第五話 勇者は今日も最強だ!⑥
バルファストの正門前の平原は、ブラックドラゴンとの戦いによってえぐれた地面や吹き飛ばされた城壁のレンガが至る所に散らばっており、四日前の戦いの激しさを物語っている。
さて、レイナの主人公属性によってモンスターの群れが攻めて来てしまったという今の状況。
冒険者達が各々の武器を持ち、正門を守るように立っている。
そして目の前に広がる平原には、何十何百というモンスターが群れを成していた。
その群れを成しているモンスターの名はデビルファング。
この魔界に生息しており、血のように濁った赤色をした瞳に真っ黒な体毛をした、狼系のモンスターだ。
普通、狼系のモンスターは一匹一匹の強さが弱いため五~八、多くて十匹で群れを作る。
なのに今俺達の目の前には、それをはるかに超える数のデビルファングが、食欲と殺意剥き出しで向かってきている。
しかし俺達は動かず、ただ立っているだけで何もしない。
いや、何も出来ないと言った方がいいのだろうか。
それもしょうがないだろう、だって――。
「はあああああっ!」
『『『アオオオオォォォ――!』』』
――この世界で最強の四人組が、目の前で戦っているんだから。
「ええ……ナニコレ? オーバーキルにも程があるだろ……」
俺は目の前で倒れていくデビルファングを呆然と眺めながら呟く。
今の状況を説明しよう。
最初はうちの国の奴ら(俺は除く)は、戦う気満々だったのだが、この群れの数を見て戦意損失。
しかし不幸中の幸い、勇者一行が動けない俺達の代わりに前に飛び出したのだ。
そして、今現在。
「やあああああっ!」
『『『キャアンッ!』』』
「おうらっ!」
『『『ウウウウゥゥ……』』』
何というか……その……凄いことになっていた。
語彙力が全くない言い方だが、そう表現するしかない。
「なあリーン、コイツらヤベえよ怖すぎるだろ……」
「当たり前じゃない……だって勇者一行なんだから……」
あのブラックドラゴンを蹂躙していたリーンでさえ、俺の隣で震えている。
俺が見ても分かる。
目の前で剣を振っているレイナは、リーンの速さを超えていた。
「い、一体何が起きてるんだ……?」
「分からねえ……早すぎて見えねえよ……」
周りの冒険者なんて、顎が外れんばかりにあんぐり口を開け、戦闘の風圧で吹き飛んできた土の塊が口に入っても微動だにしない。
恐らく、周りの奴らにはデビルファングが倒れていく様子しか見えないのだろう。
しかし、俺は魔神眼の力で一応目の前で何が起きているのか分かる。
では、一体何が起きているのか。
まず、目の前でワンドを掲げて立っているフィアだが、恐らく強化魔法を使っているのだろう、レイナ達の前身が淡く光り輝いている。
しかし、それだけではない。
突っ立っているフィアに隙ありィィとばかりに飛び込んでいくデビルファングが、突然顔がグニャリと曲がり地面に倒れていく。
フィアは仲間を強化しているだけではなく、自分の周りに光り輝く魔法の壁を作っているのだ。
デビルファングがそれでも突っ込んでいくことから、恐らく魔神眼を持っている俺以外に見えないのだろう。
まるでポケ●ンのひかりのかべみたいだ。
続いてその隣で呪文を唱えまくるジータ。
一体コイツはどんなヤバい魔法を使っているのだろうか、空は相変わらず晴れているのに突然雷がデビルファングに直撃し、巨大な竜巻が何個も渦を巻き、ありとあらゆるものを吹き飛ばしていく。
これぞまさに天変地異。
続いて、群れの中心で大剣を振り回しているエルゼ。
その大剣が地面に振り落とされると大地にヒビが入り、大剣の餌食になったデビルファングが潰れていく。
そう、切るのではなく、潰すのだ。
コイツは一体どんな腹筋をしているのだろうか。
エルゼの表情が少しだけ楽しそうなのは気にしないでおこう。
そして極めつけはレイナ。
レイナが剣を一振りするだけで、飛びかかった何十匹のデビルファングが地面に落ちる。
俺の眼でさえ、レイナの動きを捉えるので精一杯だ。
しかも、フィアの強化魔法ではない、何か神聖なオーラがレイナを包んでいる。
正直、その光は俺のフラッシュよりもはるかに眩しい。眼が潰れそうだ。
以上、これが目の前で起きている光景。
ここまで見た俺の結論。
「やっぱ世界征服なんてやるもんじゃないな、うん」
そう締めくくっている間に、あのドス黒い波のように押し寄せてきたデビルファングは、たった四人の少女達の手によって全滅しかけていた。
しかし、ここで予想外の事態が発生。
「オイ、アソコ見ろ!」
とある冒険者が叫び指差した方向に視線を動かすと、森の入り口に巨大な黒い塊があった。
いや、塊じゃない。アレは……!
「なんだあのバカでかいデビルファングはああああああああ!?」
それは、二階建ての民家にも及ぶ巨体の、巨大なデビルファングだった。
いや、ただ巨大なだけじゃない。
その異様に発達した爪や犬歯、纏っている禍々しいオーラ。
明らかに、ソイツは他のデビルファングとは一線を画していた。
「ア、アレはまさか、デーモンファング!?」
「デビルじゃなくてデーモン!?」
「ええ、あのモンスターはデビルファングの突然変異種! その巨体からは想像も出来ない素早さで駆け、一瞬で相手の首を頭ごと食い千切る! 『黒の疾風』という二つ名がついた非常に強力なモンスターです!」
「何でそんなのがこのタイミングで来るんだよおおおお!?」
ハイデルの説明を聞き、俺は頭を抱えて叫ぶ。
レイナの言う通り、マジで突然変異種が来たのかよ!?
ああヤバイ、レイナに向かって走り出した!
「レイナー、気を付けろー! というかもう逃げてーッ!」
俺は喉が裂けんばかり怒鳴り、レイナにそう伝える。
しかしレイナは剣を構えると、その場で身を低くしだした。
「な、何やってんだよレイ……ナ……?」
な、なんだ?
レイナの身体を纏っていた光のオーラが、レイナの剣に集まっていく……?
しかも何だ、ここからでも伝わるレイナのプレッシャーは!?
「ハアアアアアァァ……!」
レイナは二つ名の通り、黒の疾風となって突っ込んでくるデーモンファングを見据え、大きく剣を振りかぶる。
そして、剣を纏うオーラが輝きを増したその瞬間。
「『ブレイブ・ムーンライト・ストライク』――ッ!」
世界が真っ白に染まった。
「――ふう……皆さん、大丈夫でしたか?」
袖で額を拭ったレイナが俺達に笑顔で訊いてくる。
その笑顔はもう天使のように優しく愛らしい。
なのに震えが止まらないのは何故だろう?
きっとその理由は、あんなヤバそうな登場をしたのに呆気なく真っ二つにされたデーモンファング君の死骸がそこに転がっているからだ。
「ヤベえよスゲえ怖えよ、絶対あの狼達『解せぬ』って思って死んでいったでしょ……」
「一応、これ以上この場所を荒らさないように手加減はしましたが……ちょっとえぐれちゃいましたね。ゴメンナサイ……」
「手加減……」
多分、一端のチート主人公じゃ絶対に敵わないんだろうな。
シュンと申し訳なさそうな顔になるレイナに対し、俺は今すぐ『お、お助けー!』と両手を挙げながら逃げたい気持ちをグッと堪え、素直な感想を口にした。
「これでドラゴンの件の仮はチャラだな!」
「ええ? そう……なのかぁ?」
ガチャンと背中に大剣をしまうエルゼに、俺は首を傾げる。
うん、何か違う。
俺達の命掛けたあの激戦と、メッチャ苦も無く戦ったあの蹂躙とでは釣り合わない気がする。
「……うん、でもまあ助かった、ありがとう」
それでも街の危機を救ってくれたことには変わりない。
俺は勇者一行に深々と頭を下げた。
「何というか、魔王に頭を下げらて感謝されるなんて、ちょっとへんな気分です」
そんな俺に、フィアが恥ずかしそうにニパッと笑いながら言う。
う~ん、フィアも普通に可愛いと思うんだよなぁ。
「白髪の聖職者が……白髪の聖職者が……!」
後ろの中二が頭を抱えて震えていなければ。
「おい、いつまでも震えてんじゃねえぞレオン。お前闇を何とかして影をどうにかする夜の王なんだろ?」
「バカ者、貴様にはあの恐怖が分かるまい! あの眩く光り輝く退魔魔法を食らい消えかけたあの恐怖が!」
「な、何かすいませんです……」
どうやらレオンはフィアがトラウマになってしまったようだ。
「ねえ、リムちゃんだったかな? 僕の魔法、どうだった?」
「す、凄いとしか言えないです……あんなに上級魔法を同時に使うなんて……!」
そんなレオンを気にも止めず、少し離れた所でジータがリムにフフンと自慢げに胸を張っていた。
そんなジータに、リムがキラキラとした憧れの眼差しを向けていた。
同じ魔法使い職だから、あんな凄い魔法を使いまくって平然としているジータに憧れを抱くのは当然だろう。
「実は魔法の同時発動にはちょっとしたコツがあるんだ。もしボク達とフォルガントに来れば、色々と教えてあげるよ?」
「ほ、本当ですか!? いやでも……」
「おいコラジータ、ウチの貴重な常識人をテイクアウトしようとしてんじゃねーぞ」
ジータの提案に揺れ動くリムに、俺は思わず口を挟んだ。
冗談じゃない、うちの国の大事なロリッ娘件妹枠を取られてたまるか。
するとジータは唇を尖らせ、ちぇーと言いながら足下の小石を蹴飛ばす仕草をした。
俺はため息をつくと、近くに転がっていたデビルファングの亡骸に近づき、かがんで指でツンツンと触ってみる。
「しっかし、何でこのタイミングで狼の群れが攻めて来たんだか……」
「リョータちゃん、ちょっといい?」
「ん? どうしたローズ? ってちょ……!」
すると、後ろからローズが俺とデビルファングの亡骸の間に割り込んできた。
はあ……! 大人の女性を思わせる甘過ぎない香りが……!
今更になってドギマギしてしまった俺を知るよしもなく、ローズはデビルファングの亡骸の頭部に頭をかざし、静かに目を瞑った。
「何やってんだ? モンスターには精神魔法効かないんじゃなかったか?」
「それは相手を操ったりする、相手に何らかの効果を与える精神魔法の事よ。今私は、この狼ちゃんの記憶を読んでるの」
「記憶ぅ?」
「何でバルファストに攻めて来たのか、この狼ちゃんの記憶を見て確かめてみるの。だけどモンスターの場合は、記憶というよりも感情が見えるわ」
目を瞑りながら説明するローズの掌が、淡い紫色の光を放っている。
「……お前、凄いのか凄くないのかよく分かんねえよな。ってか、精神魔法メインだったら、お前の個性の一つである透視眼の存在が薄くなるぞ? セクハラ行為にしか使わねえし」
「ちょっとそんな事言わないでよ、魔法が途切れちゃったじゃない! それに、私の透視眼の存在を薄くしているのはリョータちゃんでしょ!? その眼を持ってるリョータちゃんが!」
「あんなのお前のとは別物だ! あの日からずーっと練習してんのに、やっぱりスケルトンにしか見えねえんだよ!」
ちなみに、その練習相手(俺が勝手に見ている)が、リーンやカミラさん、ついでにローズという事は内緒である。
「ねえ、さっきから何の話をしてるんだい?」
「何でもねえよ。それよりも、何か分かったか?」
怪訝な表情を浮かべるジータに適当に返すと、再び記憶を読み始めたローズに訊く。
「ううん……断片的にしか見えないけど……何かに対しての恐怖……それと、空腹の感情が見えたわ」
「恐怖と空腹?」
何じゃそりゃ?
空腹は分かるが、恐怖が理由で何でここに攻めて来たんだ?
しかも何百匹もの群れになって。
そう俺は腕を組んで悩んでいる傍ら。
「なあ、勇者さん! あんたやっぱりスゲえな! あんな大群相手に一歩も引かないなんて!」
「ごめんな、さっきは出たなんて言っちまって」
「前々から思ってたんだが、勇者一行って美人だよな~」
「え、えっと……ありごとう……ございます……」
冒険者達がレイナを囲み、賞賛を浴びせていた。
レイナは頬を少し赤らめ、恥ずかしそうにしている。
コイツら、俺が頑張って考えてる間に……!
などと思いながら、俺が冒険者達を睨んでいると。
「はいはいあんた達、この子が困ってるじゃない。その辺にしときなさい」
冒険者達をかき分けて、リーンがレイナを庇うように立った。
すると冒険者達は渋々とレイナから離れていった。
さすがリーンママ! 俺に出来ない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! 憧れるゥ!
だって俺がもしそんな事したら叩かれるもん! 俺魔王なのに! 畜生ッ!!
などと思っていると、レイナがこちらに近づいてきた。
「あの、魔王さん。今からまた同盟の話を……という訳にもいかないので、今日はいったん帰りますね」
「そうだな。お前らが次また来るまでに、こっちも色々と考えてみるわ」
といっても、交易材料何も持ってないんだけどね!
レイナにそう言いながら、どうしようかと考えている方や、ジータが平原に大量に転がっているデビルファングの亡骸を魔法でかき集めていた。
「このデビルファングの素材は君達にあげるよ。ドラゴンの素材とは釣り合わないけど」
「ああ、ありがとな。……そう言えばリーンが切り落とした角、アレ貰っちゃっていいか? ってか、もう武器にして貰うために街の鍛冶屋に出しちゃってる……んだ……が……」
不意に、自分が言っていた言葉に何か違和感を感じた。
……ドラゴン……恐怖……空腹……。
…………そして勇者一行。
このワードが頭をよぎった瞬間、俺は近くでデビルファングの亡骸の山を興味深そうに眺めているハイデルに。
「……なあハイデル。デビルファングって主に何食ってるんだ?」
「確か……デビルファングは主に大型モンスターを群れで狩っております。あと、小動物なども好んで食すとか」
………………。
固まる俺の傍ら、腰に手を当てたエルゼが爽やかな笑顔で。
「よし、これで一件落着だな――」
「――ちょっと待て」
俺は片手を突き出しエルゼの言葉を遮る。
「どうしたです?」
怪訝な表情を浮かべるフィアに、俺はとある質問をした。
「なあ、俺達が魔王城で話したとき、ジータが言ってたよな? 『ここに来るまでに大型モンスターがわんさか襲いかかってくる』って。お前ら、この付近の大型モンスターどのくらい倒した?」
「ええっと確か、三十は超えていたです。まあ、私達にかかればどおってことないのです! あっ、その時の素材は全部ジータの魔法で持って帰ったです」
そう自慢げにいうフィアに、俺はある確信を持った。
「……この世には、生態系ってもんがある」
「えっ、何急に語り出してんのよアンタ……」
腕を組んで集団から離れながら話し始めた俺に、リーンがちょっと引いている。
「この付近でも食って食われるような生態系があって、それでバランスを取っているんだ。だけど、そこにあまりにも強大な力を持った奴が来たら、生態系が乱れちまう」
地球でも、外来種の問題とかがよく上がっていたし、この俺の推測は間違いないだろう。
「ど、どういう事ですか、魔王様?」
いまだに分かっていなさそうなハイデルを始めとした面々に、俺は背中越しに説明した。
「まず、この前のドラゴンが来たことによって、モンスターや動物なんかが本能で巣穴に引っ込んだんじゃないかと俺は思う。そして次の日。モンスター達は一日中何も口にしていなくて腹が減っていた。そこに現れたのがお前ら勇者一行だった」
「わ、私達ですか……?」
「ああ、お前らは見た目はただの女の子。モンスター達にとって、ただの人間は絶好の獲物だったはずだ。だけど相手は世界最強。狼系のモンスターは賢いから、コイツらには絶対敵わないって分かってたんだろうな。だけど、凶暴で、その上空腹な状態の大型モンスターにとって、そんな事お構いなしだったんじゃないか?」
「た、確かに、あの時はデビルファングは襲ってきませんでした」
俺の説明に、レイナが思い出すように言う。
「多分、ローズが言っていた恐怖ってのはブラックドラゴンとお前ら勇者一行の事だったんじゃないか? そして、次に出た空腹という感情。それはドラゴンと勇者一行によって獲物である大型モンスターが少なくなっちまったから、獲物が捕れず飢えていたからじゃないか?」
「ま、まさか……」
後ろの奴らも、段々と理解し始めたようだ。
「そう、だから狼達はこの街まで下りてきたんだ。この数だ、小動物だけじゃ空腹は満たされない。多分、奴らは腹が減ってしょうがなかったから、恐怖なんか忘れて勇者一行に襲いかかってきたんだよ」
俺の推測に、周りの冒険者達の注目が勇者一行に集まる。
「ええっと、あの……その……!」
そんな大衆の視線に涙目になっているレイナを見ながら、俺はスウッと息を吸い込む。
そう、それはつまり――。
「またお前らかよもおおおおおおおうッ!」
「ゴメンナサーイッ!」
登場人物紹介 パ~ト6
レオン・ヴァルヴァイア
魔王軍四天王の最弱キャラ。自称、闇を司り影を操る夜の王。普段から痛々しい台詞を吐きまくり、
よく街の子供達にボコボコにされる中二病。だが、以外と常識人。《シャドウ》という影の中を自由に移動したり、影を具現化し操るユニークスキルを持っているが、ヴァンパイア族は昼間になると弱体化する特性を持っているため、影が出る昼間しか、シャドウを使えないという悲しい奴。リョータは中二病はレオンだけだと思っているが、彼はまだ知らない。ヴァンパイア族は痛々しい奴だらけだと言うことを……。




