第三九話 放課後は今日も閑寂だ!②
体育祭の準備がスタートするからだろう、放課後になっても学園中は昼食休みと同じくらい騒がしかった。
体育祭があまり得意ではない自分でも、こういう準備期間というのは妙にワクワクするものだ。
毎日同じような学生生活。でもこの時ばかりはいつも通りじゃない特別感で溢れていて。
寧ろ本番は訪れないで欲しい、ずっと準備期間であって欲しいと願ってしまうのだ。
そんな喧噪を、人気の無い空き教室からボンヤリと聞いていると、グッタリした様子のバイス忌々しげに俺を睨みつけて来た。
「昼休憩の時間は散々だった……なんて下らない猥談に僕を巻き込むんだ。おかげで周囲から白い目で見られたじゃないか!」
「でも、あの三人衆からはもう嫌な事言われないと思うぜ?」
「誰もアイツらと仲良くなりたいなんて言っていない! というか、よくあんな下らない猥談でこうも仲良くなれるものだな……」
「基本男ってのはエロい話吹っ掛ければ自ずと仲良くなろうとしてくるもんなんだよ」
「僕は違うからな!?」
と言いつつも、コイツが妙に聞き耳を立てていたのは気付いている。
スケベに無頓着な男なんてそうそう居ない。つまりコイツはムッツリだ。
レオンと仲良くなれそう。
「にしてもリー……じゃなくて、ルナの奴おっせえなぁ」
「今回は一緒に来なかったな?」
「いや、ちょっと用事があるって。すぐに向かうとは言ってたけども……」
リーンを待ってかれこれ10分だ。放課後のいつ犯人が動き出すか分からない以上、早めに話し合いを始めたいのだが……。
と、夕日を眺めてボンヤリしていると、この教室に駆け寄って来る足音が。
「ゴメン、遅れた!」
謝りながら教室に入ってきたリーンの様子を見て、俺はふと気になった。
リーンがあからさまに肩で息をしていたからだ。
「ん? お前が息切らせるなんて珍しいな。普段ならバルファスト外周十回してもケロンとした顔するような体力お化けなのに」
「流石に私でもそこまで走ったら普通に息切れするから……精々七周だから……!」
「それでも七周は息切れしねえってのがお化けじみてるんだよな」
俺だって、やっとこの前ノンストップで三周出来たばっかなのに。
ちなみにバルファストの外周は大体十数キロメートルってとこだ。
うーん、やっぱりお化け。
「さて、今朝言われたとおり二人目の被害者となり得る奴の候補を調べてみた。まあ、ほぼ僕の想像によるものだ、過度な期待はしないで欲しい」
「それでも目安付けられるだけありがたいわ。私達はこの学園の生徒の事、全然知らないもの」
リーンはバイスにそう言い、近くの椅子に腰掛ける。
しかし、妙にソワソワしているというか、落ち着きが無いようにも見える。
何だろう……怪しいな。
と気にしている最中、バイスは自身のメモ帳の栞の挟まれたページを開くと、改まったように語り始めた。
「今日遅くまで校舎内に残るであろう実行委員会の中から、人質としての価値がある奴が三名居る。まず一人目は実行委員長である三年、マリー・リダ・ヴァラーズ。辺境伯家の娘で家は中央との繋がりも強い。二人目は副委員長のガリオン・シラ・フリーク。伯爵家の跡取りだ」
成程、委員長と副委員長か。
しかも二人とも良いとこのお嬢さんお坊ちゃんって感じか。
「三人目。正直、人質として狙われるにはコイツが一番可能性が高い」
「誰?」
「……モーテだ」
「「マシュア!?」」
衝撃の三人目に、俺とリーンは思わず声を揃えてその名を叫んだ。
「モーテの実家はバルファストで一二を争う大商人。金はそこらの貴族よりも持っている。そして何より、モーテは金持ちの家の娘というだけで、決して貴族ではない。貴族では無い以上、連れ去られた際に国が動く事はない」
マジかぁ……まさか、最有力候補がマシュアだなんて。
本当に誘拐犯側にとっちゃ良いカモじゃないか……。
「……折角出来た友達を囮にするみたいで、あまり気乗りしないわ。や、残りの二人の場合もそうなんだけど」
「まあ、あくまでかもしれないって範疇だから、杞憂になってくれるに越したことはないけど……」
「それだと犯人が分からないままだ。だからアイツはこのまま泳がせておくし、僕は犯人が現れてくれることを願う。後で責められようと構わない。そうしなければ、フィーネを助け出せない……」
そう、バイスは少しだけばつの悪そうな顔をして言った。
確かに何も知らないマシュアを囮にするなんて危険なことだし、それで犯人が釣れて欲しいなんて発言、酷いなんてもんじゃない。
でも実際に、これ以上の進展が無いのも事実。
「…………」
リーンが難しい顔をして黙り込んでいる。
まあ無理もない。リーンは人一倍、友達意識が強いからな。
「分かった。マシュアを重点的に陰から護衛しつつ、犯人が現れたらとっ捕まえて情報吐かせる。それでいいか?」
「ああ……すままい」
「コレで共犯だな。怒られるときは一緒に頭下げるよ」
そう言って、俺は笑みを作った。
「放課後になったばかりで生徒も多い。恐らく犯人が現れるであろう時間帯は六時過ぎからだ。それまで準備をしよう」
「おう!」
「……分かった」
バイスの指示に俺が明るく返事し、リーンが遅れて静かに頷いた。
そしてそのまま、椅子からゆっくりと立ち上がり……上着のポケットから何かが落ちた。
それは空中を振り子のようにユラユラと落ち、俺の靴に当たった。
「何だコレ、手紙?」
「え……ぁッ」
ソレを拾い上げてみると、綺麗な封筒に入った手紙だった。
俺が封筒からはみ出している紙を引っ張り出したのと、リーンが変な声を上げたのはほぼ同時だった。
そして、俺の視界に、ある文章が飛び込んで来た。
『一目見た瞬間から、貴方を――』
「ッ!」
「…………」
リーンが慌てて俺の手から引ったくるも、俺の反応を見て読まれた事が分かったようで、掌で目元を覆って呻き声を上げた。
「何だ? お前達、急にどうしたんだ?」
その一部始終を見ていたバイスが、怪訝そうな顔で見つめてくるが、そんな事よりも。
今の手紙って…………ラ、ラブなレター……?
い、いや、な、何かの見間違いかな? まだ、一文しか読んでないんだし。
好きとかラブとか愛とか恋とか、そういった単語目に入らなかったし!
早合点が良くないよなぁ、うん!
と、勝手に自分の中で終わらせようとするも、リーンがポツリポツリと、まるで独白するように。
「実は、その……昼休みにね? アンタ達が居ない間、一人の男子に声を掛けられて……」
……な、成程。
きっと何かの部活の勧誘とかかな?
「それで、放課後に時計塔の下に来て下さいって言われて……それでさっきまで、ソコに居たのよ」
…………も、もしかして、決闘かな?
リーンがバカみたいに強いって事は学園に知れ渡ってるみたんだし、バトルジャンキーな学生が決闘の申し出をしたんだろうな。
き、きっとそうだ、きっと……。
と、自分でもバカだと思うような憶測を建てていると、言いずらそうに口元を動かしていたリーンが、少しだけコチラの様子を伺うようにして。
「……告白された」
「…………………………………………」
告白。その単語が耳に入った瞬間、俺の表情筋が全ての機能を失った。
「ワズミ、真顔の標本みたいになってるぞ……」
「いや、勿論私はあと三日しか居ないし、立場があるから無理だって断ったけど……その後、続けて別の男子に呼び止められて……この手紙渡されて……」
「…………………………………………………………」
「残像が残るほど小刻みに震えているんだが……」
「最終的に、ここに来る道中四人ぐらいに告白されちゃって……」
「――――」
「足の骨が消え失せたように崩れ落ちたぞ……!?」
……正直、用事があると言われた時点で予想はしてた。
だってリーン明らかにモテモテだったもん。そりゃ勢いで告白しちゃう気持ちも分かる。
でも、まさかこの10分で四人って……。
「変なリアクションしないでよ! 全部断ったって!」
恥じらいか怒りか、リーンは顔を赤くして崩れ落ちた俺を乱暴に立ち上がらせようとする。
確かに、リーンは特に親しくない男と付き合うような奴じゃないとは分かっている。
でも四日目でコレだ、きっとこのラスト三日間で更に告白されるだろう。
でも…………万に一つが、あるかもしれない。
そう思うと、胃が締め付けられたように痛くなる。
そして、何よりも。
恐らく一目惚れしたであろう四人の男子生徒。彼らはちゃんと告白という行動で好意を示した。
だが、俺は……いくら状況が状況で、告白出来ないとしても……。
先を……越されてしまった……ッ! 四回も……ッ!
「俺は……俺はぁ……ッ!」
「オイ、何故自分の頭を叩き始める!? 何だ、その手紙には変な薬でも染み込ませてあるのか!?」
「いや、違うと思うけど……ああもう、だからコイツに知られたくなかったのに……!」
その場に蹲り、自分の頭をボコスカと殴りながら、俺は決心した。
残り三日で、学園の事をもっと勉強して。犯人をとっ捕まえてフィーネを解放させて。
そして、リーンを誰かに捕られないように、何か行動を起こさなくては! と。
……学生はやる事が、多いっス。




