第三八話 学校は今日も青春だ!③
僅か二日後の事だった。
俺は再びフォルガント王国の宮殿に呼び出された。
恐らく例の校長先生を紹介してくれるのだろうが、何と言うか、別の案件もありそうな雰囲気だった。
正直、もうこのようなデジャブは止めてほしいと思いながらも、俺はあのテラスへと向かった。
「紹介しよう、彼が前に私が言っていた、フォルガント王立学園の学園長、フェビアン・オード・バルックスだ」
「お初にお目に掛かります、魔王殿下」
フォルガント王に紹介された初老の男性は、丁寧に頭を下げる。
灰色の髪を後ろでくくり、金縁の丸眼鏡を掛けたヒョロッとした人。
雰囲気から、頭と育ちの良さが窺えるが、何処か疲れが溜まっているようにも見える。
校長という立場は多忙なんだろうか。
「初めまして、フェビアン学園長先生」
俺がそう返して手を差し伸べると、学園長はその手をしっかりと握り締め……何故だか俺をジッと見つめてきた。
「あの……何か?」
「ふむ……話に聞いていた通り温厚で、何より若いですな。しかし、何度も死線を掻い潜って来たような、そんな雰囲気も合わせ持っている……いや、それだけじゃない」
「よさんかフェビアン。すまんな、リョータ殿。この男は初めて会った人間を観察して、その者がどのような人生を歩んできたか推測するのが趣味の、変わった奴なんだ」
「変わった奴とは失礼ですな、陛下。人間観察は教育者として何より必要な能力ですぞ」
フォルガント王国が少し強めに学園長を引き剥がすと、その人は少し達観したように言っていた。
「さてと、魔王殿下。貴方様はどうやら、我が学園の仕組みや校風などを知りたいと聞き及んでおります」
お互いに向かい合うようにテラス席に座ると、学園長は少し身体を前屈みにして訊ねてきた。
「はい。バルファスト魔王国でも教育機関を設けようと思っておりまして、その参考に是非とも貴校の事をお聞きしたいと思っております」
そう、少し丁寧な口調を意識しながら頷く。
「とても名誉な事ですな。それでは魔王殿下、一つ提案があるのですが……」
すると学園長は嬉しそうに頷くと、ピッと人差し指を立てて。
「我が学園の、生徒になってみませんか?」
「…………えっ?」
その突然の提案に、思わず俺は硬直した。
生徒? 俺が? 学園の?
「えー……と、それはどういう……?」
「私が口であれこれ教えるのは簡単でしょう。しかしながら、百聞は一見にしかずです。学校の事を更に良く知りたいならば、まず自身が学校の中に身を投じてみれば宜しいかと。それに、生徒と言っても仮です。特別入学生として、一週間ほど学園生活を送ってみる、というのは如何でしょう?」
その学園長の提案は、自分としては願ったり叶ったりだ。
実際に俺は、誰かから聞いた情報よりも自分で見た情報の方が頭の中でまとめやすい。
勿論、二つ返事で了承したい……ところだが。
「……それで、本題は?」
「本題、とは?」
「だって、あまりにも話が美味すぎるというか、スムーズ過ぎるというか……体験入学ついでに、何か俺にその学園でやって貰いたい事があるんでしょ? ねえ、先生?」
「さあ、私には何の事やら」
「目ぇ逸らした! やっぱりなんか裏があるんでしょ!?」
そのあからさまなフォルガント王の目逸らしに、また面倒事に巻き込まれる予感が高まった。
「いやはや、魔王殿下には敵いませんな。それでは、本題に入らせて頂きましょう」
学園長はニッと笑った後、少しだけ真面目な顔つきになった。
俺も聞き入る体勢に入ると、フェビアン校長の口から、とんでもない言葉が放たれた。
「実は先日……我が学園の女子生徒の一人が行方不明になりましてな」
「もう嫌な予感しかしねえッ!!」
俺は立ち上がるとそのまま逃げるようにテラスから出て行こうとして。
「まあ、話だけでも聞いてやれ」
「嫌だーッ! 切り出し方からもう嫌だーッ! 先生、アンタ仮にも友好国の王様を利用するつもりですか!?」
「それが王というものだ」
「その強かさがマジで王様っぽい流石です先生! だけど離せーッ!」
フォルガント王に腕をガッシリと掴まれ、俺は抵抗空しく再び席に座らされた。
「最後に目撃されたのは、午後五時。寮にも実家にも戻らず、行方不明となりました。それ以外にも、色々と不可解な点も多く……」
…………。
「そこで、無礼を承知で魔王殿下に頼みたいのです」
「その、行方不明の女子生徒を捜し出して欲しい、と?」
「はい……」
学園長の言葉に、俺は頭をガシガシ掻いて唸る。
いや、別にその女子生徒の事なんざ知らねーよ、とは思わない。
寧ろ心配だし、俺に出来ることなら助力したい。
だけども……。
「その……何で俺なんですか?」
そう、俺に頼まなくても、そういう人捜しが出来る人は大勢居るだろう。
わざわざ俺を学校に入学させてまで、捜しだして欲しいというのは何だか腑に落ちない。
その疑問に対し、学園長は顔を上げて。
「貴方様はかの有名な魔神眼を持っております。その全てを見通すと言われる伝説の魔眼があれば、彼女を見つけられるかもしれない。何より、魔王殿下は推理力に非常に長けていると聞き存じております」
「推理力って……というか、その情報源先生でしょ? この前も言ったけど、俺前職探偵とかじゃないですよ? なのにそんな大袈裟な……」
「しかし、現に何度も私はリョータ殿の推測や憶測を聞いてきた。そしてそのどれもが、殆ど的中していた。ヨハンの死因やカムクラのクーデターなどな」
「そんなのまぐれですよ……実際に、外れた事だってあります。例えばミドリの事とか」
まあ、ミドリの能力に関しては、ヒントがあったと言えど流石に分からない。
その程度の頭脳なんだ、俺は。
どこぞの見た目は子供の名探偵や、じっちゃんの孫なんかじゃない。
「しかし、現在証拠を何一つ見つけられていないのです。どうか貴方様の頭脳を、私達に……!」
「頭上げて下さい、これ以上俺を追い詰めないでぇ!」
遂には土下座までしてきた学園長の肩を掴みながら、俺は首を横に振る。
しかし、一人の生徒の為にここまで頭を下げられる学園長が、一体どれ程居るだろう。
手伝ってはあげたい。でも今までの経験からして、更なる面倒事に発展する可能性大だ。
と、俺がどうしたものかと頭をフル回転させていた時だった。
絞り出すように放った学園長の言葉が、決め手になった。
「行方不明になった女子生徒……フィーネは……私の、娘なんです……ッ!」
「やりまぁすッ!!」
そんなほぼヤケクソの了承に、学園長はバッと顔を上げた。
「よ、宜しいのですか……!?」
「そんなの聞かされたらもう手伝うしかないじゃん! 娘の為に頭下げるお父さん目の前にして、断れる訳ないじゃん!」
こんなの言われたらもう反則だ。
色々と頭の中で断る理由を探していたが、その一言で全てが吹き飛んでしまった。
「それに、生徒として学校を見て回れるなら、まあ……」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます、魔王殿下!」
「プレッシャーが凄いぃ……!」
最初の印象とは打って変わって、今の学園長は激しい喜びの感情を露わにしている。
俺は引きつった笑みを浮かべたまま、フォルガント王に話し掛けた。
「先生、俺は何時まで経っても非情に成り切れないです……というか、それを利用して俺を推薦しましたよね?」
「まあ、いいじゃないか。宜しく頼むぞ、リョータ殿」
「……全て終わったらご飯奢って下さい、この国で一番高いお店の!」
「分かったよ」
こうして俺は一週間だけ、王立学園の生徒として潜入調査する事が決まった。




