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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第九章 ワンウィーク・スクールデイズ
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第三九話 放課後は今日も閑寂だ!⑦


「…………」


ワズミ達と一旦分かれた僕は、校舎の西側の塀の付近を彷徨っていた。

ここにも何人か警察が居るが、騎士団長様が話を通しておいてくれたようで、怪訝な視線を向けてくるだけで僕に対し何も言ってこなかった。

正直そちらの方が有り難い。警察が無能という訳ではないが、実際に僕一人で黙々と調査をしていた方が捗る。

だが。


「今の所、めぼしい証拠は無し、か……」


今回の事件も明らかに計画的だった。

例えば、実行委員の生徒達が会議をしていた教室の窓だけ内鍵が開いていた。コレは恐らく、学園に潜入している犯人が予め開けておいたのだろう。

そして学園の灯りが全て消えてしまった件に関しては、仲間の内の一人がタイミングを計らって制御盤を停止させた。

この学園の灯りを制御する制御盤がある部屋は地下にある。警察の一人がその痕跡を見つけたと言っているのを耳にした。


そして二階の教室からモーテを抱えて飛び降りた犯人とその仲間は、この西側の塀で仲間と落ち合う予定だったのだろう。

校舎の西側は比較的他と比べて人が少ない。その上、丁度学園が管理している森と街の境がある。森に隠れるもよし、街の路地を走り抜けるもよし。逃走するには好都合だ。

まあ、ワズミというイレギュラーが入った事により、色々狂ってしまってるだろうが。

麻痺で動けなかったワズミが犯人を追い掛けるために突き進んだ跡や、地面に刺さった投げナイフがいい証拠だ。

だが投げナイフに関しては、市販の何処の道具屋でも売っているようなものだったので、犯人の居場所を特定する証拠にはならない。


「さて、と……」


取りあえず、犯人が教室に侵入してから逃げるまでのルートを辿ってみた。

残すは本命、ワズミが犯人の内の一人に噛み付き時間を稼いだ場所と、引っ剥がしたフード付きの外套だ。

何か、ほんの僅かでも後を追える手掛かりがあれば……。

そう僕が期待と不安を噛み締めていると、何やら騒がしい声が聞こえて来た。

耳を澄ませてみる。何やら誰かが言い争っているようだ。一人は女か?

……うるさいな、調査の前に様子を見てみるか?

そう思い、僕は声が聞こえる正門の方へと向かってみた。

すると一人の警官とウチの学園の女子生徒の姿が見えた。


「ここを通して下さい! マシュアが攫われたって、本当なんですか!?」

「今学園内は関係者以外立ち入り禁止です、どうかお引き取りを」

「私は関係者です! マシュアの、その……親友です!」


…………予感はしていた。

モーテが攫われて、コイツがただ黙っているとは思えなかったから。

僕は一度止めた足を、再び進める。


「すまない、いいか?」

「えっ!? バイス!? 何で貴方がここに!?」


僕の顔を見てソイツは……テレシア・アルダ・レクティオは驚愕に眼を見開いた。

まあ無理もないだろう。まさかただの生徒、しかも実行委員でもない僕が居るとは微塵も思っていなかった筈だ。


「彼女は今回の事件の重要な参考人だ。どうか中に入れてくれないか? 調査の邪魔はさせないよう、僕が見ている」

「いやしかし……」

「きっとバルファストの使者も僕と同じように言うだろう。何なら、彼女の事を伝えてもいい」

「分かりました……一応、使者様と騎士団長様に伝えに行きます」

「助かる」


警官はそれだけ言うと一礼して、駆け足でこの場を去って行った。

それを呆然と見つめていたレクティオは、ハッと我に返ったように僕の肩を掴む。


「ね、ねえ! マシュアが攫われたっていうのは……本当なの……? それにこの事を教えてくれた実行委員の子が、リョージとルナも何故か現場に居たって伝えてきて……教えて、何がどうなっているの?」


少しまだ混乱した様子ながらも、しっかりと僕の目を見つめて訊ねてくるレクティオ。

……丁度、僕もコイツに言っておかなくちゃいけない事があった。


「歩きながら話す」


僕はそう言って踵を返し先程の現場に戻る道中で、今までの経緯をレクティオに伝えた。

犯人が今夜再び事件を起こす可能性があった事、モーテを狙っている可能性があった事、ワズミとヘルゼルブと共に張り込んでいた事、この話をモーテに黙っていて、彼女を犯人をおびき寄せる餌にした事。

そして結局、取り逃がしてしまった事。

僕の後ろに付いて歩くレクティオの顔は見えない。ただ、ずっと黙って僕の話を聞いている。


現場に戻ったのと話が終わったのは同時だった。

僕はレクティオの方へ振り向くと、そのまま深く頭を下げた。


「今回の件は完全に僕の責任だ。あの二人は関係無い、立案者の僕がもっとちゃんとしていれば、モーテを連れ去られなかった……本当にすまない」


コイツがモーテと仲が良かったのは知っている。

だからこそ、僕は謝らなければいけない。

自分がプライドが高いことは自覚しているつもりだ。

だがここで謝らなければ、僕は……。

頭を下げたまま、僕は拳を握り絞める。少し経って、レクティオが何かを言うために息を吸う音が聞こえた。


「……その謝罪は、マシュアとフィーネをソイツらから取り返してから、改めてあの子の前でしなさい」

「何……?」


てっきり罵倒の一つでも降りかかってくるものだと思っていた為、僕は思わず顔を上げた。そして初めてレクティオの顔を見た。

確かに怒っている……怒っているが、僕を蔑んだり軽蔑したりするような視線ではなかった。

寧ろ、何処か同情するような眼で僕を見つめている。


「貴方がフィーネを連れ戻す事に必死だったのは分かったわ。最近貴方色々と調子が悪そうだったものね、納得したわ。流石にフィーネと恋人関係だったというのは驚いたけれど……」

「しゃ、喋るなよ、誰にも……」

「分かってる。でも許した訳じゃないわ。ちゃんとその謝罪を行動で示しなさい。勿論、私も手伝う」

「……勿体ない言葉だ」


僕はもう一度深く頭を下げると、気持ちを切り替えて現場に視線を向けた。


「ここはつい先程、ワズミが犯人達と揉み合った場所だ。ここに何か、犯人の手掛かりになるようなものが落ちていればいいんだが……」


そう言って僕はライトの魔法で辺りを照らしながら膝をつくと、注意深く地面を観察し始めた。


「そんな都合良く落ちているものなの?」

「流石に犯人達の所有物は無い。僕が捜しているのはほんの小さな、例えば犯人達の靴の裏に付いていた土や植物片などだ。その土や植物片の種類を分析し何処に分布しているか調べれば、大体の目安は付けられる」

「出来るの?」

「少々時間が掛かるが可能だ」

「流石」


元々僕の実家は教科書などの教材開発に力を注いでいる。だから色々な資料やサンプルが実家にある。勿論、植物や土も。

幸い実家は端っことは言えこの王都にある。行こうと思えばその日のうちに行ける距離だ。

まあ、分析できるだけの痕跡が残っていなければ意味は無いが……。


「見当たらないな……」


周囲の至る所に足跡があるが、植物どころか草の一欠片も見当たらない。

クソ、もっと目を凝らせ……ほんの一欠片でもいいんだ……。


「何かしら、コレ……」

「! 何か見つけたか?」


不意に僕の後方に立っていたレクティオが、そう小さく呟きその場に屈む。

そして何かを摘まみ上げて、僕の顔の側に持って来た。


「コレは……藁?」


レクティオの指先に乗っていたのは、藁の欠片だった。


「みたいね。この学園で藁を使う場所なんて精々馬小屋だろうけど、こことは反対側にあるし、犯人達の付着物じゃないかしら?」

「学園で使っている藁よりも色が薄い……間違いないな。レクティオ、それをこの袋の中に。サンプルの採取用に用いる特別製のものだ」


レクティオが袋の中に藁の欠片を落としたのを確認すると、僕はそれを懐に仕舞った。


「しかし藁か……ただの馬の餌という可能性もあるな」

「どちらにせよ、証拠は少ないわね」

「ああ……残すは、コイツだけか」


僕は収納魔法の中からある物を取り出した。

それを見て、レクティオは首を傾げた。


「ソレは?」

「ワズミが犯人の一人から引っ剥がした外套だ」


先程用務員室で待機していた際、ワズミが僕にこの外套を預けてきた。

ワズミは収納魔法が使えないらしく、ずっと手に持っていても邪魔だが、かといってそこら辺に置いておくと犯人に回収されるかもしれないと、半ば強引に押し付けてきた。


「でも、こんな所で調べなくてもいいんじゃないかしら? 明るい校舎の中の方が……」

「犯人はまだこの校舎に潜んでいる可能性が高い、二人きりだと危険だ。ここは僕らの目の付く場所に警官が居る。少なくとも中よりは安全だ」


犯人は誰なのかまだハッキリしていない。

そんな中、不用意に人目から外れるのはかえって危険だ。

正直僕は、犯人が確定するまで学校関係者の全員に信頼を寄せることはない。

そして勿論、レクティオもだ。

心苦しいが、コイツのあの怒りも言葉も全てが虚言であるという可能性もゼロではない。

だからこそ、警察が居るここで調べるんだ。


「ねえ、この腕の部分に動物が噛み付いた跡があるわ。歯形を調べれば、何か分かるんじゃないかしら?」


などと思っていると、レクティオが自慢げに外套に付いたその噛み跡を見せつけてきた。

先程藁の欠片を見つけた事で少し調子に乗っているのだろうか。


「それはワズミが付けたものだ、証拠にならない」

「……えっ、ちょっとまってリョージが付けたって何? どういう事?」

「どうもこうも、アイツが犯人の腕に噛み付いたからに決まってるだろう」

「何故噛み付く必要があったの!?」


説明する時間が惜しいので、僕はレクティオの質問を無視して注意深く外套を観察する。

布の材質は麻布か。手触りはかなりザラザラしている。

確かにクッキリと噛み跡が残っているし、その部分に血が滲んでいるのは気になるが……ん?


「コレは……」


僕は外套の背中部分に付着していた物を、摘まみ上げてみてみた。

コレは……綿? いや動物の毛か?

フワフワと柔らかい白い綿毛だ。

しかし何の動物の毛だ? あまりに小さすぎて判断ができない。


「この毛に見覚えはあるか?」

「うーん……少なくとも馬ではないわね。私あまり動物やモンスターに詳しくないから」

「僕も知識として知ってはいても実物を見たことはあまりないからな……」


などと、レクティオと眉をひそめて悩んでいた時だった。


「テレシアー!」

「あっ、リョージ……」


ドタドタと慌ただしい足音を立てながら、ワズミがコチラに駆け寄ってきた。

そしてそのまま、地面に膝と額を擦りつけながらスライディングしてきた。


「ゴメンッ! 俺……ッ!」

「……バイスから諸々聞いてる。取りあえず今貴方を責める事はないわ。どうか頭を上げて…………す、凄いボロボロね。尚更責められないわよ、こんなになるまで頑張った人に」


レクティオが引き気味になるのも頷ける。

普通他国の使者が一週間の付き合いもない者に対して、ここまでする事はない。

正直、お人好しという言葉で片付けてもいいものかとも思う。

何がコイツをここまで動かすのだろうか。

と、遅れてヘルゼルブと騎士団長様もやって来た。


「テレシア……」

「ルナ、言わなくても分かるわ。大丈夫」

「……ありがとう」

「騎士団長様も、いきなり押し掛けてしまい申し訳ありません」

「いや、いいんだ」


短く言葉を交わした三人を横目で見ながら、僕はワズミに歩み寄った。


「調査は済んだのか?」

「大体はな。そっちは?」

「コレを見つけた。外套の背中部分に付着していたものだが、何なのか分からない」


僕は指先の綿毛をワズミに見せる。

一応証拠らしきものがあったという報告であって、別にこの綿毛が何なのか訊ねている訳ではない。

しかしワズミはジッと綿毛を観察し、少し悩む動作を見せたと思いきや、すぐにポンと手を叩いた。


「……ヤギだな」

「何?」


ヤギだと? 確かに、言われて見ればヤギの毛にも見えるが……。


「おい、何故そう断言出来る?」

「俺の小学校……いや、俺が通ってた学校の初等部の飼育小屋にヤギが居たんだよ。それに俺飼育委員だったからさ、そのヤギに身体擦りつけられてて……そのせいで、服によくこういう毛がビッシリ付いちゃうんだ」


ヤギを飼育する学校など聞いた事がないが……だが、コイツは間違いないと言わんばかりに頷いていた。

藁にヤギの綿毛、となると……。


「おーい、お前さんら」


頭の中で考えが纏まりつつある時、不意に遠くから呼び掛ける声が聞こえた。

振り返って見てみると、用務員が湯気が立っているマグカップを持ったまま歩み寄ってきていた。


「用務員さん? どうかしました?」

「今、学園長先生がお見えになってな。それを伝えに来たんだ」

「学園長先生が?」

「あとお前さん二人、一年一組だろ? 担任も来てるぞ」

「シルビー先生まで……」


まあ自、分の受け持っているクラスの生徒が立て続けに誘拐されればな……。


「……分かりました、わざわざありがとうございます」

「おうよ。じゃ、若いもんが夜遅くまで頑張ってる中で申し訳ないが、俺は帰らせて貰うな。眠くてしょうがねえ」

「こちらも、色々対応してくれてありがとうございました」


ワズミはヒラヒラと手を振りながら去って行く用務員に対し律儀に深くお辞儀をすると、こちらに向き直った。


「取りあえず、先生達に会いに行くか……どうしよう怒られねえかな……?」

「流石にそんな事はしないわ……多分」

「多分って単語が付いてる時点で怒られるの確定なんだよぉ……」


そう、グッタリとした口調で覇気の無い声を出すワズミ。

しかしその瞳は、先程よりもずっと鋭く光っていた。

……僕達が別れた後、コイツはコイツで色々と何か気付いた事があるようだ。

ならば、僕も負けていられないな。

とにかく、徹夜でこの藁とヤギの毛を分析してみるか。

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