第五話 勇者は今日も最強だ!④
勇者一行が帰った後。
俺はリーンと共に勇者一行にぼろ負けしたハイデル達の様子を見に行った。
中央広場でジータと言った魔法使いに吹き飛ばされたローズと冒険者達は、魔王城前を防衛していた冒険者達が受け止めたり巻き添えになったりしたおかげで、とりあえず目立った外傷はなかった。
その吹き飛ばされた冒険者が言うには、吹き飛ばされた時、空気のクッションのようなものが自分達を包んでいたとのこと。
恐らく、ローズ達が大怪我を負わないようにその空気のクッションを作っていたのだろう。
だけど、その空気のクッションに押し潰されて負傷した奴がいたから結局は余計なお世話だった。
レオンは、白髪ですです聖職者のフィアに退魔魔法によって消えかけ、それがトラウマだったのか、白髪聖職者が……と頭を抱えてボソボソ言っていたが、一応大丈夫そうだった。
そしてハイデルは、青髪ヤンキー戦士のエルゼにみぞおちを殴られピクピクしていた。
魔王の間に居たときに聞こえたあの爆音は、まさかみぞおちを殴ったときの効果音ではないだろう……うん、きっとそうだ。
まあ、とりあえず勇者一行は国の連中に大怪我を負わせたり殺してはいないという事だ。
しかし、昨日のブラックドラゴンをここら辺まで引っ張ってきたのも勇者一行。
四天王と冒険者達に、勇者一行が来た理由と会話の内容。
そしてドラゴンの件の事を説明した。
するとハイデルとローズには同情の目で見られ、リムとレオンにはドンマイみたいな感じで励まされた。畜生。
最後にギルドのスピーカをお借りして、避難していた国民に事情を話し、ついでに昨日出来ずじまいだった自己紹介と簡単な抱負を伝え、この一件は一段落着いたのだった。
――そして、勇者一行が来た日から三日が経過した。
一昨日昨日と特に事件もなく、あれから勇者一行の音沙汰もない。
今日、やっとこの世界に転生してから羽を伸ばせた気がする。
そして今、俺は食材の買い出し帰りに久しぶりにギルドに顔を出している。
そして、そのギルドの中で。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
戦いの火蓋が切られていた。
「いぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「ホラホラどうした? 何なら両手使ってもいいぜ?」
「クソがああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
と言っても、ただの腕相撲大会である。
そしてさっきから叫んでいるのが俺。
そんな俺を完全に舐めプしている対戦相手は、ワーウルフのヒューズ。
ワーウルフとは、別名人狼。
耳や尻尾が生えている事でお馴染みの獣人の亜種族で、見た目がまんま狼男だ。
「この野郎ぅ……なかなかいい毛並みしやがって……!」
「だろう? 毎日ブラッシングしてるからな」
握り締める掌から感じられるもふもふ感に思わずうっとりしてしまいそうな俺に、ヒューズがふふんと自慢げに言った。
「ガハハハハ、リョータ弱すぎだろっ!」
「行けー! ヒューズー!」
その周りでは、冒険者達が昼間っから樽ジョッキ片手に盛り上がっていた。
「俺が勝ったら樽ジョッキ一杯奢りなー」
「ふざけんな! それじゃあ完全に俺が奢ることになるじゃねえか!」
「じゃあ頑張れ頑張れ」
「野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺はルールをガン無視して両手で倒そうとするも、ヒューズは頬杖を突きニヤニヤしている。
うおおおおおおおおおおおおお俺の三百トアルを持ってかれてたまるかああああああああああああ!
と、俺が酒代を払うまいと踏ん張っていたその時。
「あ、あの……」
「ん? 悪いな、今ちょっと手が離せなく……あっ」
ヒューズが素っ頓狂な声を上げたと同時に、手に力がなくなった。
――勝機!
俺は勢い良くヒューズの手の甲をテーブルに叩き付けた。
「よっしゃ勝ったあああああああああああああああああああああああああ! おいヒューズ、お前が言い出しっぺなんだからちゃんと奢れよ……って、どったの?」
一人舞い踊っていた俺は、ギルドの異変に気付いた。
いつの間にか喧騒に包まれていたはずのギルドはシンと静まり返り、全員目を見開きながら出入り口の方を見ている。
……まさか……いやまさか……。
でも、思え返すとさっきヒューズの手の力がなくなったとき、あの声が聞こえたような。
三日前に聞いたあの声が。
俺はゆっくりと周りの奴らが向いている方向に振り返った。
そこには三日前、このバルファスト魔王国を大混乱の渦に巻き込んだ四人の姿が。
「魔王さん、やっと見つけまし――」
「「「「「「で、出たああああああああああああああああああああああああッ!?」」」」」」
俺達は勇者レイナの言葉を遮り、同時にに叫んだ。
「勇者だあああああああああああああああ!? 勇者一行がまた来たあああああああああああ!?」
「死にたくねえ! まだ死にたくねえよお!」
「ママーッ!」
ドタドタガラガラバリンッという壮大な物音と、冒険者達の悲鳴の大合唱がギルドを包む。
何で!? 何でコイツらまた来たのおおおおおお!?
ま、まさか、この前俺が怒鳴りまくったから、腹立てて復讐に来たのか!?
などと、俺が掻いたことない汗をビッショリと滲ませていると。
「おい、落ち着け! アタシ達はただ――」
「リョータならここに居る! 魔王リョータならここに居るからっ!」
「コイツだけで勘弁してくれえ!」
「は!? ちょっ!?」
何か言おうとしたエルゼを遮り、パニックになった冒険者達がズイッと俺を勇者一行に突き出した。
「テメエら、俺に犠牲になれってか!?」
「そうだ! 国民を守るっていう王の義務を果たせ!」
「俺が毎日墓参り行ってやるからよ!」
コイツらあああああああああ!
「テメエらふざけんな! 今度こそ許さねえ、ほんとに権力行使してギルドの資金ストップにしてやるから覚悟しとけよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
と、俺が喚きながら涙目になっていると、レイナがあたふたしながら言ってきた。
「お、落ち着いてください! 私達は、この前の話の続きをしようと思って……!」
「続きって何だよ!? 世界征服の件ならもう済んだだろ、もう話す事なんてねえよ! やっぱり俺に死んでくれとか死んでくれとか死んでくれとかなのか!?」
「魔王君、ボク達を何だと思ってるのさ!?」
「それは……今、俺の頭の中に2パターンの勇者像があるんだ」
思わずと言ったジータの質問に、俺は少し言い淀んだ後。
「一つは悪い魔王から世界を救う正義の味方。もう一つは自分達の事を絶対的正義だと思い上がり魔族の事をろくに知りもしないのに悪だと決めつけ殺しまくる奴ら」
「圧倒的に前者です! っていうか二つ目なんてただの酷い偏見です!」
「そ、それじゃあ、民家に勝手に侵入してタンス開いたり壺割ったりして金を……!」
「ソレただのドロボーですぅ!」
でも確かにコイツら、そんな創作物でよくあるクズ勇者でも、家に侵入してタンス漁る奴らでもなさそうなんだよな……。
いや、まだ信じちゃダメだ!
「ってか、何で俺がここに居るって知ってるんだよ……?」
「いや、最初は魔王城にいると思って来たんだけどね。四天王のハイデル君だったかな? が、『い、言いませんよ! 魔王様が買い物に行って、その帰りにギルドに遊びに行くと申していた事は、この魔王軍四天王のハイデル・アルドレンの名において、絶対に言いませんからねえええええええ!』って言っててね」
「あのスーパーウルトラバカぁ!」
思い出すように言ったジータの話に、俺は頭を掻きむしって叫んだ。
アイツ後で本気のドロップキックお見舞いしてやる……!
俺がそう唇を噛んでいると、エルゼが疑うような目線を向けながら。
「最初は魔王が買い出し帰りにギルドに遊びに行ってる何て嘘だと思ったんだが……まさか魔王が一杯かけて腕相撲してるなんてな。しかもそこのワーウルフに舐められてたし。お前、ほんとに魔王なのかよ?」
「う、うるせー! 別に俺は魔王らしさとかいらねーんだよ! それよりも、ほんとに何の用だよ?」
エルゼの視線にイライラしながら訊くと。
「それは、ええっと……魔王さん、まずは場所を変えませんか?」
レイナが俺の後ろを見ながら苦笑いでそう言った。
見ると、ギルドの机でバリケートを作り、その後ろでガタガタと震えている冒険者達。
「お前ら、いつの間に……ってか、何で俺だけ取り残されてるんだよ!?」
冒険者ってもうちょっと勇ましい奴らだと思うんだけどなあ……。
「分かった。とりあえずここ出るよ……だけど俺の半径三メートル以内に近寄るなよ!?」
「ほんとに私達の事を何だと思ってるです?」
ムスッとした表情を浮かべるフィアのことに気を止めず、俺はそう念を押すと酒場のカウンターに置かせて貰っていた紙袋を持ち、ギルドから出ていって――。
「そうだヒューズ、お前奢りの件忘れんなよ?」
「あっ」
後ろでずっと震えていたヒューズは、腕相撲の勝敗を今思い出したようだった。
登場人物紹介 パ~ト4
リム・トリエル
魔王軍四天王にして、四天王唯一の常識人である十歳の女の子。生まれつき高い魔力に恵まれており、様々な魔法を使いこなすダークウィザード。本人に自覚はないが、国のおっちゃん達のアイドル的存在で、街に出る際たくさんのお菓子を貰っている。ちなみに両親は小さなポーション屋を経営しており、たまに帰省するが魔王城の面々がトラブルばかり起こすので、あまりゆっくり出来ないらしい。




