第六話 孤児院は今日もドタバタだ!①
狼騒動から早三日。
フォルガント王国との同盟、もとい交易のため、この三日間街中を歩き回り国民にその話をして回った。
正直、俺はこの国で一番高い立ち位置、魔王であるため、俺が独断で決めてしまってもいいのだが、何かそれだと荷が重いというか何というか。
なのでわざわざ国民一人一人に意見を聞き、もし同盟が悪い結果になった場合、『は~!? お前らも同盟結ぶのに賛成したじゃん!』と、責任を少しでも軽くしようとしているのだ。
最初は、半年前まで戦争してた国だし、反対意見も多いだろうと思っていたのだが、今の所反対意見が一つも無い。
うちの国の連中はお人好しなのか、それともバカなのか。
とりあえず今現在の国の方針は、同盟に賛成するということだ。
しかし、まだ同盟の話をしていない奴らがいる。
恐らく、フォルガント王国との同盟に反対するであろう奴らと。
そこで、今俺はソイツらがいるであろう施設の前に立っていた。
「おお……意外とちゃんとしてる……。あーあ、急に来たらリーンの奴怒るだろうなぁ……」
そう、俺はリーンが院長をしている孤児院に来ているのだ。
俺が言ったように、もし俺が来たらリーンに絶対叩き出されると思って今まで来たことはなかったが、実際来てみると意外と外見は綺麗だった。
敷地に広がる青々とした芝生に、ポツンと大きな木が一本生えている。
そして白いレンガで出来た建物の造りは、田舎とかにある小さめの学校と似ている。
「さてと、そろそろ行くか」
だけど建物の中に入らなければ、孤児達とは話が出来ない。
俺は恐る恐る玄関の扉に近づくと、コンコンとノックした。
しばらくして、扉の向こうからトタトタと足音が聞こえ、扉が少しだけ開く。
そしてその間から七、八歳ぐらいの女の子が顔を除かせた。
「えっと、どちら様でしょう……?」
「俺はツキシロリョータ、この国の魔王さんだよ。今、リーンいるかな――」
――ガチャリ。
「……えっ?」
俺が身体を屈めて自己紹介すると、女の子は突然扉を閉めた。
「えっ、ちょっ、えっ?」
何で、俺何かした!? 俺ちゃんと名乗ったよ!? ヤクザの管理員とかじゃないよ!?
なぜ? どうして? がおがおぷーっ!
などと、しばらく混乱していると、扉の奥から再び駆けてくる足音が。
よかった、戻ってきてくれたのか……。
……ん? 何か足音多くねえかああああああああああ!?
違和感に気が付いた瞬間、扉の奥から大量の子供達が襲いかかってきた。
「お前が魔王か! ここから出てけー!」
「このっ! このっ!」
「またこのパターン!? っていだだだあああああ!」
この前兄貴君を捕まえた時のように、俺は子供達にたこ殴りにされる。
「何で!? 俺お前らに何かした!?」
そう俺が涙目で叫ぶと、先程玄関の扉を開けた女の子が。
「だ、だって……ママが『リョータって言う新しい魔王が来たら、みんなで協力して叩き出しなさい』って言ってたから……!」
「あのクソアマアアアアアアアアアアアアアアア!!」
アイツどんだけ俺の事嫌ってんだよ!?
あの夜俺に対して見せたツンデレはいずこに~!?
「今ママの事クソアマって言った!」
「やっぱり悪い人なんだ! 出てけー!」
ダメだ、もう泣きそうだ!
と、子供達に叩かれ、殴られ、蹴られ、俺の心と身体がボロボロになりかけていた時。
「おいお前ら、止めろ!」
幼いながらも、凜とした声が玄関の方から聞こえた。
その声に、子供達はピタッと動きを止める。
そして子供達は俺から離れていき、うつ伏せになった俺の前に一人の少年が腕を組みながら歩み寄ってきた。
「コイツらが群がってたって事は、テメエが新しい魔王か……って、お前あの時の貧乏くせえにーちゃんじゃねえか!」
「よお、兄貴君じゃないか……」
兄貴君は魔王が俺だったのが驚いたのか、眼を丸くさせている。
「テメエ、この前といい今といい、コイツらにやられるってあの中二ヤローと同じぐらいの雑魚じゃねえか……!」
「おい止めろ、俺はただ不意打ちを食らっただけで、まともにやり合えば負けねえから!」
「その強がり方まんま中二と同じじゃねえか!」
「うぐう……ッ!」
ぐうの音は出ないが、その代わりにうぐうという音は出た。
いや、そうじゃなくて。
「なあ、今リーンはどこ行ってる……?」
「今は俺とタメぐらいの女と一緒に買い出しに行ってる で、何の用だよ?」
俺は立ち上がり、パーカーに付いた土汚れを払いながら訊くと、兄貴君は腕を組んだまま答える。
タメぐらいの女ってのは恐らくリムの事だろう。
「ちょいとお前らに話があって来た」
「話ぃ?」
「おう、だからちょっといいか?」
俺は後でリーンの野郎ぜってー許さねえと思いながら、怪訝そうな顔をしている兄貴君に歩み寄った。
「――反対だ」
「ですよね」
兄貴君と未だ不審がっている子供達に連れられ、孤児院の中でここに来た理由を説明すると、開口一番に兄貴君が言った。
「何だよその反応、俺がそれに反対するの知ってて来たってのか?」
「まあなぁ」
「何だよそれ」
兄貴君は怪訝そうにしているが、その気持ちは分かる。
なにせ、魔王が孤児に対して国の同盟の話を持ちかけ、そして反対意見も織り込み済みだと言っているのだ。
おかしいと思わない奴の方がおかしい。
「マウント取るつもりじゃないけど、うちの国の連中はほぼ全員一致で賛成してるぞ」
「ケッ、バカかよ」
何度も言うようだが、バルファスト魔王国とフォルガント王国はほんの半年前まで戦争をしていたのだ。
兄貴君の発言も、あながち間違いではない。
もしかしたら、フォルガント王はコミュ力高いウェイ系なのでは?
「なあ、何でわざわざ俺なんかに意見聞きに来たんだよ? お前魔王なんだろ?」
などと、頭の中で勝手にフォルガント国王をイメージしていると、兄貴君が疑るように訊いてきた。
「まず、俺が独断で決める勇気が無い。あと、もしその同盟が上手くいかなくなったときに少しでも俺の責任を軽く出来るからだ」
「「「「「「「う、うわぁ……」」」」」」
兄貴君を含めたその場の全員が俺にドン引きしている。
引くな引くな、ハモるなハモるな!
「ンンッ! 話を戻すが、何で反対なのか聞かせてくれ」
俺は軽く咳払いをすると、兄貴君は深いため息を付く。
「……理由は分かってんだろ?」
「……そだな」
コイツらが何故反対なのか。
それは十中八九、向こうの人間に親が殺されたからだ。
「まあ、全ては先代魔王サタンが悪いって事は分かってる。でも俺達はやっぱり、向こう奴らとは仲良く出来る自信が無い」
兄貴君は真剣な眼差しをこちらに向ける。
周りの子供達も親のことを思い出しているのか、みんな暗い表情だ。
正直、コイツらが反対と言っても、それより何十倍もの国民が同盟に賛成している。
普通なら多数決で決めるか、そもそも孤児の意見なんて聞かないと思う。
だけど、俺はコイツらの気持ちを汲んでやりたいとも思う。
では、どうすればいいか?
そう、俺が沈黙の中で唸っていた時だった。
「ただいま-」
「お邪魔しまーす」
ガチャリと扉が開き、紙袋を抱えたリーンとリムが俺達がいる部屋に入ってきた。
「アレ、リョータさん? 何でここに……」
しまった!
家でいかがわしい事してる時親が乱入する前に足音で察知するという、男なら誰しも持っている聞き耳スキルを発動していなかった!
と、後悔するのも仕方がない。
リムは俺を見て不思議そうに首を傾げているだけだが。
「あんた……ここで何してんのよ?」
その隣のリーンはもの凄い睨んでくるのだ。
「「「「「「ヒエッ……!」」」」」」
周りの子供達もその迫力に怯え、身を寄せ合っている。
「おい、子供達が怖がってるじゃねえか……」
俺はそう強がりながらも、ジリジリと後ろに下がる。
「質問に答えて。何であんたがここにいんの?」
そしてリーンは俺にジリジリとにじり寄ってくる。
「いや、ちょっとコイツらにも同盟について意見が聞きたくてな……」
どうせ言っても信じてくれないんでしょうけどねえええええええ!
そう思っていた俺だったが、リーンはその言葉に足を止める。
「それ本当?」
「あ、ああ。このにーちゃんの言うとおりだ」
そしてリーンはそばにいた兄貴君にそう訊くと、兄貴君は引きつった笑みのまま素直に答えてくれた。
その答えに、リーンはふぅと小さく息を吐くと、俺をジト眼で睨みつけながら。
「子供達に何もしてないならいいわ。まったく、来るんだったら私に言いなさいよ!」
「お前俺の事なんだと思ってやがる。あと俺がお前に言ったところで絶対拒否するだろ、コイツらに俺が来たら叩き出せって言ったくせによ」
「はぁ? 何言って……あっ」
俺が吐き捨てるように言うと、リーンは『あ、ヤべッ』みたいな顔になった。
「……おい今『あっ』っつったよな? 『あっ』っつったよな?」
「…………」
立場逆転。今度は俺がにじり寄ると、リーンは目を逸らした。
「……お嬢ちゃん、このママが魔王を叩き出せって言ったのはいつぐらい?」
俺は近くにいた角が生えている女の子に身を屈めて笑顔で訊くと。
「えっと、確か二週間前だよ」
二週間前と言えば、俺がこの世界に転生した日だ。
「そうかそうか、つまりリーンは俺がこの国に来た直後にコイツらにそう言って、そのまま言ったこと忘れてたって事だな?」
「……………………ゴメン」
コラ、もっと大きな声で言えよ。




