第三八話 学校は今日も青春だ!⑧
「午前の授業は戦闘訓練だ。各自、自分が得意とする武器を持て」
と、若いながらも貫禄がある体育教師が俺らに告げる。
それに対し学校のジャージ代わりなのか、軽装に着替えた生徒達は籠の中に入った、訓練用の刃を潰した剣や槍など、各々の武器を手に取っていく。
このフォルガント王立学園、というかこの世界の学校では、基本的に戦闘訓練と呼ばれる科目が体育に分類される。
モンスターが蔓延るこの世の中、いつ何に襲われるか分からない。
なので、最低限自分の身は守れるようにと、この戦闘訓練が定期的に行われているらしい。
ちなみに期末試験も存在し、内容はギルドから提出された中難易度のクエストを達成する事だとか。
戦うのが苦手、というか運動が苦手な人にとっては地獄のような科目だろう。
現に、気乗りしてなさそうなクラスメイトも何人も居る。
かく言う俺も、その一人だったりする。
何せ……。
「っていうか、リョージー? 朝から気になってたんだけど、何で始まる前からボロボロなのー?」
「激しく転んだ」
「転んだだけでそうはならないと思うけれど……」
既にリーンにしごかれたばかりなのでね!
普段から芝生の上で修行している為か、固い石畳の訓練場に慣れず、リーンに吹き飛ばされた際にかなりダメージが入ってしまったのだ。
なので現在、身体が万全じゃない。
俺は背中の痛みに耐えながらも、先端が丸くなっているレイピアを手に持っているテレシアに声を掛けた。
「この科目って主に何するんだ?」
「まず、さっきもやったけど軽い準備運動から始まって、その後各自に合った訓練ね。素振りとか、魔法の的当てとか、ペアを見つけて模擬戦したり。それを先生が見回って、良い点や悪い点を教えていくってスタイル」
「騎士団の訓練と基本的に一緒か……なるへそなるへそ」
「普通、訓練場に筆記用具持ち込まないのに、リョージってばマメだねー」
と、背丈ほどある杖を肩に担いでマシュアが言う。
「一応、国家の仕事なんでね」
とそれっぽく笑って見せた俺に、訓練用の剣を持ったリーンが歩み寄ってきた。
「さて、私達は何する? 模擬戦は……もうやらなくていいか」
「逆にこれ以上やったら俺の身体が持たねえよ。あとリーン、お前暴れんなよ?」
「流石に自重するわよ」
リーンがここの生徒と模擬戦なんかして見ろ、リーン無双が始まるぞ。クラスメイトが雑魚キャラの如く塊となって吹き飛ばされていくぞ。
しかし、そうなると何をしようか……。
取りあえず、クラスメイトがどんな訓練してるか見学してみるか。
と思い立ったとき、不意にコチラに声を掛ける人が。
「君達、今大丈夫か?」
「先生? どうされたのですか?」
とテレシアが訊ねると、先生は俺とリーンを交互に見ながら。
「二人の事情は私も知っている。そして、君達が高レベルであり、かなり戦い慣れているという話もな。だから是非、君達にいくつか質問したい事があるんだ」
「えっ、そうなんだー。意外-」
その言葉に、俺とリーンは顔を見合わせる。
戦い慣れている。恐らくフォルガント王からの情報だろう。
確かに、この訓練場に居る連中の中で、リーンはまず一番強いだろう。
俺は良くて二番目、もしくは三か四番目……だと信じたい。
「いいですよ」
「私も大丈夫です」
まだ各々訓練が本格的に始まっていなかったのだろう、周囲には武器を持ったクラスメイト達が、コチラを興味深そうに見ていた。
「折角だ、全員耳を傾けておけ」
それに気付いた先生は、機転を利かせて質問コーナーに切り替えた。
そんな、クラスメイトの為になるような話は出来ないと思うけれど……。
「まず、二人は魔法は使えるか?」
「私は使えません。コイツは確か、中級魔法までなら」
と、リーンが換わりに応えてくれる。
一応黒雷も使えるが、秘密にしておこう。
「そうか、ならワズミ。君が得意とする魔法は何だ?」
「得意な魔法ですか……」
この質問にどういった意図があるのか分からないが、取りあえず素直に応えておこう。
「強いて上げるなら……アクア・ブレスですかね」
「「フスッ……」」
何人か鼻で嗤ったな。
誰だかは分からんが、人を嗤うのは良くないんだぞ。
しかし先生は嗤う事はなく、表情を変えないまま更に訊ねてきた。
「その理由は?」
「そうですね……一番の理由としては、メチャクチャ汎用性が高いんですよね。放つ威力、水圧、水の量を調整したりするだけで、色んな戦い方が出来ます。それに、初級魔法なだけあって魔力消費が少ない。そして発動するまでの溜めも短い。手数の多さが売りの俺には一番性に合ってる魔法です」
と、俺のアクア・ブレス愛を語ると、先生はフッと小さく笑った。
しかし決してソレは嘲笑などではなく、どこか感心しているようだった。
「成程、威力より汎用性重視か。試しに、アソコにある的にアクア・ブレスを撃ってみてくれ」
先生が指差した先には、ここからザッと二十メートル離れた的があった。
距離的に、まあいけなくもない。
ってか、コレアレじゃん。異世界チート系に出て来るパターンじゃん。
『この的に全力の魔法を放ってみて下さい』って指導役が言って、主人公が『よし、全力でやればいいんだな?』と、的どころかその後ろの壁も消し飛ぶレベルの魔法をぶち当てて周りを驚愕させるヤツじゃん。
……一応俺も、黒雷使って全力使えば、可能っちゃ可能だけど、流石にそこまで常識外れな事はしない。
「……ちなみに俺、元の魔力量がカスみたいな人間だから、的をぶち抜くとかは出来ませんよ?」
「問題ない。さあ、やってみてくれ」
「それなら……『アクア・ブレス』!」
と、俺は普段使っているようにアクア・ブレスを放った。
真っ直ぐ飛んでいく水は、そのまま的の中心に当たる。
だが、勿論壊れることは無く、ボボボボボッと木の板が鳴る音が聞こえてくるだけだった。
「何だよ、本当に大したことないじゃん」
「所詮初級魔法だもんな」
「だよなー?」
と、周囲から期待外れだと声が上がる。
ちなみに最後、俺自らが『だよなー?』と乗ってきたからソイツらがビクッとしている。ハハッ、ビックリしてやんの。
しかし殆どが同じような反応をする中、三人だけ驚いているような顔をしていた。
テレシアとマシュア、そして少し離れた所でとても億劫そうに剣を振っていたバイスだ。
「えっ? 何か凄いことしたの、コイツ。私魔法は専門外だから分からないんだけど……」
と、リーンがマシュアに訊ねると、彼女は意外そうな顔をしながら。
「えっとね……まず、初級魔法だとしても、やっぱり発動までにちょっと溜めがあるんだよー。でもリョージの場合、その溜め時間がほぼゼロだった。それに、あんなに正確に的の中心を狙えるのも凄いし、的周辺以外一切飛沫が飛ばなかった。相当使い慣れしてる証拠だよー……威力は確かに程々だけどー」
「うーん、後半で格好悪くなるスタイル」
でも、確かに俺魔法の才能はそこそこあるみたいなんだよな。
リム曰く、魔力量さえ一般的だったら魔法使いとしてやっていけたとか。
相変わらず魔力量のせいで才能を生かせない。
でも、今まで散々愛用してきた魔法だ。他と比べて秀でていると言われると、やっぱりちょっと嬉しい。
「素晴らしいな。確か君は、兼業冒険者もしていると聞いている。ジョブは?」
「レンジャーです」
「「「ブフッ!」」」
「ハッキリ聞こえたぞ噴き出す音が! レンジャー舐めんなよ、現に俺このジョブのまま強くなれたんだから!」
「そう言えば、アンタってジョブチェンジしないよね」
「投擲スキルとかハイ・ジャンプとか、今となっては必要不可欠だからな。捨てたくない」
そうさ、レンジャーの強みは手数の多さにあるんだ。
それに俺はいつ何時でも正面戦闘クソ食らえのスタンスだからな。
剣術スキルなどは、技術で補えば良い。
「ちなみに、レベルは?」
「……48です」
「たっかー!? 何ソレ、意味分かんないー!」
「リョージ、貴方ドラゴンを倒した事あるの?」
「ドラゴンじゃないけど、ヤベえモンスターを倒した事が一回。でも俺、基本ステータスが低いから、実質強さは38程度かな」
もうすぐ50の大台に乗る俺ではあるが、目標である60まではまだまだ程遠い。
というか、マケンを倒した際の経験値が凄すぎただけで、俺ぐらいの歳でレベル50に行くには、毎日十体以上モンスターを狩る必要がある。
流石にそんな規格外の事は……まあ、可能にした女の子二人居るけれど、少なくとも俺には厳しい。
ちなみに、流石にリーンのレベル60超えは嘘だと思われるだろうから、黙っておこう。
「38程度か……模擬戦相手には丁度良いんじゃないか、レクティオ」
「え? テレシアが?」
「テレシアはねー、魔法も剣技も使える、才能の塊なんだよー。実技だと、テレシアが学年トップの成績なんだー。だからここに居る全員、テレシアとまともに戦えないんだよねー。ちなみにレベルも38ー」
「凄いな」
「ううん、環境が良かっただけよ。寧ろ、貴方の方が凄いわ。その歳で48なんて」
と、実に謙虚なテレシアだが、その瞳の奥には挑戦的な光が見て取れた。
「そんな貴方と、是非手合わせしてみたいわ。何だったら、兼ねて指導もお願いしたい」
「……そういうのならリ、ルナの方が得意だと思うぞ。だってコイツ、俺の師匠だし。俺、一回も勝てた事ないし」
「えー、そうなのー!? ルナちゃんも凄いねー!」
「ありがと。でも、折角の機会だし、アンタが指導する側に立ってみるのもアリなんじゃないの?」
確かに、逆に教える側に立つ事によって、俺の勉強にもなりそうだ。
と、突然目の前からフワリと何かが飛んで来た。
それをキャッチしてみてみると、シルクの手袋だった。
「こういう方が、何だか盛り上がらない?」
手袋の持ち主であるテレシアが、少し不敵に笑ってみせる。
意外とバトルジャンキーなのかな?
強すぎるが故に誰ともまともに戦えなかったからなのかもしれない。
まだ身体の節々が痛むけれど、折角だ。
「オッケー、受けて立つ!」
手袋を握り締めた拳を突き出しながら、俺も不敵に笑って見せた。




