第三八話 学校は今日も青春だ!⑦
普段退屈だった授業なのに、久々の学校だったからなのか、あっという間に時間は過ぎ去っていった。
放課後となり、生徒達が学生寮に戻っていく夕日が差し込む廊下にて、俺は今日の収穫を確認していた。
「今日だけでメモ帳半分は埋まったな」
「アンタ、授業の内容ノートに書くよりメモ書いてたもんね。それで怒られても知らないわよ」
「しょーがねえじゃん、次から次へとメモしなきゃならん情報が入ってくるんだから」
俺のメモ帳を覗き見ながら、リーンが感心と呆れが混じったような顔をする。
しかし、そう言っているリーンもマメにメモを取っていた。
リーンも子供達を思ってここに学びに来ているのだろう。流石だ。
「さて、楽しい学生生活に浮かれていたい所だけど、こっちの仕事もしなくちゃな」
と、メモ帳を閉じて顔を上げると、廊下の奥から学園長とシルビー先生が向かって来ているのが見えた。
「お二人とも、初日は如何でしたかな?」
「とても楽しかったです。早速クラスで仲良くなれそうな人達も出来たし」
「それは良かった。その余韻に浸らせてあげたい気持ちもありますが、どうかここからは」
「分かってます。それじゃあ、行きましょう」
俺が頷くと、学園長が歩き出した。
その後に付いていきながら、俺はシルビー先生に声を掛けた。
「ところで、何で先生も一緒に?」
「行方不明になったフェビアン校長の娘、フィーネさんは、一年一組の一員でもあるの」
「ああ、だから……」
「ルナさん、何か気付いてたの?」
「一年一組が、普段から明るいクラスなんだなって事は感じました。でも何となくですけど、クラスの雰囲気が空元気なように思えて……」
「確かに、テレシアとかマシュアとか、一人で居るとき何か憂いてるような顔してたもんな」
普段から明るいクラスだからこそ、クラスメイトが行方不明だという不安が露わになっているのだろう。
今日知り合ったばかりのクラスメイトだけど、皆の為にも何とかしてあげたい。
「着きましたぞ、ここです」
と、目的地に着いたようだ。
ドアの横の壁に付けられたプレートには、応接室と書かれている。
「ここが、娘さんが行方不明になる直前まで居たという場所ですか。しかし何でまた応接室に?」
事前に聞いた情報によれば娘さんは放課後、午後五時半に消息を絶っているらしい。
しかし普通学生ならば、放課後に居るとなると教室か図書館に居る筈だ。
応接室なんて、普通の学生が入れる筈が無く……ん? 普通の学生?
「まさか、学園長権限で娘さん入れました?」
「アハハ……お恥ずかしい」
「まったく、学園長? いくら娘だとしても、学園に居る以上特別扱いはいけませんよ? 貴方が定期的にここにフィーネさんを置かせているのは、教師陣の中では結構噂になっているんですから」
「その理由は?」
と、俺が尋ねると、今まで苦笑したりして明るく振る舞っていた学園長の顔が、一瞬にして曇った。
「実は、娘は幼少から病弱でして……今は昔より健康なのですが、時折喘息や熱を出してしまい、父親として心配でしてな。なので、あの子の体調が優れない際、私の仕事が終わるまでここで自習して貰い、同じタイミングで実家に帰るのです。実家なら、医療設備が充実していますからな」
「よーし早速調査しましょうか!」
「相変わらず情に流されやすい……」
リーンに呆れられたが、しょうがないじゃないか。
だって病弱な娘が連れ去られたんだぞ? しかも、自分が仕事してたすぐ近くで。
そんなの同情せずにはいられないじゃん、寧ろこんな話を流せる訳ないじゃん!
早速応接室の扉を開くと、一瞬にして違和感を覚えた。
「……何か、焦げ臭いな」
「スンスン……本当ね」
まず、俺の鼻孔が感じ取ったのは、まるで火事でもあったような焦げ臭さだ。
いや、実際に火事があったのだろう。応接室の中央に木炭のように黒くなった何かがある。見た感じ、テーブルのようだ。
「今回の事件、色々と不可解な点がある、と前にも言いましたが、コレがその一つなのです」
「……詳しく、聞かせて下さい」
「勿論です」
学園長の口から語られた、当時の状況は、それはそれは不可解なものだった。
まず学園長の娘、フィーネは放課後の午後五時、応接室で一人自主学習をしていた。
最後の目撃者は学園長本人。娘を応接室に通した時だという。
それから三十分間、学園長は学園長室で残りの事務作業を行っていた。
そして午後五時三十分、事件は起きた。
突然、学園長室にアラームが鳴り響いた。
何事かと慌てて外に出てみると、妙に廊下が煙っぽい。
娘が危ないと思った学園長は、隣の応接室に向かった。
すると何と言う事か、煙の出所は応接室だという事が判明。扉の隙間から煙が出ていたのだという。
何度も中に居るであろう娘に呼び掛けるも、返事は無し。扉の鍵は閉まったまま。
そこで学園長がマスターキーを懐から取り出そうとしたところで、何人かの教師陣が走ってきた。
何でも彼らはグラウンドの整備をしていた際、この応接室の窓から炎が見えたのだという。
血の気が引くのを感じながらも、学園長はマスターキーで応接室の扉を開けた。
その直後、猛烈な熱波が襲い掛かった。応接室の中央の長机が、ごうごうと音を立てて燃えているではないか。
教師陣が慌てて水魔法を使い、即消化出来たものの、娘の姿は何処にも無かった。
ただ、先程まで勉強していたのであろう、ノートとペンケースの燃えカスが、床に転がっているだけだった……。
「娘が消し炭になってしまった、というのは考えられません。そこまでの火力ではありませんでしたし、そのような痕跡は一切無かったのです」
「確かに、不可解な事件ね……」
学園長から語られた当時の状況の話は、確かに不可解だ。
謎の火災、娘の消失、その他諸々。
しかし、話を聞いてみるだけでは分からない。
まずは現場確認だ。
「よし、じゃあ捜査開始だ。と言っても、過視眼で当時のこの部屋の記憶読み取るだけだけど」
「それだけで不可解な謎が一気に解けるわね。流石魔神眼」
「俺じゃねえのな」
「当たり前でしょ」
うん、そうなんだけどね?
何て内心苦笑しながら、俺は応接室の床に触れた。
消化した際のものなのか、カーペットが湿っていた。
「『過視眼』」
魔眼を発動し、眼を見開く。
すると俺の視界で、まるで世界が逆再生しているように動き出…………さない。
アレ? おかしいな、過去に遡れない。
まるで録画した動画の冒頭部分を、ずっと巻き戻しているようだ。
というか、眼が熱い……!?
「あぢゃああああああああッ!?」
「リョータ!?」
突然眼を押さえてひっくり返った俺に、リーンが驚きの声を上げる。
魔眼を使いすぎた時と同じ痛みに襲われ、俺は目元をゴシゴシと擦る。
そんな俺の様子を見て、学園長は肩を落とす。
「やはり、魔王殿下の魔神眼を持ってしてもダメでしたか……」
「な、なんすか? 何かあるんですか?」
と、混乱する俺に、シルビー先生が眉をひそめながら。
「実はね、この応接室には探知魔法の阻害魔法が掛けられているみたいなの。しかも、かなり強力な」
「それ、早く言ってくれませんかね……? というか、そんな都合の良い魔法あるんですか?」
「ホラ、転移魔法阻害結界とかあるじゃない。意外とあるのよ、そういうピンポイントな阻害魔法」
「このレベルの阻害魔法です、恐らく一回使い切りの魔道具によるものでしょう。警察がここで、それらしき魔道具の破片を見つけました」
「成程……だとしたら、出鼻くじかれたどころか一気に難易度上がったな……」
俺の魔神眼じゃ、この魔法は解除出来ない。
カインを連れ込むか? いやいや、流石にそこまですると怪しまれるかもしれないし、逆にマナイーターのせいで魔法関連の証拠が無くなるかもしれない。
あくまで最終手段として取っておこう。
「しかし、そんな魔法が掛けられているって事は、人為的……つまり、誘拐って線で考えるのが妥当ですね」
「そうなのですが……どうやって娘を攫ったのかが全くの謎でして……」
「ですよね……ちなみに、話に出てきたアラームってのは何なんです?」
「魔力を探知する魔道具の警報音ですな。この四階は学園長室や資料室を始め、重要な場所が多いので、魔法犯罪防止の為に四階全域に渡ってその魔道具が設置されているのです。ちなみにアラームが入るのは、校長室と職員室のみです」
「……ちなみに、同時、もしくは続けて魔法を使った際には?」
「アラームが二重で鳴ります。しかし、あの時は確かに一つだけでした」
つまり、誘拐犯はたった一つの魔法で娘さんを攫ったという事になる。
ますます分からなくなり、俺は思わずこめかみを抑えて呻き声を上げる。
しかし、このままじゃ何も分からないままだ。素直に現場を調べてみよう。
まず、ここは四階。普通に窓から出入りする事は不可能だ。
それに、窓の淵には足跡のようなものは確認できなかったし、窓から身を乗り出して周囲を確認してみても、飛び移れそうなものはない。
仮に飛行魔法が使えたとしても、ここは随分目立つ位置にある。実際に調べている際にグラウンドに居た生徒とバッチリ目が合ったし、だからこそ火災にも気付いた。
透明化の魔法も恐らくないだろう、魔法探知に引っ掛かる。
同様にテレポートも無理となると、ここから外に出るにはその扉のみ。
しかしその扉には、鍵か掛かっていた。そして室内から鍵は掛けられるが外から掛けるには応接室の鍵かマスターキーが必要、と……。
「要するに……密室か。誘拐事件で密室って珍しいな……」
ますます事件の難易度が上がっていく。
既に警察が調査済みで分からないってもうこれ、魔王じゃなくて探偵の仕事だよね?
見た目は子供、頭脳は大人の探偵か、じっちゃんの孫案件の事件だよね?
や、その二人連れて行くと誘拐事件が殺人事件に発展しそうだけどさ。
「もうちょっと、調べてみるか……」
そう呟き、俺は部屋のあちこちを見て回ったり探し回ったり、はたまた這い回ったり……。
その間に、学園長とシルビー先生は仕事があるとの事でこの場を離れ、現在リーンと二人きりだ。
「……わ、分からない。何が何だか、全然分からないわ……」
自分なりに捜査してくれたらしいリーンが頭を抱える中、ドア付近を調べていた俺は顎に手を当てた。
「んー……」
「……何か分かった? 悔しいけど、こういう系はアンタ得意でしょ?」
「得意って訳じゃねえけど……気になる点は何ヵ所かあったな」
「その時点で十分凄いわよ」
何やらリーンが褒めてくれた。嬉しい。
と、そんな場合じゃないな。
「まず、何が疑問なのか分けて考えようか。
1、犯人はどうやってこの応接室に入ったのか。
2、この密室はどうやって完成させたのか。
3、何故わざわざ机を燃やす必要があったのか。
4、フィーネを攫った方法は何か。
5、この部屋で使われた魔法は何か。
まあ、大体こんな具合だな。そこから更に5W1H、いつ、どこで、だれが、なぜ、どうやってって感じで情報を整理していこう」
と、メモ帳の反対側にそれらをメモしながら呟いていると、リーンが若干引いた様子で。
「やっぱアンタ元探偵か何か……?」
「推理小説の知識だよ。褒めてくれるのは嬉しいけどあんまり持ち上げないで、間違えたとき怖いから。さて、リーン的に何か気になるポイントは?」
「そうね……まず、どうやって犯人はここに入れたのかしら? 多分、フィーネって子がここに居たとき、鍵が掛かっていた筈。それに学園長室はすぐ近くなのよ? その子が大声を出せばすぐに気付く筈でしょ?」
確かに、だからこそ学園長は娘さんをここに置いておいたのだろう。
現に、ここから学園長室まで大股十歩で行ける。
そんな至近距離で騒いだら、少なくとも気付く筈だ。
「……あくまで憶測なんだけど」
「出た、基本的中してる憶測」
「うるさいわい、期待値上げるな……恐らく、犯人は小細工無しにここに入ったんだよ」
「小細工無し? つまり、正面から?」
「ああ」
俺は扉を見つめ、応接室を練り歩きながら語り出す。
「鍵が掛かってたって、やましい事なんて無いんだし、普通にノックすれば誰でも開けてくれるだろ。で、開けた瞬間襲い掛かるってのはリスクが高すぎる。だから、犯人はこの応接室に入った後、不意を突く感じで一気に娘さんの意識を刈ったんじゃないかな?」
「でも、普通知らない人が入ってきたら逃げ出すか声を上げるかする…………知らない人じゃない?」
「つまり犯人は、娘さんの知り合い、あるいはこの学校の関係者って事になる」
「……!」
「そうなら学園内に居ても不自然じゃないしな。こんな事、誰だって考えればいずれ思いつく。でも学園長もシルビー先生も、無意識にその考えを排除してるんじゃないか? だって犯人は学校の関係者です、なんて教師陣が一番考えたくない事だし」
「確かに……」
「つまり1の疑問をさっきの考え方で纏めると、午後五時から五時半の三十分間、この応接室に、フィーネの知り合いが、彼女を誘拐するために、扉をノックして中に入ったって事になる。多分」
と、俺は自分が語ったことをメモ帳に書き記し、最後に(仮)と付け加えた。
「犯人は学園関係者の誰か、そして娘さんの知り合いってだけで十分候補は絞れるだろ。それに、その線で考えれば何故わざわざ密室にしたのか理由が付く」
「理由?」
「とある推理小説の受け売りだけどさ、そもそも密室にする理由って大きく分けて三つなんだ。一つ、まずコレは殺人事件の場合のみだけど、被害者を自殺と思わせる為。二つ目、事件発覚を遅らせる為。三つ目、自らのアリバイを作る為。恐らく今回は三だな」
「成程……もし他所から来た奴が犯人なら、わざわざ密室なんて作らないもんね。でもじゃあ、何でわざわざ火を? これじゃあ、気付いて下さいって言ってるようなものでしょ」
「ソコなんだよ問題は! 3だけじゃなく、他の2から4は全く分からねえ。謎は深まるばかりだ……」
取りあえず、この部屋で気になる箇所は全部見終わった。
多分、見落としは無い筈だ。
「二人にはいつでも学生寮に帰っていいって言われてるし、もう帰るか。明日の放課後、学園長に事情を話して犯人候補絞って貰って、事情聴取しよう」
「うん……にしてもホント、アンタって普段馬鹿なのに変に頭良いわね」
と、少しだけ感心したように笑っているリーン。
だが、何だかモヤモヤするんだ。嬉しいはずなのに、コレじゃない感というか……。
……つまり、こういう事なんだろうな。
「褒められて嬉しいけど、俺はお前に褒められるんなら、強さを褒めて貰いたい」
「リョータ…………じゃあ明日も訓練場借りて修行ね」
「学生になっても鬼師匠健在だ!」
畜生、学園ラブコメには発展しなさそうだよ。




