第三七話 里心は今日も無意識だ!⑦
バルファスト魔王国の孤児院にて。
スプーンで茶碗の上に盛られた白米を掬ったリーンは、そのまま頬張った。
「ん、美味しい……」
「だろ~!? 米美味いだろ~!?」
「何でアンタが嬉しそうなのよ」
その様子を見守っていた俺は、リーンの反応を見て興奮気味に頷いた。
そんな俺にリーンは呆れているが、好きな人に自分の故郷のご飯を褒めて貰えたら嬉しいに決まっている。
まあ故郷と言ってもカムクラ産だから、そこは微妙なところだが。
カムクラの宴会を終えて、バルファストに帰ってきた俺達。
一旦魔王城に荷物を置いてきた俺は、すぐさま孤児院にカムクラの食材を持って向かった。
そしてキッチンを借りて、昨日のお膳料理を完全再現したのだ。
ちなみに、今リーンの目の前に並べられているお膳料理の材料は全て約束通り貰ったものだ。
「ママだけズルーい、ぼくのはないのー?」
「一応おにぎり作ったから、それで我慢してくれ。この料理はお疲れ様会に出席出来なかったリーンのヤツだから」
「そっかー」
羨ましそうにリーンの前に並べられている和食を眺めている子供達に、俺は一個ずつおにぎりを配る。
コイツらを蔑ろにしている訳じゃないけれど、今回はおにぎりで勘弁して貰いたい。
子供達もそれは分かっているようで、美味しそうにおにぎりを頬張りながら引き下がってくれた。
「アンタ、大丈夫なの? そのお米、貴重な物だったりするんじゃない?」
「ポケットマネー全部使って、米とか調味料とか大量買いしたから、暫くは問題ない」
「流石に米に取り付かれ過ぎじゃないの……?」
「いいんだよ! 日本人は生まれたときから米に取り付かれてるの!」
特に俺なんかは、血縁に米農家がいるからな。米に育てられたと言っても過言じゃない。
ちなみにそんな俺のじいちゃんは、パン派を敵と見なしていた。
「今後もカムクラとは友好国として付き合うことになったし、いずれ交易も結びたいなって話になってる。まあ、大森林があるからすぐにって訳じゃないけど」
「ふうん。でも、そうなったらミドリも安心してここに居られるわね」
「……呼んだ?」
リーンの口からミドリの名前が出てきた瞬間、テーブルの下からヒョコッとミドリが出てきた。
お前、いつからソコに居たのん……?
「ううん、何でも無い。ミドリは昨日、楽しかった?」
「……うん、凄く賑わってた」
「そう、良かったわ。皆が向こうで何か失礼な事をしてないか心配だったのよ」
ミドリの頭を撫でながら安堵の息を溢すリーンに、俺はそっと顔を伏せる。
失礼な事をしまくってたんだよなぁ。無礼講だとしても許されないレベルで。
しかも事が事だから、リーンに知られたらマジで殺されかねない……。
「……でも、リョータとレイナが抱きついてた」
「は?」
…………ホラ、こんな風に。
「ミドリちょっと一緒に向こう行こうか」
「は?」
スッと立ち上がってその場を去ろうとしたが、リーンが俺の右手首をガッシリと掴んだ。
その腕から、ミシミシと人体から出てはいけない音が鳴り始める。
「止めてよリーン、真顔で俺の手首をもの凄い力で掴まないでよリーン……!」
「は?」
「『は?』しか言ってないの怖すぎるんだよ! 待ってくれよ、ちゃんとした訳があるんだって!」
「……カムクラに迷惑掛けないか心配してたけど、まさか今更フォルガント王国に迷惑掛けるとは思ってなかったわ!」
「カイーン! カイーンッ!! 助けてぇ、リーンに殺される!」
腕の痛みに涙を流しながら叫ぶと、ドアを開けてカインが面倒くさそうな顔をして入ってきた。
「うるっせえな、またじゃれ合いしてんのかよ」
「「コレの何処がじゃれ合いなんだよ(なのよ)!?」」
「それがだよそれが! 頼むから暴れてテーブルの上の料理ひっくり返すんじゃねえぞ……ってオイミドリ、何で急に抱きついてくるんだよ……?」
「……さっきリーンに頭撫でられたから」
「いちいち抱きつかなくてもいいだろ!? 寝る前にちょこっと握手するぐらいでいいじゃねえか!」
入って早々抱きついて来たミドリを顔を赤くさせながら引き剥がしたカインは、俺達の顔を眺めてから、ため息を溢した。
「どーせ、昨日酔っ払った勇者がにーちゃんに抱きついたことをミドリが言って、ねーちゃんが勘違いしたって所だろ? それで俺に弁明しろと」
「……えっ?」
「あまりにも早すぎる状況理解、本当に有能な奴だよお前」
顔を顰めながら言うカインの言葉に、リーンはワンテンポ遅れて反応した。
「そうなの?」
「そうなの」
確認を取るように訊ねてきたリーンに対して頷くと、俺の手が解放された。
手首がちぎれていないか腕を振って確認する俺に、リーンが小さく謝る。
「……ゴメン」
「うん、まあいずれこうなるだろうなとは少し思ってたから。寧ろこれだけで済んで良かった。ありがとうカイン、もういいよ」
「何だったんだよ今の!? くだらねえ事で呼びやがって、ふざけんなったく……」
と、文句を吐きながら去って行くカインの背中を見送り、俺は再び椅子に座った。
「まあそういったトラブルはありましたが、それ以外は特に問題なかったぜ!」
「……でもリョータ、リムにも抱きつかれてたし、レイナにほっぺチューされてたよね?」
「は?」
「ミドリお口チャック」
ほんっとうにもう、この子ったら! 説明するんならもうちょっと言葉を増やそう!?
それとも、わざとか!? わざと言ってんのか!?
ミドリ意外と小悪魔ちゃんだからな……。
「いや、リムも酒飲んで酔っ払ってたんだよ! アイツは酔ったときの事を覚えてないから、そのまま無かったことにしようとしたの!」
「その言い方だと、レイナは覚えてるみたいになるけど?」
「……うん」
「……酔っ払っちゃったレイナに、その……されちゃったの?」
「……されちゃったの」
「ハア……」
その質問攻めに対して俯きながら素直に頷いていると、リーンは大きくため息を溢した。
「どーすんのよ……アンタ、これからレイナと顔合わせられるの?」
「頑張る、としか言えない……今朝レイナに平謝りされて、もうお互いに忘れようぜって方針になったけど……」
正直、今思い出すだけでも顔が熱くなってくるし、何なら鼻血も噴き出しそうだ。
「あああああ……! この話を一番リーンに知られたくなかったのに……!」
「……何でよ?」
「何でってそりゃあ……!」
いくら不可抗力とはいえ、お前のことが好きなのに他の女の子とイチャイチャしてたなんて、普通に愛想尽かされると思ったんだよ!
と、言いたいところだったが、その喉まで出かかった言葉を飲み込んで、俺は頭を抱えて呻き声を上げた。
どうしよう、リーンの顔が見れない。
「あうぅ……リーン、俺を殺してくれ。やっぱりあの時、舌を噛み切っておけばよかったんだ……ッ!」
「何かとんでもない事言い出したんだけど……何? ミドリ、コイツカムクラでもこんな事言ってたの?」
「……う、うん。床に頭突きしたり自分の顔叩いてたり、してた……よ?」
何故だろう、横から聞こえるミドリの声が妙にたどたどしい。
「……アンタ、頑張ったのね」
「そうなんだよ頑張ったんだよぉ!」
リーンが理解のある奴で良かった……いや、最初からそうだったって訳じゃないけれど、それでも徐々に俺に対して理解を示してくれるのが嬉しい……。
なんて、思わず顔を上げて顔を輝かせていたのだが、リーンの顔を見た瞬間固まった。
「いやでもメッチャ怒ってる! メッチャ睨みつけて来てるぅ!」
「……えっ?」
俺に指摘に対し、リーンはワンテンポ遅れて自分の顔を触る。
「私、そんな怖い顔してる……?」
「……ッ」
「このミドリの反応がいい証拠だよ……!」
俺の背後に移動して背中に隠れるミドリの様子に、眼を大きくしながらリーンは自身の顔をペチペチ叩いた。
気付いていないのか……!? 自分でも気付かない程に、無意識に怒り狂ってるのか!?
「うわあああああん、ゴメンなさあああああああいッ! 今すぐ去りますうううううううッ! でも是非ご飯は食べてて下さいいいいいいいいッ!!」
「あっ、ちょっと!」
恐怖といたたまれなさが限界値に達し、俺はそのまま孤児院を飛び出していった。




