第四十話 推理は今日も切願だ!⑰
この学園で、何度も見た夕焼け空。
夕方を迎える度に、もう一日が終わってしまったと落胆したり、犯人が現れるんじゃないかとヒヤヒヤしたり、その犯人と闘う為に勇気を奮い起こしたり。
そんな、落ち着きも何もない一日の終わりを何度もここで迎えてきた。
だが、それも今日で最後だ。
「あーあ、ホントあっという間に終わっちまったなぁ。学園生活」
「そうね……本当はもうちょっと居たいけど、そろそろ子供達にちゃんと構って上げないと機嫌損ねちゃうから、仕方ないわね」
「だな。俺もハイデル構ってやんなきゃだろうなー」
「何で子供とハイデルの扱いが同列になってんのよ」
「だってハイデル最早大型犬じゃん。本音を言えばリムの方を優先して構いたいけど、アイツは俺とリムの隙間に顔をねじ込ませてくるような奴だぜ?」
「本当に大型犬みたいな例え方するんじゃないわよ。なのにイメージ出来てしまうのが……」
そんないつもの何て事無い会話をしながら、学生服を返却しいつもの格好に着替えた俺達は校門へ向かう。
もう俺はワズミリョージじゃないし、リーンもルナ・ヘルゼルブじゃない。
この名前はたった一週間だけ編入してきた謎の生徒として、この学園に残っていくのだろう。
そう思うと、一足先に卒業した気分になってくる。
「あっ、二人ともー!」
「やっと来たのね」
校門に辿り着くと、ソコにはテレシアとマシュアが待っていてくれた。
「二人とも、どうしたのよ?」
「お見送りに決まっているじゃない。今日で最後なんだから。なのにゴメンナサイ、本当は小さくてもお別れ会をしたかったのだけれど、何も出来なくて……」
「気にすんなよ」
教育実習生みたく、何週間も居たわけじゃないからな。
この二人以外にも仲良くはなれたとは思うが、それでもたった一週間。
余程の思い入れがなければ、ほんの数ヶ月で忘れるような存在だったんだ。
それでもこうして、クラスメイトが見送ってくれる。素晴らしい事じゃないか。
「そう言えば、バイスとフィーネは?」
「それがさー、フィーネは今回の事件の事情聴取と時間が重なっちゃってー、今学園長室で警察の人と話してるみたいー。でもだからって、バイスが来ないのはなー。アイツにとっても、二人は恩人の筈なのに」
リーンの質問に、少し不機嫌そうな様子でマシュアが頬を膨らませる。
「いや、別にいいさ。っていうか、さっきバイスと少し話したし」
「そうだったの? だったら校門まで見送ってもいいんじゃないかしら?」
「アイツはそんな奴じゃねーのは、お前らが一番分かってるだろ? 男の別れってのは、サラッとしてるもんさ」
「なーに格好付けてるんだか……」
フッと鼻を鳴らして言ってみせるも、呆れ気味のリーンの呟きが邪魔をする。
顔を少し顰めていると、マシュアがリーンに寄り掛かってきた。
「あーあ、寂しくなるなー。二人が来てから本当に色々あってー、騒がしくって大変だったけどー、本当に楽しかったんだ-」
「私もよ。こんなに楽しかったのは、本当に久しぶりだった。素敵な思い出をありがとう」
「ううー……何か泣けてきちゃったぁ-」
「別に、今生の別れって訳じゃないんだから。また会えるわよ」
「それでもやっぱり、寂しいわ」
ウルウルと瞳を潤ませるマシュアを囲んで、少しシンミリとした雰囲気で別れを惜しむ女性陣。
確かに今生の別れって訳じゃない。また会えるときが必ず来るだろう。
でも、それがいつになるか分からなければ、やっぱり不安になる。
だからこそ、俺は……。
「なあ、テレシア、マシュア。一つ、提案があるんだ」
「何?」
少し不思議そうに首を傾げる二人に、俺はずっと思っていた事を口にした。
「もし、お前らが良かったらさ……是非教師として、バルファスト魔王国に来て欲しいんだ」
「「えっ!?」」
まさかそんな事を提案されるとは思っていなかったのだろう、二人は思わずと言ったように声を上げた。
「私達が、教師としてバルファスト魔王国に……? でも、何で……」
「そりゃ、二人の夢が教師だからさ」
「でも他に適任はいっぱい居るんじゃないかなー……?」
「んな事はねえよ」
仲良くなったとしても、王様からの直々の提案だ。
自分達には荷が重いと言いたげな顔をしている二人に、俺は肩を竦めながら。
「知っての通り、バルファスト魔王国には教育施設が無い。今から造るにしたって数年は掛かる。だからそれまでに二人は教師になるための勉強を頑張ってくれ。そんで二人が立派な教師になれた時に、何時でも受け入れられるようにしておくよ。今回の事件を解決したお礼に、学園長先生が直々に学校造りを協力してくれるようになったからさ。割とすぐに完成すると思う。給料の方は…………頑張る」
「最後が一番重要なのに自信なさげね!?」
「だって国家資金少ないのお前もよく知ってるだろ!? 教師の年収っていくらなんだっけ……結構高くしなきゃだよな、やっぱり」
なんて、提案しといて計画性の無い事を本人達の前で暴露してしまう。
そんな俺を見て二人は顔を見合わせて、クスリと笑うと。
「それじゃあ、私達も頑張るしかないわね。王様直々にお願いされたなら、エリート教師にならなくちゃ」
「だから高収入を期待してるよー?」
「お、おう! 任せとけ!」
「ありがとう、テレシア、マシュア」
話に、一区切りついてしまった。
俺達を迎えに来たリムが、そろそろ宮殿へテレポートしてきた頃合いだろう。
何時までもここで、学生らしく駄弁っている訳にもいかない。ここらでお別れだ。
「じゃあ、またな」
「バルファストで待ってるわ」
俺とリーンはそれだけ告げると、今度こそ学園を出た。
暫く進んだ後、俺は一回だけ振り返った。
校門にはまだ、テレシアとマシュアが残っていて、ここからでも見えるように大きく手を振っていた。
だから俺も、《《三人》》に大きく手を振り返して、再び正面を向いた。
「――アイツ、本当に視力どうなっているんだろうな」
校舎の三階の廊下、校門がよく見えるこの場所で、窓の外を眺めていた僕は苦笑しながら独り言を呟いた。
僕からは殆ど豆粒のようにしか見えなかったが、最後アイツが手を振り替えしたとき、確かにコチラに向かって手を振っていた。
流石は魔神眼の保持者だ。という事は、僕が小さく手を振っていた事も気付いていた訳だ。
クソ、恥ずかしいな……。
と、今更ながら自分の気を許した行動に羞恥していると、慌ただしく廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。
「バイスー!」
「フィーネ。終わったのか?」
チラと視線を横にずらすと、息を切らせ疲れた様子のフィーネが立っていた。
「ふ、二人は!? まだ残ってる!?」
「もう出て行ってしまった」
「そんなー! まだお礼言い足りてないのにー! い、今から全速力で追い掛ければ間に合うかな!?」
「無理をするな、まだ本調子じゃないんだろう?」
「で、でもぉ!」
「また今度、会った時にでも言えばいいだろう」
それでも気が収まらない様子のフィーネに対し少し笑うと、僕は再び窓の外に視線を移した。
スッカリ日も沈んでしまっている。今までずっと校門で手を振っていたレクティオとモーテも、去って行く様子が見えた。
「それより、何でここに居るの? 二人のお見送りは?」
「しなくてもいい」
「駄目じゃん! 何で行かなかったの? 私の事待ってなくても良かったのに!」
「べ、別に待ってなんかいない」
「だったらこんな誰も居ない時間帯に三階の廊下で黄昏れてる訳ないじゃん! まったくもー……ありがとね」
「……フン」
コイツは何の前触れも無く急に可愛らしくなるから困る。
恐らく僕の顔は赤くなってしまっているだろうが、夕焼けのお陰で誤魔化せている……筈だ。
「本当に心配無い。さっき、ワズミと話したしな」
「あ、そうだったんだ。何話したの?」
「まあ、なんだ……スカウトされた」
「……スカウト!?」
その単語に、フィーネは眼を見開く。
正直僕も、それには面食らった。
「な、何の!?」
「『ウチの国にはロクな教材無いからよ、バイスがウチに来て作ってくれないか?』だとさ。要するに、魔王城の学者としてのスカウトだな」
「す、凄いじゃん! 王様直々のスカウトだよ! 何て返事したの?」
「断った」
「…………ええ!?」
つい二日前まで誘拐され監禁されていた身とは思えない程元気だな、コイツは……まあ、勿論良い事なんだが。
「僕はジーニア家を立て直さなくてはいけないんだ。それはお前だって知っているだろう?」
「そうだったね……うん、じゃあしょうがないか」
「何より、僕はアイツの部下になんてなりたくない」
「普通に私情じゃん!? 魔王様と仲良さげだったのに!?」
「だとしても、あんなうるさくて卑猥で面倒臭そうな奴の部下は嫌なんだよ」
「酷い言いよう! っていうか、卑猥なの魔王様!?」
「アレはただの助平だ。しかも自分でも認めているし僕もその片鱗を垣間見た……だいぶヤバいぞアイツ」
「えぇー……確かにアタシ達の馴れ初め聞きたがってたけど……」
自分を助けてくれた奴がそんな男だったのかと知ってしまい、何とも言えない顔になっている。
それがおかしくて、僕はまたもやクスリと笑ってしまう。
「ま、アイツは諦めていないようだったがな。『じゃあお前が家を建て直したら、もう一回スカウトしに来るから!』だと」
「なーんだ、じゃあ受ける気満々じゃん」
「何でそうなる!?」
「だって、バイス嬉しそうだもん」
「……ッ。と、とにかくだ。僕はまだまだやらなきゃいけない事が山積みなんだ。話はそれからだ」
僕は少しだけ顔を逸らし、自分の顔を少し引っ張った。
まったく、嬉しそうだなんてそんなふざけた事が……。
などと顔を顰めていると、左肩に寄り掛かった感覚が。
「そうだね。アタシ、ずっと隣で支えてあげるから」
「……急にどうした」
「んーん、別に。ただそう思っただけ」
僕の左肩に寄り掛かったフィーネは、何故か瞳が少し潤んでいるように見えた。
…………。
「……なら、サッサと山積みになったやるべき事を終わらせるか」
「うん」
「という事でだ。早速今度の休み、お前の実家に挨拶に行こうと思う」
「うん…………うん!?」
数秒間の沈黙の後、フィーネはバッとコチラに振り向いた。
その顔は薄暗くなってしまった廊下でも分かってしまう程、真っ赤になっている。
「な、何でそんな、いきなり……!?」
「いずれ通らなくてはならない道だったからな。なら早い段階の方がいいだろう」
「と、通らなくちゃいけない道って……それって、つまり……!」
「ホラ、そろそろ帰るぞ。女子寮の前まで送ってやる」
「あっ、待ってよー!」
僕が一足先に歩き出すと、フィーネが慌てた様子で僕の隣に並んできた。
……なあ。僕は自分でも、面倒臭い奴だと思っている。
そしてその面倒臭さは未だにこびりついていて、多分取り落とせるものじゃない。
だからきっと僕は、今度またお前に頭を下げられたって断ってしまうのだろう。
だが、今度はそのまま別れたりなんかしない。
一旦断ってから改めて、わざわざ僕の方から、自信を持って言ってやろうじゃないか。
『このジーニア家の教材を、使わせてやろうか?』とな。
だからそれまで待っていろよ、リョータ。僕の友達。




