の無い路地で、数人の子供達がある男をを取り囲んでいる。
「クッ……貴様ら……毎回毎回何なのだ……!?」
その子供達の中心で、魔王軍四天王の一角、ヴァンパイアのレオンがボロボロの姿で呻いた。
「フン、恨むんだったら弱い自分を恨むんだな」
兄貴君は、そう言ってレオンからカツアゲしたであろう五百トアル硬貨を、手の中で弄ぶ。
「兄貴、そろそろ行こう?」
「ああ。それじゃあな、中二」
取り巻きの少年にそう促され、兄貴君は踵を返そうとする。
「ま、待て……貴様ら、何故いつもこんな事をするのだ……!?」
「あん?」
しかし、うつ伏せになったままのレオンが手を伸ばし、兄貴君の足を掴んで引き止めた。
兄貴君はレオンの質問に少しの間黙っていたが、やがて苛立たしそうに吐き捨てた。
「むかつくんだよ、この国の連中がよ……!」
そう言った兄貴君の声音には確かな苛立ち、憎しみが聞き取れる。
そのまま兄貴君は、レオンに足を掴まれたまま空を仰いだ。
「あの新しい魔王も、口だけできっとアイツらの仲間なんだ……」
「リョータがどうした?」
兄貴君の、少しだけ寂しそうな声に、レオンが反応した。
「ケッ、世界征服しか頭になかった先代魔王よりかはマシだが、テメエと同じぐらいの雑魚で、頼りねえぜ」
「それは少し違うな」
「あん?」
その言葉に、兄貴君達は不敵な笑みを浮かべるレオンに視線を向ける。
「確かにアイツは歴代最弱と言われるほど弱い。それに、小心者でどうしようもない奴だ。だが、アイツは一瞬だったとはいえ、一人でドラゴンに立ち向かった。だからアイツは、貴様が言うほど弱い人間では無いさ」
兄貴君はその言葉に少し身を引いたが、それでもすぐにフンと強気に鼻を鳴らす。
「テメエ、何言って――」
「あ、兄貴!」
そして、もう一発殴りつけてやろうとした兄貴君を、取り巻きの少年の一人が呼び止めた。
「あ、あそこ!」
周りの子供達が見ている路地の出口に、兄貴君はゆっくりと振り返る。
そして、その路地の出口にずっと腕を組んで立っていた俺と視線が合った。
「……おいレオン、ガキ共にそんなピンチの時の人物紹介しなくていいから。俺そんな強キャラじゃないから。変なプレッシャー掛けるの止めてくんない?」
俺はレオンに向けてジト目で睨みつけると、兄貴君が目を丸くさせて一歩下がった。
「テメエ、いつからそこに!?」
「『あの新しい魔王も、口だけできっとアイツらの仲間なんだ……』の辺りから、な」
「なっ……!?」
俺が兄貴君が先程言っていた台詞を言いながらニヤリと笑うと、兄貴君は顔を赤くする。
しかし、今まで潜伏スキルを発動していなかったのに、誰も俺の存在に気が付かないとは……。
俺、魔王よりも暗殺者の方が向いてんのかな?
「おいレオン、ここ路地だろ。辺り一帯影だらけなのに何負けてんだよ。お前の方が絶対有利だろ?」
「し、仕方ないだろう! ギルドに行こうと歩いていたら、急に路地に引きずり込まれたのだ!」
とりあえず、今後レオンが外に出るときには誰かつけさせよう。
うん、きっとその方がいい。
「お前らなぁ、カツアゲや屋台の物を盗むのは立派な犯罪なんだぞ?」
「うるせえ! これ以上言うんだったら、魔王相手でも容赦せねえぞ!?」
俺が子供達を指差しながら言うと、兄貴君は指をボキボキと鳴らす。
それにつられて、周りの子供達も戦闘態勢に入った。
「ほぉ……仮にも魔王の俺に刃向かうってのか?」
などとニヒルな笑みを浮かべ強がってみるが、実際の所かなりマズい状況だ。
もし、目の前にいるのがナイフを舐めているような古典的な悪い奴だった場合、嬉々として『おっまわっりさーんッ!』と叫んでいるのだが、今俺の目の前にいるのは十歳そこらの子供数人。
かといって、子供達を大人げなくボッコボコにするとリーンに百パーセント殺される。
……そうだ、アレを試してみよう!
そう思い立った俺は、ポケットに手を突っ込み顎を上げ、目にググッと力を込めてから。
「がきんちょ共、いい加減にしないと、俺怒っちゃうぞぉ……?」
笑顔のままメッチャドスの利いた声で子供達を脅した。
「「「「「「ヒィ……!」」」」」」
普通だったら嗤われるだろうが、俺は魔神眼を発動させ、瞳を紅と紫に輝かせる。
別に千里眼とか透視眼とかを発動しているわけではない。
ただ、自分の瞳を光らしているだけだ。
しかし、黒目だったのにいきなり瞳の色が変わったら、誰だってビビるだろう。
瞳を光らして相手をビビらせる。よし、コレを《威圧眼》と命名しよう!
「さあ、素直に孤児院に帰るか、今ここで全力のお尻ペンペンされるか、どっちか選べ? さん、にい、いち……」
「「「「「「ご、ごめんなさあああああいッ!」」」」」
「あっ、こら……!」
表情はマジで睨みつけたまま、俺が心の中で自分は天才なんじゃないかと自画自賛していることも知らずに、子供達は兄貴君一人を置いて逃げていった。
「ふぅ……眼に力入れるだけでも疲れるなぁ」
「お、お前……一体何なんだよ!?」
「魔王様」
「そうなんだけど! いや、そういうことじゃなくて……!」
焦る兄貴君に、俺はイタズラが成功した子供のように笑ってみせる。
「お前……俺をどうするつもりだ……?」
その笑みをどう受け取ったのか、兄貴君は俺に向かってファイティングポーズを取った。
「どうするも何も、少しお前と話がしたいだけだよ」
「話?」
俺の言葉に、兄貴君は怪訝そうに俺を見る。
「ああ。ここじゃなんだし、場所移そうぜ」
そう言いながら、俺は兄貴君に付いてこいと顎を上げる。
兄貴君は少し戸惑ったが、渋々と俺の後に付いて行った――。
「――おいリョータ、我の存在を忘れるなッ!」
あっ、いっけね。




