第四十話 推理は今日も切願だ!①
学園生活五日目……に、なるはずだった朝。
俺は一人、誰も居ない一年一組の教室の机に座り、ジッと腕を組んでいた。
そして周囲を見渡しながら、ボソッと一言。
「臨時休校……まあ、そうなるわな」
立て続けに二人の生徒が、この学園から姿を消した。
そして今回の件で、コレが何者かによる誘拐事件だったという事が明らかになった。
だからだろう、昨夜シルビー先生は『危険だと分かっている事に自ら飛び込まないで!』とお叱りを受けてしまった。
そしてこれ以上生徒の身に何かあってはいけない。だから学園長は、事件が解決するまで学園を閉める決断をした。
日が昇っているのに誰も居ない学園の中というのは、かえって不気味に思えた。
「あー……」
俺はチラと目の前の机の上に散らばっている紙束を見た後、呻き声を上げるように背もたれにもたれかかった。
この紙束は俺の徹夜の結晶……という言い方は変だが、俺が夜通し今回の事件の内容や疑問点を綴ったメモだ。
流石にここまで謎が沢山あると自分の頭の中では整理できない。だからこうやって紙に色々書いて纏めているのだが……量に対して実際全然纏まらない。
フィーネを攫った密室のトリック、マシュアを攫った際姿を消した犯人、その犯人の正体、二人の居場所。
そのどれもこれも、ある程度の仮説は立てられているのだが、決定的な根拠となるパーツが無い。
そのパーツさえ見つかれば……何とか……。
「…………」
……駄目だ、眠くなってきた。流石に徹夜はキツかったか……。
集めた証拠を実家に持って帰って解析すると出て行ったバイスを除いて、みんな仮眠は取れている筈だ。
ちょっと、大体30分ぐらい……脳を休めなきゃかもな……。
…………。
………………。
……………………。ハッ、普通に意識飛んでたわ。
しかもいつの間にか机に突っ伏してるし。
どのくらい寝てしまったんだ? 多分一時間以上は経っていないと思うけど。
体感的には十分寝れた気はしない。でもまあ、少しは休息が取れただろう。
このまま二度寝して本格的に夢の世界に行きたいという気持ちをグッと堪え、俺はぼやける視界のまま顔を上げた。
「あっ……」
「…………あ?」
すぐ目の前に顔があった。だが少なくともリーンやテレシア、アルベルトではない。
「あべぶびゃあああああッ!?」
そう瞬時に判断した俺は奇声を上げると同時に跳ね起きると机の上に転がっていたペンを引っ掴み戦闘態勢を取った。
そうだよ、まだ犯人学園内に居る可能性もあるんだ、何呑気に寝てるんだよ俺!
邪魔な存在である俺を始末する事も視野に入れているかもしれないんだ! 今まさにこうやって…………?
「…………レイナぁ?」
「お、おはようございます、魔王さん」
見間違いかと思いながらも目を擦ってもう一度見てみても、正真正銘のレイナだ。
いつもの勇者装備を身に纏っているレイナは、この教室という空間の中では少し異様に見える。
「……あっ、ってかゴメン! 条件反射で危うくレイナの顔面にペン突き立てるところだった!」
「い、いえ、寧ろ魔王さんが寝ているのにあんな至近距離に居た私が悪いです……!」
慌ててペンを机の上に置き謝罪する俺に対し、レイナは顔を赤くしながら首を横に振る。
何故あんな至近距離に居たのかとか、何故顔を赤らめてるんだとか色々聞きたいところだが止めておこう。
「っていうか、え……? 何でレイナがここに? 服装を見るにお姫様のお仕事って訳じゃなさそうだし」
そもそも、他の勇者一行メンバーはどうした? 周囲には居ないみたいだけど。
「はい、今日はこの後少し遠くの村まで向かう事になっているんですけど、それまで魔王さん達を手伝える事があったらって思い立って……」
「それでこんな朝早くから……」
「他の皆は?」
「私だけです。正直に言ってしまうと、私のワガママでここに来させて貰っていますから」
「そっか……でも仕事詰め込むのは良くないぜ? ただでさえレイナは多忙の身なんだから、休めるときに休んどかないと」
「えっと……」
そんな俺の言葉に対し、レイナは苦笑いを浮かべながら机の上に散乱する紙をチラ見した。
……うん、俺が言えた事じゃないな。
「……昨夜、再びこの学園で事件があったと聞きました。しかも誘拐事件だと発覚したとも。それを聞いて、居ても立っても居られなくて……それに魔王さん達に任せっぱなしはよくないと思ったんです。いくらそういう契約だといえ、魔王さんがこの国の問題を何とかしようとしているのに、何だか自分だけ申し訳なくて……」
「契約っていうか、学校について勉強したいって俺とこの事件を解決して欲しいって先生の利害が一致してるだけなんだけどな。それにこれは俺がやりたいって思ってる事だし……」
そう言い掛けて、俺は言葉に詰まった。
ふと、カムクラでのあの光景が思い浮かんだからだ。
レイナは自分の知らない所で俺が傷付いているのが嫌だと言った。
実際に今、俺の顔には湿布やら絆創膏やらが貼られている。そしてそんな俺の顔を見て、レイナが悲しそうな顔をしている。
フィーネとマシュアが心配だというのも本心だろう。でももしかしてレイナは、俺の事も心配をして……?
「……やっぱり手伝って欲しい、かな」
「ほ、本当ですか? じゃあ、私は何をしたらいいでしょうか?」
「うーん……いきなり調査云々をレイナに手伝って貰うのはちょっと酷だし……えと、俺の警護? とか?」
「やります」
「食い気味ぃ」
そこまで俺の事を心配してくれてたのかよ。
「でもやっぱり一国お姫様に護って貰うとか普通に失礼というか、男としてあまりにも情けない気がするというか……」
「やります!」
「凄い食い気味よろしくお願いします!」
自分で提案しといてやっぱ無しと言い掛けるもレイナの勢いに押されて、大きく頷いてしまう。
基本消極的なレイナがここまでグイグイ来るとは……嬉しいような、やっぱり情けないような。
なんて思ってると。
「話、一通り済んだみたいね」
「リーン」
教室の出入り口から、マグカップを持ったリーンが入ってきた。
ちなみにちょっとまだ眠そうな顔をしている。
「何だ、レイナの事もう知ってたのか」
「アンタより先に会ってたのよ。アルベルトさんはまだらしいけど。ホラ」
「わーい、コーヒーだ」
俺はリーンから受け取ったコーヒーを啜り、息を溢す。
「……なんか温くない?」
「淹れて30分経ってるから」
「なら早く出せよ!?」
「さっき出そうとしてここに来てみたら、丁度アンタが寝落ちたのよ。だから起きるまで待ってたの」
「……ゴメン」
俺は素直に謝るともう一度コーヒーを啜ろうとして、ふとコーヒーに映る自分の顔を見つめた。
…………。
「……どうしたのよ? わざわざ淹れてやったってのにこれ以上文句言うなら」
「いやいや違う違う! ちょっと考え事……」
「そ? で、これからどうするの? 何か分かった事は?」
「残念ながら……あとはバイス頼りになるかもな。でも今日は授業が無くなっちまったし、折角だから順を追ってまた調査してみようと思う」
少し勢いを付けて立ち上がり、ウンと伸びをしながら言う。
未だにトリックが分からない。という事は、俺は何かを見落としているという事だ。
なら最初に戻って改めて調査を進める。もうそれしか出来る事がない。
「よし、まず会議室に行こう」
俺はコーヒーを一気に飲み干すと、散乱している紙を軽く整頓してから四階へ向かった。
道中レイナに今までの簡単な調査報告をし、俺達は四階に辿り着いた。
このフロアは相変わらず人気がないし、ほのかに焦げた臭いも漂っている。
早速俺達は会議室に入る。
「これは……」
始めて現場を目の当たりにしたレイナが、少しだけ眉をひそめる。
学園長曰く、事件が解決するまでこの会議室は使用禁止にするそうだ。そのお陰で、中央の長机の燃え残りも未だ残っている。
絨毯は……だいぶ乾いてきてしまっているな。
「で、再調査するって言っても、そもそも一体何が分からないの? 昨夜からずっと『あとはアレさえ分かれば……』てぼやいてたじゃない」
絨毯にペタペタ触って屈んだ状態のまま考え込む俺に、リーンが訊ねてくる。
「お前も学園長から聞いてたろ? この学園の四階の防犯システム」
「ええ……この四階は重要な部屋が多いから、このフロア全体に魔力を感知する魔道具が取り付けられてるって」
「王宮の宝物庫のようですね」
「ああ。そして事件当時、犯人はフィーネを攫い部屋の鍵を掛け、オマケに火も放って消えた。なのにアラームは一回だけしかならなかった。しかもその使った魔法ってのが、俺の過視眼を始めとする探知系の魔法を阻害する魔道具によるものだ。だから謎なんだよ、犯人はどうやってこの一連の行動を行えたのか」
この魔力感知というのがなかなかに優秀で、微々たる魔法も発動した瞬間にアラームが鳴る。
ちなみに普通のスキルもユニークスキルも、更には魔神眼にだって反応する。実際に実験してみたから間違いない。
だからどんな形であれ、魔力を使った時点でアラームは鳴ってしまうのだ。
「逆にこの防犯システムが事件を更に複雑にさせてるんだ」
これを取り付けた学校側に文句はない。
ただ、もしこのアラームを犯人が自身のアリバイ工作に利用していたとしたら、厄介この上ないのは確かだ。
「う、ううーん……正しく謎、ですね……」
「真相に近付くごとに事件が複雑化していく……」
レイナもリーンも首を傾げて唸っており、ずっと難しい顔をしている。
でも、何かしらの穴があるはずなんだ。
犯人にしか分からないような、穴が……。
「今考えたって何も分からねえ。とにかくもう一度、この部屋を調べ…………ええ……」
そう振り返って言い掛けた瞬間、俺は固まった。
「リョータ?」
「どうしましたか?」
そんな俺の奇行に二人は首を傾げ、そのまま俺が凝視している会議室の扉の方に振り返る。
「……何も無いじゃない。疲れ過ぎて限界が来たんじゃないの?」
「まだ頭はちゃんと機能してるよ。そうじゃなくて」
リーンがそう言って肩を竦める。だが、俺は大きくため息を溢すと二人の間を通り抜けて、そのままズンズンと進んでいく。
そのまま早歩きで廊下に出ると、俺は正面に向かって。
「なーに逃げてんだよ覗き魔め。エッチ、変態騎士団長!」
「僕が風呂を覗いたみたいに呼ばないで欲しいな!?」
「えっ!? ア、アルベルト、さん……?」
「うぐっ!?」
突如何も無い空間からアルベルトの声が聞こえたように思えたのだろう、レイナが目を見開く。
やがて観念したかのように、透明化していたアルベルトが姿を現す。
「相変わらず君にはバレてしまうんだな……」
「まったくビックリして漏らすかと思ったわ。振り返ったら半透明の変人が顔覗かせてたんだから」
人差し指で頬をポリポリと掻きながら、苦笑を浮かべるアルベルトに俺は再びため息を溢す。
ちなみにアルベルトも疲労が溜まっているようで、目の下に隈が浮かび上がり、若干髪の毛がボサボサしていた。
そんなアルベルトに、レイナはぎこちないながらも笑顔を向けて。
「え、ええっと……おはようございます、アルベルトさん」
「や、やはりレイナ様、なのですね……!? あああ、何と言う事だ……! ぼ、僕を、今の僕を見ないで下さい……!」
「ど、どうしたんですか……!?」
突然レイナを拒絶するかの用に背を向けて蹲ったアルベルトに、レイナが驚きと心配が混じった様子で覗き込む。
そんなレイナに対し、アルベルトは顔を両掌で覆い隠しながら。
「こんな……こんな隈が深く浮かび上がったみっともない僕の顔を、レイナ様に見られたくない……!」
「スッピン見られたくない女性みたいな事言ってんじゃねえよ」
騎士団長とは思えないような女々しい発言に、俺は思わずツッコミを入れた。
「だって! 僕はレイナ様といつでも顔を合わせられるよう、毎日洗顔を念入りに行っているんだ! でも今はこんなにガサガサだ……こんな汚い顔で、レイナ様とお話ししようなどと……!」
「というかそれで汚い顔面って言うんなら、今の俺の顔面は何なんだよ」
こちとら顔面湿布と絆創膏塗れでボロボロなんだぞ。
そして俺だって毎日洗顔してるんだぞ!
「というか、何でお前透明化しながら付いてきたんだよ?」
「ついさっき顔を洗おうと廊下に出てみたら、レイナ様と思われる姿が目の端に映って……見間違いじゃないかと思いつつ、コッソリ三階から後を付けてみたんだ……」
「申し訳ないけど、アンタ不審者みたいよ。透明化使ってると尚更」
「ただでさえスケベな能力なのにな」
「僕のインビジブルをスケベな能力なんて呼ばないでくれ! そ、それよりもレイナ様、何故貴方様がここに……?」
「えっと、ですね……」
若干半泣き気味になりながらも、アルベルトは恐る恐るレイナに訊ねる。
何故レイナが学園に来ているのか、本人の口からザッと聞き終えたアルベルトは、そのまま感極まったように口元を手で押さえる。
「なんてお優しく慈悲深い……! これから村への視察が控えているというのに、他人のためにここまで……!」
「それを言うなら、魔王さん達も……」
「止めとけレイナ。例えやってる事が同じでも、コイツにとってはお前の行いの全てが『赤ちゃんが初めて立ち上がった』レベルの感激なんだよ」
コイツのレイナへのヨイショっぷりはウチのハイデルに通ずると思う。
お互いに大変だな、こういうおべっかな部下を持つと。
「……でも、アルベルトさんだってそうですよ?」
「へ……?」
「だってこの学園の事件、本来なら騎士団長であるアルベルトさんがここまでしなくてもいい筈です。なのにアルベルトさんは、夜なべしてまで頑張っているじゃないですか」
レイナはそっとアルベルトの手の甲に手を添えると、慈愛に満ちた笑みを向ける。
「そ、それは、ここが僕の母校だからというか、騎士団長としての責任の取り方というか……」
「それでもアルベルトさんは、私よりも偉いんです。それにその隈も肌も、アルベルトさんの頑張った何よりの証拠なんですから、笑ったりしませんよ」
そう言ってニコッと笑顔を向けるレイナは、正しく天使であった。
そして同時に焦る。
……レイナ、お前は未だに気付いていないのか。
自分のルックスと慈愛に満ちた笑顔の凶暴性を。そしてそれが人々に、そしてアルベルトにどんな影響を与えるのか。
「あっ……がは……!」
「ア、アルベルトさん!?」
膝の皿が割れるんじゃないかと言わんばかりの勢いで膝から崩れ落ちたアルベルト。
そしてゆっくりと、目の前のレイナの顔を見つめる。その目には、一筋の涙が。
「ああ……なんて、なんて勿体ないお言葉を……! 僕、嬉しすぎて、このまま昇天してしまいそうな心地です……ッ!」
「あ、相変わらずね、この人……って、何か段々透明になってってるけど!? ユニークスキル!? それとも本当に昇天しかかってるの!?」
膝をついたまま段々と色褪せていくアルベルトの姿に、リーンが若干引き気味になりながらツッコミを入れる。
――ブーッ。
「アラーム鳴ったって事はユニークスキルだな」
「アホクサ」
「アホクサとはなんだい!」
「まあまあ、取りあえず立てって」
隣の学園長室の方から微かに聞こえたアラーム音を聞きながら、俺は苦笑交じりにアルベルトに手を伸ばし……………………………………。
「……どうしたんだい? そんな呆けたような顔で固まって……」
「…………」
「ちょ、ちょっと? 僕はこの手を素直に取ってもいいのか? なあ?」
「……………………」
「と、取るよ? 立ち上がらせてくれてありが――とぅわあッ!? 何故僕の手を振り払って走り出すんだ!? 酷いな!?」
そんなアルベルトの文句を完全にスルーし、俺は一目散にそのまま廊下を突っ切り階段を駆け下りる。
「…………」
そして三階へ降りると同時に踵を返し、今度は階段を駆け上がる。
そのまま十秒もしない内に四階の廊下に舞い戻ってきた俺は、再び硬直する。
そんな俺の気が触れたとしか言いようが無いであろう奇行に、三人が顔を見合わせる。
「あ、ああ……あ……」
「ちょ、ちょっとリョータ……? 大丈夫……?」
「あ……へ、は、あああ……? へぁ、あああ……ッ? ああああ……!?」
「ま、魔王さん……!?」
「ああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」
「完全に頭がおかしくなってしまってるじゃないか!」
そして窓ガラスをぶち破らんとばかりに大絶叫を上げた俺は、そのまま正面に立っていたアルベルトに抱きついた。
「うおわああああ!? 何、何なんだ!? 怖い、怖いって!!」
「アルベルト、お前本当に最高だぁ! ありがとう、ありがとう、大好きだぜええ!!」
「「ええええええええ!?」」
「そんなんだから男色家とか言われるんじゃないか! 何だっていうんだ!?」
顔を青ざめさせ引き剥がそうとしてくるアルベルト。
俺は興奮が冷めないままに、三人に向けて盛大に言い放った。
「謎は全て解けたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!?」
「うるっさいってのッ!!」
リーンの脳天チョップが見事に決まり、折角の興奮が意識と共に途絶えてしまった。




