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魔界は今日も青空だ!  作者: 陶山松風
第九章 ワンウィーク・スクールデイズ
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第三七話 里心は今日も無意識だ!⑧

翌日の早朝。

アレから申し訳なくって、結局リーンに会えずじまいになってしまった俺は、雑念を振り払うように一人修行を熟していた。

普段ならば、軽いランニングと筋トレだけに止めておくのだが、今回は筋トレ重視。

身体の調子も万全に戻ったし、少し実践してみたい事があったのだ。

だが……初めて早々、少し後悔していた。


「んぎいいいいいいいいいいいいいがああああああああ……ッ!」


もう腕が上がらない、呼吸も出来ているかどうか定かじゃない。気を抜いたら背骨まで持って行かれそうだ。

自分からやっておいて何だが、こんなアホみたいな修行を熟せる人間がいるのだろうか。いや、実際に居るし教えて貰ったから今俺もやってるんだけども。

それでもネバギバ精神で、何とか持ち堪えていた。

が、ここでアクシデント発生。


「ファイトオオオオオオオオオオォォ……!!」

「何やってんの、アンタ」

「いっぱあああああああああああああぐええええッ!?」


熱中しすぎて、目の前にリーンが立っている事に気付かなかった俺は、驚きのあまり力が抜けてしまい、そのまま背負っていた丸太に押し潰された。

や、ヤバイ……息がぁ……ッ!?


「なーんか変な唸り声が聞こえて来たと思って来てみたら……」

「げば……がぼっほぉ……!」

「……ホラ、大丈夫?」

「ゲッホゴホ……! ありがと……でもソレ、女の子が片手で丸太持ち上げるような物じゃないと思う……」

「じゃあ非力な女の子らしくこのまま丸太落としちゃおうかしら?」

「助けると見せかけてトドメ刺そうとしてるよ!? ゴメン、悪かったよぉ!」


俺は慌てて丸太の下から這い出ると、リーンはポイと丸太を落とす。

女の子がポイするような物からは到底聞こえないだろう重く鈍い音が地面を揺らし、相変わらずのバカ力に真顔になるしかなかった。


「で、何このセルフ拷問みたいな腕立て伏せ……」

「…………」

「何で黙るのよ? 別に私、昨日の事は全然気にしてないってば」

「いや、そうじゃなくて……って、やっぱり目が怖いままだ! 嘘吐くんじゃねえ!」


何故こんなバカみたいな事をしているのか、その理由はあまりリーンには教えたくないが……言わなければ、余計な誤解を生みそうな気がする。

顔を顰めながらも、俺は倒れたままボソボソと。


「……アカツキが言ってたんだよ。腕力付けたいなら、丸太三本担いで腕立て伏せやスクワットしろってさ……アイツの素の強さは本物だし、腕力の問題は自分でも分かってたから。何かシャクだけど……」

「いいんじゃない? どんな奴から戦い方を学んだとしても、それが自分を強くしてくれる事には変わらないんだから」

「アレ? 予想以上にフラットだ……」

「そこら辺の区別はつけれるわよ、子供じゃないんだから」


思わず起き上がって反応する俺に、リーンは肩を竦めながら言う。


「だとしても、アンタに丸太三本は無理でしょ。一本でもこの様なのに」

「るっせえ、今は出来なくてもすぐに出来るようになったるわい……ってか、お前なら余裕で出来そうだけどな。というか既にしてそう」

「アンタが私に対して抱いてるイメージを一度聞き出した方がいいかしら?」

「止めて死にたくない」


指をバキバキ鳴らし始めたリーンに対し、俺はすぐに土下座出来る体勢になった。

というか、女の子の手からそんな音普通出せないよ、怖いよ。


「……で? どしたの急に? 今日稽古付けて貰う日じゃないよな?」


城壁の側に置いてあった水筒を取り、その場に座ると蓋を開けながら訊ねた。

しかしリーンは何も応えず、ただ黙って俺の事を睨んでいた。

昨日と全く同じ目だ。


「…………」

「ねえ、何で静かに俺の事睨んでくるの? やっぱり許してくれてないじゃん、殺す気概しかないじゃん」

「……ハア」

「ため息吐かれた! もう駄目だぁ、お終いだぁ……!」

「違うってば。今のは、その、自分自身に対してって言うか……ああもうっ」


リーンは泣き崩れそうになる俺にそう首を横に振ると、何処か落ち着かない様子で頬を掻いていた。

やがて、パーカーをモゾモゾと着ている途中の俺の隣に、無言で腰掛けてきた。

……えっ、近くない?


「……俺、汗臭い?」

「そうでもないわよ」


思わず少し身体を仰け反らせてしまう俺に構わず、リーンは一向に距離を置こうとしない。

こ、コレはアレか? 行動と様子で態度を察しろみたいな、所謂ネコ系女子という奴なのでは?

考えろ……考えるんだ……。

リーンは何で一昨日の件を気にしていないと言っておきながら俺を睨んできた? リーンは文句があるならズバッと告げるタイプだ。

そして、何故わざわざ俺の隣に座った? もう距離感が触れるか触れないかレベルなんだよ。

えっと……それらを総合して考えると…………。

……嫉妬じゃね?


その結論に至った俺は、改めてリーンの顔を見る。

リーンは相変わらず鋭い目つきで、コチラを横目で見てきている。

だが、僅かだが拗ねたように唇を尖らせており、ほんのりと耳が赤くなっていた。

……嫉妬じゃん。

つまり? リーンは俺とレイナが、事故だけど抱きついていたりしていたと聞いて? 嫉妬したと?

…………。


「スー……」


俺は取りあえず、大きく息を吸い込む。

そして魔神眼を発動すると同時に立ち上がり、千里眼と透視眼、何だったら座標眼も使って辺りを見渡しだした。


「な、何、どうしたの急に……」


……よし、誰も居ないな。

そんな俺の奇行に戸惑いを見せるリーンの横に再び座ると、一呼吸置いて。


「わ~、た~ち~く~ら~み~」

「ッ!?」


そのまま、リーンの膝の上に倒れ込んだ。


「は、ちょっ、何……!?」

「悪い、目の前がチカチカして起き上がれない、暫くこのままで」

「普通立ちくらみって立った瞬間起きるもんでしょうが! アンタさっきその辺歩き回ってたじゃない!」

「じゃあ貧血」

「じゃあって何よじゃあって!」


俺は目を瞑っているのでリーンがどんな顔をしているのかは分からないが、メチャクチャ戸惑っているのは分かる。

俺はそのままヘッと鼻で笑い飛ばし、ニヒルな笑みを浮かべながら。


「何だよリーン、たかが膝枕だぞ? そんなんで動揺してんじゃねえってんだよ!」

「顔面真っ赤にしてる奴が何言ってんのよ……」


我ながら、なんとイタい事をしてしまっているのだろう。

だが今の俺はヘタレじゃない、ヘタレじゃないんだ。

今ぐらいは、今ぐらいだけは堪えろ……!


……それにしても、何でこうも女の子の太ももって柔らかいんだろう。

そしてスカート越しでも分かる、この安心感のある温もり……。

こんな優しい母性に包まれた足の何処からあのドラゴンさえも蹴り飛ばす脚力が生まれるのだろう。

つくづく人体って凄いって思う。

なんて気を紛らわせるために、俺は人間の人体について考察しだした。

その間、俺達の間には無言が生まれる。

リーンも何か文句の一つでも言ってくれたらいいのに、何も言ってこない。だから余計に恥ずかしさに拍車が掛かる。


「ねえ……」


そんな時間が暫く流れ、やがて小さくリーンが口を開いた。


「ん?」

「相談……というか、話したい事があるんだけど……」

「何?」

「……でもこの体勢だとしづらいんだけど」

「俺は一向に構わん」

「私が構わなくないの! いい加減立ちくらみも貧血も治まったでしょ!」

「ちぇー」


俺は不満の声を上げるも、素直に起き上がった。

多分このまま横になっていたら眠っていたかもしれない。


「んで? 相談って? お前が妙に暗い顔してた事に関係あるのか?」

「えっ……私、そんな顔してた?」

「ちょっとだけな」


城壁を背もたれにし、空を見上げながら言う俺に、リーンは口元をムニムニさせていたが、やがて観念したように。


「アンタが気を失っている間に……カインが夢の中で、ご両親と会ったんだって」


リーンが語った内容はこうだった。

まず、カインの手によってアカツキの妖刀・羅魂から解放されたカインの両親は、そのまま天に昇る事なく、アイツの夢の中に出てきたと言う。

本人曰く、キッチリと最後の別れを済ませたらしく、その際カインは麦農家だった父親と約束し、カムクラ一の麦農家になる夢を抱いた。

その証拠に、両親からの最後のプレゼントだと、実家に隠してあった自分用の麦わら帽子と、父親のヘソクリである金貨を見せてきたらしい。

そして、それはカインだけじゃなかった。

カインほどハッキリと覚えている訳じゃないが、孤児院の子供達全員が、両親の夢を見たらしい。


「……そんな事があったのか。そっか、じゃああの時天に昇らないで下に降りてった人達は、アイツらの親だったんだな」

「み、見えてたの? 私には、光が沢山飛び回ってるようにしか見えなかったのに……」

「魔神眼の能力だろうな。皆喜んで泣きながら飛び回ってたし、カインの両親も、最後までずっと側に居たのが見えたんだ。良かったじゃないか、夢の中でも最後に会えたんだ。なのに何で、お前はそんな顔してんだよ?」


見ると、リーンの表情は暗くなっていた。

何かを後悔するような、そんな顔だ。


「カインが、ご両親からの伝言だって私に……『ありがとう』って。でも、あの子達を育てているのは、私が罪滅ぼしをしたかっただけなのに……」

「罪滅ぼしって、そりゃお前の父ちゃんが……」

「あの子達の親を救護部隊にして、前線の一番後ろに着かせたのは私。そして、その救護部隊にアカツキが姿を現した……そのせいで、沢山の孤児が出てしまった」

「…………」

「それに私は結局、カムクラでカインとミドリを護ってあげられなかった。無様にやられて、地面を這っていただけだった……だから、私にお礼を言われる価値は無い……」


ああ、そうか……コレは、呪いだ。

リーンにしつこくこびりついた、どれだけ綺麗にしても落ちることはない、罪悪感と言う名の呪い。

なんて残酷なんだろう、なんて胸糞悪いものなんだろう。

そんな事無い、気にする必要なんて無い、リーンは悪くない。

そんな気休めを言ったところで、何もならない。


……でも。


「……じゃあ何だ? お前がアイツらに注いできた愛情は全部罪の意識でしかないのか? アイツらを想って泣いたり怒ったりしたのは、償いの為だけなのか?」

「そ、そんな事無い!」

「だったらんな事言ってんじゃねーよ」


これだけは認めない。


「アイツらの仇であるアカツキはもうくたばった。もう、償う方法なんて無くなったんだよ。だからいい加減にお前も切り替えろ」

「切り替えろって……何をどう切り替えろってのよ?」


まるで、縋るように訊ねてくるリーン。

そんなリーンに、俺は空を見上げたまま応えた。


「決まってんだろ。アイツらを育てる理由を『罪滅ぼしだから』じゃなくて『愛してるから』にしろって事だよ」

「っ……」

「納得出来ないならこう解釈しようか? お前がするべき一番の罪滅ぼしは、アイツらを純粋に愛してやる事だ」


リーンには、アイツらに対する愛情は確かにあった。

それはもう、実の親が子供に与える愛情と変わらない程に。

でも、罪の意識がその愛情を黒く汚していたんだ。


「改めて訊こうか。お前、アイツらの事どう思ってる?」


そう、少し真面目に訊ねる。


「愛してるに決まってるじゃない」


すると、リーンは真っ直ぐな瞳を向けてハッキリと告げた。

いつもと変わらない、迷いの無い眼。

分かりきってはいるけれど、本当にアイツらを愛しているんだと、改めて感じた。


「……そっか。私、知らないうちに、あの子達に酷い事してたのね」


リーンは少しだけ顔を伏せると、噛み締めるように呟いていた。

だがすぐに顔を上げたリーンは、何処かスッキリしたように微笑んだ。


「ありがとう。アンタのお陰で、自分の間違いに気付けた気がする」


…………。


「は? ふざけんなよ? 俺がいつお前が間違ってるって言ったよ?」

「えっ……?」

「ほんっとお前、自分の事下に見るの大好きだな!? 新手のドMかよお前は!?」

「なっ……!?」


いい加減に我慢の限界だった俺は、立ち上がって怒鳴り散らした。

神妙な顔をして相談したいと言われた手前、キレるのはどうかと思っていたが、流石に無理だった。


「誰がドMよ、さっきの丸太腕立て伏せしてたアンタの方がドMでしょうが!」

「うるせー!」


さっきのシリアスな雰囲気とは一転、お互いに立ち上がってギャイギャイ言い合う普段の光景に。

だが、今の俺は結構ガチでキレていた。


「お前の罪滅ぼしが酷い事? お前のしてきた事が間違い? ふっざけんじゃねえ! お前がどんな想いを抱いていたとしても、お前はアイツらの為に一番動いた! 一番頑張った! その事実だけは紛れもない本物だろーが!」


リーンの両肩を力強く掴む。多少痛いと思われたって知ったこっちゃない。


「どんな理由があったって、どんな想いがあったって、人の為に行動出来たお前は偉いんだ! そんな今までの頑張りを、間違ってたって否定するんじゃねー!」


間違ってたなんて言わせない、酷い事なんて言わせない。

罪滅ぼしでした事だから、感謝されないで当然だなんて、思わせない。


「リーンは偉いよ、頑張ったんだよ! それでもお前が自分でそう思えないんだったら、何度だって俺が言ってやる! だからちょっとぐらい、自分を誇ってくれよ……」


最後に俺は、そう縋るように言った。

俺はリーンのお陰で、自分を誇れるようになれた。

なのにリーンが自分を誇れないなんて、そんなの嫌だから。


一方的に怒鳴られたリーンは、何処か呆けたような顔をしていた。

だけどすぐにいつもの、ちょっとツンケンしてるような顔をして。


「……皆、起きちゃうわよ」

「るっせえ。今は他の奴らよりお前優先なんだよ」

「そ……じゃあ、ついでにちょっと、お願いしていい?」

「何?」


俺が訊き返すと、リーンはそっと、俺の胸に顔を埋めてきた。

その行動に、今更ながらビクッとしてしまうが、俺はそのまま身を引かずに立っていた。


「ほんのちょっとだけ……アンタの胸、借して……」


それだけ言うと、リーンはただ静かに俺の胸に顔を埋めた。

だがその身体は小刻みに震え、微かに嗚咽が聞こえる。

パーカーの胸元が、ジンワリと湿っていく。


こんな時、普段の俺なら挙動不審になって余計な事を口走るだろう。

でも今は何故だか、自分でもビックリするくらいに落ち着いていて。

ただ静かに、リーンが泣き止むまで、その背中を優しく撫でていた。

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