プロローグ
遠く、遠く、距離という概念が無意味に思える程に遠い世界。
神秘というものは何一つも存在しない。だが、世界全体が光に満ち溢れ照らされた世界。
たった数千年だというのに、遙かに発展した文明が人々の暮らしを支えている。だが、自由という誰しも欲する言葉には、あまりにかけ離れてしまった世界。
そんな世界のとある国で、甲高く耳障りな音が響き渡っていた。
その音を発する、巨大な箱に車輪が付けられているような物体は、頭上に取り付けられた赤い光を周囲に照らしていた。
まるで自分の存在を周囲に知らしめるように、黒く舗装された道を駆け抜けていた。
その箱の中には数人の大人達が乗っていた。
一人は手慣れた手つきでその箱を操作し、一人はその隣で目の前を走る箱に向けて、拡声器で淡々と言葉を発している。
そしてその後方、もう二人が広い空間でジッとある一点を見つめていた。
その視線の先には、一人の少年が横になっていた。
目を瞑り大きく呼吸を繰り返し、まるで熟睡しているかのように、静かに台の上に倒れていた。
大人達が何度声を呼び掛けても、目覚める様子は無い。まるで生命活動を維持し続けたまま、魂だけが何処かへ飛び出してしまったかのようだった。
大人達は今出来る全ての事はした。後は、少年の気力に祈るだけだ。
そして、人形のような少年と大人達を乗せたその箱は、けたたましい音を立て続けながら、夕焼けに照らされた街の奥へと消えていった……。
――……ここは何処だ……?
――ここ、何処なんだろう?
――確かおれは、いつもみたいに部屋でゲームしてて……。
――ウチは、あの時確かに……。
――そしたら急に目眩がして、目の前がチカチカし始めて。
――何も見えなくなって、そのまま気を失っちゃって……。
――そして……。
――それで……。
「目が覚めたか」
――……? 誰だ、この人……。
――全身真っ黒だ。顔もよく見えない。変なの。
「お前達は、私がこの世界に呼び出した」
――呼び出した? この世界? 何言ってるんだこの人? 頭大丈夫なのか?
――ハハ、格好だけじゃなくて言動も変なの。面白い。
「……状況を理解出来ていないようだな。ならば、アソコから外を見て見ろ」
――外……ああ、アソコのバルコニーからか。
――別に外を見たって、いつもの光景か、それとも汚れた世界が広がっているだけなのに。
――日の光を浴びるのも億劫だ。おれは外の世界なんか見たくない。モニターの中に映し出される世界を見ていたい。
――どうせ。
――どうせ。
――――この世界には、自由なんてないんだから。
「「えっ…………?」」
――は? え? 何かの映像じゃないよな……? 嘘、現実……?
――風の感触……草の匂い……灰色の世界なんて、何処にも見当たらない。
――そ、空に、今飛んでたのって……ドラゴン……?
――何だろう、ここは凄く心地が良い。
――待て待て待て……確かあの人この世界とか言ってたよね? じゃ、じゃあ、この状況って……。
――ああ……何だか、眼前に広がるこの世界のように、ウチの中で何かが広がっていく……。
「ここはお前達から見れば、異世界という場所だ」
――じゃあ、間違いなくコレって……!
――という事は、やっぱりウチは……。
「私の願いを叶えたのなら……お前達には、この世界での自由を与えてやる」




